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2−2 海洋管理の内容
2−2−1 審議会答申と海洋管理
 第1章で整理したとおり、科学技術・学術審議会海洋開発分科会の答申「長期的展望にたつ海洋開発の基本的構想及び推進方策について」では、わが国の海洋政策のあり方として、以下の3つを柱としている。
○「海洋を知る」「海洋を守る」「海洋を利用する」のバランスのとれた政策へ転換すること。
○国際的視野に立ち、戦略的に海洋政策を企画・立案すること。
○総合的な視点に立って、我が国の海洋政策を立案し、関係府省が連携しながら施策を実施すること。
 この3つの柱は以下のように解釈できる。
 第一の「海洋を守る」「海洋を利用する」「海洋を知る」ことは、海洋管理のために必要な活動であって、海洋管理それ自体ではない。
 第二に、戦略的に海洋政策を企画・立案することは、海洋管理のための政策を打ち出す必要性を指摘しているのであって、海洋管理のための政策それ自体が打ち出されているわけではない。
 第三に、その政策を実施に移すために関係省庁の連携が必要なことは当然であるが、海洋管理のためにどのような体制を整備すべきか、その手順はどうかなどについてはまったく述べられていない。
 したがって、この答申では、海洋管理の政策を真正面から取り上げて提示するところまでには至っておらず、その一歩手前でとどまっているという印象は否めない。本事業は、まさにその具体的検討の方向性や体制づくりの試案を提言しようとするものである。
 
2−2−2 海洋管理の対象物
 海洋管理のために前提となるのは、「海洋を知る」ことであるから、これが最初に掲げられるべきである。「海洋を知る」という管理のための活動の場合、管理の対象物は「海洋それ自身」である。換言すれば、管理の対象物は自然界に存在する海洋自身であって、物理学的、化学的、生物学的、生態学的、地球科学的、惑星科学的などあらゆる視点から「知る」という行為を、管理の前提として、管理それ自身の一部に取り込んで、実施することである。
 したがって、海洋管理のための政策の第一は、海洋を知ること、すなわち、どこまで(しか)分かっている(いない)のか、を評価して、より良く知るための活動方針を策定することにある。
 これに対して、「海洋を利用する」「海洋を守る」というのは、どのように持続的に海洋を利用していくのかが基本理念であるから、海洋管理の対象物は、「海洋で行なわれる人間活動」である。それは産業活動であったり公共的活動であったり、種類は多種多様である。
 
2−2−3 海洋管理の内容
 こうした海洋管理の対象物の違いを認識した上で、具体的な海洋管理のための政策とその実行が必要である。こうした観点に立って、上記の3つの柱をその論理的順序を含めて補足的に表現すれば、「海をよく知る」「海を賢く利用する」「海を適切に守る」ことである。
 つまり、“海洋管理とは、海洋をよく知るための方策、賢く利用するための方策、適切に守るための方策、を一体的に取り組むための政策体系”であるといえる。これらがまとまって実行に移されるとき、はじめて海の合理的な管理がなされることになる。
 
2−2−4 海洋管理体制の整備の手順
 次に、海洋管理のための政策を戦略的に企画・立案して、その政策を実施に移すための体制を整備すること、すなわち海洋管理の仕組み、枠組みづくりを行なうことが重要である。海洋開発分科会答申では、単に関係省庁の連携を指摘するにとどまっており、どのような体制を整備しこれにあたるかについては具体的方向性を示していない。
 これに対して、その試案を提言したのが平成14年5月に出された日本財団の意見書「21世紀におけるわが国海洋政策に関する提言」である。そこでは6つの提言がなされているが、海洋管理に関するもので最も重要なものは以下の部分である。
―「海洋基本法」を制定すべきである。
 そして、以下の副提書が続く。
―内閣府に海洋政策統括室(仮称)の設置
―海洋担当大臣の設置
―海洋関係閣僚会議の設置
―省庁間連絡会議の調整機能の充実
 以上のような提言を参考に、本事業では次のように提言したい。
 すなわち、海洋管理のための体制整備のための第一段階として、内閣府に海洋政策統括室(仮称)を設置することである。
 この海洋政策統括室(仮称)がとりまとめ役となり、行政、学界、産業界、研究機関、関係団体などの関係者(stakeholders)によるネットワークを構築し、海洋管理のための政策のあり方とその実施のためのテイムテーブルを検討して、基本法製の立案を含め国会ならびに関係省庁に提示することである。
 本来ならば、望ましい海洋管理の姿と、それに必要な行政機構、海洋管理政策を実施に移すことを担保する関係法令の制定、等々がすべて提示され合意を得て実行に移されねばならないが、直ちにそれを実行に移すことは困難である。そのため、第一段階として、国家戦略としての海洋管理政策をどのような手順で策定し実行に移すのかその手順を明示し、管理の理念・体制等を規定する基本法制を立案するとともに、海洋管理施策を策定するために必要となる海洋情報の収集・評価体制を整備することが必要である。
 したがって、日本財団による政策提言の一部を活用し、改めて内閣府に海洋政策統括室(仮称)を設置することを提言する。
 近い将来に、海洋管理のために行政機構を改編すると想定すれば、その根拠法が何らかの形で必要となるし、海洋担当大臣をおくべきか否か、仮におくとしてその性格付けを単独無任所相とするのか、国土交通大臣の兼務とするのか、などの比較検討や、海洋関係閣僚会議の設置方法と手順、海洋開発関係省庁連絡会議の役割の見直しなどは、それぞれに法制度的に専門的知見に基づいた検討が必要となる。
 現在のところ、行政機構として『海洋省』といった行政機関の設置は合理的でないと考えられるが、それを理由として海洋管理の体制整備に着手しなくて良いことにはならない。それに代わる実効性のある体制整備を段階的に、しかし確実に実施すべきである。
 
2−2−5 海洋管理の対象範囲のもつ経済的価値の把握
 海洋管理のためには、その前提として、そして海洋管理それ自身の一部として「海洋を知る」ことが必要であることは既に述べたが、単に科学的知見を得るのみならず、「海洋を賢く利用する」「海洋を適切に守る」ために、わが国のEEZならびに大陸棚が有する経済的価値を把握・評価することが必要である。
 例えば、EEZを超えた大陸棚に海底鉱物資源の賦存可能性が示唆されているので、その賦存可能性を「よく知る」ための本格的な資源調査が、海洋管理にかかわる国家戦略として策定される必要がある。(すでに昨年度報告書においてメタンハイドレート開発計画の概要には触れている。)
 アメリカでは、1998年の国際海洋年に開いたNational Ocean Conference(正副大統領が出席)を一過性の会議に終わらせることなく、これを受けて海洋が持つ国民経済上の価値を定量的に把握、試算するプロジェクトが国家的プロジェクトとして続けられてきており、National Ocean Economics Project(NOEP)と呼ばれるものがそれである(参考資料を参照)。フランスやイギリス、EUをはじめ(Ship and Ocean Newsletter、No.54、2002.11.5参照)、韓国や中国でも海洋の持つ経済的意義をGDPに占める割合などで定量的に表現する試みがなされている。
 このような試算により、現在の厳しい国家財政の中でも国民の税金を投入して、わが国の国家政策の最重要課題の一つとして海洋管理に取り組む意義があることを国民に説明することが肝要である。
 
2−2−6 海洋管理基本計画(仮称)の必要性
 上記の海洋の持つ経済的意義の把握も含めて、海洋管理の具体的施策として、「海洋管理基本計画(仮称)」が策定されるべきであろう。例えば、領土すなわち国土の開発・利用・保全のための総合的政策として「国土利用計画」が策定されており、EEZおよび大陸棚に関してもこれと同列の位置付けを有する「海洋管理基本計画」が策定される必要性があるといえよう。
 国土利用計画は、国土利用計画法に基づいて策定されているので、「海洋管理基本計画」を策定する際も、2−2−3で触れた基本法制の制定が必要になるといえるが、このことがただちに「海洋基本法」の必要性に結びつくことになるには議論をさらに積み重ねていく必要があろう。
 なお、海外における関連事例として、韓国が1980年代に制定した「海洋基本法」を改廃して「海洋水産発展基本法」を2002年に制定した事例がある。
 
2−2−7 安全・防災およびSecurity
 海洋管理基本計画のなかには、国民の生命、財産を守るための安全・防災対策も含まれていなければならない。すなわち、海底地震や津波などの大規模な災害対策の一環としての海洋管理である。
 この場合、災害発生の可能性について海底および海底下の地殻内部の構造を「よく知る」ことが重要で、プレート境界域における海底地震観測網の整備や遠地津波警報の充実等が具体的施策として海洋管理基本計画に含まれる必要があり、当然防災基本計画との整合性にも考慮する必要がある。ネットワーク構築の上では、沿岸陸域の防災基地は当然として、洋上の防災基地等の整備も有事の即応体制整備を兼ねるものとして重要であろう。
 また、EEZにおいては、特に、陸起源であれ船舶・海洋利用起源であれ、他国のEEZならびに公海との間での汚染物質の海流による運搬、流入問題、非常時としての大規模流出油事故の未然防止や発生した場合の迅速な対応策等も海洋管理の上で必要であることはもちろんである。
 さらに、海洋における国家、国民の安全と健康に関するSecurityという側面での計画も策定されねばならない。これは、単に軍事的戦略にとどまらず、不審船・工作船の動向把握、密輸や密入国の未然防止、伝染病や健康阻害物質、爆発物や放射性物質など危険物質の流入防止、座礁放置船の把握や対処等が含まれるであろう。
 こうした海洋管理の計画内容の範囲を論議していくと、防衛庁の海洋管理への積極的な貢献の必要性は強調してもしすぎることはあるまい。







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