サービス利用者の理解
●2001年11月10日(土)前半
●講師 橋本みさおさん(ALS一筋萎縮性側索硬化症患者)
橋本さんのほか、山田さん(橋本さんのボランティア)、勝野さん・小松さん(介護ボランティア)、橋本誠さん(橋本さんの夫)が話してくださった。
●全体の流れ
・橋本みさおさん・介護者の紹介
・ウルドニッヒホフマン病の少年のドキュメントビデオを見る
・橋本さんから参加者への質問
・橋本さん・介護者への質問
・橋本さんのメッセージ
・橋本さんの一日の流れの説明
・介護者の方の話し
・Q&A
・感想交流(グループに分かれて)
※この講座は、公開講座として企画され、当日は多くの一般参加があった。
<講義の内容>
1. 橋本みさおさんの紹介
橋本みさおさんは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病と共に生きる方。現在は四肢を動かすことはできず、わずかに動く顔と足の指を使ってコミュニケーションしている。自発呼吸もできないため、呼吸器をつけている。ALS・・・脊髄の中の運動神経の仕事をする細胞だけが壊れて、筋肉も同時に萎縮していく。手足を動かすことも、呼吸も出来なくなっていく。
2. 介護者の紹介
山田さん:三年前にヘルパー2級をとって、ALSの人を専門に3人見ている。
勝野さん:橋本さんの有償ボランティアを初めて3年ほどになる。大学の先輩が代々やっている。最初は何も知らないまま始めたが、橋本さんがおもしろい人なので楽しくやっている。
小松さん:勝野さんに誘われて夜勤に入って2年ぐらいになる。最初は緊張したが、アットホームな家庭で楽しくやっている。
3. ウルドリッヒホフマン病(ALSに似た病気)の浦野くん11才のドキュメントを見る。
ビデオでは、難病の浦野君という少年の日常が映されていた。「マクトス」という脳波スイッチのおかげで、話すことも動くことも出来ない彼が、ラジコンで遊ぶことが出来るようになったり、家族とコミュニケーションがとれるようになった。それまでは、他人から話しかけられるだけの人だったが、今は子どもらしく、あふれんばかりの感情が何分の一かもしれないが伝えられるようになった。
ビデオを見て、橋本さんからの質問
Q1:彼の(ビデオ)ことを率直にどう思うか
Q2:もしも自分が親になったときに、子どもが大変な病気になったら呼吸器をつけますか?
Q3:彼に何をしてあげたいか、何ができるか
(最後の質問については、時間の関係で省いた。)
A1・ちっちゃいのにがんばるなあ。
・ すごいと思う。
・ 退屈そう。
(みさおさん):それが彼の気持ちに近い。
・ かわいそうだと思った。
(みさおさん):それも正解。
・ 表情が無くてわからない。
(みさおさん)それがALSの終末だ。ALSも意志があっても表現が出来なくなる。
・ ちゃんと見えてますかってかんじ。
(みさおさん)目も見えなくなってしまう。
・ 自分が彼のようになったとしたら、ハンデを持っても周りの人が協力しれくれたことがうれしいと思うし、機械をつけてでも生きることがうれしいことだから、動けなくなってもイイと思う。生まれてきたことに誇りを持てればかわいそうだとか言われても平気だと思う。
(みさおさん)大正解。人は与える方が満足を得るもの。その機会を与えている彼は素晴らしい。
Q2について
呼吸器を見せてもらう。歯の悪くなった人の入れ歯みたいなものだと誠さん。呼吸器がなければ窒息してしまう。呼吸器をつけるということは、もうすでに手足が動かないと言うこと。逆にタンが出るのでそれを取るために家族がずっと近くにいなければならない。Q2はそれも含めての質問。
A2・想像もつかないことだが自分は呼吸器を自分の手で取ることになってもつけるんじゃないかなと思う。
(みさおさん)ちなみに呼吸器をとってしまったら殺人罪です。
・ つける。選択の余地はないと思う。
(みさおさん)実際に多くのお母さんがその様にしている。
・ 自分だったらつける。自分も生まれたとき呼吸器を何日かつけていた。そのおかげで今生きていると思っている。
(みさおさん)それを安楽死の認められているオランダの議会に聞かせてやってほしい。
・ 産んで育てる。呼吸器はつけると思う。それはでも、社会的にすごく厳しい道を選ぶことになると思うから、いろんな犠牲を払わないといけないと思う。そういうふうに社会がなってしまっていると思う。自分は不登校だから社会と離れたところにいる。だから、呼吸器をつけて育てようと思う。もし、外見のかっこよさとかそういう価値観の世界にいたら呼吸器をつけようと思うかどうか。見た目というかそういう偏見とかあると思うけど、なかなかその辺はわからないかなと思う。
4. 橋本さん・介護の方に参加者から質問
橋本さんと介護の人は独特の方法でコミュニケーションをとっている。橋本さんは顔の筋肉を最大限に使って、介護者に意志を伝えているのがわかる。
* ビデオの後、ビデオについての質問になるはずだったが、参加者たちの意識は橋本さん本人に向かっていった。
Q(小学生):どんなふうに話しをしているのですか?
A(介護者):本人は念力だと言っているが、みさおさんが「あいうえお」の母音の形をして、「あ」の形をしたら「あかさたな・・・」と横に言っていく。「と」の場合、「おこそとの・・・」と言っていって「と」のところでウインクしてもらう。それをつなぎ合わせて言葉にしていきます。みさおさんはジャニーズが好きなので、ジャニーズネタが多い。3人介護者がいるが、みんな初めてなので、最初から出来たわけではありません。もっと覚えることもたくさんあるし、みさおさん自身も疲れてしまうので、教えるのは最後。会話の方法は、最初の介護の人が考え出した。このようなやり方はみさおさんだけで、口も動かせない人もいるからいろいろな方法がある。
Q(小学生):食事はどうしているのか?
A(介護者):ミキサーにかけたりして流れやすいものを鼻についているチューブから胃に落としている。胃に直接チューブをつける方法もある。夜勤は、午後5時から午前10時まで。最初は先輩の様子をこわごわと見ていたが、橋本家は暗黙のルールでご主人が介護に手を出さないので、必死になって話し方を覚えた。
5. 橋本さんの一日の流れについて(介護者より)
日勤の人間と夜勤の人間の2交替。午前10時に日勤と夜勤の交替。12時に訪問介護ステーションの人が来て、体のケアをする。午後3時ぐらいに同じ訪問看護ステーションの人が来て体のケア。その後、ボラが来て食事の配達があったりする。午後5時に夜勤の人が来て、朝の10時まで。みさおさんが寝るのが1時ぐらいなので、隣で一緒に寝る。夜間はまぶたにつけるナースコールで夜勤者を起こす。
Q:橋本さんはよく海外に行ったり外出をするが、その時は介護の方も行っているのか?
A:そのときも、いつもにメンバーで行動する。
6. 介護の方が橋本さんに関わった経緯
山田さん:仕事としてヘルパーをしている。短大を出てOLをしていた。27才の時に転機。事務の女の子で終わるのではなくて、一生続けられる仕事がしたかった。老人福祉の会社に入ったが、そこで紹介された橋本さんの所に行った。必要だったのでヘルパー2級もとった。橋本さんは介護者を育てる人でその生き方が全てだと思う。常に前を向いていて周りにいる人を成長させてくれる。出会えて幸せな人間だと思っている。
勝野さん:日本社会事業大学には何となく興味があって入った。このボランティアもちょっと人がたりないから、という感じで始めた。何の知識もなかったので、大丈夫だろうかと思ったが、橋本さんは前向きな性格で、意志を伝えてくれるので、単なるお手伝いという感じ。いろいろな活動を見せていただいて、そららの方にも興味を持ったり勉強になったりしている。
小松さん:社事大には学費が安いと言うこともあったし、普通の勉強して何になるのかなと思って、誰もやらなそうだと思ってはいった。最初このボランティアを始めたのは、大学の寮に入っていて、2人部屋なので夜もいっしょじゃいやだなと思って始めた。何かをしてあげようという気持ちがどこかにあったが、何かをしてあげようというより、橋本さんの場合には、橋本さんの手となり足となるという感じ。買い物も、お団子の味、量とか全部指定されて、橋本さんはきちんと自分の生活があるので、自分がこうしてあげたいというより、お手伝いをするという感じでやっている。
7. 橋本さんにとって介護とは
橋本さん:今のを聞いて案外まじめに考えているんだなあというのと、大きくなったもんだという気持ち。よく全身性のヘルパーは周りから見て奴隷みたいだと言われる。私の所では、そんな風に言われたくないと思って生活している。
介護者:奴隷とは、御飯食べることもトイレに行くことも出来ないぐらい付きっきりで指示を聞く関係。少なくとも橋本さんはその様にしたくないと思っている。橋本さんは親分のような存在。
8. 会場の参加者からQ&A
Q:どうしてそこまで生きようと思うのか?
A:What?別に死のうとは思わないから。ただ、朝が弱いので、朝が来なければいいなと思う。
Q:オレは全身が動かなくなったらまず死にたいと思う。どうして橋本さんは生きようと思い、わざわざ人前に出ようと思うのだろうと思った。
A:もしかして考え事とかキライなの?私は寝ながら考えたり学んだりしたい。人前にこんなふうに出るのは、笑顔が作れる患者はあまりいないので、ビギナー向けかと。(笑)
Q:トイレはどうしてるんですか?
A:尿機という福祉器具があって、それでベットの上でしている。
Q:毎日の楽しみは?
A:寝ること。
Q:寝るときはどうしているのか?
A:どういう寝方をしているのかというと、上半身を起こせる介護ベットに空気の入ったマットをひいて、寝るときはベットを倒して寝ている。たぶんみんなと同じ。
Q:さっき、メールのやりとりをしているといっていたが、どのようにしているのですか?
A(誠さん):専用のパソコンソフトがあって、画面上の文字盤の上をカーソルが動いて、足の先のキャッチセンサーで自分の思った文字の上にカーソルが来たときにスイッチを押す。家では10時間パソコンをしている。
Q:電話はどうしているんですか?
A:スピーカーホンにして、相手の話を聞いて、話すときと同じように介護者が橋本さんから聞き取って伝えている。
Q:どうしたら、そんなに和やかな雰囲気が出せるのか?
A:スマップのファンクラブに入るぐらいミーハーだから、周りも同じ感じ(笑)
(介護者)やっぱり橋本さんの人柄。介護者同士も橋本さんを通じてであったが、橋本さんの生き方、この人はすごいということを認めた上で手伝いたいと思っているからだと思う。
Q:おふろは?
A:入っていなくて、看護婦さんが毎日体を拭いてくれる。髪は週に2回洗っている。
9. 最後に橋本さんから一言
「がんばれ青少年。人生捨てたもんじゃない。」
10. 感想交流(受講生のみ。グループ討議、その後発表)
1グループ
・ 橋本さんはいい人だなっていうところからはじまって、橋本さんを知っているから他の人にヘルパーでつくのがつらくなるんじゃないかなというところから考え、介護する側が、される側を考えるだけでなく、される側もする側のことを考えないといけないと思った。でも精神的に障害のある人と理解し合うって事は難しいんじゃないか。身体と精神障害者の介護はそれぞれちがうのではないかと思った。
・ 理解するといっても、橋本さんのように伝えてくれる人はやりやすいが、精神障害者を理解するっていうのはどういうことなのか?コミュニケーションをとりにくい人を理解するってどういうことなのか?
2グループ
・ 障害を持っている人を見たときに、「変だな」って思ってしまうことがある。知る機会があればもっと理解できると思う。
・ 障害を理解するっているより、その人の人格を理解するっていることが大切だと思った。介護するというのは、してあげてるというのではなくて、される側がいるからそういう世界が成立しているということだと思う。今日もらったパワーを何かの形で返したいと思った。
・ 橋本さんたちの和やかな雰囲気は、橋本さんの人間性が大きいということは、他の人ではそういう関係は出来ないのかなと思った。そうしたくはなくても、緊張感のある関係しか作れない人もいると思う。そういう人たちは、橋本さんのように人を受け入れることが出来なくて、キツイ態度で接してしまうと思う。橋本さんは精神的なところでとても豊か。でも、そうじゃない人の所にもヘルパーに行くわけだから。
3グループ
・ すごくユーモアがあっておもしろい人だな、難病を受け止めて心が元気な人だなと思った。エネルギーを感じた。印象がかわったのは、これまでALSは恐ろしい病気としか考えられなかったが、話を聞いているうちにじっと考えるのが大好きだといっているのを聞いて、難病といってもその人の価値観しだいで、捉え方が変わってくる。障害といっても同じ人間だから、一人の人間として受け取ることが大切だなと思った。その人の個性を受け止めていくのが大切だと思った。
<受講生の様子>
公開講座ということで、緊張していた様子。橋本さんの質問も結構難しく、答えるのが大変だった。しかし、その存在自体が強烈なメッセージを発している橋本さんの刺激は、十分に感じていたようだった。心の深いところで感じたものは多かったようで、感想交流では深いテーマでの話合いが行われた。橋本さんの人柄が介護者をひきつけているのではないかという疑問から、利用者と介護者の関係作りについての感想が多くでていた。
<全体を通じて>
一般公開の講座で人数も多かったこともあり、普段の講座とは一風雰囲気の変わった講座となった。難病のALS患者である橋本さん自身が講師ということもあり、受講者達全体に緊張感があった。難病を抱えながらも介護の方々の力も借りて「個」を守って生きている橋本さんの存在そのものが放つ、強力なエネルギーを受講者達は十分に感じ取っていたように見えた。
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