日本財団 図書館


医学の基礎知識
 
●2001年10月27日(土)
●講師 伊藤浩一さん(杉並区桃井診療所所長 医師)
●全体の流れ
・テスト形式での前回の講座の振り返り
・社会における「健康」のありかたについての講義
・医療の基礎知識についての講義
 
<講座の内容> 伊藤先生は、今の社会と健康、医療のこと、戦争と健康の関係などの資料を作成してきてくださり、それを見ながらの講義となった。
1. 私たちの暮らしている社会はどんな社会?
 お金のある人の方が健康も保てる社会になっている。物は豊かになっているが、その一方で貧富の差は拡大し、アメリカなどでは更に拡大、国と国の差も拡がっている。10億人ぐらいの人が1日1ドルで生活しており、地球上の富の85%を全人口の1/5の人が独占している。30年間で裕福な人と貧しい人との差は82倍になっていると言われている。
 所得のない人の方が介護の必要性が高いこともデータ的にあらわれている。糖尿病などの場合も、お金のある人はフィットネスなどに通うことが出来、かつてはお金持ちの病気だった糖尿病は、お金がなくて知識もない人たちの病気になっている。日本の若者が21世紀に展望を持てていないことがデータに出ているが、このような状況のあらわれなのではないか。
 
2. 人を相手にする仕事で大切なこと
 医療も人を相手にする仕事という面では、介護と共通した点がある。医療関連の仕事はたくさんの職種に分かれている。それぞれの職種が集まりチームを作って患者に当たっていくのが特徴である。人を相手にする仕事の介護・医療などでは、いろんな専門の人がチームで一人一人に対応している。(学校教育ではそうではないが)
 人を相手にする仕事の大切な点は、
「利用する人を中心に考える」
 これは、その人がどのように自分の状況を掴んでいるのか、その人の価値観を知ると言うことである。
ex:心筋梗塞の患者さんがいて、煙草をやめた方がいいのに吸い続けていた。この人はポックリ死にたいという思いを持っていて、煙草を続けていけばポックリ死ねると考えていた。残念ながらそうはならなかったが、たばこをやめさせなかったのは、その人がこれまで考えてきた価値観を尊重したからである。
「全体を理解する」
 その人の抱えている病気や身体の状態をとらえ、その人を取り巻く環境などを掴んだ上で、治療に取り組むということである。
「共通のグランドを見つける」
 その人の価値観を尊重すると言っても、治療側の意見と違うことがある。そのズレのなかで話し合って、一致点を見つけていくことが大切。そして共通の目標を見つける。
「予防や健康増進、生活の質を豊かにする働きかけをする」
 具体的なものを提示していく。
「良好な関係を構築する」
 人との関係は大きなストレスがある。例えば、看護婦の退職理由も人間関係が多い。利用者との関係も出来るだけ良好な関係を保つことが大切である。まず、相手の言うことを受け止めることが大切で、とにかく話を聞いてみる。怒っている人がいたら、よく聞いて、「あなたはこういうことで怒っているんですね」という受け止めが大切。
 
3. コミュニケーションの技術を学ぶ
 ここで、実際に良好な関係をつくるためのコミュニケーションのとり方について学んだ。
・初対面では挨拶する→フルネームで自己紹介
・向かい合って話しをする
・ある程度その人が話を続けられるようにする→30秒は口を挟まない
・相打ちを打ったり、オウム返しに言葉を返したりする
・質問があるときはYES・NOで答えられるようなクローズエンドの質問にしないで、漠然とした、相手の話を促すようなオープンエンドの質間で。
・ドアノブクエスチョン
 相手の帰り際、ドアノブを握るときに「他に言い忘れたことはありませんか?」と聞くことが有効だと言われている。
<コミュニケーションの実習>
 聞き役と話し役になって、コミュニケーション技術を使いながら1分間のコミュニケーションをとった。
 
4. ADL(日常生活活動)について
(1)バイタルサインを知ろう
 休憩時問を利用して、自分の脈拍、血圧を測定してみた。その後、呼吸・脈拍・血圧・意識など“バイタルサイン”についての解説を聞いた。
(2)平均余命
 平均寿命とは、○才の人の余命を指す。80才の人があとどのくらい生きるのかというのが余命。80才ぐらいまで生きた人は、90才ぐらいまで生きるというデータになっている。
(3)死亡原因
 1位心臓2位ガン3位脳4位肺炎となっている。病気別で言うと脳梗塞が85795人肺炎79952人肺ガン50891人。タバコは百害あって一理なし。ガンの確率は数倍上がる。31755人が、自殺で亡くなっている。バブル以降、ここ数年で増えてきている。少しだけ対策も始まっている。世界中でそのような傾向があり、ストレスの多い世界になってきているといえる。交通事故が13464人。病名であげていくと、自殺、交通事故が上位にあるのが気になる。
 介護が必要になって3年ぐらいで亡くなると言われてきたが、2000年の厚生労働省の調査によると、5年以上介護している人が増えてきている。手をかけてもらうと具合が悪くても長生きできる。
(4)ADL
 ADLとは、毎日の生活に繰り返し必要なこと、日常的にやっていること。日常生活活動。食事・排泄・整容・移乗・更衣・歩行・入浴などをさす。
 介護が必要になるというのは、このADLの部分を一人で出来なくなったり、見守ってもらわないと出来なくなるということ。出来なくなる順番もある。食事が出来ないのに入浴が出来る人がいないというように。入浴→階段→歩行→更衣→トイレ移乗→排便→食事という順番に出来なくなっていく。ADLが悪い、つまり、介護が必要な人の方が早く亡くなる。ADLを保証をしていくことが、命を守ること、人権を守ることにつながっていく。
(5)道具を使ったADL
 電話・バスやタクシーを使った移乗・買い物・食事の準備・掃除洗濯・薬を飲むこと・お金の管理など。これらも出来なくなると介助が必要になる。
 
5. 高齢者症候群:高齢者がなりやすい病気について
転倒:高齢者の場合偶然ではなくて理由がある。転ぶ要因を取り除くことが大切。8回か10回に1回は骨折や脳出血につながると言われ、その意味では狭心症などと同じぐらいに重大な問題。
痴呆:一度獲得した力をだんだんと失っていく状態。記憶の障害が中心。それが日常の生活にさし障りがあるようだと痴呆といわれている。
 他に、床ずれ・失禁・せん盲・寝たきりがあげられる。
火災による死亡
 火災によって亡くなるのは、老人が多い。人種でも差が大きく、アメリカでは黒人が多い。黒人の方が貧しい人が多いことから来ていると思われる。お金持ちのスプリンクラーのついている家では火事が少ない。阪神淡路大震災の時も、お金のない人の死亡者数が多かった。
 
6. 脳について
 人の遺伝子は30000ぐらいあると言われている。脳の神経細胞は140億あるが、その1つ1つが1000から10000もの細胞とつながりを持っている。その膨大な量を、わずか30000の遺伝子でコントロールすることは到底出来ない。従って、遺伝で決定されることというのはそれほど多くなく、ほとんどがその他の環境によって作られていると言える。
 
7. 戦争と健康について
 アフガニスタンの情勢もあるので、触れておきたいと思う。戦争がどんなふうに命や健康に影響を与えるのか。90年のWHOの調査によると、暴力が全世界の疾病で、2番目にあげられている。その中でも、戦争が大きなウエイトを占めている。もう少し人間が賢くなれば、死なない人が増えると言える。しかも、最近の戦争では、死亡した割合は民間人が90%を占めるようになってきている。
 
<全体を通して・受講生の様子>
 この講義の前に、「救急救護」の講習を行ったということもあり、参加者の顔には疲れが色濃く浮かんでいた。しかし、その割にはだれることなくよく聞いていたように思う。これまでの感想を見ていても、また、参加者の直接の声を聞いても、講義形式自体が久しぶり、あるいは初めての経験で、自分も普通にこのような講習に出られるのだという自信につながっている。講師の話は、講師自身の人の命や健康への思いが強く伝わってきて、参加者にとっても刺激になったと思われる。少々、参加者達にとっては時間的に長かったようにも思えるが。
 







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION