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介護概論
 
●2001年9月15日(土)後半
●講師 檜谷照子さん(杉並区の保健婦さん)
● 全体の流れ
講義 保健婦の仕事についての紹介(実際のケースも交えながら)
檜谷さんの仕事の一日の流れの紹介
体験 高齢者の疑似体験
車椅子の試乗・押し方の体験
討議 この講義を受けて思ったこと・感じたことを話し合う
 
<講義内容>
1. 保健婦の仕事について
 檜谷さんのやさしい笑顔とあたたかい声で講義が始まった。地域に住んでいる人が、その人らしく生活できる手助けをするのが保健婦の仕事。檜谷さんが関わったケースをいくつか紹介しながら、保健婦の仕事を具体的に説明してくれた。
<ケースI>
 杉並区の方南町の担当をしていたことがある。この地域は年に30人程度の赤ちゃんが産まれる。産まれたお宅へ電話をして、訪問するのも保健婦の仕事である。保健婦は人と人とをつないでいく仕事でもある。例えば、生後2週間で母親が発熱をして赤ちゃんをお風呂に入れてあげることができない時、保健婦さんが近所に住んでいる先輩ママに電話をして、手伝いにいってあげてほしいとSOSの電話をかける。毎年、新しく母親になる方と関わるから一年目に関わった赤ちゃんが、3年後には3歳になっている。そのお母さんが、子育ての先輩として出産したばかりのお母さんへアドバイスしたり、仲間として手助けすることができるようになっていく。地域に何年もいると、さまざまな相談を受けることがあり、その問題を解決するためのネットワークが広がっていく。
<ケースII>
 子どもがダウン症で産まれてきた母親が落ち込んでいるので訪問してほしい、という電話が病院の助産婦さんからきたこともある。檜谷さんがその家を訪問してみると、昼でもカーテンを閉じて、母親はやつれた様子。近所にダウン症の子を持つ先輩ママがいたので、その方に友だちになってくれないかと頼むことにした。一週間後に、再びお宅を訪問するとカーテンも開き、母親が同じ体験をした人がそばにいてくれて、話を聞いてくれたと落ち着いた表情になった。
<ケースIII>
 介護保険制度が始まって、糖尿病で週に一度ヘルパーさんに来てもらって、掃除・炊事のサービスを受けている方がいる。初めは、自分の家に泥棒が入って物がなくなると相談してきたが、よくよく話を聞いてみると、糖尿病で目が不自由になり、また物忘れが激しくなっていることがわかった。訪問看護を頼み、家の中を歩きやすくしたり、整理することをヘルパーさんに連絡したりした。利用者さんにとって何が大事なのか、何かが足りなければ、周りでサポートするスタッフ達とどんなふうにサポートしたらいいのかを話し合うことも重要な仕事である。
 
2.檜谷さんの一日(昨日の流れ)
 朝8時30分に出勤。杉並区では朝ミーティングを行っているので、それに出る。その後リハビリ教室の応援に出かける。そこでは「ホットケーキを作ろう」という企画をやっていた。ホットケーキ作りでは、ホットケーキミックスを混ぜたり、生クリームを泡立てたりする時の“混ぜる”という作業がリハビリにあたる。
 その後自転車で40分かけて高円寺へ向かい、83歳の男性宅へ理学療法士と共に訪問した。この方は最近2度転んでしまったため、筋力をつけるためにトレーニングのプログラムをつくる必要があった。
 いつも訪問で感じるのは、これからホッとしようという年代に病気が突然襲ってくるということだ。保健婦の仕事は何でもありで、コレが必要だと思えば、チームワークを組んでいる地域の人と相談して実行する。いろんな方と出会えることが楽しみでもあり、そのおもしろさに惹かれて続けられるのかもしれない。
 
3. 受講生からの質問
Q.「保健婦にどうしてなろうと思ったの?」
A.小学校の頃に、今の保健室にあたる衛生室でけがをした子に赤チンを塗ると、その時に「ありがとう」と感謝されるのがうれしかった。看護婦になろうと思って看護学校に入った。先輩の看護婦さんを囲んで話をした時に、今すぐ看護婦になるのではなく保健婦になるために一年使ってもいいかもと勧められた。農村実習で宮城の築館というところで出会った保健婦さんに憧れたことも影響している。その時は保健婦の採用試験も終わってしまっていたが、当時は受ければ受かる時代だったので、補欠募集を受けた。
Q.「保健婦とヘルパーの関係を知りたい。」
A.チームで仕事をしている。役割はそれぞれ保健婦・ヘルパー・ケアマネージャーとあるが、重なり合う部分も多い。炊事・掃除・買い物といった一般生活のしづらさがあった時に、どうしたら生活しやすくなるのかをチームで考える。糖尿病の利用者だったら、個人の好みを聞いたりしながら栄養面も考えなくてはならない。利用者一人に対して、訪問指導員・訪問看護婦などいろんな方が携わり、関わりながら、それを調整していくのも一つの役割である。保健婦は地域の相談窓口である。ケアマネージャーという資格をもった人が介護保険認定を受けた方に必ず一人つく。介護保険を利用する者のサービスの調整役である。
Q.「保健婦をしていて、大変なことは?」
A.訪問が必要だと判断して伺った時に、「何で来たー!」と怒鳴られて追い返されてしまうこともあり、そんな時はとてもつらい。困った時には仲間に相談してみる。
 
4. 疑似休験
(1)高齢者体験
 高齢になるとどんな状態になるのか、いくつかの動作を通して実際に体験してみる。
・関節が曲がりにくくなる→サポーターを肘、膝、かかとにつけ動かしにくくする。
・白内障になって視野が狭くなる→黄色いセロファンに覆われたメガネを着用する。
・耳が遠くなる→耳栓をする。
・手先、指先の動きが鈍くなり、自由に動かない→指先のつまった手袋を二枚重ねにしてはめる。
・足、特につま先が動かないのでちょっとした段差も躓きやすい→片足1kgの重りを両足につける。
 動作は、2人1組になって、1人が疑似体験してもう1人が安全を守るサポート役になった。
 
 
 
行動1. 買い物をする
 財布をあけて小銭を出す動作と、菓子パンに表示されている賞味期限をチェックすることをやってみる。また、ホワイトボードに貼ってある色紙に品物(商品)の名前を書いた紙を見て、どれが一番見やすいのか見比べて見る。
 ボタン、がま口、チャック、小さめ、大きめなど、いくつかの種類の財布を手に取って、お金を出す動作をしてみる。いつも通り開けようとしても時間がかかり、指先に自由が利かないことを体験する。菓子パンを見ると、賞味期限は小さく表示されている上に、パンの色と区別がつきにくく、読みとることが難しい。普段は白い紙に書かれているものが最も見やすいが、白内障になると色の区別がつきにくくなり、白に黄色で書かれたものなどはなかなか見えないことを体験する。
行動2. 飲み物を飲む
 ペットボトルのジュースの蓋を開けて、自分の飲みたい量を紙コップに注いでみる。指先が不自由なため、蓋を開けることが難しい。ラベルの色もジュースの色も見分けにくい。
行動3. 新聞を読む
 新聞をひろげて読んでみる。細かい字が読みにくい。
行動4. 自動販売機で、小銭を入れてジュースを買う
 小銭をつまむのが大変。小さな穴に入れることも難しい。ポケットに小銭などが入っていた場合、出すのがとても大変だと思われる。
行動5. テレホンカードを机から手に取り、矢印の方向に入れてみる
 テレホンカードを手に取ることがまず難しい。矢印が見えにくい。
行動6. 体を動かす
 階段を上り、下りする。靴を履いて外に出る。靴を脱ぐ。トイレでしゃがんでみる。足に重りがついているため、バランスをくずしそうになる。階段などでは手すりを使ったほうが楽なことを発見する。
 
 
 
(2)車椅子体験
 4人一組に一台の車椅子を用意。注意事項として、車椅子の前方が下がるということは危険であること、車椅子は座りにくくツライもので乗り心地は悪いということを、午前中の講義をしてくださった作業療法士の方から説明を受けた。
 車椅子は、長い距離を歩くことができなかったり、歩けないために使うもの。車椅子に座ったときに腰よりも膝の位置が高いと踏ん張りが利かなくなりバランスが悪い。深くは腰掛けない。車椅子は座面の高さ、奥行きなど乗る人の姿勢にあわせ調整できるようになっている。座布団を引くよりも舟形クッションというもの使うと肘の位置が変わらない。肘の位置などで左右のバランスがくずれることもある。フットレストや肘掛けが外れるようにできているのには、理由があることも教えられた。
 老人が自分で車椅子を漕ぐということは外では全くないし、室内でもほとんどない。車椅子を自分で漕ぐのは若い人が脊髄損傷などで筋カトレーニングを兼ねているのがほとんどである。
 
外に出てみると・・・
 30分間近く実際に外に出てみる。車椅子を押したことはあっても、乗るのは初めての受講者がほとんどであった。段差が多い上に狭い歩道なので、押されている方も押している方も緊張した様子。会場の玄関を出て、その近辺150M近くを車椅子に乗る人を交替しながら廻り、会場に戻った。段差に気を使い、横を通り抜ける自転車に気を使いながらなので時間がかかった。
 
5. グルーブ討議
 疑似体験や車椅子体験をしてみたことについてグループで感想を交流し合う。
・ 日頃、車椅子の人や老人を街で見かけることもある。そんな時「何とかなるんじゃないの」と思っていたが、今日は実際体験してみて、段差や傾斜にバリアフリーのへったくれもないなと感じた。
・ 一日、車椅子の人のフリをして街に出たことがあったが、その時見て見ぬ振りをされた。これでは怖くて外に出られなくなってしまうなと感じた。
・ 普通に暮らしていると分からないが、疑似体験をして不自由さを実感した。耳が聞こえないというのはものすごい恐怖だと思った。閉塞感を不安に感じた。新たに発見したことの一つである。
・ 視野の狭さや足の重さは高齢者にとって複合的に重なってくることだから、人の協力サポートが必要なのだと思った。
・ 車椅子は押す人と乗る人の信頼関係が大事だと感じた。
・ 今日は何度も身体の感覚で覚えている場所だったので躓かなかったけど、サポーター(関節を動かしにくくするもの)や重りをつけて初めての見知らぬ場を歩けば、きっと躓いてしまうだろう。
・ 車椅子に乗ってみるのは初めてだったが、デコボコ道は不快に感じるし、段差もたくさんあってバリアフリーじゃないことを改めて感じた。
・ 駅の改札口や切符売り場で老人が手こずっている様子を何度も見かけることがある。助ける声を誰もかけようとしないのはおかしい。
・ めがねを取るときと耳栓をはずすときは、解放された感じがした。つけていて違和感を感じてしまった。家の中にいて、外に出たくなくなるのも分かる気がした。
・ 車椅子は乗っている方が怖い。
 
6. 檜谷さんからのメッセージ
 看護は手と目で護ると書きます。介護も生活上の基本的ニーズに対して手助けしていくことです。杉並区に住む一人暮らしの老人がこんなことを語っています。
 「自立して生きるというのは当然のことだ。介護が必要になってからではなく、自立して生きていくためにサポートが必要なのだ。これからは「生きていて良かった」という生がまっとうになるのだ。」
 足の不自由な人にとっては、杖をついて歩くことができれば自分の決めた方向に進むことができるが、車椅子の人にとっては本人が決めることができないこともある。右に行きたくても、左に連れて行かれてしまう。押している人が自分を勝手に連れて行ってしまうこともある。感想にも出たが、信頼関係がとっても大切なことだ。
 外出できなかったり外に出にくくなると筋力も落ちていくが、仲間と集う場があることで「〜さんに会いに行くために」と外に出るきっかけをつくることも大切である。外に出ようとすれば、身だしなみを整えたり、服を選んだり、化粧もする。そうすることで心も開かれていく。やれることをやろうとする意欲が湧いてくる。そうすれば地域で見守っていくこともできる。
 
<受講生の様子>
 とってもやさしい雰囲気の檜谷さんに、初日の緊張をほぐされながら講義を受けていた。初日ということで、この講座によりいっそう興味を感じるようにと話よりも体験を重視した。そのため受講生の気持ちも途切れずに参加できていたように思う。高齢者の疑似体験や車椅子の体験は、実際に体の不自由な人の気持ちをわずかではあっても感じることができ、ハンディのある人にとって「生きにくい世の中」を実感していた様子だった。受講生にとって、自分が気づいていないところでつらい思いをしている人がいることの発見は、大きく視野の広がる経験だったのではないかと思う。高齢者や体の不自由な人の気持ちの理解が要求されるヘルパーの仕事をこれから学んでいく彼らにとっては、これからの講義に大変役に立つ体験だったのではないかと思う。
 







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