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ヒューマンファクター調査研究委員会第3回検討作業部会
(議事概要)
1. 日時 平成14年9月18日(水) 午後2時30分から同4時50分
2. 場所 高等海難審判庁審判業務室
3. 出席者 松岡委員、喜多(裕)委員を除く部会メンバー
加藤委員長、堀野委員、黒田委員、冨久尾委員、峰委員、増田委員、吉田委員、厚味委員
4. 議題
(1)(議事テーマ)航空分野におけるヒヤリハット情報の収集と有効活用の現状について
5. 資料
(1)議事次第
(2)座席表
(3)講演用レジュメ(石橋 明氏)
(4)講演用レジュメ(広瀬省三氏)
6. 議事概要
6.1 講演 「航空における安全報告制度の生い立ちと我が国における検討経緯」
  講演者 石橋明氏(有)日本ヒューマンファクター研究所 研究開発室長兼事務局長
  講演目次 (1) Aviation Safety Reporting Systemの生い立ち
      i) 安全文化の芽
        ハンガーフライト
        ギザ帳
      ii) ハインリッヒの法則
      iii) TWA514便事故とNTSBの勧告
        概要と問題点
        成果:「安全情報の水平展開」
      iv) 安全勧告制度の具備すべき要件
        免責性、秘匿性、公平性、簡易性、貢献性、フィードバック
        報告制度そのものの要件
      v) 事故調査
        NTSBの事故調査
        ICAO Circular247
      当事者エラーと組織エラー
      エラーを誘発する状況の流れ(EFC)
      リスクマネジメントと危機管理
      ヒューマンファクターの科学的アプローチ
      VTAの基本型
      M−SHELモデル
      墓標安全から予防安全ヘ
      セーフティマネジメントサイクルの構造・・・「安全文化の創造」
    (2) 我が国における検討の経緯
      国際的安全推進活動への参画
      国際安全セミナーの参画
      我が国で国際航空安全セミナー
      設立を目指した研究を開始
      シンポジュウムの開催
      「免責制度」に対するアレルギー
      報告事象のイメージが一致せず
    (3) 各社、各セッション毎の取り組み
      FSF−Jの設立と安全情報の交換
      Flight Safety Foundation−Japanの設立
      その後の世界の情勢と国の動き
    (4) 国家的取り組み
       ATEC(広瀬省三氏「我が国における航空安全情報ネットワークの紹介」)
 
(1)主な講演内容
 ハインリッヒは、「産業災害防止論」という論文の中で、1:29:300の法則を論じている。一つの重い災害が起きる背景には、同じ原因で29件もの軽い障害を伴う災害が起きている。更に、その背後には、同じ様な原因で300件にも及ぶ、けがはしていないが、わずかに物が壊れたとか、あるいは若干変形したというたぐいの災害が起きている。したがって、この300件レベルのささいな失敗に注目すれば、かなり予防安全が可能になってくるのではないかという発想がとられてきた。
 1975年、米国連邦航空局は、安全情報を水平展開出来るような制度を国が責任を持って作るべきであるというNTSBの勧告を受けて、ただちにインシデント報告制度を発足させたが、いわゆる監督権、処罰権を持っているところが自ら運用したために失敗した。
 しかし、翌年、第三者研究機関であるNASAのエイムス研究センターに移管して、ASRS(航空安全報告制度)として成功し、世界各国へ波及していった。
 安全報告制度の具備すべき要件として、免責性(報告者が処罰されないこと)、秘匿性(匿名性を堅持すること)、公平性(第三者機関が運用すること)、簡易性(手軽に報告できること)、貢献性(安全推進に貢献できる制度)、フィードバック(確実に役立っていることを本人に伝えること)というような条件が考えられる。
 NTSBの事故調査というのは、再発防止対策を構築するという大目的がある。
 このため、いわゆる責任追及ではなく対策指向型の行動をとっている。
 そして、事故現場の調査、原因との関連、公聴会、実験室、残骸の組立、再現、対策の誘導、勧告の発出と言うような活動をしている。
 ICAO(国際民間航空機関)でもCircular247という事故調査を行っている。誰が過ちを冒し、罰せられるべきかではなく、何故事故が起きたかを究明することによって航空システムの何が不具合だったのかを指摘することになっている。
 責任追及や処罰は、事故防止の手段としては限られた価値しかもたないことが明らかになっている。
 事故事象の捉え方として、事故が起きると誰がやったのか、どう処罰するかということで一件落着しがちであるが、そうではなく、何故起こったのか、どうすればいいのか、対策は何かという所まで検討しなければ再発防止にはならない。いわゆる責任指向型から対策指向型への発想の転換が重要である。
(2)講演に対する質疑応答、意見
 石橋明氏の講演に引き続き広瀬省三氏の講演が行われ、その終了後に両講演に対する質疑応答が行われた。
6.2 講演 我が国における航空安全情報ネットワークの紹介
  講演者 広瀬省三氏 (財)航空輸送技術研究センター 技術部付部長
  講演目次 航空安全情報ネットワーク Japan Aviation Safety Information Network(ASI−NET)
        設立経緯
        目的
        運営組織
        運営委員会
        作業部会
        (財)航空輸送技術研究センター(AFEC)
        ASI−NET参画組織
        情報源
        登録報告数
        運航乗務員からの報告数
        データの分類
        用語の統一
        運航安全に関する提言・要望
        免責制度
        今後の課題
      世界の航空界における自発的安全報告制度
        世界の航空会社の死亡率
        死亡事故を更に低減させるため
      ICAO(国際民間航空機関)における取り組み
        ICAO第13付属書第8章(事故防止対策)の改訂
        Incident Reporting systems
      Global Aviation Information Network(GAIN)
        GAINの目的
        GAINの活動
      ASRS(Aviation Safety Reporting System)
        運営方針
        事象の分類と報告の対象
        報告の処理
        出版物
        ASRSの他分野への応用
      その他の国の自発的安全報告制度
        System名称および運営母体(ICASS Meeting参加国)
        報告者の範囲と報告数
        報告者の保護
      まとめ  
(1)主な講演内容
 航空安全情報ネットワーク(Japan Aviation Safety Information Network)
設立経緯
 平成8〜9年度にインシデント等情報交換システムに関する調査研究委員会において、システム構築に関する提言がなされた。
 平成10〜11年度に航空安全情報交換システム構築委員会において、具体的構築の検討、システムの開発がなされた。
 平成11年12月1日から航空安全情報ネットワークが運営開始になった。
 航空安全情報ネットワークの目的は、航空安全情報を一元的に収集し、その情報を参画組織間で共有し有効に活用する。また、これらの情報を分析し、関係者への提言、要望等を行うことである。
 この業務を行う事務局は(財)航空輸送技術研究センター(ATEC)に置かれている。ATECは、平成元年に航空三社が発起人になって設立され、航空会社及びメーカー等からの賛助会費、航空局からの調査研究受託費等により運営されている。
 航空安全情報ネットワークに参画しているのは、JALグループ7社、ANAグループ4社、JASグループ2社、独立系3社、JAPA(日本航空機操縦士協会)である。
 情報源としては、運航乗務員からの自発的安全報告(ヒヤリハット情報)、機長報告(ヒューマンファクター関連のデータ)と航空局からのイレギュラー運航情報、ICAO(国際民間航空機関)ADREP(事故・インシデント報告)である。
 登録の報告数は、2000年以降の運航乗務員からの自発的安全報告が61件、機長報告が140件、1999年以降のイレギュラー運航情報が544件、1974年以降のADREPが約7,300件となっている。
 運航安全に関する提言・要望として、平成13年7月、航空局に対し、運航乗務員と管制官との間で乱気流に関する情報を積極的に交換するよう通知を行った。
 また、現在、免責制度、TCAS RA(不要な衝突防止装置による回避指示)の低減について、提言・要望を検討中である。
 今後の課題として、法的な免責性、報告者の範囲の拡大、フィードバックの充実、広報活動の促進等を考えている。
 世界の航空界における自発的安全報告制度の紹介
 その他の国の自発的安全報告制度の紹介
(2)石橋明氏および広瀬省三氏の講演に対する質疑応答、意見
 報告数が年々減少している理由をどのように分析しているか。
 機長報告は航空会社の規定で以前から行われており、機長報告自体が減少しているわけではなく、一定のレベルで報告されている。ただし、そこからセレクトされてASI−NETへあげるときに、担当者によって基準が異なるのではないかとの懸念がある。これについては、基準の統一まではいかないが、ある程度意識の統一をしてやっていこうとしている。
 報告制度ができたころは物珍しさもあってか、どんどん報告があったが、時間がたつと少しだれてきた感がないでもない。
 海の方でインシデントレポートを集めるシステムを導入したときの経験では、最初は非常にたくさんの資料が出てきた。その理由は各自のストックデータが出てきたということで、それが一通り出たところで報告数が減少した。その後、いいシステムだ、協力しなければとか、守秘義務がどの程度守られているか、フィードバックがどうなっているなどについて知られるにつれて、また増加した。
 データの収集が終われば目的の50%以上は達成されたというぐらい重要課題である。
 このためには非懲戒性、報告しやすい方法、個人的な恥の文化というものに対する対応などの諸問題を処理する必要があることを痛感した。
 アメリカの場合も最初はあまり集まらなかったのは事実のようで、現在のように毎月3,000件近い報告が集まるようになったのは、それなりの努力、工夫がなされたからである。過去のシンポジュウムの講演でも苦労話が述べられていた。アメリカのパイロットの場合、免責というのは具体的に罰金が許してもらえるということである。最初5日以内に報告を出せば免除するということで発足したが、それでは短か過ぎるということで10日以内に変更して救われる者が多くなった。
 最初から大型のコンピュータを導入し、コンピュータの態勢はしっかりしていたが、それを分析したり、フィードバックしたり、「CALLBACK」誌というフィードバック誌を作って配布する技術は初めからはうまくいっていなかった。
 その後、非常に努力を重ね、ヒューマンファクターに詳しいパイロット、管制官がリタイアするとすぐにお願いして増員するなどの努力で、79年、80年ぐらいになってだんだん報告が集まってくるようになった。
 また、79年にスリーマイル島の原子力発電所の事故が発生し、全米的にヒューマンファクターに注目が集まった結果、この報告制度もだんだん増えてきたとも言われている。
 初めからうまくいったわけではなく、努力の積み重ねがあって今のような立派な制度に出来上がったといえる。
 参画組織について一元化はしているが、航空会社グループ内部での共通情報も持っているとの説明があったが、グループ内部だけの共有だけを認めてしまうと、全体の安全、トータルなセーフティーの維持、バランスは崩れないか。
 元々は大手3航空会社だけがこうした報告制度を持っていたところへ、各グループもどんどん吸収してグループとしてまとまった。特に小さい会社では秘匿性といってもすぐわかってしまう。その意味で小さい会社も大きい会社と一緒にやれば秘匿性についてある程度意味がある。
 各グループで制度を進めた上に乗るような形でASI−NETを作ったということであり、各グループ内で上がってきた情報がすべてここへ上がってきているわけではない。想像であるが半分ぐらいかと思われる。ある程度各社の自主性に任せている状況である。
 バランスに関し、外国では直接パイロットがネットワークヘ報告している。
 日本でも初めはそうしたものを目指したが、免責の問題があってこうした形にならざるを得なかった。ただし、各社とも安全意識はだんだん浸透しており、自分のところだけで隠して他には出さないということはなくなっていくものと期待している。
 制度の予算、所要経費、ランニングコスト、機材、人件費はどのくらいか。
 また、それを賄う面での苦労はあるか。
 アメリカの場合「CALLBACK」というニュースレターを毎月15万部発行し、10人を雇い、年間1.7億円使っているという話である。ほんとうは4億円ぐらい欲しいが最近FAAも渋くなっているとのことである。
 日本の場合、コンピュータ回線でつながっており、その経費のみである。人件費についてはATECで吸収している。立ち上げ時のコンピュータシステムは1,800万円ほどで、その8割は助成金、2割をATECが負担した。ランニングコストについては、コンピュータシステムの維持・管理だけであり、データを上げる航空会社の担当者の人件費は各航空会社が負担している。したがって特に表に出る金はない。
 アメリカでは、自家用機の人からはどの程度報告され、またフィードバックされているのか。
 アメリカの場合、エアライン・パイロットが6万5千人で、年間2万件以上の報告があり、70%はこれらによるものであり、つまり3人に1人は1年間に1回報告しているということになる。自家用パイロツトの数はこの10倍であるが、報告を出す人は少ない。
 なお、軍関係はまた別の組織があり、この報告制度に出してはいけないということはないが、軍の関係者で出す人はあまりいない。
 軍関係でも輸送部隊の人はエアラインと一緒に航空路を飛んで飛行管制を受けたりするので、そのような人達は報告しているようである。戦闘機乗りからの報告は聞いたことがない。
 アメリカの報告制度においては、ヒヤリハットの相手、エアライン、軍、自家用機の別は入っているか。
 当然入っている。なお、この報告制度はパイロットに限るものではなく、整備士、管制官、最近は客室乗務員でもよくなっており、分析官として客室乗務員のスペシャリストが就任している。
 発足した当時からずいぶん代わっており、幅広く適用されるようになっている。
 ヒヤリハットの報告の内容も変わっているということか。
 幅広いヒヤリハットが出てきている。
 営業に関して、失敗とか苦情という形で情報を集めようとしたことがあるが、自分の恥は出したくないが、人の恥は聞きたいという感じであった。航空グループ社で出される情報がそういう部分でフィルターがかかっていないか。また、制度を立ち上げるときにどのようなことでクリアしたのか。
 書いた人が100%本当の事を書いたかわからない。また、会社の担当者が上げる際に多少の脚色というかフィルターがかかる可能性はある。上がってきた報告が100%実際にそのとおりに起こったかということについては知るすべがないという現状である。
 アメリカの場合、事故に関した情報は直ちにNTSBおよびFAAに通知されるということであるが、犯罪と事故の区別は具体的にどういうものか。
 初代の運用責任者、チーフは弁護士でもあり、法律家が判断を行っている。
 犯罪に関係があるというものは法務省へ送り、これは事故だというものはFAAに送る。ヒューマンファクターの問題だということになるとこの組織で扱うというスクリーニングを法律の専門家が行っている。
 データから航空の世界では、何千回のフライトにどのくらいのヒヤリハットが出てくるということはわかるか。
 そういう研究結果のデータはない。ハインリッヒの「1:29:300」は確率分布則で、統計値ではなく、この確率分布が最もよいというものでも、これが正しいというものでもない。
 データとして日常運航の中での数はつかめていないが、危険因子が小さい芽のうちに摘んでしまおうという発想が非常に受け入れられており、効果があることがわかっているので、各航空会社で採用して実施しているという状況である。
 報告することは顕在化した事故がどんどん減っていくことに貢献しているはずである。顕在事故が減っているという手ごたえは見えているか。
 航空会社の死亡率として示したグラフは、世界の航空事故である。地域別に細かく見ると、北アメリカとかヨーロッパは非常に少なく、アフリカや南米は非常に高い。特に日本はこの十数年間定期航空の死亡事故は出ていないなど、地域によって違いがある。世界的に見ると突出したところがあり、そこが減らないと全体的に減らない。アメリカについて見るとほぼ直線だが、多少は下がっている傾向は見られる。







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