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2 ヒューマンファクター概念に基づく事故調査
2.1 ヒューマンファクターの定義
ヒューマンファクターとは、「機械やシステムを、安全に、しかも有効に機能させるために必要とされる、人間の能力や限界、特性などに関する知識の集合体」
 
 一見、人間の不注意とか過失とかエラーと認められるような現象を、なぜそのような不注意とかエラーが起こったのか、その背後にある要因を科学的に冷静に分析すると、表面的には見えないものが実はいろいろと系統立って見えてくるので、それを裏返すことによって事故の防止ができるのである。
 すなわち、再発防止は、人を罰することではなく、システムを変えるとか、機器の改善をするとか、あるいは、手順を変えるとか、組織を組み替えることによって、できるものである。
 ところで、ヒューマンファクターという言葉は、時代とともに、質的に変化してきている。それは、人間が便利なようにいろいろと機械を作ったが、結局は機械を作るのも人間である。その際、人間の特性を知らないまま機械を作り、それを補うために人間にいろいろな仕事をさせ、機械を安全に操作するために、教育訓練を行っている。ところが現実には、事故は減らない。そこで、事故が起きないような機械、環境、マニュアルを作ったら良いのではないかというように大きく変わってきており、現在では、ヒューマンファクターとは、「人間が作ったシステムがうまく動くようにすることに対する人間の努力や能力を示す。」のような定義になりつつある。
 
 以上のことを、本事業での「ヒューマンファクター概念」の定義とする。
 また、ヒューマンファクター概念に基づく海難・危険情報の調査に当たっては・我が国の安全文化に関する意識がかかわってくるため、安全文化の重要性及びリスクマネジメント(リスク管理と危機管理)についても検討した。
 
2.2 ヒューマンファクター概念を導入した事故防止の実例と教訓
(1)航空・宇宙分野
(1)ボーイング747で採用されている一針高度計
 約60年前に米国空軍で心理学者が提案したアナログ計とデジタル計を併用した高度計が今もなお使用されているが、目の機能の特性をうまく使ってデザインした良例である。
 これは、700人にも及ぶパイロットに対するインタビューから、高度に対する認識と知覚の間にギャップがあることが突き止められ、それまでの針3つの高度計を現在のようなデジタルとの併用に改められたものである。
 この場合の学ぶべき点は、以下のとおりとされた。
 
米空軍一針高度計研究の今日的意義
1. 事故の再発防止を重視
−ミスをしたパイロットを責めない−
2. 学際的視点の先見性
−心理学と航空機事故とのギャップ−
3. 知覚と認識のギャップに焦点
−タスク分析、H.Iデザインの先駆−
4. 人間工学方法論の先駆
(1)直接観察 (2)科学的測定 (3)現場意見重視
 
(2)NASA(米国国家航空宇宙局)におけるチャレンジャー事故の教訓
 この事故の教訓として「作業者が特有のスキル、生き甲斐を感じている仕事は自動化しない。」ということが重要であることが分かった。
 なお、自動化の是非について次のように述べている。
 
自動化の原則(NASA.1988)
してはならないこと(Should not)
1. 作業者が特有のスキル、生甲斐を感じている仕事を自動化しない。
2. 非常に複雑であるとか、理解困難な仕事を自動化しない。
3. 作業現場での覚醒水準が低下するような自動化をしない。
4. 自動化が不具合のとき、作業者が解決不可能な自動化しない。
 
すべきこと(Should)
1. 作業者の作業環境が豊かになる自動化をせよ。
2. 作業現場の覚醒度が上昇する自動化せよ。
3. 作業者のスキルを補足し、完全なものにする自動化せよ。
4. 自動化の選択、デザインの出発時点から現場作業者を含めて検討せよ。
 
(3)航空機における事故が減らない理由は、各種航空機事故を見るとヒューマンエラーをどう克服するかの問題が依然として残されていることが分かった。
 
(2)自動車分野
(1)過積載のタンクローリーの横転事故
 過積載ができるタンク部分の過剰な傾斜を不可能とするような構造の検討、エンジニアリングが必要である。更には過積載をしなければならない要因の検討が必要である。
(2)自動車を作る際には人間工学が応用されているが、交通システムの分野での導入は遅れている。
(3)交通事故を全て犯罪視していることの問題
 運転手がかかわっているのは事実であり、何らかの関与をしていることは間違いないが、それが全てという考え方の処理は間違いである。
(4)特定の無信号交差点における事故多発事例
 現場の莫大なビデオ資料をもとに信号機を設置すると事故が減少したという実例がある。
(5)信号機のある交差点での衝突事故の原因
 信号機の環境側にも改善すべきことがあり、例えば灯火が背後の太陽によるグレア現象で見えないことがあることを明らかにした実例がある。
(6)高速道路の標識の問題
 「知覚の認識のギャップに焦点」を当て、ドライバーの描いているメンタルモデルとリアリティーにずれがあると、大体そこで事故の遠因が作られる。
 ギャップをなくすようにやれば、安全管理は合格である。
 ギャップのあるところに、原因が潜んでいる場合が多い。
(7)英国におけるロータリー交差点の道路標識
 ヒューマンエラーを予測して標識中の円表示の一部を切って成功した例がある。
 
(3)鉄道分野
(1)新幹線
 新幹線の乗客の人身事故は、過去38年間に「三島駅において、乗客がドアに手を挟まれ1人死亡した事故」のみである。
 新幹線における安全性、信頼性の確立は、最初からヒューマンファクターズを中心に捉えたシステムを設計し、導入した努力の成果である。
 
(2)信楽高原鉄道事故
 システムエラー、ヒューマンエラーの観点から調査し、その結果、原因はシステムエラーにあることを突き止めた事例である。
2.3 ヒューマンファクター概念を導入した海難調査手法の実例
 当委員会及び同検討作業部会においては、様々な事故原因等の調査分析手法及び調査の方法が紹介された。(巻末資料42〜48頁参照)
 海難調査手法として具体的に示された例は次のとおりである。
 
(1)VTA調査手法(Variation Tree Analysis)による海難原因調査
ヒヤリハット例
 狭水路を航行中、対航船に対して、交信するが反応せず。衝突回避のため左転するが、正船首方に引船列が存在し、危険を感じて、減速右転して衝突を回避した。
 
狭水路で複数の船舶接近
VTA調査手法を活用すると、事象の関連性の中で、どの時点で問題が解決されれば、ヒヤリハットが発生しなかったのか等が解析できる。
 
VTA解析−狭水路で複数の船舶接近
 
(2)海難事例のフローチャート表示による海難原因調査
 具体的な海難事例に基づき、時系列、事象別、ヒューマンファクター及びその他をフロチャートで表示すると、以下のとおりになる。
 
事件の概要
 霧のため、視程約400メートルとなった視界制限状態の乙港の可航幅約200メートルの甲水路内において、約10ノットの速力で入航中の総トン数8,581トンのロールオン・ロールオフ貨物船A丸と水先人が乗船し引船に先導されて約5ノツトの速力で出航中の総トン数24,278トンの自動車運搬船B丸とが衝突した。
 
〔航跡図〕
(拡大画面:18KB)
 
フローチャート表示内容の概略
(A丸側)
 C社長が秘書を通じて直接指示をE船長に出した。E船長は、その結果、精神的負担を感じたため、安全な速度にしなかった。
 D三等航海士は、機器故障の修理をしていたため疲労していた。その疲労とE船長の配置転換の指示がなく、さらに、海図の改補をしていなかったので不安になっていたため、集中力が欠如していた。
 D三等航海士が、B丸を起重機船と取り違えているが、E船長がD三等航海士に報告する旨の指示をしていない。
 E船長は、岸壁工事が気になっているが、15時38分と39分にレーダーによる動静監視が不十分となっていた。
(B丸側)
 F水先人は、本船乗船前に18時間の連続作業をしており疲労していたことに加え、入航船の情報をとっていなかった、G船長とも打ち合わせをしていなかった、引船船長からも十分な連絡がなかった。
 F水先人が、15時38分パイロットチェアに座ったことは、疲労が原因と思われるが、その結果レーダーによる動静監視が不十分となっている。
 G船長は、岸壁工事が気になっていたため、目視によりその方向のみの見張りをしていた、また、F水先人をかなり信用していた点から、A丸に注意を払っていなかった。
 
 なお、F水先人、E船長は、どちらも霧中信号を行っていない。
 
 このような状況から、両船とも速力を減ずることなく航行し、衝突直前には、衝突回避措置を講じたが間に合わず衝突した。
 
フローチャートの説明
 
(拡大画面:73KB)
 
 海難事例のフローチャートは以上のとおりであるが、その他、理想としては「各事象相互間の重要度」を、例えば順位を付けて記入したいと考えている。







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