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青年の自立と居場所問題
資料「学校融合論」ノート
中山 弘之(名古屋大学)
 
はじめに
 1980年代半ばにおける臨時教育審議会(以下、臨教審と略記)以降、教育政策における「教育改革」の基調の一つとして位置づけられてきたのが「生涯学習体系への移行」である。臨教審最終答申提出(1987年8月)以降、文部省(当時)において社会教育局が生涯学習局に改組され(1988年7月)、また総合行政としての生涯学習行政が展開される中で、戦後社会教育(行政)は再編・解体が進みつつある。
 ところで、学校教育と社会教育双方の統合再編を意図する「生涯学習体系への移行」は、社会教育のみならず、「生涯学習のための機関としての学校教育」、「開かれた学校」など、学校に関わる政策も位置づけてきている。それゆえ、今日の学校経営をめぐる「教育改革」を分析するさいも、社会教育・生涯学習とのかかわりを意識することが求められる1)
 そこで、本稿では、1990年代後半期以降、主として社会教育・生涯学習の分野から提起され、今日の政策側における「教育改革」において、学校と社会教育・生涯学習の関係をあらわすキーワードの一つとなりつつある「学社融合」に注目し、その性格を明らかにしたい。
 
1.「学社融合」の意義
(1)「学社融合」の提起と展開
 近年の「学社融合」の考え方は、栃木県教育委員会が文部省の社会教育指導充実強化事業を受けて行った調査研究の中で1995年に提案されたもので、国レベルの公的文書では、国立青年の家・少年自然の家の在り方に関する調査研究協力者会議の報「国立青年の家・少年自然の家の改善について」(1995年7月)においてはじめて公表されている2)
 翌年には、生涯学習審議会答申「地域における生涯学習機会の充実方策について」(1996年4月)において、「学校教育と社会教育がそれぞれの役割分担を前提とした上で、そこから一歩進んで、学習の場や活動など両者の要素を部分的に重ね合わせながら、一体となって子供たちの教育に取り組んでいこうという考え方」として「学社融合」が提言され、社会教育施設が学校教育で活用できるようなプログラムを開発すること、学校と社会教育施設間の人事交流、学校教員の青少年教育施設における研修などが課題とされている。また、中央教育審議会(以下、中教審と略記)答申「今後の地方教育行政の在り方について」(1998年9月)においても、「学校をはじめとする地域の様々な教育機能が協調・融合して、子どもの成長を担うことが求められており、このような地域の教育機能の協調・融合を支援し、促していくこと」に教育委員会が役割を果たすべきことが提言され、「融合」という用語が用いられている。なお、1996年から、文部省は「学社融合推進プロジェクト」を実施し、「体験学習プログラム開発事業」、「教育ネットワーク構築推進事業」、「環境浄化活動推進事業」を国立青少年教育施設、都道府県・市町村教育委員会に委嘱している3)
 そして、この頃から、教育雑誌や教育関係学会誌において「学社融合」に関する特集が組まれたり、「学社融合」をキーワードにした著書も公刊されるようになるなど、「学社融合」は「教育改革」における一つのキーワードとなりつつあるといえるし、雑誌『学校経営』でも特集が組まれるなど、「学社融合」は学校経営研究においても無視できないキーワードであると思われる4)
 
(2)「学社融合」の定義
 以下、「学社融合」の代表的論者と考えられる山本恒夫氏の所論を中心に、「学社融合」論の意義、活動形態と組織体制について検討する5)
 山本氏によれば、「学社融合」には、「狭義」と「広義」の二種類あり、「狭義」の「学社融合」とは、「社会教育と学校教育が」、「その一部を共有したり、共有できる活動を作り出すこと」であり、「学社連携から学社融合へ」という場合の「学社融合」は「狭義」のそれである。一方、「広義」の「学社融合」は、「社会の中のさまざまな教育・学習活動と学校教育がその一部を共有したり、共有できる活動を作り出すこと」であり、「学校と地域社会の連携を問題にする中でいわれる学社融合」は「広義」のそれである6)
 なお、「学社融合」における「融合」の意義は、「複数の個がそれぞれの機能のすべてか一部を共有化して、新たな機能を備えた、より上位の次元の個を作ること」である7)
 
(3)「学社連携」と「学社融合」
 従来、学校教育と社会教育の連携や協力をあらわす用語としては、「学社連携」という用語が一般的に用いられてきた。これは、文部省社会教育審議会建議「在学青少年に対する社会教育の在り方について」(1974年4月)によれば、「家庭教育、学校教育、社会教育がそれぞれ独自の教育機能を発揮しながら連携し、相互に補完的な役割を果たし得るよう総合的な視点から教育を構想する」という意義であった。
 このような「学社連携」について、山本氏は、「従来からいわれてきた連携は、学校教育と社会教育がそれぞれの立場で協力しあうことであり、お互いが共有するところがあるわけではなかった」ととらえ、「融合は学校教育でもあり社会教育でもあるような活動を作り出したり、現にどちらかで行っている活動を両者共有のものとしても認めたりすることである」と、「学社連携」と「学社融合」の相違点について述べている8)
 このように、「学社連携」と「学社融合」との相違点は、学校教育と社会教育の「連携」の形態と組織体制の問題として、両者「共有」の活動の有無にあるととらえられている。それゆえ、「学社融合は、学社連携を否定するものではない」と認識されている9)
 
(4)「学社融合」のメリット10)
 以上のような意義をもつ「学社融合」の持つ「メリット」としては、「学校側」からは、「児童・生徒の個性の伸長を図り、創造性を育成する機会を大幅に拡張できる」こと、「教師」も「地域の人々との交流ができるし、さまざまな刺激を受けることによってより一層の自己向上を図ることができる」こと、「学校全体としても、地域に支えられた学校となること」が挙げられている。
「地域社会の人々の側」からは、「学校のもつ貴重な生涯学習資源を活用することにより、生涯学習の機会が拡充されるという利点がある」こと、「学社融合活動の成果を地域社会や家庭で活用」することにより「地域社会の活性化や家庭生活の向上にもつながる」ことが、「メリット」として述べられている。
 また、「教育委員会」にとっての「メリット」は、「生涯学習社会を地域レベルで実現するため」の「タテ割り行政の弊害を是正」した「住民の多様化、高度化する学習ニーズに応えることができるような教育・学習システム」の「構築を加速化すること」、「今日の学校教育の問題を解決するために、地域社会の力を借りようとすれば、学社融合はきわめて有力な方策となる」ことと考えられている。
 すなわち、学校と地域との結びつきが強まることによって、今日の学校教育問題を解決するとともに、子ども・教員・地域住民のそれぞれが発達できる「生涯学習社会」の「教育・学習システム」の実現に大きな役割を果たすことが、「学社融合」の「メリット」として主張されているといえる。
 
2.「学社融合」の活動
(1)「学社融合のパターン」
 山本氏によれば、「学社融合のパターン」は、次の三種類に分類される11)
 第一は、「学校教育、社会教育の重なる部分に新しい教育活動を作り、それを学校教育では学校教育の一部として取り込み、社会教育もそれを社会教育の一部として取り込む」ことである。たとえば、「地域に中学生から成人までを含む文化・スポーツのクラブ」をつくり、「学校はその活動を部活動として認め、教育委員会もそれを社会教育の団体として認め、支援する」ことである。
 第二は、「学校教育と社会教育の既存の教育活動の一部を取り出して組み合わせ、これを学校教育でもあり、社会教育でもあるとする」ことである。たとえば、「学校の林間学校と社会教育として行われるサマーキャンプを組み合わせて、林間学校でもあるとし、サマーキャンプでもあるとして実施する」ことが例として挙げられている。
 第三の「パターン」は、「現在、学校教育、あるいは社会教育として行われている活動を、そのまま両者共有のものとする」ことである。具体例としては、「社会教育としての英会話教室のうち、学校側が認めるものについては、それへの参加を『英語』の授業への出席時間数に加える」ことが挙げられている。
 
(2)「学社融合」の活動形態
 「学社融合」の活動形態について、いま少し具体的にみていこう。
 山本氏は、「学社融合の実際」(1997年3月)において、栃木県鹿沼市の「学社融合」活動を紹介している。そこでとりあげられている活動の多くは、「書写(国語)授業における市文化協会書道部との融合活動」、「性教育公開講座でのPTAとの融合活動」、「手話クラブと手話通訳連絡協議会との融合活動」、「学校行事『お茶摘み』における地域住民、保護者との融合活動」、「学校栄養士・養護教諭と地域の栄養士・保健婦・食生活改善推進委員による基本的生活週間の育成」など、学校教育活動(授業、クラブ活動、学校行事)に地域の団体・グループ、ボランティア、勤労者、住民などが参加するものである。また、「郷土学習と家庭教育学級の学習との融合」などといった、学校教育活動と社会教育活動(家庭教育学級など)を合同で行うことも「学社融合」活動として紹介されている12)
 また、山本氏は、「学社融合」が「創造性の育成」に「貢献」できる点を論じる中で、「学社融合」の活動例として、「地域社会」の「人々の専門的な知識・技能、経験などを学校の教育活動に生かす」ための「特別非常勤講師制度」、学校教育活動と「地域の人々のボランティア活動との融合」、学校教育と「地域活動」との「融合」、「小・中学校の開放講座」や「教師と地域の人々による学習・文化・スポーツ活動」を「学校教育の一部とみなす」ことを挙げている13)
 すなわち、「学社融合」の活動形態としては、第一に、学校教育活動に地域の人々が参加すること、第二に、地域における社会教育なども含む諸活動を学校教育活動と共同で行うこと、第三に、学校を拠点とした開放講座などの活動を学校教育活動としても認めること、に整理できよう。
 このような、学校教育活動に地域の人々が参加したり、学校教育と社会教育活動をひとまとめにして、「学社融合」活動を実施することは、学校行事や部活動などの地域への委託や地域の人材の学校教育への参加を論じる「学校のスリム化」や「合校」ともつながりをもつものと思われる。この点について、伊藤俊夫氏は、「学社融合」提唱の背景の一つに「学校のスリム化」を挙げている14)。また、「学社融合」活動を展開している栃木県鹿沼市教育委員会は、学校の授業と家庭教育学級を合同で行った「公開講座」について、「学校の授業と家庭教育学級の2つの活動をひとつにして、スリム化も達成しながら、これまで得られなかった成果を手にしたのだ。これが学社融合なのだ」と述べている15)







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