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6. 5083−H321(又はH32)材の溶接継手耐力と溶接熱入力管理
 溶接による歪みや残留応力の発生を少なくするためには、溶接熱入力を出来るだけ小さくすることが大事である。又、加工硬化材は溶接によりかなり溶接部の強度が低下するので、これを考慮した設計が必要であると共に、一方では、継手効率を上げる為の入念な溶接入熱管理が必要である。
 加工硬化材の溶接による耐力低下に関する各構造基準の規定については前述したが、自工場での加工硬化材溶接時の耐力実績値が確認出来なければ、0材と同じ耐力値を用いることとなり、加工硬化材を採用する意味はなくなる。
 この為には、各作業者が加工硬化材の溶接を行い、試験片でその耐力を確認しておくことが是非必要である。
 耐力値の評価には溶接入熱の数値が必要になるが、これは次式で計算出来る。通常、溶接線の単位長さ当たりのアークの入力を溶接入熱Q(J/cm、J=Joule)という。
 
Q=60×I×E/V
 
茲に   Q:溶接入熱(J/cm) V:溶接速度(cm/min)
  I:溶接電流(Amp) 60:係数
E:溶接電圧(Volt)
 
 上記溶接入熱のうち、アーク柱から周囲に輻射される損失等があるから、実際の有効入熱はその凡そ80〜90%である。又、アーク電圧のうち入熱として有効な部分の変化は小さいので、有効入熱は溶接電流にほぼ比例するといえる。
 ミグ溶接の各板厚に対する入熱量の大凡の目安は次の様である。
 
板厚 溶接入熱(J/cm)
4mm 2,500〜3,500
6 3,000〜5,000
8 5,000〜8,000
10 8,000〜11,000
 
 一般に、通常の溶接施工では、加工硬化材の溶接継手の耐力は焼き鈍し材の耐力より大きくなるのが実績統計上からも判る。図6−1は、或程度の入手データを整理、グラフ化したもので、横軸には引張り試験片のゲージレングスの差の影響(ゲージレングスが大きくなるほど耐力値も大きくなる)を消すため、旧運輸省船舶技術研究所の方式にならい、溶接入熱を板厚×GL(ゲージレングス)で除したメジャーを使用している。本図は、このメジャーをベースとした場合、計画溶接条件においての耐力レベルが奈辺にあるかをマクロ的に知るためのものである。従って母材の成分、板厚、溶接条件等は一切無視してプロットしてある。
 これで見ると、ミグ溶接では、最低でもほぼ160N/mm2(16.3kgf/mm2)あることが判る。
 
図6−1 溶接入熱Q/板厚×GLと継手耐力の関係
(拡大画面:52KB)
 
 一方、簑田、岩田、松岡3氏の技術発表によれば、各種委員会資料解析による同じくミグ溶接継手のQ/板厚×GLと継手耐力の関係は図6−2の様になる。
 供試材は5083−H321、5183−H321、5083−H32(以上溶接ワイヤ5183)、5083−1/4H(溶接ワイヤ5556)、板厚は4〜12mm、開先は一部の4mmを除きV開先、溶接は自動溶接である。裏波片面溶接が大部分。
 図中のCase 1(実線)は、余盛有り(溶接のまま)のうち、X線検査判定4級等有害と判断される欠陥を持つ試料(溶接金属部で破断)を除外して引いた下限値であり、これによるとQ/t・GL(t:板厚)が10以上では耐力の下限は170MPaに収斂している。
 Case 2(点線)は、余盛を削除したもの及びCase 1で除外した余盛りの有る欠陥試料を含めて引いた下限値であり、これによるとQ/t・GLが20以上では耐力の下限はほぼ150MPaに収斂している。
 Case 3は5083−O材の規格最小値125MPaに近い130MPaを参考用に示したものである。
 
 以上より、5083−H321材の溶接継手耐力値を条件付きで次の様に設定している。
1)Case 1:本論説の結論として、溶接技術、品質管理、品質保証が十分実施されている下記条件を満たす場合。
溶接継手設計耐力値:170MPa(通常のミグ溶接で、Q/t・GL<25J/cmmm2
必要条件
a)工作:アルミニウム合金製船殻工作標準(LWS W 8101)又はこれと同等。
b)精度:アルミニウム合金製船殻工作精度標準(LWS Q 8101)又はこれと同等。
c)溶接作業:アルミニウムのイナートガスアーク溶接作業標準(JIS Z 3604)又はこれと同等。
d)溶接管理技術者:アルミニウム合金構造物の溶接技術管理技術者資格認定規格(LWS A 7601)に基づく有資格者を有すること、又はこれと同等。
e)溶接技術者:アルミニウム溶接技術検定における試験方法及び判定基準(JIS Z 3811)に基づく有資格者であること、又はこれと同等。
f)溶接工場:軽金属溶接構造物製造工場認定基準(LWA A 7802)に基づく認定取得工場であること、又はこれと同等。
g)非破壊検査:船殻高強度部材及び高応力箇所は適切な抜き取り検査方法(例えばLWS N 7602−アルミニウムの突合せ溶接部の放射線透過写真による判定方法−等)により放射線透過試験又は超音波探傷試験を実施、品質保証されていること。
(1)割れ:不許容
(2)融合不良:1類許容
(3)ブローホール:1類及び2類許容、但し、3類上位のものが点在する場合も許容。
h)主要構造物部材の溶接施工試験を実施、突合せ継手の引張り試験において耐力値が設計耐力を十分満足することが確認されていること。
2)Case 2:最小限の溶接技術、晶質管理、品質保証を満たす場合。
溶接継手設計耐力値:150MPa(溶接法、入熱制限なし)
必要条件:Case 1よりf)及びg)を除いて可。
3)Case 3:Case 2の必要条件を満たさない場合。
溶接継手設計耐力値:130MPa(溶接法、入熱制限なし)
 
図6−2 溶接入熱Q/板厚<×GLと継手耐力の関係(ミグ溶接)
(拡大画面:75KB)
アルミニウム合金船における5083−H321溶接継手の設計体力
簑田和之、岩田知明、松岡一祥 第32回研究発表会講演概要
H14.5.30 (社)軽金属溶接講造協会
 
 なお、参考迄に加工硬化材の溶接部の強度低下について補足説明する。
 溶接すると溶接ワイヤによる溶融金属が開先部で溶融、凝固して鋳造組織を作る。この溶接金属部に接する母材は、溶接熱による再結晶粒の生成又は焼き鈍しにより軟化し、強度が低下する。即ちアークの中心点では沸点近く迄加熱され、又、ボンド部(溶融した母材面と溶融した溶接ワイヤとの結合部)から母材側では、熱伝導により溶融点に近い高温から室温近く迄の温度勾配を持って加熱され、その温度に応じて母材各部には金属的変化が生じる。
 一般に、加工硬化材では溶接により下記の様な変化を生じる。
(1)ボンド付近は軟化し、焼き鈍し材となる。
(2)ボンドに近接した領域では、母材の再結晶温度以上に加熱される為再結晶粒が生成され、更にその粗粒子化(成長)が進む。
(3)熱影響部では母材のミクロ組織が変化する。
これを組織的に見れば3つの部分に大別出来る。
A(溶着金属)−母材と溶接ワイヤが融合した合金の鋳造組織
B(軟化域)−溶接熱で再結晶粒が生成又は焼き鈍しされた組織
C(無影域部)−組織的に熱影響を殆ど受けていない母材の組織
 熱影響を受けた加工硬化材の溶接部付近の組織スケッチを図6−3に、溶かされた母材面と溶融し溶接ワイヤとの結合部(bond部)の模型図を図6−4に示す。ボンド部では、入熱により溶け残って粗粒化した母材面の結晶粒が核となり、これらの粒の上に溶融金属が同じ結晶軸を持って成長する。
 図6−5に、熱影響を受けた5083−H1 13材の溶接継手近傍の機械的性質を示す。
 
図6−3 熱影響を受けた溶接部付近の組織
 
図6−4 溶接ボンド部の結晶粒の結合
アルミニウム合金構造物の溶接施工管理
(社)軽金属溶接構造協会
 
図6−5 5083−H 112材の溶接継手近傍の機械的性質
(拡大画面:34KB)







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