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5.2. エンジンメーカーによるファイナンスとプロジェクトプロポーザル
 オーストラリアの造船所は、国内に有力なエンジンメーカーがないこともあり、欧米のキャタピラ社やMTU社などとタイアップして、プロジェクトプロポーザル方式とファイナンスをパッケージしたマーケティングを行っている。プロジェクトプロポーザル方式とは、潜在顧客である航路運行会社に対して、航路の提案とその採算性、船舶仕様などを提案するもので、いわゆる「企画型営業」である。この場合、ファイナンスはエンジンメーカーの関係ファイナンス会社が融資もしくは保証する。エンジンメーカーは通常、エンジンコストに見合う融資を提供するが、エンジンのコストは船舶全体のコストの3分の1に相当する。
 
 エンジンメーカーがこのようなファイナンスを提供する理由は、
・  船舶発注の上流部分から関与することで、安定的な需要を確保できること
・  エンジンの販売だけでなく、メンテナンスなどからも利益が見込めること
・  造船所との一方的な関係にならず、無用な値下げ競争にならない
・  船主からの信用が高まり、他の発注でも有利な立場を築けること
などがあげられる。
 
 欧米のエンジンメーカーがこのような営業手法を開発してきたのは、欧米のエンジンメーカーは、エンジン単体を船主、造船会社などに直接売り込んでいかなければならない環境にあったことが背景にある。とくに高速エンジンにおいては、需要者である船主が中小企業であることも多く、ファイナンスや採算性調査などのノウハウをもたない場合もある。エンジンメーカーは、こうした船主に対し、新造船の発注(あるいは中古船のエンジン交換)を促すため、調査・企画段階から勧誘、あるいは提案を行いながら需要を掘り起こすため、上記のようなプロジェクトプロポーザル手法を取り入れている。
 一方、造船会社からみると、エンジンメーカーのファイナンスや採算性調査の提供は、船主ヘアプローチする際、絶好の売り文句になる。オーストラリアの造船会社は、こうした欧米メーカーとのタイアップにより、アジア市場でも一定の成果をおさめてきた。
 
 しかし1997年の通貨危機で、キャタピラ社、MTU社をはじめ、欧米エンジンメーカーは、アジアでの融資の焦げ付き案件を抱え、現在はアジアでの融資に消極的になっている。さらに、キャタピラ社やMTU社のエンジンは、維持費・保守費が高く、収益を現地通貨で得て、借金をUSドルで返済している船社にとっては、大きな負担となっている。また、両社の融資の利率は通常、米国のLIBOR利率より1.5から2%高くなっている。そのため、通貨危機以降の成功案件は、ほぼ皆無である。
 
5.3. オーストラリアの高速旅客船建造造船会社の強み
 上述のような、政府の補助金、輸出金融制度、エンジンメーカーによるファイナンスが、オーストラリアの高速旅客船建造造船会社の成功に寄与した部分は大きい。しかし、オーストラリアの高速旅客船建造造船会社は、政府やエンジンメーカーに頼りきっていたわけではない。前述のように、政府の補助金は年々引き下げられ、現在では、競合する欧米よりも低い割合の補助金しか受けていない。世界市場でオーストラリアの高速旅客船が認知されてきたのは、メーカー独自の自助努力によるところも大きい。
 
5.3.1. オーストラリア高速旅客船建造造船会社の戦略
 オーストラリアの造船業界が市況の変化に対応するための統一した戦略というものは存在せず、各企業が独自の市場戦略を有する。
 
 ただ1つ共通しているといえることは、企業家的経営スタイルであろう。Incat社やAustal社、Wavemaster社、NQEA社(Northern Queensland Engineers and Agents)といった企業を設立、経営する企業家は、大きなリスクを負いながらも新しい未知の産業を発展させるため壮大なビジョンを掲げてきた。この経営スタイルは、現在も尚、オーストラリアの多くの高速旅客船建造業者の戦略の方向性に影響を与えている7
 
7 たとえば、Austal Ships社のJohn Rothwell氏は、同社の成功の秘訣は戦略的ビジョンや高品質製品、そして確固たる労働倫理など、単純なビジネスファンダメンタルズにあるとしている。同氏は彼の業界への遺産が「枠にとらわれず考える企業家的かつ意欲的な姿勢」をもつことを助長するよう望んでいる。lncat社のRobert Clifford氏も同様の哲学を持っており、これがオーストラリアで名声を勝ち得た二大造船企業を生み出す要因となった。
 
 各社の具体的な戦略はそれぞれ異なっている。ターゲットとする市場は、経済状況や規制、企業関係などの要因によって影響を受けてきた。西オーストラリアの造船企業Wavemaster社は、マレーシア系の企業であることを活かして、アジア市場をターゲットとし、同地域において大きな成功を収めてきた。Sabre Catamarans社はニュージーランドやオセアニア及びフィリピンにおいて好調な業績を挙げ、Incat社は過去6年間に、ヨーロッパに対し全体の72%の船舶を納入した。Austal社についても、ヨーロッパ(納入された船舶の50%)やアジア(納入された船舶の28%)では、際立った納入実績を挙げている。
 
 Incat社とAustal社の二大企業は、両社ともにアメリカ市場へ進出するためには、合弁企業の設立もしくはライセンス契約を結ぶことが必要であると考え、実行に移している。
 
 Austa1社はBender Shipbuilding USA社と提携し、現地法人Austal USA社を設立。同社の造船所はアラバマ州モービルに建設され、110m×28m×22mの建造ホール完成後の2000年2月に正式に開業した。Austal USA社が最初に建造した船舶(投機対象として)は、ニューヨークの旅客船事業者Lighthouse Fast Ferry社に2002年初頭に納入され、5月後半に販売が確定した。同社は、米国での戦略は、利益が見込める軍需市場に進出することとし、実際に、海軍への高速船のリース契約に成功した。また米国国内市場向けに商業船を建造することは、将来の軍需船舶入札に備えた人材の確保や訓練目標の達成に極めて重要という考えから、オーストラリアを拠点とするトレーニングプログラムを導入し、Austal USA社は今後2年間で150名の社員を500名にまで増員する予定である。
 
 Incat社は、同社設計の高速船舶をアメリカで建造、販売するため、ルイジアナ州ロックポートのBollinger Shipyards Inc.社と提携し、Bollinger/Incat USA LLCを設立した。Bollinger Shipyards Inc社は、メキシコ湾地域で軍需、商業、エネルギー海運市場向けに新たな建造サービスを行う大手造船企業である。この新会社はアメリカ陸軍や海軍、海兵隊、沿岸警備隊向の96mの波浪貫通型カタマランの試験に携わっており、第4章で述べたとおり、2002年11月に軍用高速旅客船のリース契約を結んだ。
 
 Incat社はもともと、半完成品の旅客船の在庫を持ち、短納期で納品ができることを武器にマーケティングを展開していたが、高速旅客船市場の低迷による在庫過剰となって経営が圧迫された。とくに、同社の強みは大型旅客船であったため、需要が小型旅客船に移ったことも、状況を悪化させる要因となった。これを補うためIncat社は大きく戦略を変更したが、これは大型高速旅客船から大型軍用輸送船の建造に重点を移すことを柱としていた。これは手堅い長期的戦略であるかもしれないが、大きなリスク要因を併せ持つと同時に大型高速旅客船が今後も受け入れられていくという前提に大きく依存したアプローチである。シドニーのIncat Designs社は様々な型の小型高速旅客船を設計しているが、これらのほとんどは、海外の造船企業が建造している。
 
 一方でAustal Ships社は、世界的な高速旅客船市場の停滞の影響は受けたが、主に買収と多角化戦略によりこの状況を切り抜けてきた。同社がOceanfast社とImage Marine社を買収することにより、Austalグループの設計および取り扱い船舶の種類が増え、高級モーターヨットの受注に成功した。Oceanfast社は国際的なゴルフプレーヤー、Greg Norman氏より高級モーターヨットを受注した他2001年には2隻の大型高級ヨットの発注を受け、一方Image Marine社はシドニー港で使用される34mのディナークルーズ用カタマランの受注を確保した8
 
 なお、Austal社も、受注を前提としない在庫船の建造を行っている9。オーストラリアの二大造船企業は両社とも不況の間も熟練した技術者を確保しておく重要性を認識しており、この戦略は経済的リスクが大きいものの、同国の各企業が依然として企業家的経営スタイルを重視していることが伺える。
 
5.3.2. メンテナンスに関する取り決め
 オーストラリアにおける高速旅客船のメンテナンス契約には通常、納入後3ケ月〜4ケ月の間、エンジニアを旅客船に乗船させメンテナンスを行うことが条件として含まれている。この期間に必要となった保証範囲内の作業やメンテナンスは全て、担当のエンジニアが責任をもって行うことになっている。
 
 オーストラリアの高速旅客船造船企業はいずれも、継続的にメンテナンスやサービスを行うために海外拠点を設けていない。従って保証期間満了後のメンテナンスは船主の責任であり、以後は地元の請負業者と委託契約を結ぶ必要がある。
 
 オーストラリアの造船会社がメンテナンス拠点をもたず、メンテナンス体制をマーケティング戦略として重要視していないのは、次のような理由からである。
・  オーストラリアの高速旅客船はメンテナンスがあまり必要ないと、市場で認識されていると判断している。
 
8 これらの契約について、Austa1社のマネージング・ディレクターBob Mckinnon氏は「これらのプロジェクトを大型フェリー市場の停滞期に受注することができ、グループの製品多様化戦略の賢明さや適時性が支えられた。これらの受注と2000年および2001年に建造された在庫船のリース契約のおかげで、当社はこの不況を乗り切ることができた」と述べた。
 
9 Austal社の会長John Rothwell氏は、受注なしに在庫船を建造することはリスクの大きな戦略であることを認めているものの、ともすれば周期的になりがちな労働需要を平均化させ、納期を短縮させることにより割増料金での販売が可能となると見ている。
 
・  海外市場でバックアップサービスが充実している米国製または欧州製の有名なエンジンやその他設備機器を使用しているため、機器については機器メーカーの充実したメンテナンスを利用することができる。
・  従来の船舶に比べ、高速旅客船の改修はより頻繁に行われる。アジア向け旅客船の改修の一部はオーストラリアでも行われるが、シンガポールなどで作業が行われる可能性が高い。オーストラリアにおける改修作業も価格的な競争力はあるものの、船が依頼主に戻るまでの往復時間を考えると、距離の近いシンガポールの設備を利用した方が競争上優位である。
 
 オーストラリアの造船会社は、高品質でメンテナンスフリーと認知されていること、信頼性の高い、またメンテナンス体制の整った機器を使っていることで、旅客船メーカー独自のメンテナンス体制を設けなくても、オーストラリアの旅客船は市場での人気を保ってきたとしている。
 
5.3.3. 船舶価格
 一般的にオーストラリアの高速旅客船建造造船企業は、世界で最も価格競争力があることで知られている。前述したような企業家的経営スタイルや技術革新、労働組合がないこと、労働生産性の高いことから優れた旅客船を競争力のある価格で建造できるというのが市場での認識である。
 
 下記はオーストラリア製高速旅客船価格の例である
 
・Austal社 26メートル級旅客船:606万Aドル(320万USドル) 
40メートル級旅客/貨物旅客船:1,200万Aドル(650万USドル) 
101メートル級旅客船:8,000万Aドル(4,300万USドル)
・Wavemaster社 35メートル級旅客船:800万Aドル(430万USドル)
・Incat社 98メートル級旅客船:9,000万Aドル(4,900万USドル)
 
 こうした競争力の高い船舶価格を可能にしているのは、研究開発に売り上げの3〜5%をあてて培ってきた技術(設計技術、軽量アルミ素材などの新素材など)、生産性の高く、競合他国に比べて低廉な労働力なども背景にある。







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