5. オーストラリアの高速旅客船建造造船会社成功の要因
5.1. オーストラリア政府の支援策
第1章で述べたように、オーストラリアの造船業は、長く政府の助成を受けてきた。1980年代から政府補助は徐々に下げられ、1970年代のピーク時の45%から1997年には5%となり、現在、オーストラリアの造船所が新規に申請できる補助は、造船技術革新スキームの2%のみとなっている。しかし、国内向けに鋼製船舶を建造していた産業から、高速アルミニウム船で世界市場をリードする産業へと生まれ変わった過程には、政府の支援が果たした役割も大きい。
5.1.1. 補助金制度の概要
造船業に対するオーストラリア政府の主要な支援制度は、造船補助金制度(Ships Bounty)である。これは、政府が船舶の原価の1部を造船所に補助するもので、1970年代の最高時には補助率は45%に達した。1980年代に、補助の対象が登録造船所5に限定されると同時に、輸出向け船舶にも適用されるようになった。これが輸出向けの高速アルミニウム船業界が飛躍的に伸びる1つの契機ともなった。その後、補助金の率は、1983−84年の27.5%から、1990年代後半には5%まで引き下げられた。図5に1981−82年度から1999−2001年度のオーストラリア政府の船舶建造補助率の推移を示す。
また、補助率の低下に伴い、造船補助金制度に対する国庫歳出も大きく減少した。図6に1989−90年度から1998−99年度オーストラリア政府の船舶建造補助金制度に要する歳出の経緯を示す。
5 造船補助金法(Bounty Ships Act 1989)により、補助金を受けるためには、政府に登録をする必要がある。
登録の条件は、
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連邦政府あるいは州・準州により法人化された企業であること、 |
・ |
補助対象となる船舶の建造あるいは改造を完了することができる技術力および資本力があること、 |
・ |
補助対象となる船舶の建造あるいは改造を行うために必要な設備(波止場の現場を含む)と利用できる状態にあること、 |
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活動の75%以上が150GT以上20,000GT未満の船舶の建造あるいは改造にあてられること、 |
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少なくとも40名以上の従業員(下請け業者を除く)が、補助対象となる船舶の建造あるいは改造に従事し、少なくとも従業員8名につき少なくとも1名の実習生を、40名の中に含むこと、 |
となっている。
図5 |
オーストラリア政府の船舶建造補助率の推移
(1981−82年度〜1999−2001年度) |
出所: |
豪州造船業を取り巻く市場環境調査 1999年9月(財)シップ・アンド・オーシャン財団 |
図6 |
オーストラリア政府の船舶建造補助金制度に要する歳出の経緯
(1989−90年〜1998−99年度) |
出所: |
Shipbuilding Industry Review Panelによる報告書 |
注: |
1997−98年度および1998−99年度の数字は、報告書作成当時の推定値 |
オーストラリアの高速アルミニウム船舶が世界的競争力をつけていく中、補助金がこれ以上必要かという議論も持ち上がり、オーストラリア政府は、1998年、造船業界に対する政策を助言するための諮問委員会を設立した。そして、その委員会の提言に基づき、造船業界に対する統合的な支援政策を1998年末に発表した。その内容は、補助金は引き続き実施するが補助率を3%に引き下げ、補助金は段階的に廃止していくこと、造船業における技術開発を促進するため、新たに「造船技術革新スキーム」を設けることなどがその骨子となっている。以下は、これらの諸政策の概要である。
●造船補助金制度(Ships Bounty Scheme)
連邦政府が国内または輸出向けのいずれについても、対象船舶の原価の一部を造船所に補助する制度。これは、海外における多額の政府助成制度に対するオーストラリア造船業界の保護を意図したものである。造船補助金制度自体は、1939年に提案され、戦後施行されたものである。
1998年末連邦政府は、諮問委員会の提言を受け、ヨーロッパで実施されている助成制度に相当する造船補助金を、1999年7月1日から2000年12月31日までの間対象建造コストの3パーセント補助にて継続することを認める一方、2001年1月1日以降の同補助金の段階的廃止を決定した。これにより、1998年7月1日から2000年12月31日までの新規申請に対しては、補助率は3%であった。さらに、新規申請は、2000年12月31日で締め切られ、その後段階的に廃止されることになっている。しかし、Incat社の破綻(後述)を受け、また欧州では補助金制度が続いていることから、タスマニア州知事は、連邦政府は造船補助金の継続を再検討すべきと提言している6
●造船技術革新スキーム(Shipbuilding Innovation Scheme)
1998年の統合支援政策で新たに創設された制度。5年計画で研究開発や設計上の技術革新を強力に奨励していくために導入されたもの。同スキームでは、補助金登録造船所が、対象建造コストの2パーセントを上限として、技術革新に対する支出の50パーセントの給付を請求できる。
造船補助金制度に対して、2002−2003年度には1,lOO万Aドル、2003−2004年度には300万Aドルの予算措置がなされている。また、造船技術革新スキームに対しては、2002−2003年度に1,080万Aドルの予算措置がなされている。
6 The Mercury,Hobart紙 2001年5月25日付
5.1.2. 輸出金融保険公団(EFIC)の融資と保証
輸出金融保険公団(Export Finance Insurance Corporation(EFIC))は、オーストラリアの輸出業者や輸出を行うメーカーに対して、輸出や海外投資を行う際のリスクを軽減するための保険や、融資を行っている。EFICには様々な機能があるが、造船業界の輸出促進に効果的な役割を果たしてきたのは、輸出金融である。これは、オーストラリアの船舶を購入する海外のバイヤーに対する融資や保証で、具体的には次のとおり。
1) |
直接融資(Direct Loan):海外のバイヤーに対し、EFICが融資するもの。 |
2) |
輸出金融保証(Export Finance Guarantee):輸出取引をファイナンスする銀行に対して保証を与えるもの |
3) |
Documentary Credit Finance and Guarantees:海外バイヤーの銀行に対して保証するもの |
これらの輸出金融の利用にあたっては、EFICに各種手数料を支払う必要がある。
オーストラリアから輸出された高速旅客船の約80%が、EFICの支援を受けている。同公社は、輸出金融と輸出保証は提供するが、船舶の総費用をカバーするわけではない。金利はLIBOR(ロンドン銀行間出し手金利)と連動し、評価リスクが織り込まれている。
大抵のバイヤーはオーストラリア造船所に対して契約額の最低15パーセントを手付金として支払うこととなるが、船舶の場合に限って、OECD合意に従い20パーセントの頭金が必要である。つまり、EFICは契約額の80パーセントの貸付しか行わない。
EFICは貸付に対し担保を要する。船舶全体が担保の場合、最高担保価額は船舶価額の50パーセントである。差額(最低30パーセント)は副担保による。
またEFICでは、貸付の通貨を特定しておらず、EFICはこの柔軟性を利用してバイヤーの要件を満たしてきた。殆どの貸付は米ドルによるが、これは世界中で通常造船業が同通貨を利用するためである。
北ヨーロッパ市場以外を対象とした船舶の販売には、EFICの融資もしくは保険が必要である。1997年以降、フィリピン、インドネシア、タイは、「リスクが高い」とされており、これらの市場に対し販売する際にはEFICの支援を確保することは困難だった。
表5にEFICの輸出金融の概要を示す。
表5 EFIC輸出金融の概要
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直接融資 |
輸出保証 |
信用状融資・保証 |
契約金額 |
100万〜3億豪ドル |
250万〜3億豪ドル |
100万〜1600万豪ドル |
Eligible Contract Value |
Eligible Contract Valueとは、EFICが概算する契約金額に含まれるオーストラリアおよび外国の調達品の額で、通常、60%以上がオーストラリア調達であることが望ましい。 |
融資・保証先 |
オーストラリア企業から資本財あるいはサービスを購入する外国企業、外国政府、あるいは国営企業 |
EFICが認可する銀行。オーストラリアの金融機関である必要はなく、またはオーストラリア国内の支店である必要もない。 |
バイヤーがL/Cを開設する銀行 |
融資・保証金額の上限 |
契約金額の85%(船舶の場合は80%) |
通貨 |
すべての主要通貨 |
利子 |
OECD合意レベルの範囲内で固定金利をケースバイケースで特定する。あるいは流動金利 |
L/Cを買取する銀行が決め、L/Cに金利を明記する。 |
支払い期間 |
年2回とし、最高10年までとする。 |
年2回とする |
年2回とし、期間は2〜5年 |
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また、EFICが支援した旅客船輸出に関する例は次のとおり。
・ |
アルミ製旅客船の建造に実績がある西オーストラリアのSabre Catamarans社は、モルジブの旅客船事業者から高速旅客船200隻の建造を依頼された。地元での資金調達は困難であったが、地元銀行との協力によりEFICは船舶購入の資金として、旅客船事業者に直接融資を提供することとなった。 |
・ |
Austal社とスペインのEuroferrys社の最近の商談では、Euroferrys社への融資を支援するため、EFICはオーストラリアの投資銀行に対し輸出金融保証を提供した。資金調達がこの商談成功の鍵を握っていたため、EFICの他にも国際銀行や政府機関を含む数々の機関の参加が求められた。この取引で重要なのは、オーストラリアとスペイン両国の関係者が密接に協力し、船舶購入者が受け入れられる融資パッケージを考案したということである。 |
また、前章で、オーストラリアの高速船メーカーのフィリピンでの成功例を2つ挙げたが、これらはEFICの融資を受けたものであった。また、高速旅客船ではないが、オーストラリアの軍用船舶造船所のTenix Defence Pty Ltd社がフィリピン運輸省から沿岸警備用の救助船を受注したときも、EFICが、融資を行うANZ投資銀行(Australia and New Zealand Banking Group Ltd.)に輸出補償を提供した。
オーストラリアの造船業界や海外の顧客に対しファイナンスを提供できる政府機関や民間企業は他には存在しない。しかし、オーストラリアの造船企業は海外のエンジン供給業者(キャタピラ社など)と協力し、マリンエンジン用のファイナンスの開発と提供を行っている。
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