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3. Incat社破綻の背景
 2002年3月22日、国立オーストラリア銀行は、オーストラリアにおけるIncat社の子会社9社のうち3社の資産を管理下に置いた。Incat Tasmania社、Incat Australia社、Incat Chartering社の3社は、船舶の建造、販売、マーケティング、リース業務の中核を担っていた。同社は国立オーストラリア銀行(NAB)に8,000万Aドルの債務があると報道された。
 
 Incat社の会長Robert Clifford氏は、この状況は一時的なものであり、経営の実権は速やかに経営者側に復帰することを示唆した。同社が全部または一部保有している14隻の船舶を合わせると資産は負債を大きく上回っており、在庫船舶を一隻でも売ることができれば、銀行の管理下から抜け出すことができると同氏は述べた。
 
3.1. 現在の情勢
 タスマニアに本拠地を置く大型カタマラン高速旅客船メーカー、Incat社では、キャッシュフローの問題が深刻化しており、「造り置き」船の販売に失敗してからは、主要債権者NABからの債権回収要求が厳しくなっていた。16ヶ月間も売上げを計上できなかった同社は次第に従業員を解雇し、現在その数は以前の3分の1にまで減少している。2002年1月の最近の注文は、手付金なしで受けている。同社の人員は、最高期の1000人から2002年11月には250人まで減少した。
 
 会長兼創業者であるRobert Clifford氏によると、問題は2年前、建造中の船舶2隻について顧客が債務不履行を起こしたことに端を発するという。おりしも造船に対する世界的な市況は低迷しており、同氏が言うところの「周期的谷間」に陥っていた。
 
 Incat社の管財人兼収益管理人であるPriceWaterhouseCoopers社のMcEvoy氏は、2002年4月、Incat社の現在の財務状況の初期査定を終え、船舶を2隻販売することができれば、担保付債務を清算し、業務の建て直しを図ることができるとする取締役の見解に同意した。
 
 管財人兼収益管理人は、Incat社が事業を継続するために必要なキャッシュフローを提供している。現在のところ、経営陣はそのまま残っており、資産を売却していくことで再建をはかる。管財人兼収益管理人は、同社の再構築を軌道にのせることにそれなりの自信を見せている。同社は船舶販売のための努力を積極的に行っており、管財人兼収益管理人は、短期間でこれらの営業努力が実際に売上げに結びつけば、Incat Australia社、Incat Tasmania社、Incat Chartering社の将来は慎重である必要がありながらも楽観視できるとしている。
 
3.2. Incat社の将来
 オーストラリア政府は、Incat社の救済には乗り出さなかったが、タスマニア州政府はバス海峡航行用旅客船を2隻購入するための資金として、年間4,400万Aドル(総額で17,600万Aドル)を今後4年間に亘って割当てることを決定した。ただし、これら2隻は単胴船になることが見込まれており、経営を潤すまでの利益は上がりそうにない。
 
 Incat社の一部の船舶は価格が9,000万Aドルにもなるため、これらの船舶の内1隻でも販売できれば、債務を一掃し、財産管理下から抜け出すことができるという見方もある。また世界の沿岸ルートを航海中の14隻の船舶にも同社が資金投入しているとのこと4。しかし、管財人/収益管理人は同社が債務を返済して管財人を解任するには、少なくとも2隻の売上げが必要であると強調している。
 
 2002年5月15日、管財人/収益管理人は、船体番号59番(The Cat)のBay Ferries社向け販売が成功裏に完了したことを認めた。このBay Ferries社との契約条件は、Incat社が財産管理下に置かれる前の交渉内容からほとんど変更はなかったが、取引の仕組みが改善され、現金収入が著しく増加することとなった。
 
 さらに、同社は2002年11月、米国のBollinger社との合弁で、米国海軍から軍用高速旅客船(船名:Spearhead)のリース契約を結んだ。米国海軍は、高速旅客船が海軍の使用に耐えるかどうかの試験を行うことにしており、Incat社が試験用旅客船の提供および、軍用に転用するための設計を行い、将来、本格的に高速旅客船を海軍に導入する場合は、米国で建造することになっている。Incat/Bollingerは、この契約を含め、米軍向けに4隻の船舶リース契約を結んでいる。
 
 船体番号58番は12ヶ月前に完成し、現在Incat社に係留されている。管財人/収益管理人はこの船舶の売上げが、同社の将来を左右するとみており、現在までに多くの関心が寄せられている。実際にこれが販売に結びつけば、出資者が新しい資金調達手段や株式発行またはその両方によって、残りの債務に対する財政建て直しを行う時間を稼げる程度まで、担保付債務を減少させることができる。
 
 PwC社はIncat社の他の船舶についてもチャーター契約や直接販売の可能性を模索している。PwC社は商談を早急にまとめるという任務を遂行するために、ブローカー3社を雇用した。
 
 一方、Incat社創業者のRobert Clifford氏は、米国海軍へのリース契約を締結したことを受け、「Incat社は数週間以内に管財人の管理から脱却できる」と強気の発言をしている。しかし、PwC社は、2003年7月に納入予定のSpearheadの建造費7,500万Aドルを融資しないと発言しており、Incat社は自力で融資先を探している。Clifford氏は、米国海軍との契約を後ろ盾にすれば、融資先を探すことは可能で、海軍向けの旅客船が2003年7月に納入されれば、同社のキャッシュフローは著しく好転するとみている。
 
4 Incat社創業者であるRichard Clifford会長によるコメント
 
3.3. 他のオーストラリアメーカーへの影響と示唆
 Incat社が現在の困難な時期を乗り切ることができなければ、他のオーストラリア造船業者にとって、短期的にプラスとなるかもしれない。しかし、マクロ的な長期的視点で見た場合、革新的な業界大手企業の撤退は、最終的にはオーストラリア市場全体にマイナスの影響を与えることになる。
 
 Incat社とAustal社が常に熾烈な競争を繰り広げてきており、市場のリーダーシップを維持するために両社とも強い使命感をもち、ハイリスクな戦略をとることを余儀なくしてきた。Incat社が業界から姿を消すことになると、同社と緊密な関わりをもつタスマニア州の国際的レベルの海洋関連産業に大きな打撃を与えることになる。これらの海洋関連企業が距離的にも遠い西オーストラリアの造船業者に売り込みを行っていくことは困難であろう。
 
 Incat社の問題から、他のオーストラリア高速旅客船建造業者は数多くのことを学んだ。その一端を下記にまとめる。
 
・  大型旅客船に対する世界市場は衰退し、年間1〜12隻あった売上げが、年間2〜3隻にまで減少した。
・  Incat社のように大型船舶に頼りきるのではなく、状況に適合する必要がある。
・  Incat社は実際には船舶を殆ど販売しておらず大半がチャーター用であったが、これは大きな危険を伴う戦略で、キャッシュフローに悪影響を及ぼす可能性がある。
・  同社は未公開企業であったため、事業存続の為の資金調達手段に限界があった。
 
 現在、同国の殆どのメーカーが製品多様化戦略をとっていることを考えると、業界はIncat社の問題から教訓を得たようである。また、株式市場に上場する動きも出てきており、Austal社はオーストラリア株式市場に1998年上場し、時価総額は26,000万Aドルとなっている。







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