日本財団 図書館


1.オーストラリアの高速旅客船業界の概要
1.1.オーストラリア造船業界の現状と歴史的経緯
1.1.1. 現状
 現在のオーストラリアの造船業界は、民需造船業(タグ、オフショアサプライ船、漁船、高速船、豪華船などの軽構造船業界)と、軍需造船業(潜水艦、フリゲート艦、および船舶・潜水艦用の部品)の2つから成り立っている。地域的には、西オーストラリア州、クイーンズランド州、ニューサウスウェールズ州、タスマニア州が造船所の多い地域になっている。表1に示すように、造船業界の1999/2000年度の売上高は約17.6億Aドルで、直接雇用人数は約8,164人となっている。
 
表1 オーストラリア造船業界の主要数値指標
(単位:100万Aドル、人)
年度 1996/7 1997/9 1998/9 1999/2000 2000/0l
Turnover(売上)  1,712.3 1,728.7 1,610.9 1,763.0 NA
Industry Gross Product
(生産高) 
510.4 561.2 NA
Industry value added
(付加価値額) 
582.8 519.1 601.3 NA
R&D支出 43.3 62.5 37.1 45.9 NA
雇用人数 7,201 7,778 7,063 8,164 NA
人件費 314.4 325.5 321.0 392.3 NA
輸出 
売上に占める割合
1,102.9 863.3 519.4 907.6 309.4
64.4% 49.9% 32.2% 51.5%  
輸入 514.4 287.9 221.1 945.3 235.6
出所: Department of Industry, Tourism and Resource ホームページ(www.industry.gov.au
なお、オーストラリア統計局は1998−99年度から、産業の経済への貢献度に、生産高のかわりに付加価値額を用いるようになった。そのため98/99年度以降の生産高は発表されていない。
 
 なお、統計データはないが、オーストラリアで現在建造される船舶の多くはアルミ製高速旅客船などである。現在では、オーストラリア造船業は、船体長さが25メートルから100メートル以上、定員900名、車両240台搭載可能で、長距離バスやトラックを搭載できるスペースもあるアルミ製高速旅客船の建造で世界を知られている。高速旅客船については輸出比率が高く、生産の90%が輸出されている。
 
1.1.2. 高速アルミ船業界台頭の経緯
 従来オーストラリアの造船業界は、国内市場向けに鋼製船舶建造が主で、高率の補助金を受けていた。造船業界への補助金は、最初に1939年に提案されたが、第二次世界大戦により中断し、戦後、施行されたもので、国内向け船舶には全て適用されたが、輸出向け船舶には適用されなかった。1970年代初めには、補助金は45%という高率に達した。1980年代になると、それまでは、国内向け船舶の製造であれば、1回限りの新造船を行う会社にも適用されたが、造船専業会社のみを対象とすることとなり、また、補助金が輸出用の船舶建造にも交付されるようになった。これを機に、オーストラリアの造船業界は、国際市場向けの軽量な、アルミ製高速船及び豪華モーターヨットなどを中心としたものに大きく変化していった。その後、補助金注1は段階的に下げられ、現在では製造コストの2%の「技術革新助成金」のみとなっている。この援助額は、欧米や北米、世界のその他の地域の競合他社が受けている額と比べてもかなり低い。
 
 こうした中、造船会社は、アルミ製漁船やタグボート、外洋船、浚渫船などの鋼製船舶の建造も続けてはいるが、多くの企業は、軽量かつ高速で燃料使用量が少なく、従来の鋼製船舶やホーバークラフトに比べ経済的なアルミ製船舶建造技術の強みを活かすことに重点をおくようになった。これらの技術には、高度な溶接技術や技能だけではなく、内装用の複合パネルや軽量で強度なアルミ合金などの新しい軽量素材の利用も含まれる。このように、オーストラリアの造船業界は、革新的なデザインや生産プロセスの導入に力をいれ、品質、コスト競争力の向上を達成し、世界市場で成功をおさめてきた。特に、軽構造カタマランでは競争力が高く、設計力とアルミニウムを利用した建造技術は高い評価を受けるようになった。この結果、前述のように、造船業は生産高の50%を輸出する輸出志向の強い産業となっている。
 
1.2. 高速旅客船業界の規模と構造
 オーストラリア造船業は、造船業者の数が70社以上あり、様々な種類の船舶を建造している。このうち26社がアルミ製高速旅客船建造能力を有するか、今後の建造計画をもつ。また、約5000人の熟練労働者を有し、オーストラリア経済の中で24億Aドル分を担っている。ただし、このうち、過去にアルミ製高速旅客船に分類される船を建造したことがあるのは8社のみである。(高速旅客船メーカーのリストおよび概要は、別添12を参照)
 これら26社の活動拠点は図1の通り。
 
図1 オーストラリアの高速旅客船メーカーの活動拠点
 
 造船業者はその多くがタスマニア南部とクイーンズランド州の北東部を拠点としているが、高速旅客船事業者の場合、その拠点は西オーストラリアのパース近郊を中心としている。また2002年にIncat社が破綻の危機を迎え管財人の管理下にはいるまで、オーストラリアではタスマニアのIncat社と西オーストラリアのAustal社の2社が、高速旅客船業界の最大手であった。
 
 Incat社は破綻の危機を迎える前までは、タスマニア州の民間部門で最大の雇用主であり、最高期には約1000人の従業員を抱え、タスマニア州の輸出収入の約10パーセントを占めていた。
 
 一方、Austal社は約1200人の従業員を雇用し、世界的な経済不況の中でも、高速旅客船市場において、相次ぐ注文を受けるなど新たな成長企業として注目を集めている。
 
 オーストラリア造船業界では、これまでIncat社、Austal社を筆頭に、造船業者間で高水準の激しい競争が行われてきた。どの産業でも一般的に、国内市場における競争が激しいほど世界市場における競争力が高まるといわれている。さらにオーストラリア造船業界は生産の95%1を輸出向けに建造しており、国際市場で国内外のライバルと競い合うことにより、競争力を高めてきた。
 
1 オーストラリア貿易振興局(AUSTRADE)ホームページ(www.austrade.gov.au
 
 また、オーストラリア造船企業は国内の業界動向に敏感であり、これも、各企業のプライド意識や造船会社間の競争を高めてきた。これは、最近までオーストラリアの大手企業2社が市場における優位性を争っていた大型旅客船市場で特に顕著であった。こうした競争は、各社が積極的に革新的技術に取り組み、差別化をはかる努力をする原動力ともなってきた。Incat社の破綻がこれにどのような影響を与えるかは不明である。また管財人管理下に入ったIncat社も、米国海軍向けのリース契約に成功し、近い将来、管財人の管理下を脱するという明るい見通しもでてきている。
 
1.3 高速旅客船業界をとりまく最近の環境
 1978年にIncat社が初めて20メートル級の高速カタマラン船の建造を開始して以来、オーストラリアは国際市場におけるシェアを広げ、高速旅客船及びカーフェリーの50%を供給してきた。オーストラリアは現在、高速旅客船、特にカタマランや世界最大の高速旅客船の設計および建造で世界のリーダーである。過去6年間に世界で建造された旅客船のうち、50m以上の高速旅客船については55%、70m以上の旅客船については82%がオーストラリアで建造された。設計も含めれば、70m以上の船舶の91%がオーストラリアで建造、もしくは設計されている。また、過去6年間にオーストラリアで建造された高速旅客船の94%以上は、輸出市場を対象としたものであった。
 
 海外の造船会社の中にも、高速旅客船業界への参入を試みたところもあったが、その多くは成功しておらず、短期操業後、高速旅客船市場から撤退した企業もあった。オーストラリアの二大高速旅客船建造業者であるAustal社及びIncat社は、デザインや作業効率などの技術において世界をリードしており、大きな市場シェアを確保してきた。
 
 オーストラリア高速旅客船建造業者はこれまで、主に、特定の顧客ニーズに合わせた特注の旅客船を建造してきた。これらの旅客船は、川や河口域などを破壊しない環境保護システムなど、特定の設計基準に準じて開発されたものである。
 
 しかし、1997年1月以降、オーストラリアの高速旅客船の市場シェアは縮小している。オーストラリアの比較優位は、合弁企業の設立や技術移転、業界のグローバリゼーションにより失われつつある。さらに現在、高速旅客船の世界市場が停滞しており、厳しい状況にある。オーストラリアがこの新市場に参入して以来、2000年および2001年の新造船件数は最低であった。
 
 タスマニアのIncat社が2002年3月に各種の問題に直面し、国立銀行による管財人の任命が行われた。一般的にこの処置は時期尚早と見られているが、いずれにしても、高速旅客船最大手が破綻の危機に陥ったことは、業界を震憾させた。同社は今現在も事業を継続しており、米国海軍へのリース契約が決まったことで、現在の困難な状況を克服し新たに事業を再開する可能性が高まっている。
 
 オーストラリア最大の造船企業2杜(Austal社及びIncat社)は、世界市場における停滞は短期的なものと予測し、両社とも在庫船(未注文の船)を建造するという戦略をとっていた。これは、特注の船のみを建造することで成功した以前の戦略と相反するものであった。この戦略は熟練した従業員を維持できるという利点があった反面、企業の財務状況を圧迫する結果となった。
 
 Incat社は大型船を専門とし、世界中の景気が落ち込む中、短期間に他の市場に参入することはほとんど不可能であった為、他の企業よりも大きなリスクを抱えていた。同社はまた未上場企業であり、在庫船の建造費に対する融資を受けることは困難であった。しかも同社が貸していた船はリース期間の終了と共に返却され、同社の経営を圧迫した。連邦政府や州政府への働きかけも成功しなかった。(Incat社の現況に関する評価については、後述)。
 
 一方、Austal社の事業戦略は、製品の多様化と補完事業の買収の2つである。同社は1998年、1999年と立て続けに中小船舶メーカーのImage Marine社及び豪華ヨットメーカーのOceanfast社を買収し、事業内容も多様化した。ちょうど、豪華ヨット市場は上昇傾向にあり、Austal社グループとしては、世界的な高速旅客船市場の停滞による影響をそれほど受けなかった。それにもかかわらず、Austal社の事業経営も悪化し、2000−2001年度は前年比51.5%減の利益計上となった。2001−2002年度の業績は向上したものの、2002−2003年度は厳しい状況になることを同社では予測している。また、Austal社の場合、Incat社と異なり、上場会社であり多額の資金支援があったことにより、Austal社の受けた資金的制約はIncat社と比較して小さかった。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION