8 WTO加盟の中国造船・舶用工業に与える影響
関税の引き下げ・非関税措置の取消しの対象製品は、船舶建造に必要な材料、設備、部品など広範囲に及ぶ他、外国からの投資も促進される。以下、その影響を分析する。
8.1 中国造船業に与える影響
中国造船業はWTO加盟に大きく影響されないとの見方が多い。その理由は「便宜置籍船制度の存在」、「輸入制限緩和の限定的な影響」「WTOの制度の限界」などである。
アンチダンピング等に関し、主要造船国は、経済協力開発機構(OECD)で新造船協定を検討している状況にあり、また、中国造船業の現在の実力を考えたとき、中国の造船業がWTO加盟により関税・非関税問題、そしてアンチダンピング問題で直ちに重大な影響を受けることはないとみられる。
8.1.1 関税
WTO加盟に伴う関税引き下げは、NC切断機、水中プラズマ切断機など造船工場の設備から原材料、舶用製品・部材まで広範囲に渡っており、中国造船業のコストダウンにつながる。ただし、その影響は限定的なものになるとの見方が多い。
船舶については、パナマ、リベリア、バハマのような船舶輸入に関税を課さない「便宜置籍国」に船舶を登録することで関税の負担を低減することが世界的に行なわれている。そのため、輸入船舶に関税或は他の税金を課すことで自国への船舶輸入を制限しても、自国の海運会社が自社の船舶を国外で便宜置籍船として登録できることから自国の造船業保護につながらないという特徴がある。現在世界全体では、約58%の船舶が自国外に登録されている。
中国の場合も、現在、船舶の輸入関税は、かなり低くなってきてはいるが、海外の多くの国で、船舶の輸入関税が既にゼロとなっていることから、1980年代から、海外に転籍する中国船が増えている。中国の海運会社は新造船や購入した中古船を外国に登録することで、9%の輸入関税と17%の増値税(合計26%)を免れることができる。
1998年末現在、中国国内に登録されている国際海運に従事する船舶は、1880隻、1600万重量トンであるのに対し、「便宜置籍船」は550隻、2015万重量トンにのぼり、載荷重量トンで中国船隊の55.7%を占める。タンカー、ばら積船、コンテナ船の海外置籍は、特に深刻で、外国での登録率はそれぞれ67%、63.4%、53.8%となっている。
関税の対象とならない欧州等外国の船主から発注された純粋な輸出船はもちろん、中国の海運会社所有船についても、このように便宜置籍船が相当量を占めていることを考えるとき、中国の輸出入に対する関税の変更は中国の造船業に基本的に大きな影響を及ぼさないのではないかとみられる。
中国国内で建造される国内船を考えるとき、「国貨国輪(自国の貨物は自国の船で運ぶ)」の政策をとり、必ずしも便宜置籍船を是としない中国では、これまで中国船舶工業集団公司、中国船舶重工集団公司が中国国籍船を建造した場合、輸出船との価格差是正の観点から、関税に相当する一定の補助がなされていると言われており、この補助金の存続を考えると関税引き下げの影響は限定的になる。(この種の補助金自体、WTO違反とされる可能性もあり注意が必要である。)
8.1.2 非関税措置(輸入数量割当)
非関税障壁の撤廃は中国造船業に若干の悪影響をもたらすが、その影響は限定的である。
中国では、船舶は輸入管理の対象製品であり、一部の舶用製品とともに国際入札に基づく輸入許可証制度を実施することで、中国造船業の保護、中国造船業の高成長に一定の役割を果たしてきた。
中国の船舶輸入関税が更に引き下げられ、さらに、船舶の輸入に関する非関税障壁が取り消されると、中国船主から海外への発注が増えるなど中国造船業にある程度不利な影響を与える可能性はあるとみられるが、「国輪国造」政策と中国造船業の競争力向上を考えるとき、その影響は限定的なものとなろう。
舶用関係製品では、船舶用鋼板がある。船舶用鋼板は、指定経営製品に属し、現在298社という限られた会社にのみ輸入が認められいる他、輸入数量の規制も行われている。しかし、WTO加盟に伴い、加盟後3年以内に、取扱会社の規制がなくなるとともに数量規制も廃止され、自由化される予定であり、輸入コスト削減につながることが期待されている。
この他、船舶用ケーブル(加盟時)、プラズマアーク切断機(2004年)、加工機械(2004年)などの機材についても、輸入時の入札制度が廃止されることになっており、中国造船業にとってはプラスである。
8.1.3 アンチダンピング等
中国としては、低い船舶輸出価格を理由に「アンチダンピングと反補助金に関する規定」違反だとしてダンピング提訴される可能性がある他、政府の造船業に対する補助金 注1)も制限される。その反面、中国が外国を、ダンピングや補助金違反で提訴することも法的に可能となる。輸入が急激に増大した場合は中国が緊急措置(セーフガード措置)を発動することもできる。
しかし、一方でWTO協定の限界として、WTOは船舶の貿易問題を取り扱うことが難しいということがある。WTOが実施する1994年の関税と貿易に関する一般協定(ガット)では、貨物についての貿易の規則を制定しているが、船舶という特殊な製品の貿易に対し、WTO規則は充分でないとされる面がある。
前述のようにWTO協定の中心である関税は、便宜置籍船制度のある船舶貿易にはあまり関係がない他、反ダンピング協定も船舶貿易への適用が難しい。例えば、WTO規則では、ダンピングに対する懲罰の権利を有するのは輸入側であり、輸入される商品に対し懲罰的な関税を課すことができるが、船舶の場合、輸入国と被害国は必ずしも一致しない。
概して、船舶の特殊性から「1994年の関税及び貿易に関する一般協定」の第六条と「1994年の関税及び貿易に関する一般協定第六条の実施に関する協定(アンチダンピング協定)」は船舶貿易への適用が難しいとされており、事実、ガットとWTO規則で船舶に及んだ反ダンピング調査と訴訟も従来ほとんどなかったが、EUの韓国のWTO提訴が現実のものとなり 注2)、造船紛争がWTOの枠で解決されるか注目されている。
注1) |
補助金には、これまでの例として、次のようなものがあると言われている。 |
(1) |
債権の株式化等一部の国有企業に対して行なわれている支援 |
(2) |
一部の国有企業、あるいは国が株を持つ造船企業に対して行なわれていた国内船主向けに建造した中国籍船に対する補助
(「国貨国輪(自国の貨物は自国の船で運ぶ)」政策のもと便宜置籍船に対する対抗上行なわれているとみられる) |
(3) |
機械・電子製品の輸出拡大を目的に、輸出に貢献する技術開発融資等に対し行なっている支援 |
注2) |
EUは、2002年10月21日(現地時間)、韓国造船業をWTOに提訴した。 |
8.1.4 アンチダンピングに対する中国の懸念
中国としてはEUの韓国のWTO提訴が現実のものとなったことで、造船紛争がWTOの枠で解決されるかどうかに関心を持っており、仮にEU・韓国問題がWTOで処理されることになると中国造船業に対するWTOの影響力も大いに増加するとみている。
同時に中国の船舶輸出は急速に拡大していることから、安い船価は、ダンピングの主要事実として提訴される可能性があるとの懸念を中国の一部の造船業界関係者は持っている。
これらの業界関係者は、「中国の造船業は、主に価格競争の優位により国際市場に参入しており、中国の輸出船価格は国際市場の価格より5〜10%安く、EUに提訴されるかもしれない韓国の価格より更に約5%安い」ということを指摘している。
中国の造船企業は、納期、決済条件、生産管理、品質などの面で海外先進造船企業との間に格差があるため、当分の間は、安い労働力、安い船価に依存しなければならないと考えており、そのため、中国のWTO加盟後、WTOアンチダンピング協定に規定された2%以上正常価格より安いという理由で中国の造船所が提訴されることを心配している。
この他、中国の船舶の主要輸出先は、ドイツ、ノルウェーなど韓国造船業をダンピング提訴しようとしている国である。
また、1998年以来、EU委員会は、4回にわたり「世界の造船業の状況」についての報告書を連続的に発表しているが、その2番目の報告書で2000年第1四半期の13件の新船契約を追跡・監視して調べている。そのうち9件は韓国の造船所のものであったが、残りは全て中国の輸出船舶に関わるものであった。
同報告書の付属文書は、さらに中国造船業に関し中国の造船能力の拡大、企業再編などを調査し、人件費、生産効率、材料費、利息、為替レートなどを分析していることを提訴の心配材料に挙げている。
8.1.5 「中国船舶輸出業界暫定ガイドライン」
中国はWTO加盟に伴い自国が提訴される危険性なしとしないこと、欧州と韓国問で造船摩擦がおきていることから、中国から原価割れした船舶が輸出されないようアンチダンピングについて業界の自主基準を定めている。
これが、「中国船舶輸出業界暫定ガイドライン」で、2000年10月に中国機電産品進出口商会船舶分会で作成された。参加メンバーは、輸出船を建造している造船所と商社等輸出企業である。
1) |
本ガイドラインは、法的には「中国不当競争防止法」が関係するが、法的強制力はない。業界の自主規制である。念頭にあるのは、FRP船等の舟艇・小型船ではなく大型船を建造している約50社。合弁企業も対象にしている。問題にしているのは、価格であり輸出量は関係ない。輸入も無関係である。 |
2) |
内容は、ある造船会社から非常に安い価格で船舶が輸出されているとき、他の造船会社は船舶分会に対し調査を申し立てることができるというものである。申し立てを受けて船舶分会は調査を行い、分会の討議で対応策を決める。価格が非常に安いときは、予防措置として価格調整を行うことも可能である。なお、これまでの申し立ての実績はない。 |
3) |
ガイドラインは精神的なものであり、現時点では、余り実効性はないと思われる。法的にも機電商会が輸出量の割り当て枠を持っており、業界に対して強い立場にある自転車等の製品と異なり、船舶の場合は、輸出量の割り当て制度等もないため、個別の造船会社・商社の力が強く、中国機電産品進出口商会単独ではコントロールできないとの意見もある。 |
8.1.6 投資(外国造船企業の参入)
投資環境の改善につれ、海外大手造船企業が大規模に中国に進出する可能性も否定できないが、マジョリティ条項がある現在では大きな流れにはならないと言う意見と、2002年11月に開催された第16回共産党大会で国有企業への外資導入が方針となったことで、今後は積極的な外資導入策がとられるという意見がある。現実的な問題は、WTO加盟に伴い造船業以外の産業について中国への外資企業の進出が進むことで、造船業の人材確保が困難になるという点であるとする声もある。
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