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1. はじめに
1.1 軍隊と警察の機能
 主権国家は、その対外防衛や国内治安維持その他の目的のため、各種の武装した部隊や集団を維持してきた。こうした武装部隊の国際法上あるいは国内法上の性格付けは、近代主権国家誕生以来の各時代区分における歴史的事情や個別国家の国内的事情に左右されることから、それ自体容易ならざる作業である。
 しかし、現代、とりわけ第二次大戦後に限定して考えれば、多くの諸国が有する武装部隊を軍隊(armed force, military force)の機能を有するもの(実質的意味における軍隊)と警察(police)の機能を持つもの(行政法上の用語との混同をおそれずにこれを実質的意味における警察と称する)(1)の二種に区分してもよいように思われる。軍隊と警察の機能とはそれぞれ何かとの問いも甚だ大きな問題ではあるが、ここでは、本論の目的を踏まえ以下のように整理しておきたい。
 実質的意味における軍隊とは、国家の対外的及び対内的の主権その他に対する脅威に対して物理的力により対処する武装部隊である。主権その他に対する脅威は、国外からのものと国内からのものがありうる。前者の脅威に対処するため、国家は、戦争ないし武力行使を実質的に軍隊の機能を有する部隊を用いて行う。後者の脅威に対しても、これが重大であれば、国家はそのような部隊を使用する。
 軍隊の機能を有するものがこうした脅威に対処する場合、国内法上の制約の他、国際法、特に武力紛争法(law of armed conflict)(戦争法(law of war)、国際人道法(international humanitarian law))の制限の下で行動する。国際法上の制約については、国際法上の戦争状態(state of war)が存在しえた時代においては、すなわちそれは大体第二次大戦までの時代であるといってよかろうが、国家の軍隊として機能する部隊は、法的に敵国の消滅までもなしえ、唯、武力紛争法の規律に服するのみであった。国連憲章下では、合法的に武力行使を開始しうるとされる事情の範囲は大幅に縮減され、しかも、そうした自衛権等の行使における暴力行使の限度が設定されることになった。
 他方、暴力行使の機関として国際法が関心を有するような警察は、多くの国の行政組織上の警察機関のように、司法警察と一定の範囲の行政警察の機能を有するものである。すなわち、主に国家の領域主権の及ぶ範囲とその周辺の管轄権を有する海域等において公共の安全及び秩序を維持し、及び危険を防止し、並びに犯罪の捜査及び鎮圧を行う武装部隊である。国際法により認められた管轄権の範囲内での国内法の執行という目的における制約がそもそも課せられており、加えて、暴力行為の限度も国内警察関係法令上の必要性や比例性の原則に服する。
 なお、国際法は、各国の国内法上の軍隊と警察の区分をそのまま受け入れているのでは必ずしもなく、このような実質的意味ないし機能による区分を採用していると考えられる。
 
1.2 国内法上の位置付けと実質的機能との不一致
 軍隊と警察の実質的な機能における相違は、しかしながら、国内法、より具体的には国家行政組織法のような国内実定法上の軍隊と警察の別とは必ずしも一致しない。つまり、特定国の軍隊が警察機能を営むこともあれば、警察が軍隊として機能することもある。例えば、主たる任務の一が防衛出動であって対外防衛に任ずる我が国自衛隊は、治安出動発令時には警察として機能する。また、仏や伊等に見られるような憲兵隊は、いわゆる平時の警察機能を有すると同時に、武力紛争時には軍隊の機能の一部を遂行する。このように、組織上の区分と機能が一致しない場合があることに留意しなければならない(2)
 一国内の組織上の位置付けと実質的機能の不一致は、国内法上はさほど問題とはならないかもしれない。しかし、国際法的観点からするならば、実質的に軍隊として機能する部隊と警察機能を遂行する部隊には異なる規則が適用されることが少なくない。国内法上警察と称される部隊であっても、実質的な軍隊として機能するならば、その行為は武力行使を構成することがある。その際、武力行使の相手方が外国国家であれば、国際法上当該組織の構成員は合法的戦闘員となり、また、人的な軍事目標となる。逆に、こうした事例はほとんどないにしても、国内法上の軍隊が実質的にはそうでなければ、かかる集団の外国軍隊との戦闘は、原則として国際法上の違法行為となる。
 この不一致は、各国国内法上の軍隊の場合よりも警察の場合により顕著に現れるであろう。国内法上の軍隊は、実質的に軍隊と警察双方の機能を同時に国内法で付与されていることが多いから、適用される国際法がいずれであってもさほど問題はないのである。他方、国内法上の警察は、軍隊の機能に踏み込むことがあっても、国際法上の軍隊としての性格付けを国内法で否定されていることが多いと思われる。この場合、国家は、その警察部隊の行動を国際法上も軍隊の行動とは説明しないであろう。しかし、この説明が維持されると、部隊が実質的な軍隊の機能に踏み込んだとすれば、軍隊ではないものが軍隊しかなしえない行為を行ったとして国際違法行為や戦争犯罪を構成する可能性も生じる。
 
1.3 陸上警察と海上警察
 国内法上の警察部隊が国際法のいう軍隊の機能を遂行するといった状況は、主に陸上で行動する国内法上の警察部隊よりも海上警察においてより多く出現すると考えられる。陸上警察にあっては、その編成、装備や訓練は、正に「警察的」であって、本来的に外国の軍隊に対処することを想定しないことが多い。諸国においても、また、我が国においても、警察が外国軍隊の小規摸侵攻への対処を検討し始めたのは、ごく最近のことである。
 他方、海上警察の活動は、海軍の軍艦あるいは補助艦のそれと重なることが多い。例えば、領海内の哨戒は、密輸取締のような法執行のためであっても、武力紛争時には、好むと好まざるとにかかわらず、外国侵攻部隊に対する組織的ピケットを構成することとなる。つまり、海上警察船艇は、本来の警察任務に従事するのと同時に、実質的には海軍の哨戒艦艇として機能するのである。
 諸国の内に海軍に海上警察機能を付与している国が少なくないことは、複数の組織を維持する煩雑さの故の他に、海上警察が軍隊としての任務に、あるいは、それに極めて近い任務に就くことを認識しているためでもある。海軍と別個に海上警察部隊が維持されている国にあっては、とりわけ、海上警察部隊が軍隊の機能を有することを否定している国の場合には、国内法上と国際法上のその位置付けの相違が様々な問題を惹起せしめるであろう。
 
1.4 海上保安庁
 海上保安庁は、我が国国内法上の海上警察部隊であって、海上保安庁法第25条は、軍隊としての機能をそれが保持することを明確に否定している。他方、海上保安庁法その他の法令で同庁に付与される任務は、状況によっては、実質的意味における海軍のそれとみなされるか、あるいは、敵対行為とされることがありえるように思われる。また、防衛出動時の指揮権の移動がどのような意味を持つかも問われる。
 本論では、海上保安庁に我が国国内法令で与えられた任務を概観し、それが国際法、就中、武力紛争法上いかに捉えられるのかを検討するものである。
 
(1)
行政法上の警察概念は、司法警察と区別された広義の行政警察をいい、これを講学上実質的意味での警察ということがある。これに対置される形式的意義における警察とは、我が国警察法のような国内行政組織法上の示す警察である。
 司法警察は、刑事裁判のため刑事訴訟法に基づき行われる。一方の行政警察は、交通、衛生、労働、産業、建築といった様々な分野における行政作用に随伴して行われる狭義の行政警察と、危険物、災害、犯罪予防、風俗等に関するようなそれ自体独立してなされうる保安警察に分かれる。E.g.,遠藤博也、「行政法II」、1980年、128-130頁。
(2)
各国の警察部隊及び準軍隊の概略については、J.Andrade, World Police and Paramilitary Forces(1985)を参照せよ。







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