日本財団 図書館


2. 海上保安庁の国内法上の機能
2.1 設置目的
 海上保安庁法(昭和23年法律第28号)第1条第1項は、「海上において、人命及び財産を保護し、並びに法律の違反を予防し、捜査し、及び鎮圧するため、国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項の規定に基づいて、国土交通大臣の管轄する外局として海上保安庁を置く」としている。
 
2.2 任務及び所掌事務
 同法は、続いて第2条で、第1条第1項規定の海上保安庁設置目的を踏まえ、海上におけるその任務として、法令の励行、海難救助、海洋汚染防止、犯罪の予防及び鎮圧、犯人の捜査及び逮捕、船舶交通規制、水路・標識関連事務その他海上安全確保に関する事務等を掲げる。
 さらに、同法第5条は、「第二条第一項の任務を達成するため」として、次に掲げる事務を海上保安庁がつかさどるとする。すなわち、(一)法令の海上における励行、(二)海難時の人命・積荷・船舶救助、(三)遭難船舶救護、漂流物等処理、(四)海難の調査、(五)船舶交通障害除去、(六)海上保安庁以外の者のなす救助・障害除去監督、(七)海上運送従事者監督、(八)信号、(九)港則、(十)輻輳海域交通安全確保、(十一)海上汚染・災害防止、(十二)沿岸水域巡視警戒、(十三)海上における暴動・騒乱鎮圧、(十四)海上における犯人捜査・逮捕、(十五)国際捜査共助、(十六)警察行政庁等との協力等、(十七)国際緊急援助活動、(十八)水路測量・海象観測、(十九)水路・航空図誌等調製・供給、(二十)船舶交通安全事項通報、(二十一)航路標識維持、(二十二)航路標識附属設備による気象観測・通報、(二十三)海上保安庁以外の者のなす航路標識維持の監督、(二十四)所掌事務関係国際協力、(二十五)所掌事務関係研修、(二十六)所掌事務関係船舶・航空機維持、(二十七)所掌事務関係通信施設維持、(二十八)その他第2条1項規定事務である。
 
2.3 指揮監督
 こうした任務を有する海上保安庁の長を同法第10条は、国土交通大臣の指揮監督を受ける海上保安庁長官とする。但し、同条は、「国土交通大臣以外の大臣の所管に属する事務については、各々その大臣の指揮監督を受ける」とし、主務大臣が一般的指揮監督権限を有するものの、同条規定の他の大臣にも海上保安庁長官に対する指揮監督権を付与している。
 具体的には、海上保安庁長官は、例えば漁業関係法令の励行については農林水産大臣の、出入国関係法令に関しては法務大臣の指揮監督を受ける。同法第10条のような規定は、我が国政府機関外局ではあまり例を見ず、僅かに、財務省に属する税関に対する経済産業大臣の一定の指揮監督や国土交通省北海道開発局に対する農林水産大臣の定の指揮監督といった例があるにすぎない。
 
2.4 法令励行事務
 同法第15条は、海上保安官が同法の定めるところにより法令の励行に関する事務を実施する場合には、当該海上保安官は、「各々の法令の励行に関する事務を所管する行政官庁の当該官吏」とみなされ、「当該法令の励行に関する事務に関し行政官庁の制定する規則の適用」を受けるとする。同条は、海上保安官が法令、特に行政法規の励行に関する事務を行う場合の代位権の規定である。
 なお、同条でいわゆる当該官吏として海上保安官が任務を遂行する場合にも、第10条において海上保安庁長官は、当該任務を所管する大臣の指揮監督を受けるとされていることから、海上保安庁長官が海上保安官の指揮権を保持する。
 
2.5 書類提出命令、立入検査及び質問の権限
 同第17条は、「海上保安官は、その職務を行うため必要があるとき」には、船長等に対し、「法令により船舶に備え置くべき書類の提出を命じ、船舶の同一性、船籍港、船長の指名、直前の出発港又は出発地、目的港又は目的地、積荷の性質又は積荷の有無その他船舶、積荷及び航海に関し重要と認める事項を確かめるため船舶の進行を停止させて立入検査をし、又は乗組員及び旅客に対しその職務を行うために必要な質問をすることができる」と定める。
 同条でいう立入検査その他は、海上における法令励行や犯罪予防という主に行政警察上の目的でなされると理解されている。同法第2条第1項規定の事務のうち犯人の捜査及び逮捕のような司法警察目的の行為は、刑事訴訟法の手続による。書類提出命令及び質問において相手方の協力は、任意とされるが、立入検査に関しては、即時強制としてなしうるとされる。
 同条の措置の対象となる船舶は、条文上限定はないが、国際法上の特権と免除を有する外国船舶に対する措置は認められない。すなわち、外国軍艦、非商業目的で運航される外国政府公船は、立入検査対象には原則としてならない。また、公海上の外国船舶一般についても、慣習法又は条約の定めのある場合を除き、立入検査はできない。なお、立入検査対象とは通常ならない外国船舶であっても、その旗国又は船長の同意のある場合には、立入検査は妨げられない。
 立入検査を実施する際に武器を使用できるかに関しては、警察比例の原則に従い、警察法第7条又は海上保安庁法第20条第2項による場合には適法と考えられる。
 
2.6 強制的措置
 海上保安官の強制権に関する海上保安庁法第18条第1項は、「海上保安官は、海上において犯罪が正に行われようとするのを認めた場合又は天災事変、海難、工作物の損壊、危険物の爆発等危険な事態」がある場合に、「人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害が及ぶおそれがあり、かつ、急を要するとき」には、他の法令に定めのあるものの他、次に掲げる措置を講ずることができるとする。すなわち、(一)船舶の進行の開始、停止又は出発差し止め、(二)船舶の航路変更又は指定場所への移動、(三)乗組員等の下船、その制限又は禁止、(四)積荷の陸揚、その制限又は禁止、(五)他船又は陸地との交通の制限又は禁止、(六)これらの措置の他、海上における人の生命若しくは身体に対する危険又は財産に対する重大な損害を及ぼすおそれのある行為の制止、である。
 また、同条第2項では、船舶の外観その他の周囲の事情から合理的に判断して、「海上における犯罪が行われることが明らかであると認められる場合その他海上における公共の秩序が著しく乱されるおそれがあると認められる場合」であって、他に手段がないときには、海上保安官は、第1項第1号又は第2号に掲げられる措置を講ずることを認められる。
 同条は、当初、司法警察との関連でも適用を想定していたとされるが、刑事訴訟法改正(昭和23年)等を受け、海上における治安維持や危険の除去という行政的な目的で海上保安官が任務を遂行するにあたって一定の強制権を認めるものとして運用されるようになったといわれる。なお、平成8年に同条の第1項柱書及びその各号を大幅に修正し、さらに、第2項を付加する改正が行われた。
 このような理解から、第18条に基づく強制的措置は、警察比例の原則等から一定の制約を受ける。もっとも、いわゆる領海警備をより広く軍事的な作用を含むものと解し、警察の行動原則の一たる比例原則によらず、主権や領域の保全目的が達成される限度まで強制的措置をとれないかを検討する必要があるという見解もある(3)
 
2.7 武器使用
 武器使用に関する同法第20条の第1項は、「海上保安官及び海上保安官補の武器の使用については、警察官職務執行法(昭和三十三年法律第百二十六号)第七条の規定を準用する」とする(4)
 同条2項は、平成13年の改正で追加されたもので、警察官職務執行法第7条により武器使用を行う場合の他、以下の状況で武器使用ができると定める。すなわち、第17条第1項による停船命令を繰り返しても応じず、なお海上保安官等の職務執行に抵抗するか又は逃亡しようとする場合で、海上保安庁長官が「船舶の外見、航海の態様、乗組員等の異常な挙動その他」の事情等から合理的に判断して「次の各号のすべてに該当する事態」と認めたときは、海上保安官等は「当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足る相当な理由のあるとき」には、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」とし、(一)当該船舶が外国船舶(外国軍艦及び非商業目的政府公船を除く)と思料され、かつ、国連海洋法条約第19条のいう無害通航でない通航を我が国領水において現に行っていること、(二)当該航行を放置すればこれが将来繰り返し行われる蓋然性があると認められること、(三)当該航行が我が国領域内において死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮に当たる凶悪な罪(重大凶悪犯罪)を犯すのに必要な準備のため行われているのではないかとの疑いを払拭できないと認められること、(四)当該船舶の立入検査をすることにより知り得べき情報に基づいて措置を尽くすのでなければ、将来における重大凶悪犯罪の発生を未然に防止することができないと認められること、の4項目を掲げる。
 同条第1項は、警察官職務執行法第7条の規定を準用する旨定めるから、武器使用において警察比例の原則等に従わなければならないことは明らかである。また、同条第2項による領海内での武器使用についても、生起した事態に応じ合理的に必要とされる限度においてとしているから、警察比例等の原則に従う(5)。なお、「能登半島沖不審船事案における教訓・反省事項について」によって、いわゆる不審船には海上保安庁がまず対処し、それでは対処が困難又は不可能な場合には、海上警備行動により自衛隊が対処することとされている。このため、海上保安庁法の平成13年改正と同時に自衛隊法を一部改正し、領海内の武器使用基準を緩和したこの海上保安庁法第20条第2項を海上警備行動実施時の自衛隊も準用できるよう措置をとった。
 
2.8 軍隊機能の否定
 海上保安庁法第25条は、「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」とする。同条は、海上保安庁が、戦争放棄、戦力不保持及び交戦権否認を定める我が国憲法第9条の禁止するような組織ではないことを念のため明らかにする規定である(6)
 ところで、自衛隊法第80条は、第1項で「内閣総理大臣は、第七十六条第一項又は第七十八条第一項に規定による自衛隊の全部又は一部に対する出動命令があった場合において、特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部をその統制下にいれることができる」とし、第2項で「内閣総理大臣は、前項の規定により海上保安庁の全部又は一部をその統制下に入れた場合には、政令で定めるところにより、[防衛庁]長官にこれを指揮させるものとする」([]内筆者)と規定する。
 また、海上保安庁法第25条と国際平和協力業務に関する同法第28条の2の関係が問題となりうるが、ここでも海上保安庁の行う国際平和協力業務は、同法第25条と抵触しない範囲の業務とされる。
 
2.9 国内法における海上保安庁の性格付け
 海上保安庁は、犯罪取締のような司法警察と海上交通行政といった行政警察の双方の機能を併せ持つ(7)。また、海上保安庁法第25条に加えて、同法第1条第1項が警察法第2条第1項(8)と同様の規定振りとなっていることからしても(9)、国内法制度上、海上保安庁が一定の行政目的確保や法秩序維持を基本任務とする警察機関たることを意図して設置されたことは明白である。
こうした海上保安庁の任務は、我が国が国際的武力紛争の当事国となっている場合にも、指揮権の所在はともかくとして、引き続き遂行されることはいうまでもない。外国との間に武力紛争の事態が生じても、海上における犯罪防止や危険の除去の必要性は依然存続する。そのような事態で海上保安庁法等の国内法規定に合致した強制的措置や武器使用を含む任務の遂行は、武力紛争の存在からは法的には影響を受けないというのが我が国関係法令の基本的な立場となっている。
 我が国が国際的武力紛争の当事国となっている場合には、自衛隊に対し既に防衛出動が下令されているであろうが、その際には、自衛隊法第80条のいう特別の必要があれば、同条に基づき海上保安庁は防衛庁長官の指揮下に置かれる。防衛庁長官の指揮下に海上保安庁が入っても、我が国国内法上は、海上保安庁法第2条規定のその任務や機能に変更は生じないと解される。すなわち、我が国国内法上は、国際法上の軍隊たる自衛隊を指揮する防衛庁長官の指揮下でも海上保安庁は、海上警察としての任務のみを遂行するという位置付けになっているのである(10)
 我が国政府を一方の当事者とする非国際的武力紛争等の事態が生じ、治安出動命令が出された場合にも海上保安庁は、自衛隊法第80条に基づき防衛庁長官の指揮下に入りうる。このときには、武力紛争とはいえ非国際的性格のものであるから、自衛隊自体も反徒の制圧という警察の機能のみを有する。従って、防衛庁長官指揮下に海上保安庁が編入されてもそれが国際法上の軍隊の機能を営むか否かの問題は生じないであろう。但し、旧ユーゴスラヴィアにおける紛争のように、国際的と非国際的の武力紛争が同時に行われることもある。そのような事態にあっては、海上保安庁がいかなる者に対し暴力行為を実施しているか、すなわち強制的措置や武器使用の客体に応じた分析が必要となってくる。
 
(3)
村上歴造、「領海警備」、「警察政策」、第4巻第1号、2002年、192頁。
(4)
警察官職務執行法第7条は、「警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において武器を使用することが出来る。但し、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。一 死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる凶悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。二 逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。」と定める。なお、海上保安官及び海上保安官補については、警察官職務執行法第7条以外でも、国連平和維持活動等協力法第24条等で別途に武器使用の規定が設けられることがある。
(5)
レッド・クルセーダー号事件でも議論になったように、当初から撃沈を意図した射撃は、従って、海上保安庁法では合法化しえない。警察比例原則に則った射撃を実施した結果、相手方船舶が沈没した場合にはその限りではない。
(6)
但し、一般論からすれば、我が国憲法に合致する武装組織であっても、それが国際法的観点からいう軍隊に該当しないということには直ちにはならない。例えば、我が国自衛隊は、政府等の憲法解釈に従えば、憲法が保持を禁止する組織ではないが、ジュネーヴ諸条約その他の武力紛争法がいう軍隊には該当することに異論はない。
(7)
通常の司法警察職員は、司法警察に関する権限のみを与えられ、行政警察上の権限を付与されないことが多いから、海上保安官は特異な例といえよう。なお、海上における行政警察と司法警察を合わせた上位の概念として、「海上保安」概念が用いられることもある。園部逸夫、「海上保安庁法の問題点」、海上保安協会、「我が国の新海洋法秩序」、第2号、1989年、111頁。
(8)
警察法第2条1項は、「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とする」と規定する。
(9)
飯田忠雄、「海上保安制度論」、「海上保安大学校研究報告(第1部)」、1963年、40頁。
(10)
近時なされた海上保安庁英語呼称のMaritime Safety AgencyからCoast Guardへの変更は、米国のように後者を一軍種の呼称ととらえる諸国が少なくないことから、果たして適切であったかについて疑問がなくはない。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION