日本財団 図書館


増える独居老人 高齢者の18%にも
 2階の調理実習室には高齢の女性たちの明るい笑顔が溢れている。地元の団地の主婦がつくる高齢者問題研究会ユーユー(芦田由江代表)が月に1度催す「お楽しみ会」である。市内各地の住宅街から集まったお年寄りは19人。きれいにドレスアップした新住民らしい女性と化粧気のない庶民的な旧住民らしいお年寄りが同じテーブルで交流する。漁村がベッドタウンに変貌した町、古さと新しさが混在する人工都市、浦安らしい光景だ。
 人物当てクイズ、偏と旁(つくり)のカードを組み合わせて漢字を完成する遊び、イントロ音楽の曲名当てなどをして盛り上がる。「今日に備えて漢字のおさらいをしてきました」と張り切るお年寄りも。特別養護老人ホームやデイサービスセンターなどで見かけるこの手の活動は高齢者が施設スタッフの顔を立てるために付き合っている雰囲気を感じるが、ここではお年寄りは心から楽しんでいるように見えた。スタッフが企画づくりに工夫を凝らしているからだ。最後は都はるみの「好きになった人」に合わせて踊るフォークダンスで一汗かいた後、昼食を楽しむ。ゲームの賞品はタマネギ、サツマイモなど野菜を用意するところは主婦ならではの生活感のこもった心配りだ。会費は食材費等込みで1人1回500円。不足分は市の補助金でカバーしている。
 
ユーユーのお楽しみ会でダンスや食事を楽しむ浦安のお年寄りたち
 
 午前10時30分から始まった「お楽しみ会」は午後1時半にお開きになった。初めて参加したお年寄りの家族が迎えに来ていた。夫に先立れ一人暮らしになった老母を引き取ったのだという。「ここで地元の人たちとお知り合いになれたら」とお嫁さんらしい女性がスタッフに話していた。この日の集まりに参加したお年寄り19人のうち実に6人が、子ども達に呼び寄せられた新住人だ。毎回1人はそんな呼び寄せ老人が新たに加わるという。初期に開発された公団住宅の住人の親たちが高齢になり、連れ合いのどちらかが亡くなると浦安に引き取られてくる。その際、子どもたちとは同居せず、市内のワンルームマンションに住むことが多いという。浦安市特別養護老人ホームの入居者の多くは呼び寄せ老人なのである。
 浦安市の65歳以上の高齢者数は約1万1000人。そのうち独居老人は18%にもなる。一人暮らしのため閉じこもりがちになり心身の健康を損なう高齢者が目立つようになった。浦安市には特別養護老人ホームも老人保健施設もなかったため、要介護高齢者は近隣都市の施設に預けられていた。お年寄りが安全な居場所を求めて江戸川を越え、東京の江戸川区に移住する動きもあった。江戸川区の高齢者福祉は都内一の評判が高かったからである。当時、千葉県議会議員だった松崎秀樹氏はこの話を聞いて「福祉流民を出さない」と公約して市長選に出馬、当選した。日本一若い都市も、実は深刻な「老い」の問題を抱えているのだ。
多彩に広がる市民の福祉活動
 ユーユーの「お楽しみ会」は高齢者らの閉じこもりを防ぐために市民自身が企画・実施する介護予防事業である。ユーユーに刺激された市民自身による高齢者福祉はいくつものグループによってさまざまな形で市内各地に広がりつつある。
 たとえば、この日の「お楽しみ会」に参加した西脇いねさんと水野昌美さん。保護司の西脇さんは自宅の一部をお年寄りに開放し、小規模な「お楽しみ会」を月2回催している。水野さんは新町地区に住む元ビジネスマンだ。大企業を定年退職したあと大学講師を務めたが、これからは地域で高齢者のための活動を始めようと見学に来た。
 
浦安の「老い」にいち早く目を向けた高齢者問題研究会ユーユーの人たち。右端が代表の芦田由江さん
 
 企業人の視点でいち早く少子高齢化問題に取り組んでいるのが浦安青年会議所(JC)である。1998年から学校の教室を活用して地域のお年寄りが子どもたちと交流する「平成の寺子屋」を始めている。お年寄りが幼稚園児にお手玉や綾取りなど日本の遊びを教えたり、逆に小学生がお年寄りに簡単なパソコン操作を手ほどきしたりする。JCメンバーが小学生にパソコンを教え、その子どもたちがお年寄りのパソコン教師にもなる。一方、高齢者が子どもや親に昔ながらの料理法、郷士料理などの食文化や茶道・華道、着付け、囲碁将棋など行儀作法を重んじる日本文化を教えている。
 「これからは小学校高学年以上を対象に、お寿司屋さんなど地元商店の職人芸を紹介し、職業観の涵養につなげていきたい」。浦安青年会議所出身で、うらやすNPO情報センター代表理事の舘里枝さんは世代間交流の「寺子屋」づくりに意欲を燃やす。
 また、大人の教育に力を入れているのは、浦安市役所の健康増進課で働いていた井手信子さん。浦安市役所で保健福祉の基礎を整えるために働き過ぎた無理がたたり身体を壊して退職したが、その後、放送大学を卒業。毎年、医療・福祉の先進国を視察し、NPO法人ケアマネジメント研究所ふくろうを設立した。高齢者問題研究会ユーユーを立ち上げた主婦、服部アキさんとともに子育てを知らない団地の母親たちのために経験者がおばあちゃん役を務める子育てサロンも開設。今後は老いの先に待ち受ける「死に方」の市民教育に力を入れるという。「定年後のサラリーマンの地域参加を促すことが市民教育の主眼」(井手さん)なのである。
 
上は「寺子屋」。下は浦安パソコンサークル遊ネット
 
 定年退職者たちが集まって立ち上げたサークルもある。たとえば浦安パソコンサークル遊ネット。市立図書館の蔵書検索などデジタルコミュニティーの「恩恵を浴することができる市民を増やすお手伝い」をしようと、中高年市民にパソコン操作を懇切丁寧に伝授する。市内の中学校3校のパソコン教室を毎週2時間借りて講習会を開いているが、希望者が多く新たな会場探しに奔走している。障害・高齢者への在宅支援活動も行う。
 浦安市社会福祉協議会などの役員を務める小林由美子さんは全国からディズニーランドを訪れる障害者・高齢者のために車イスを押したりガイドヘルパーを買って出る。テーマパークの介助ボランティアは浦安ならではの市民参加である。
 また、元損保会社社員の服部丈夫さんはパルプ材に代わる製紙原料となる植物、ケナフの栽培をする環境運動に熱中。「浦安の埋立地に50年かかっても森を作る」計画に取りくんでいる。このように「NPO法が想定している12種類の市民事業はほぼ出揃っています」(井手さん)。市側も浦安市市民活動センターを浦安駅前に開設。夜9時まで市民に開放している。また国の緊急地域雇用特別基金事業を活用し、高齢の希望者に企画から実施・運営を任せる「まだまだ現役健康奨励事業」を実施している。
 高学歴・高所得で多彩な専門やキャリアを持つ人材が豊富にある。これは浦安市最大の社会資源だ。高齢者研究会ユーユーの合言葉は「好きです浦安この街に 住み続けたい」。わが町を愛する市民こそ福祉のまちづくりの担い手だ。「町づくりは人づくりから始まる」と言われるゆえんである。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION