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子どもにまで広がった支援の輪
 さっそく、周辺の大型ゴミ収集場をまわり、近くの障害者施設に声をかけると、たった2週間で、25台もの車イスが集まった。カンサさんは、そうした中古車イスのサビを落とし、パンクしたタイヤを直し、部品を取り換えて再生。それとともに、輸送費を捻出するために2冊めの詩集を発行した。
 「輸送費は当初、1回につき50万円かかるといわれましたが、梱包からコンテナヘの積み込みまで自力で行えば半額程度で済むと教えられたので、迷わずそちらを選びました」
 やがて、路上で黙々と車イスを磨くカンサさんの姿に、声をかげる近所の人たちが現れた。「修理、手伝ったろか」「空き店舗を貸したるから、そこに車イスを保管するといい」等々。また、この活動の趣旨に賛同した中学校の先生の呼びかけで、その学校の有志の生徒たちが倉庫整理ボランティアを開始。他の学校にもその輪が徐々に広がり、今では府内外のおよそ20の中学校が活動に参加しているという。
 「総合学習や技術の授業、ボランティアサークルの活動の一環として、車イスの修理を担当してくれる学校もあれば、おもちゃや文具を集めてくれている学校もあります。以前、阿倍野区で車イスの試乗と補修呼びかけのイベントを行ったときには、わずか5〜6歳の男の子が、“車イスをきれいに磨いてアフリカの子どものために贈ってあげたい”と言い出したこともありました。援助を必要とする人のために、自分にもできることがあると理解したのです。このような気持ちを出発点に、もっともっと多くの人達が社会問題を考え、福祉活動に参加してくれるようになればいい。そう願っています」
 
カンサさんの元には、感謝の気持ちを込めて、祖国の子どもたちからたくさんの絵手紙や写真が送られてくる
分かち合って生きるのが、自然なこと
 そんなカンサさんは、実はこのNGO活動だけに止まらず、近所のお母さんたちと学童保育所をつくったり、毎週日曜日には公園で暮らすホームレスのために炊き出しを行ったり、月に1度は里山保全運動にも汗を流している。いったいなぜ、ここまでボランティアに精力を注げるのだろうか。
 「私が生まれ育ったのは、南アフリカのとても貧しい村でした。けれど、“村は子どもを育てる。子どもが村を守る”という考え方があり、着るものでも、食べるものでも、何でもみんなで分かち合って育ちました。その原体験が今の私に、影響を及ぼしている面は大きいかもしれません。どの子どもも私たちの未来ですから、分け隔てなどできません。だから、祖国の子どもたちにも幸せになってほしいと思うし、身近にいる子どもたちのこともちゃんと考えたい。また、困っている隣人に手を差し伸べたいと思うのも、人として当たり前の感情。ホームレスの人たちが孤独に苦しんでいるなら、友達になって話を聞いてあげたい。同じように、山がゴミに苦しんでいるのなら、きれいに掃除をして、植林もしてあげたいのです」
 人としての尊厳を剥奪された中で育ったカンサさん。そして多くは語らないものの、異国の中で暮らす今も、恐らく、数々の差別を受けてきたであろうことは想像にかたくない。その悲しみを知っているからこそ、他者の痛みを自分の痛みと捉え、「白人も黒人も日本人も、みんな同じ人間、私の仲間」と差別の心を排除し、やさしさの種を植えつけ、そして耕すことに精力を傾ける・・・。幸せの価値基準を「お金」や「モノ」でしか図れない多くの現代日本人と、どちらが心豊かな生き方なのか。あえて比べるまでもないことだろう。
 
日本から贈られた車イスを使う南アフリカの子ども
 
 「差別よりも怖いのは無関心です。みんな自分の幸せを求めています。でも、周りの人が悲しかったら、自分だけ幸せにはなれません。一人ひとりの幸せは、周りの人の幸せと固く結び付いているからです。私は、人は誰しも、優しい心や助け合いの精神は生まれながらにして持っていると思っています。でも、その使い方がわからない人が、今の日本にはあまりにも多い。私は心をお互いに耕し合いたいと思っていますが、ボランティアを人には強制したくはありません。皆さんがそれぞれに考え、そして行動に移すことが大切なのではないでしょうか。そうすれば、きっと、見えてくるものもあると思います」
 
本業は英会話講師。テキストブックを使わないユニークな授業が人気
 
 カンサさんにとって、ボランティアとは決して特別なことではなく、ご飯を食べたり、仕事をするのと同じことであり、生きることそのものなのだという。そして、「時間やお金の温もりをもらう、あげるではなく、分かち合いたい」と素直に言葉にできるその寛容な心に、人としてのあるべき姿を見た気がした。別れ際にかわした握手の手のぬくもり。それはカンサさんの心持ちそのものなのだろう。
 果たして、私たちの手は温かだろうか・・・。







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