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計画活動推進の3原則
 行政主導のトップダウン型地域計画づくりを住民主体のボトムアップ型に引っくり返す鍵は「住民参画」。高浜市はそれを推し進める3つの原則を立てた。
 第1は「パートナーシップ型」の計画づくり。施設というハコモノづくりの「ハードの福祉」から脱却して住民自身の心が通じ合う「ハートの福祉」に切り替えるために行政と住民が話し合い、協力し、役割を分担するということ。
 第2は「次世代型」。今後10年を見越して高浜市の福祉を担うことが期待される人物を策定委員に充てることにした。そうすれば既存の考えやしがらみにとらわれず、新しい柔軟な思考と創意工夫を盛り込むことができる。「できるだけ縛りをなくして若い人の意見を聞きたかった」(岸上善徳高浜市福祉部長)。
 第3は「学習・情報発信型」。地域福祉計画をつくるためには計画づくりの担い手である行政と住民が共に学習し、情報を交換し、共有する必要がある。このためひろば委員会の各グループは、それぞれのワークショップの進行状況やエピソードなどを「ひろばニュース」として発行、市のホームページでも公開している。また、ひろば委員会は活動成果を市民に知ってもらうため「発表祭」を2度開いた。
 
「21世紀の福祉は住民自治の時代」
 「先生には報告書は1行も書かせないと市からクギを刺されました」。策定委員会の会長・平野隆之日本福祉大学教授によると、この計画の特徴は「次世代型」。地域福祉計画の遂行は「時間がかかるから、子どもの参加を提案しました」。もう一つは計画書を執筆したプロジェクトチームを「市職員の精鋭」で編成したことである。
 高浜市は介護保険の準備と実施にあたって国や県の指示待ちではなく市の責任で作り上げた介護保険の優等生。「発想のコペルニクス的転回を迫られましたが、介護保険という新しい制度づくりに取り組む過程で、市の職員と市民が鍛えられ、地域に人材が育ちました」(森市長)。その成功体験があったからこそボトムアップのモデル計画をつくり上げることができたのである。「21世紀は住民自治の時代」(森市長)である。佐藤君とともにひろば委員会の委員として活躍する中学生のひとり加藤愛美さんは健気に主張する。
 「他の町でもこれからは大人だけでなく子どもと一緒に福祉を考えていくべきだと思います」
 
「小学生も参加」を決断した森貞述高浜市長
県職員がモデル地区に転居、住民意識を共有
神奈川・平塚市
 
 高浜市がいち早くモデル計画をつくり上げることができたのは、住民自治の本質を熟知し、市民参画を実行する強力なリーダーシップを備えた首長に恵まれているからである。それに比べると、平塚市は住民も市も県も手探りで取り組んできた。どんな計画に仕上がるのか未知数だが、普通の市町村にとって優等生の高浜市よりも、この平塚方式のほうがとっつきやすい参考例になりそうだ。梅雨の晴れ間のある日、平塚市花水地区を訪れ、そのプロセスに触れてみた。
 花水公民館の2階で地域の人々と一緒にテーブルを囲む。福祉とは関係なく、しかもテーマも決めずに市民と語り合うサロンである。この日の参加者は20代から70代までの男女12人。民間シンクタンクに勤めるかたわら空手教師をしているというたくましい青年、痴呆性老人グループホームでフォークソングを歌ってきた帰りだという中年の公務員、慶応義塾大学の湘南キャンパスに通う女子学生・・・と多彩な顔ぶれ。
 ひととおり自己紹介が終わったあと、口火を切ったのは湘南平塚ビーチクラブ会長を名乗る犬猫病院の院長さん。平塚海岸のマリンスポーツの拠点であるビーチクラブの利用法など楽しい話を語り出した。これで初対面の硬さがほぐれ、我が町再発見の話題が海洋レジャーから次第に地域のありようへ、そして福祉へと盛り上がっていった。
 
面白くなくちゃ地域に目が向かない
 誰かが「自治会や町内会は進歩がない」と切り出すと、地元社会福祉協議会のメンバーも「旧い既成地域団体は横の交流がありません。官の息のかかった諸団体は時代から取り残されちゃう」と危機感を露わにした。すると休職して福祉系大学の大学院で福祉経営を勉強中の社会人学生が「実は地域の人々がつながる場をつくるためにこんな集まりを始めたのです」とサロン開催の狙いを披露した。平塚で仕事をする「全日制市民」と東京など市外で働く「土日市民」の交流の必要性も話題になった。
 世代を超えたまちづくりの提案も。シンクタンク勤務の空手教師は「福祉のためだけじゃなく町づくり全体に空手仲間やサーフィン仲間を加えたい。でも面白くなくちゃ仲間は来てくれませんよ」と人の輪を広げるためのヒントを出した。
 「なるほど初めから福祉コミュニティーなんて呼びかけたら、福祉はごリッパな人がすること。オレたちゃ関係ないと一般市民は敬遠するでしょう。まちづくりはおもしろくなくちゃ始まらないんですね」と社会人大学院生は納得。最後は全員一致で「次回の会場はビーチクラブに移し、夕日の渚でビールを飲みましょう」と、お開きになった。
 
組織代表でなく個人を募集
 このサロンは、神奈川県の地域福祉計画モデル事業の一つ「平塚市花水地区福祉コミュニティづくり」をきっかけに始まった住民自身のコミュニティー再生の試みの一つである。神奈川県は、2000年度(平成12年度)から地域福祉計画モデル事業を県内5か所で立ち上げた。初年度は策定準備、13年度は、モデル地区におけるコ一ミュニティーづくりの実践と評価及び地域福祉の概念の整理を行った。
 花水地区のコミュニティーづくりは2001年6月から。まず市が何のテーマも決めず、コミュニティーづくりのメンバーを地区内住民から一般公募。7月に基調講演「ふれあいボランティアで地域が変わる」(堀田力さわやか福祉財団理事長)・パネルディスカッション「地域福祉活動の現状と課題」からなる「スタート・シンポジウム」を開催した。
 
「華」「クロス」「らぶ」の3チームで
 公募のポイントは団体・組織の代表ではなく個人であること。中学生を含む住民30人が応募し、女性22人男性5人の計27人でスタートした。結果として民生委員5人、自治会・地区社協各2人、NPO法人5人、地域福祉団体等4人、学生3人、主婦4人、退職後男性2人という顔ぶれになった。この人たち全員で4つのワークショップを開いたあと27人が3グループに分かれて活動を始めた。「情報」をテーマとする華チーム、「交流」のクロスチーム、「人」のらぶチームの3グループである。
 
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公民館のサロンで盛り上がる花水地区福祉コミュニティづくりの輪。上は活動の様子を伝えるホームページ
 
 チーム編成まではさわやか福祉財団の組織づくり支援グループ・木原勇リーダーが「ファシリテーター」として参加者の交流促進・課題の抽出・整理の仕方をアドバイスした。これはNPOのまちづくりにおける新たな地域貢献の仕方として注目すべき試みである。チームが出来上がると県や市は手を引き、市は書記に徹した。こうした市民の完全公募やレッセフェール(自由放任)は日本の自治体にとって初体験。県職員の一人は「正直言って、どうなるか怖かった。形式的ではない本当の市民公募は行政にとってリスキーなんです」と打ち明ける。
 案ずるより生むが易し。各チームは毎週ミーティングを持つなど活発に動き、その活動成果はホームページ、ニュースレター、「FM湘南」の番組出演など新旧両メディアを使って市民に発信し、地域にフィードバックした。ホームページはA4判換算で200ページに達し「市の予想を超えた活動に発展した」(市福祉政策課)。ボトムアップ実験の滑り出しはまずまずのようである。
 平塚市は成果を次のように評価している。
(1)若者・主婦・企業OBら地域福祉を担う新しい人材資源が発掘された
(2)住民自らが地域福祉の主体として自発的にテーマを決め活動した
(3)これまで連携がなかった既成地域組織とNPOなど新しいタイプの地域団体のネットワーク化が始まった
(4)地域への情報発信を住民自身が実施することによって市の広報では及ばない地域の隅々に情報伝達ができた
(関連→さわやか福祉財団活動ニュース参照)
 
金太郎飴のまちづくりを変えるのは市民個人
 注目したい点は神奈川県と平塚市の担当職員がコミュニティー再生にかける熱意。華チームの「サロン」仕掛け人の一人は休職中の県職員だが、彼は他の町から花水地区に引っ越して一住民として参加した。同じように横浜から平塚に引っ越して「サロン」に参加する県職員もいる。その一人は「自分自身がその地域の住民になると自分の身分が行政側であっても、そこに住む老人も、障害者も行政の対象ではなく隣のAさんBさんという生身の隣人として付き合うことになる」と語る。そうした“気づき”なしには地域再生はおぼつかない。地域福祉計画の基本理念は住民のボトムアップとはいえ所詮は行政計画。それが絵に描いた餅になるかならぬかは地方行政マンがどれだけ地域住民になりきれるか否かにかかっている。
 地域福祉計画づくりの真の目的はその内容だけではない。住民参画によって地域づくりを進める過程で住民が「市民力」を身につけ、地域を耕すことである。花水地区に生まれ育ったある平塚市民はこう指摘する。「地域のことは行政主導でなく住民自身がやった方が面白い。NPOのネットワーク化は社会を動かすマグマになりつつある」。全国3200余の市町村の住民資源は千差万別。その市町村ならではの地域福祉の顔があって当然である。
 行政だけが「福祉」を供給する20世紀型の福祉サービスは壁にぶつかっている。6月13日、横浜で開かれた地域福祉計画研究フォーラムでルーテル学院大学の市川一宏学長は次のように述べた。
 「制度疲労によって縦割り行政は限界。無駄な制度を住民の視点で見直すべきだ。ただそれは金太郎飴のようにはいかない。地域の課題とその強み弱みは地域によって異なるからだ」
 こうした変革の流れに住民一人ひとりは、どうかかわっていけばよいのだろう? それは「地域が好き」であること、「地域を楽しむ」こと、そして集団の一員としてではなく「個人」として地域に参画していくことである。







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