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看護スタッフの配置
 英国のホスピス入所施設では一般的に柔軟なスタッフの配置がなされていた。 たとえば、St Helena Hospiceではボランティアのナースやbank nurseというスタッフの少ない日だけ代わりに出勤する看護師の制度を用い、病欠などによるスタッフ不足を解消していた。 常勤換算で患者1対看護師1.5の割で配置されており、パートタイムの看護師も多く雇われていた。 また、正看護師と看護助手の割合が約1対1で組まれており、正看護師と看護助手が組になって同じ患者のケアにあたるよう配置されていた。 看護助手は各施設で緩和ケアに関する教育を受けており投薬や医療処置以外の業務、たとえば、保清や身の回りの世話は正看護師と同じように従事していた。 また、病床数が少なくても、チームにわかれて配置されており、同じ看護師が同じ患者をできるだけ継続的に看護できるようにと工夫されていた。 ほとんどのホスピスでは夜勤は夜8時30分〜9時より12時間勤務であり、朝まで同じナースがケアしているという患者への安心感を与えられる効果が見られた。
 これらのスタッフ配置制度を見学し、自分が従事しているホスピス病棟と比較すると、まず、スタッフ数がかなり異なり、英国のホスピスのように贅沢な配置は無理であるが、人件費の少ない看護助手を起用し、教育することである程度の補充ができること、パートタイムの看護師も最低週3回従事すればプライマリーナースとして機能することが期待できることを知り、今後の人事採用に参考にできると考えた。
 
看護スタッフの教育、自己啓発
 ほとんどのホスピスでは、施設の中に教育部門あるいは教育を専門に担当する看護師が存在し、教育がより身近で受けられるよう工夫されていた。 また、近隣の大学などの高等教育施設と連携し、その大学の教育基準に則った施設内教育をおこなうことで大学の単位、または学位が取得できるシステムを適用していた。 Dorothy House では、施設内に教育部門が存在し、新入職者への一般的緩和ケアに関する講義、経験者には上級者向け講義として、看護倫理や管理者コースが設けられている。 また、他施設、たとえば近隣の老人ホームや病院の看護師向けの緩和ケアの講義もおこなわれ、地域の医療従事者への緩和ケアの普及も試みられていた。
 看護管理者が一人一人のスタッフの看護能力を評価し、育成する目的より、competency programという取り組みがなされていた。 Competency programではスタッフがどの程度緩和ケアをおこなう能力を持っているかを評価し、能力が開発されていない点をはっきりさせ、その点について集中的に学習するよう計画されている。 RCN Hospice Nurse Managers Forum Competency Action Groupではcompetency program のガイドラインを作成し6看護師の経験レベル別に、コミュニケーション能力、質の保証能力、臨床知識や技術能力、教育能力、リーダーシップや管理能力、研究や自己開発能力、そして、遺族ケア能力の項目に分けられ、それぞれの知識、技術、行動についてアセスメントするように構成されている。 St Helena Hospice では、その施設内で開発したcompetency programを活用しており、症状コントロール、管理と多職種間のチームワーク、自己啓発や態度と価値観、死や死生観や遺族ケアの4つの項目別にスタッフに課題を出し、その能力を持っていることを証明させることを義務化していた。 スタッフは口頭で質問に答えてもよいし、ケーススタディをおこなってもよいし、また、臨床の場で監査者に行動を持って証明してもよいこととなっていた。 このように、各施設で教育がなされ、それが臨床に確実に反映されるよう工夫され、サービスの質の向上のための重要な一つの役割をになっている。
 緩和ケアの領域では看護師が患者家族と深くふれあい、そのため、死に直面している対象者のケアに精神的ストレスや疲労を感じることがしばしばであるが、看護者のストレスマネージメントにも系統的な取り組みがなされていた。 緩和ケアに限らず、一般臨床看護でも使われているreflective practiceという概念は、いわゆる「難しい」ケースや場面に出会ったときにおこなった看護行為を系統的に振り返り、考察することで看護師自身の気持ちの整理をはかり、論理的に問題点を明確にし、次のケアにいかすことを目的としており、広く活用されていた。 近年そのreflective practiceを個人のみに任さず、看護チームで取り組んでいこうという動きから、clinical supervisionということがなされている。 一人のclinical supervisor(監督者)と一人あるいは数人のsupervisee(受監者)から構成され、1時間ぐらいのセッションをもち、その中で、superviseeが感じている看護上の問題や患者さんとのやりとりで難しいと感じている点や気持ちの整理がつかない事柄を話し、監督者の誘導の元、場面の説明、そのときの自身の感情、その場面にかかわった他者の感情、なぜその行動をとったかという理由、何が問題だったのか、次に同じような場面に出くわしたときにどのような行動をとったらよいかが話し合われる。 Supervisorはsuperviseeが自分で答えを見つけ出せるよう援助することが役割で、supervisorとなるためのトレーニングもおこなわれている。その他、スタッフへのサポートとしてSt Helena Hospice ではグループセッションを開き、外部からカウンセラーを招きスタッフへのカウンセリングをおこなっていた。
 自分が働くホスピスでも病棟内教育を行い、また、院外研修参加を奨励しているが、一人一人のスタッフがその知識をしっかりケアに還元できているか、また、どの点について知識技術が足りていないかを把握し、それを補っていく手段を考えていきたいと思った。 また、スタッフの離職率が高く、それに対する対策として、スタッフのストレスマネージメントを目的としたclinical supervisionは大変参考になった。
 
Clinical nurse specialists(臨床専門看護師)の役割
 緩和ケアの領域で活躍するclinical nurse specialist(以下CNSと略す)には幅広い役割が課せられている。 英国のほぼ中央に位置するシェフィールド市では3つの主要な病院、Northern General Hospital とRoyal Hallamshire Hospitalと Weston Park Hospitalがひとつの運営組織をつくり、たとえば、一つの病院で雇用されている医師が他二つの病院で診察をおこなうことができる。その組織の中で緩和ケアのCNSはそれぞれの病院の職員の教育、患者家族のサポートをおこなうが、また、シェフィールド市全体の医療従事者への緩和ケアの普及もその役割のひとつである。 Weston Park Hospitalで働く緩和ケアのCNSは週3日はWeston Park Hospital内で患者家族のサポートや職員へのアドバイスを行ったり緩和ケア外来で診療しているが、週2日はNorthern general Hospital に最近できた緩和ケア病棟のスタッフへの教育、過疎地域へ出向き、その診療に費やしている。
 また、各病院には緩和ケアのCNSだけでなく、肺癌のCNSや上部消化管癌のCNSが従事しており、疾患の早期の段階よりその介入を始めている。 肺癌のCNSは肺癌外来に医師とともに参加し、疾患に関する情報を提供したり、治療方法の選択を助けたり、また、告知による衝撃に対し、精神的援助をおこなったりしている。 患者が始めてその専門外来を受診したときから継続的にかかわり、緩和ケアの対象となった時点で緩和ケアのCNS にその任をゆだねる。 上部消化管癌のCNSは胃カメラ検査をおこなったり、薬の処方(特別の免許を要する)をしたりしていた。
 このように緩和ケアのCNSは直接患者家族と関わり、ケアを提供していくが また、緩和ケアを普及し、その全体的な水準を上げる役割も担っている。 日本でもホスピスケア認定看護師制度が設定され、専門看護師がいろいろな施設にて活躍しているが専門看護師との連携を強め、その知識や技術を現場に普及する必要を感じた。
 
コミュニティーサービスとデイケアサービス
 英国の緩和ケアでは一般に地域ケアに力が注がれてきた。Dorothy House やHospiscareなどでは入所施設が立てられる以前にコミュニティーサービスが始められ、一人または二人の看護師による癌末期の患者宅への訪問から始められ、患者件数が徐々に増え、チームを組んで在宅ケアがなされるようになり、サービスが拡大した歴史をもっていた。英国の訪問看護はdistrict nurseと呼ばれる訪問看護師が担っているが、緩和ケアを必要とする患者への訪問も基本的にはdistrict nurseがおこない、緩和ケア専門のコミュニティーナースは患者宅への訪問をし、患者家族への専門的な指導やサポートはおこなうが、身の回りの世話や保清、ガーゼ交換などの処置や麻薬の持続皮下注射の交換などはdistrict nurseが行う。 緩和ケア専門の看護師はdistrict nurseへの専門的技術の指導などアドバイザー的役割を果たしていた。また、 ほとんどすべてのホスピスがコミュニティーサービスをおこなっているがその形態はさまざまであった。 St Helena Hospice ではデイケアセンターの中にコミュニティーチームのオフィスがあり、デイケアサービスと連携して情報の共有をはかり、コミュニティーチームのメンバーが訪問できないときにデイケアのスタッフが代わりに訪問するシステムをとっていた。 また、Dorothy Houseでは緩和ケア専門看護師によるコミュニティーサービスと家事手伝いや身の回りの世話を担う看護助手のチームに分かれ、ケアの必要度に応じてその二つを使い分けていた。 St Wilfred Hospiceでは専門看護師と看護助手が同じチームで働き、24時間体制で訪問をおこなっていた。 例えば夜間の付き添いが必要な患者には看護助手が朝まで付き添い、朝になったら専門看護師が薬の投与で訪問することもあった。
 デイケアサービスもほとんどのホスピスがおこなっており、自宅での療養生活をサポートし、また、家族の介護疲れを予防する役割をになっていた。患者の社会的交流の場でもあり、最近ではデイケアセンターに来たときに緩和ケア専門医師の診察を受けたり、カウンセリングを受けたり、輸血や点滴などの処置、入浴、代替療法を受ける場としても機能している。
 看護記録は在宅、デイケア、入所サービス間で共用しているホスピスが多く、在宅サービスを受けていた患者がホスピスに入所しても一から情報収集をしなくてもよいように工夫されている。 医師を含めたスタッフがほぼ毎日依頼ケースについてのミーティングを行い、在宅と施設内サービスの切り替えがスムーズに行われるよう工夫されている。
 
おわりに
 慈善団体を運営母体とし、地域からの収入が主な財源である英国の多くのホスピスは、そのため地域のニードに答えるよう努め、ボランティアも交えた地域ぐるみのサービスを展開してきた。 よりよいサービスを目指すその姿勢もそのような背景から生まれてきたものであろうと思われる。また、緩和ケアが心臓外科や神経内科などと同じ一つの専門分野として確立しているため、コンサルテーションも活発におこなわれ、緩和ケア専門看護師による一般の医療従事者への緩和ケア技術や知識の普及がおこなわれやすい体制となっている。 今回、サービスの質の向上への取り組みや各サービス間での連携のとり方、看護管理体制について学ぶことができ、その中で現在既存する在宅サービスとの連携を深め、在宅での受け皿を広げていくことが急務であると考えた。 また、サービスの質の改善は基準を設置し、評価、問題の明確化、改善の過程をとり、総合的に取り組んでいく必要性を感じた。 また、近隣のホスピスや緩和ケア施設、病院、ホスピス認定看護師と連携しネットワークを作り、必要なときに必要なサービスが提供できるよう努めていきたい。
 
《参考資料》
1) Hospice information, Hospice Directory 2003;Hospice and Palliative care services in the United Kingdom and Ireland, 2003
2) Department of Health, A policy framework for commissioning cancer services: A report by the expert advisory group on cancer to the chief medical officers of England and Wales, Department of Health and Welsh Office, 1995
3) Department of Health, The New NHS: Modern, Dependable, Department of Health, 1997
4) Department of Health, The NHS Cancer Plan, Department of Health, 2000
5) Glickman M., Making Palliative Care Better; Quality improvement, multiprofessional audit and standards, National Council for Hospice and Specialist Palliative Care Services, 1997
6) RCN Hospice Nurse Managers Forum Competency Action Group, The National Core Competency; Nurses working in the specialist palliative care environment, RCN Hospice Nurse Managers Forum Competency Action Group, 2002







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