日本財団 図書館


III ケース・スタデイ ―ミセスJ・Cの場合―
PEG造設から自立注入にて独居在宅に復帰した症例
 
 
 
(1)患者紹介;
 Mrs J・C 75歳 数年前に夫を亡くし一人暮らし。 子供はいない。
 キーパーソン;Mrs I 85歳 大家であり友人である。
 病歴;1999年 舌癌と診断され10月に舌摘出術を受ける。その後経過は良かったが2002年2月再発と診断。3月より1w/月のペースで入院し化学療法を受ける。
 本人はこの治療にかなり期待していたが、副作用が強く5月に4サイクルの途中で中止。緩和的RTを開始する。嚥下困難、疼痛のため7月〜8月にかけて入院をしている。8/6 RTを終了し、月一回の通院で経過観察をしていた。9/24疼痛、嚥下困難及び体重減少が続くため、症状マネージメント目的でホスピス入院となる。
 ホスピスとの関わりは、5月にディストリクトナースより紹介され、6月からデイホスピスに参加するようになる。趣味の編物を生かし、作品をチャリテイに出すなど楽しんでいた。またスタッフや他患者とも良い人間関係を築いている。
(2)入院中の経過
 入院時、頚部〜背部の疼痛があり、CSCI(ダイアモルヒネ10mg、メトクロプラミド30mg他)とモルヒネ注入を屯用使用でコントロール。経口摂取困難のため4日間補液後NGチューブで注入食を開始する。症状の改善と共に空腹感がありPEGの適応について専門医と相談後、退院〜在宅を目標として10/21PEG造設術を行う(日帰り)。当日より本人に説明しながら注入開始。私が始めて会ったのはこの二日目であったが、一部介助のみで自己注入の練習をしていた。1週間くらいで薬剤も含め、ほとんど介助を必要とせずに自力で施行できるようになった。注入量は1500kcal/日を夜間入眠中にゆっくりされていた(ポンプ使用、朝の気分で増減する)。日中は薬剤と少しの水分のみ注入する。ADLは自立、歩行時のみウオ―カーを使い、外出は車椅子が必要。日中はドレスに着替え、日常生活はほぼ支障なくできていた。軽い言語障害があるため言葉数は少ないが、性格は明るく前向きであった。入院時に顔面から頚部に軽いリンパ浮腫があったが、同ホスピス内のリンパ浮腫クリニックの指導によるケアで改善している。11月上旬に退院予定であったが、気管支炎を併発し、抗生物質投与のため2週間延期された。その間に自宅に外出もされていた。入院中、SWは数回の面談と自宅地域のプライマリーヘルスケア担当者や、ホームヘルプケアのボランテイアとの連絡を行う。
(3)退院に向けてのアプローチ
 自立しているが一人暮らしであり、医療的ケア(CSCI、PEG、薬剤管理)も含めてフォローが必要である。キーパーソンの友人は高齢であり全ての問題を抱える事は出来ない。経済的には個人的に弁護士に管理を依頼している。入院中に既に4回訪問し、本人とコンタクトをとっている。
 退院後のサービスとして次の4ヶ所から受けられる。
1)プライマリーヘルスケア;GPとディストリクトナースが訪問し、医療的管理や相談を行う。
2)ホームヘルプケア;ボランティァグループにより身の回りの援助や精神的援助を行う。
3)スペシャリストホーム&緩和ケアサービス;マクミランナース、ホスピスサポートチーム、マリーキュリーナース(ターミナルステージの訪問看護)
 デイホスピスの継続(週1回)
4)ソーシャルサービス;SW、OT、コミュ二テイケアワーカー
(4)考察
 丁度私自身のこのホスピスの研修期間3週間、共に過ごすことが出来た。最初は言葉の問題もあり、PEG造設直後でもあった為ベッド臥床で過ごすことも多くコミュニケーションは難しかったが、チャペルやデイホスピスに同行する事をきっかけに話す事が出来るようになった。自分で編んだシリンジポンプのカバーを嬉しそうに見せてくれた。週1回のデイケアと週2回の協会ミサは、多少体調が悪くても参加され、これらがいかに日々の生活において大事であるか理解できる。
 このケースは、75歳の一人暮らしでも希望すれば、これだけのケアとサービスを受けて自宅で過ごすことが出来る好例であると思った。ホスピスで症状マネージメント目的でも、単に医療的ケアだけでなく、様々な緩和ケアとしてのアプローチがなされている事に深い感慨を抱いた。もちろんこのケースは彼女の病状が比較的安定しているということで、退院も容易であったかもしれない。しかし、臥床生活であってもこれらのサービスを受けることで、在宅が可能なのは事実である。そして、最後に自宅で死を迎えたい人は、マリーキュリーナース(マリーキュリー財団)に24時間体制でケアやサポートを受ける事が出来る。日本ではこれらのシステムがないために、在宅で安心して死を迎える人が少ないのは、残念でありこれからの課題であると思われる。
 
 緩和的医療の発達は、確かに身体的苦痛に対して目覚しい発展をとげている。積極的治療が出来ない患者は、医療の現場から見放されたように扱われていたが、今では予防的に症状の出現を抑えたり、疼痛コントロールに対してはほぼ90%以上コントロールできる。以前は積極的治療であった、化学療法や放射線治療が症状緩和目的で行なわれている。ホスピスのような小さいユニットでは、そのような設備や薬剤を常備する事は難しいため、総じて近郊の大病院や、一般病院の緩和ケア病棟で可能ということになる。しかし、最近はそのような緩和ケア治療が発展して、症状マネージメントはかなり容易になっているといえる。その分ホスピスが緩和治療的ホスピタルとなっていくのかもしれない。
 この報告書をまとめる中で、私の手元にはイギリスのそれぞれのホスピスで求めた、たくさんの資料や本がある。もちろんその全てを消化吸収する事は出来ないし、ここでもほんの一部しか紹介できないのが残念である。しかし、イギリスというホスピス運動の発祥地でも今尚、問題は残されている。最近の緩和ケア関連雑誌で、「ターミナル期におけるセデーション」や「告知の問題」が特集として取り上げられている事から、これらの問題はわが国だけでなく今後も、重要な問題として考えていく必要がある。一方で、緩和ケアが癌患者のみでなく、MS・ALSなどの運動神経疾患患者、またAIDSも当然の如く、ホスピス運動の対象とされてきている。わが国に比べてそれらの患者が多いのも理由だろうが、緩和ケアはQOLを向上させ、より良い人生を送り、また穏やかな終末期を迎える意味で、全ての病に苦しむ人に必要になってくる。1982年、オックスフォードに初めての小児ホスピス(ヘレンハウス)が設立されて以来、小児とその家族にとってもトータル的な緩和ケアの必要性は高まり、2001年現在20以上の小児緩和ケア病棟がある。又、セントクリストファー・ホスピスに代表される、ホスピスをグローバルに広げていく運動も盛んになっており(ホスピス・インフォメーション)、21世紀という新しい時代にホスピス―緩和ケア―の役割は、更に複雑にまた重要になっていくだろう。わが国のホスピス運動は、1977年に「死の臨床研究会」が発足して始まり、緩和医療学会や日本臨床死生学会の誕生と共にホスピスや緩和ケア病棟は年々増加している。しかし、今も癌による死亡者は年間30万人近くに至っていることから、これらの施設で最後を迎えることが、必ずしも自然とはいえない。ホスピスそのものが地域社会の一部として、様々な情報や選択肢を提供できるようになる事が最も重要であると思う。そしてその中で、イギリスのマクミランナースのようなスペシャリストとして活躍する看護師・保健師の増加と向上が望まれる。
 
 緩和ケアとは何か?という問題を考える時、大きく二つに分類できると思う。一つは、いわゆる大きな症状マネージメントとして、WHOの言う身体的のみならず全てのトータルペインに対するケアであり、治療である。そして一方で、これらを支えるもう1つの資源の問題があると思う。ホスピスという施設だけでは何もかも充分に、緩和ケアの役割を果たす事は出来ない。なぜなら人は社会の中で生きており、人間は複雑な動物だからである。このリポートで上げてきた様々な、ハード及びソフトにいたる全ての資源が、人と人とのかかわりの中から生まれ、それはホスピス運動がはじまる以前の、人類が共同生活を始めたときから発展してきたのに違いない。ボランテイアという他人への奉仕や助け合いの精神は、紛れもなく自発的な人間愛だと思うからである。これら二つの柱のバランスが、うまく働いて始めて緩和ケアが円滑に行くのだと思う。
 イギリスと日本の緩和ケアの大きな相違点は、文化や習慣そして基本的な医療制度の違いから一概に比較できない。個人を大切にするという点と、家族の役割や存在意義などの考え方の違いもあると思われる。しかし、今回のイギリス研修で経験した中で最も学んだのは、病気の有無に関わらず、人がどうやって人らしく人間の尊厳を持って最後まで人生を過ごすことが出来るかということである。身体的症状がコントロールできれば、例え短くてもそれまでの人生を自分らしく過ごすことが出来る。それはすなわち非常に平凡であるが、一番大事なことである。緩和ケアを語る時、常にテーマになるこの言葉が全ての人にとって真実となるために、やはり地域社会のつながりと行政の柔軟化及び一人一人の死生観が問われる時が来ているのだろうと思う。
 
1. Robert Twycross, Introducing Palliative Care, Radcliffe Medical Press. 1995
2. Cicely Saunders, Dorothy.H.Summers, Neville Teller, Hospice-the living idea- Edward Arnold. 1981
3. Fallen and O'Neill, ABC of Palliative Care. BMT. 1998
4. Laura Norman, The Reflexology Handbook. PIATKUS. 2002
5. Christina Faull and Richard Woof, Palliative Care Oxford university press. 2002
6. Prue Clench, Community Services for Terminally Ill, Richmond Pattern Press. 1984
7. Elizabeth Lee, In your own time, Oxford university press 2002
8. Jacqueline Warswick, A House Called Helen, Oxford university 1982
9. 現代のエスプリ378. 河野友信編集 ターミナルケアの周辺 至文堂 1999
10. 山崎摩耶 訪問看護ハンドブック第2版 日本看護協会出版会 1990
11. E・キューブラー・ロス、鈴木晶訳 死ぬ瞬間 読売新聞社
12. 臨床看護10月号 在宅緩和ケアの実践 へるす出版 2001
13. 沼野尚美 癒されて旅立ちたい 校成出版社 2002
14. 上野圭一 代替医療 角川書店 2002
15. EUROPEAN JOURNAL OF PALLIATIVE CARE より
Hospice Gardens 1999, 6
Sedation and terminal care 2001, 8
Evidence-based palliative care? 1999, 6
The development of childrens hospice in the UK 2001, 8
Learning to rest when in pain (complementary therapy) 2002, 9
To tell or not tell 2002, 9
16. www.nursingtimes.net Vol98 No.48 When the truth hurts 2002, 11
17. The Hammersmith Hospitals, Complementary Therapies In Integrated Healthcare NHS TRUST from the conference held on 4th and 5th May 2000







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION