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2. 医学生が学んだこと
 医学生の学びは、1)諸専門職の存在と責任、2)患者−ケアスタッフ関係の特性とケアスタッフの資質、3)在宅ホスピスケアにおけるチームケア、4)家族の存在・気持ち・役割と家族支援、5)看護・看護師に対する理解、6)在宅ホスピスにおける現実問題と将来の変化、7)患者理解とその難しさ、8)医師(医学生の)の特性を再認識する8コアカテゴリーに分けられた。
 これらのコアカテゴリーは、36カテゴリー、150コードからなっている。コード数の多かったコアカテゴリーは、「在宅ホスピスにおけるチームケア(33)」、「患者理解とその難しさを知る(31)」、「家族の存在・気持ち・役割と家族支援(28)」であった。
 医学生にとって看護学生の患者理解は、医学教育の中で受けてきた視点とは異なる患者理解の様式であり、それが新鮮なものとして映っていた。また、「在宅ホスピスの現状や将来の見通し」に関しては、医学生のみからカテゴライズされたものであった。
 以下に医学生の学びをそれぞれのコアカテゴリーから記述する。
 
1)諸専門職の存在と責任
 諸専門職の存在と責任では、(1)諸専門職の存在がある、(2)諸専門職が責任を果たすのカテゴリーが抽出された。
 医学生は、まず「患者と関わる様々な専門職」の存在があることを確認し、「看護師、医師、牧師など、それぞれの立場により異なるケアが提供される」ことを学んだ。
 専門職は提供するケアに「責任を持ち」、「それぞれの役割を果たすことが大切である」。それは医師、看護師だけでなく、ホームヘルパー、牧師、ボランティアも同様で、それぞれの「立場によって提供されるケアは異なり、その違いが患者にとって意味を持つ」。
 本実習場所が、スピリチュアルケアにおいて牧師の関わりがあること、ボランティアが活動していること、診療所と訪問看護・訪問介護サービスの事業所を併設していることから、在宅ホスピスケアに関わるこれらの人々の活動について学んだ学生たちは、牧師・ホームヘルパー・ボランティアを患者のケアに関わる専門職と認知し、多様なケアの提供が重要であると考えた。
 
2)患者−ケアスタッフ関係の特性とケアスタッフの資質
 患者−ケアスタッフ関係の特性とケアスタッフの資質では、(1)患者・家族と深い関係が築かれる、(2)スタッフの資質が求められるのカテゴリーが抽出された。
 ほかの領域に比べて在宅ホスピスケアでは、「患者・家族と深い関係が築かれる」ことから「どのようなケアスタッフが関わっているかが重要になる」。ケアスタッフが患者の発言をどのように汲み取っていくかによって、「ケアプランが異なってくる」であろうし、「患者と医療者側の相違により、患者に害を与える」かもしれない。質の高いケアを提供するには、「最期を見据えたケアプラン」が必要であり、そのための「知識が必要」であると考えた。
 
3)在宅ホスピスにおけるチームケア
 在宅ホスピスにおけるチームケアでは、(1)各専門職の視点からケアをすることが患者の利益になる、(2)専門性を活かした相互協力により、情報を共有し、適切な時期にケアができることが重要である、(3)心の問題はケア提供者の領域を問わない、(4)患者・家族が選択をして専門職とかかわる、(5)チームケアにおける医師のカテゴリーが抽出された。
 「様々な専門職の視点からケアをすることが患者の利益になる」。例えば、看護師、ホームヘルパー、ボランティアなどが連携して患者宅を訪問することで、看護師が家族の話を聞くことができ、得られた情報を患者へのケアに活かせることがわかった。
このようなチームによるケアを提供するには、「専門性を活かした相互協力」が重要になる。また、在宅ホスピスケアでは、「時期を見逃さず」にケアが提供されなければならないことから、「カンファレンスのような話し合い」は欠かすことができない。
 患者や家族の心の問題については、どの職種・立場のケア提供者であるか、「資格」が何かなどを「意識せず」、「チームメンバーで共有する」のがよいと考えた。
 患者や家族は、「薬のことは医師や看護師」に話したり、「表に出さない裏の思いをホームヘルパー」に話したりと、相手を選んで話をしている。また、患者との関係において、「医師が患者から話を聞きたいと思っても、聞き出せない状況が起こりうる」。それを「訪問看護師に聞きだしてもらいたい」とも思った。これらのことから、在宅ホスピスケアにおけるチームケアでは、チーム内で情報を共有し、チームメンバーが相互に協力する体制を整えておくことが重要であると学んでいた。
 医師の役割については、在宅ホスピスケアに対する医学生の微妙な心理面が反映されていた。「薬の処方や病状の説明は、医師にしかできない」役割であり、医師の説明は「患者や家族に安心」感を与える。在宅ホスピス医に同行して、在宅ホスピス医の「経験した人にしか分からない経験の語り」は、「患者に共感を与える」こともわかった。ケアチームのなかで、医師が「全体の幅広い知識」を持つことによって、「リーダーシップ」を発揮し、「チームの統一を図る」ことも役割の一つとしてあげられた。他方、「患者の回復が期待できない在宅ホスピスでは、医師は一歩後ろに下がったような感じ」がすると、医学生がイメージするような医師の役割を発揮できないのではないかという気持ちが表出された。
 
4)家族の存在・気持ち・役割と家族支援
 家族の存在・気持ち・役割と家族支援では、(1)家族の存在に気づく、(2)家族は患者の生を願い、努力をしている、(3)患者だけでなく周囲の人々にもケアが必要である、(4)医療者は、患者や家族の思いを察することが大切である、(5)医療者は家族が満足できるよう多方面から継続的に支援しなければならない、(6)家族には最期を看取る役割がある、(7)遺族には心残りがあり、患者の生前・死後の家族ケアでそれを軽くすることができるのカテゴリーが抽出された。
 患者宅への訪問によって、「患者が一人の人間」であり、自宅は「その人らしい」生活が営まれていること、その周りで世話をする「家族の存在」に改めて気づくことができた。家族は、「『頑張ろう』という気持ちで、在宅ホスピスケアを選択し、「少しでも長く生きて欲しい」と願い、「迷いながらも患者のために最善を尽くしている」ことがわかった。
 家族のなかで誰かが「病気になると、患者だけでなく周りの人たちも心を病む」かもしれず、それゆえ「家族支援」も必要なケアであると感じた。医療従事者は、家族の「心情」や「言葉の背後にある意味や思いを察することが重要である」ことを学んだ。
 「在宅での看とりが家族の目的であれば、病院への入院は、家族の意に反する」ことになる。「家族の満足が得られる」ためには、医療従事者による「継続的」かつ「多方向」からの家族支援が求められている。
 看とりは「家族の役割」であるが、「患者のために最善を尽くしたとしても、遺族には心残りがある」。「医療従事者が生前に一生懸命家族のケアをしても、遺族には心残りがある」ことも、遺族の話からわかった。同時に、その心残りは医療従事者の支援によって「軽くすることができる」こともわかった。
 
5)看護・看護師に対する理解
 看護・看護師に対する理解では、(1)看護師は患者や家族にとって身近な存在である、(2)看護師は患者や家族との接触が多い、(3)看護師は患者・家族に関する情報が豊富にある、(4)看護学生(師)は、医学生と異なり、患者の立場で思考し、アプローチする、(5)マネジメントをする看護師は、在宅ホスピスケアにおいて重要な存在であるのカテゴリーが抽出された。
 医学生からみると、看護師は「患者・家族にとっていつでも来てくれる近い存在」、「患者に最も近い存在」である。「看護師が最も患者のところに行く回数」が多く、「看護師が患者と最も多く話をして」おり、したがって「患者に関する情報も多い」。
 看護学生と一緒に実習に取り組んでみて、「看護学生が医学生と異なる視点から思考」していることに気づいた。医学生からみると、看護学生(看護師)は「患者の訴えを第一に考え」、「看護師は患者の精神面にも配慮」しており、「患者の視点」に合わせるようにしていた。また、看護師は「患者にとっての必要性からアプローチ」していることもわかった。患者や家族にとって最も身近な存在として、看護師はマネジメントを行っている。在宅ホスピスケアにおいて、看護師が重要な役割を果たしていることを学んだ。
 
6)在宅ホスピスにおける現実問題と将来の変化
 在宅ホスピスにおける現実問題と将来の変化では、(1)終末期にある患者・家族は問題を抱えている、(2)在宅ホスピスについて情報を提供し、広めていくことによって、今後医療のあり方や死についての考え方が変わってくるかもしれない、(3)終末期における医療処置のあり方のカテゴリーが抽出された。
 終末期を自宅で過ごす「患者や家族は困っている」のが実情である。「多くの人は、在宅ホスピスに関する情報を持っていない」し、「自分の死に場所を選択できない現状」もある。病院の外来実習で医学生は「医師のところへ次々と患者が訪れ」、「医師は治療を、看護師は看護師でケアプランを立てる」など、今回の在宅ホスピスケア実習の体験を通して、病院で提供される「ケアのマイナス面」に気づくことができた。
 「これからの医療者は、在宅ホスピスについて情報を提供する役割」があり、医学生である自分たちにも「在宅ホスピスを広める」役割があると思った。今後、「在宅ホスピスケアが普及することで、医療全体が変化する可能性」があり、「在宅死の普及によって、その人らしい死に方を考えられるようになる」のではないかと考えた。
 終末期における医療処置については、「状態が悪くなったときに、医療処置をしなくていいのか」、「点滴による延命効果が期待できるのではないか」と、医師として治療の役割を担っていく立場から、医学生はその判断の難しさを肌で感じた。
 
7)患者理解とその難しさに気づく
 患者理解とその難しさに気づくでは、(1)末期患者は回復の見込みがない、(2)同じ末期状態でも入院中と自宅では、かなり様相が異なっている、(3)末期患者からは不安の訴えがなく、明るい人たちだった、(4)末期患者はやる気と辛さを持ち合わせ、死の恐怖を感じている、(5)末期患者の気持ちを聞くために初めて喋り、その心境を感じられた、(6)末期患者の医療ケアや患者の苦しみはまだわからない、(7)精神面を理解することは難しい、(8)言語的コミュニケーションの重要さに気づいたのカテゴリーが抽出された。
 在宅ホスピスケアを受けている人たちは、病気の治癒を目指しているのではない。
在宅ホスピスケア実習前、医学生にとって亡くなっていく人のイメージは、「病院に入院している患者」で、「一見して病人と分かる状態」にある人であった。しかし、今回の実習で訪問してみると、「ターミナル患者が単に腰痛症の人」のように思え、「外来に来る高齢者」との違いを見いだせないほどであった。「自宅で過ごしている人は、入院中の人と同じ末期の状態にあるとは思えない」。入院患者と在宅患者では「治療法がない状態でも、ここまでの差がある」のかと、驚きに近い気持ちであった。
 また、末期状態ということから、在宅ホスピスケアを受けている人は、「不安を表出している人が多いと思っていた」が、実際には「とても明るく、よく喋り」、医学生に「とても気を遣って」いた。
 医学生は、この実習で「末期状態にある患者の気持ちを聞くために初めて喋った」が、「患者はやる気と潜在的な辛さを併せ持っている」のではないか、予後について知らされている人は、「死への恐怖を感じている」のではないかなど、「死に向かう人の心境」について学ぶことができた。
看護学生とのグループディスカッションでは、人の「精神的な面」を理解することの難しさを実感していた。考えていることが人によりさまざまで、先入観をもって見ていると、「とんでもないしっぺ返しを食らう」のではないかと容易に想像できた。
医学生は、家族の話を聞いたとき、「家族の発言内容とその意味は、逆ではないか」と戸惑い、「患者や家族の言葉どおりに受け取り、その背後にある意味まで読み取ることは難しい」と思った。
 
8)医師(医学生の)特性を再認識する
 医師(医学生の)特性を再認識するでは、(1)治療的側面からの思考があり、患者の精神面や人間性への関心は低い傾向にある、(2)看護師の視点を考えるようにするのカテゴリーが抽出された。
 「医師(医学生)は治療的側面から思考する傾向」があり、医学生は「諸検査データから治療について考えることに慣れ」、「病気を治す」という視点から思考している。そのため、「患者の回復を目指す治療を、まず考え」、「精神面よりも病態生理に関心をもつ傾向がある。治療的側面の重視は、「患者の人間性を忘れてしまいがち」であり、例えば、病院の外来実習を振り返ると、「次々と患者が訪れてくる状況では、患者の人生(日常)を軽くみてしまう」自分にも気づくことができた。
 看護ではどのような視点から考えるだろうかと自らに問うことで、患者理解の幅を広げられるのではないかとも考えていた。
 
表IV−5 医学生が学んだこと
コアカテゴリー(コード数) カテゴリー
諸専門職の存在と責任(13) 諸専門職の存在がある
諸専門職が責任を果たす
患者−ケアスタッフ関係の特性とケアスタッフの資質(7) 患者・家族と深い関係が築かれる
スタッフの資質が求められる
在宅ホスピスにおけるチームケア(33) 各専門職の視点からケアをすることが患者の利益になる
専門性を活かした相互協力により、情報を共有し、適切な時期にケアができることが重要である
心の問題はケア提供者の領域を問わない
患者・家族が選択をして専門職とかかわる
チームケアにおける医師
家族の存在・気持ち・役割と家族支援(28) 家族の存在に気づく
家族は患者の生を願い、努力をしている
患者だけでなく周囲の人々にもケアが必要である
医療者は、患者や家族の思いを察することが大切である
医療者は家族が満足できるよう多方面から継続的に支援しなければならない
家族には最期を看取る役割がある
遺族には心残りがあり、患者の生前・死後の家族ケアでそれを軽くすることができる
看護・看護師に対する理解(15) 看護師は患者や家族にとって身近な存在である
看護師は患者や家族との接触が多い
看護師は患者・家族に関する情報が豊富にある
看護学生(師)は、医学生と異なり、患者の立場で思考し、アプローチする
マネジメントをする看護師は、在宅ホスピスケアにおいて重要な存在である
在宅ホスピスにおける現実問題と将来の変化(14) 終末期にある患者・家族は問題を抱えている
在宅ホスピスについて情報を提供し、広めていくことによって、今後医療のあり方や死についての考え方が変わってくるかもしれない
終末期における医療処置のあり方
患者理解とその難しさを知る(31) 末期患者は回復の見込みがない
在宅ターミナル患者と入院中の末期患者は変わらないと思っていた
同じ末期状態でも入院中と自宅では、かなり様相が異なっている
末期患者からは不安の訴えがなく、明るい人たちだった
末期患者はやる気と辛さを持ち合わせ、死の恐怖を感じている
末期患者の気持ちを聞くために初めて喋り、その心境を感じられた
精神面を理解することは難しい
言語的コミュニケーションの重要さに気づいた
医師(医学生の)特性を再認識する(9) 治療的側面からの思考があり、患者の精神面や人間性への関心は低い傾向にある
看護師の視点を考えるようにする







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