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III 各大学における在宅ホスピスケア教育
1. 帝京大学医学部における在宅ホスピスケア教育
 
1−1 学生参加型の衛生学公衆衛生学教育(Student Facilitatorを用いた試み)と在宅ホスピスケア教育
1−1−1 学生参加型の衛生学公衆衛生学教育がなぜ必要か
 教育の目標分類学(Taxonomy)では、人間の能力を認知、情意、精神運動の三領域に区分し1)、通常わが国の医学教育においてそれらは、知識・態度・行動の教育として、それぞれに対応する一般教育目標(General Instructional Objective、GIO)、 特別行動目標(Specific Behavioral Objectives、SBO)がたてられる2)。しかしわが国では、択一選択形式の筆記試験による医師国家試験が医学教育に大きな影響を与え、公衆衛生の教育においても知識の教育に大きな比重が置かれがちである。しかし、医師養成に対する社会の要請を考えるとき、公衆衛生の教育では医学教育の他の教科以上に、態度・行動の教育が重視されるべきではないかと考える。そこで医師養成過程における公衆衛生の態度・行動教育の向上を目指して、我々は衛生学公衆衛生学実習に模擬演習(Simulation Exercise、SE)を導入し、一定の成果を上げたことを報告した3)。このように、学生が主体的に参加する形式による学習の効果は一般に高いが、多数の学生に一度に行う座講では、少人数の実習に比べ、学生参加の双方向性の学習成果を実現することが困難である。
 そこで、帝京大学公衆衛生学講座では、臨床講義で用いられているプラクチカント制に習い、教師と学生の間を繋ぐ立場のものとして、Student Facilitator(以下SF)を衛生学公衆衛生学の講義に導入した。
 
1−1−2 SF制の概要
 本学における衛生学公衆衛生学の主要なカリキュラムは、医学部4年における前期系統講義、先に述べたSEによる5年生の2週間の実習、および6年における後期系統講義からなる。このうち4年の前期系統講義で3年前よりSF制を用いてきた。この4年次の系統講義は、SEを実施する前に衛生学・公衆衛生学とは何か、を学生に教育できる貴重な機会でもある。
 実施方法は、約100人の4年生全員を、衛生学公衆衛生学の前期系統講義28回のいずれかに1回ずつSFとして割り当てた。4年生の衛生学公衆衛生学の講義では初回の講義で、各回の詳細な学習内容を含んだ約120頁の講義資料集を配布するが、この資料集で全学生に割り振られた担当講義とSFとしての役割が指示された。実際に講義の中でSFの果たす役割は、各々の講義テーマや教師により異なるが、原則として講義の2週間前に講義担当の教師と講義の打合わせを行い、講義内容の予習と計画した発表の準備を行った。
 
1)空欄の完成:教師が主導して行う講義の進行に沿い、講義資料集の空欄の穴埋めを、SFが分担して事前に調べてきて答える。
2)課題報告:講義資料集で与えられた課題について、学生が自分で調べてきたことを発表する。例えば、環境、人口、老人問題それぞれの現状を客観的に第3者に伝えるには、どのような情報が必要か。現存の統計でなく、自分が必要と思うデータを考え、発表する[保健統計]。
3)インスタントシリーズ:講義時間内に教室の学生を対象に、ミニ調査を実施する。例えば、だまし絵の女性の年齢の判断が、類似の絵の呈示により影響を受けるか否かを、教室内で実験し、介入研究と相対危険度の計算を学ぶ[疫学の分類]。
4)ロールプレイ:ケースマネージメントの実例を、SFが患者・家族・医師・MSWなどをロールプレイすることで学習する[保健と福祉]。
 
1−1−3. SF制講義と在宅ホスピス教育
 5年次に実施されるSEのひとつとして、在宅ホスピス教育が重要な位置をしめていることはすでに述べた。
 しかし、ケースメソッドを実施する前に、衛生学公衆衛生学全体の講義の中で、在宅ホスピスについての基礎知識を学ぶことは、SEの際の理解をさらに深めるためにも重要であると考えた。また、4年次の系統講義では、それまでの臨床医学中心の教育をうけてきた学生に、まず社会とのかかわりの中で患者を捉える重要性に気づかせる機会でもある。その点からも、一次予防、二次予防と学び、老人保健・福祉の講義などを通じて三次予防に触れながら、再度より臨床医としての視点に戻りつつ人生の最後に医療が何をしうるかを考えさせるという意義も大きい。
 加えて、知識の習得が中心になる分野に比較し、個々のケースへいかにきめ細かく対応するかが重要になる在宅ホスピス教育においては、教師からの一方的な座講では教育効果にも限界があると思われる。その点、実際のケースに対して同僚である学生がどう考えたか−などを含めた講義が可能であるSF制は、在宅ホスピス教育の方法としてもより効果的であろうと考えている。
 
参考文献
1)植村研一:「臨床教育の基本となるもの」 日本医学教育学会教育技法委員会編. 臨床教育マニュアル−これからの教え方、学び方−. pp7-13, 篠原出版(東京), 1994.
2)吉岡昭正:1:医学教育の原理と進め方、2. カリキュラム、3. 教授目標. 日本医学教育学会教育開発委員会編:医学教育マニュアル 、pp14-44, 篠原出版(東京), 1986.
3)矢野栄二、田宮菜奈子、長谷川友紀:模擬演習(Simulation Exercise: SE)による公衆衛生教育、日本公衛誌 1998; 45: 270-278.
4)中山健太郎:「臨床講義とは」 日本医学教育学教育開発委員会編:医学教育マニュアル3:教授―学習方法、pp30-39, 篠原出版(東京), 1986.







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