27. 施設ホスピスケアを受ける終末期がん患者の褥創発症の実態及び、褥創発症・悪化に関連する要因の検討及びホスピスケアにおける褥創ケア基準の作成
財団法人ライフプランニングセンター ピースハウス病院・看護部長 二見典子
I 研究の目的・方法
本研究は、終末期がん患者における褥創の発症実態をピースハウス病院で調査し、終末期がん患者の療養生活上の特徴と、患者の褥創発生・悪化に関連する要因について検討し、ホスピスケアにおける褥創ケア基準を作成し、ホスピス・緩和ケア病棟における褥創発生の実態調査(前向き調査)につなげる基礎資料を得ることを目的とした。
II 研究の内容・実施経過
研究は、大きく2つの段階を経て進めた。
1. 文献検索とピースハウス病院の平成13年度褥創発症実態調査(後ろ向き調査) 平成14年7月〜平成15年1月迄
2. ホスピスにおける褥創ケア基準の策定(実態調査結果と先駆的取組み病院の視察により内容を検討)平成15年2月〜平成15年3月迄
III 研究の成果
1. 終末期がん患者における褥創発生の実態
【 目的 】終末期がん患者における、褥創発生の実態を明らかにする
【 方法 】
1). 対象
2001年4月から2002年3月に当院に入院し、2002年9月までに死亡退院した104名を対象とした。
2). 調査方法
対象患者の診療記録から情報を収集した。
3). 調査内容
(1)患者背景
性、年齢、がんの原発部位、入院期間を調べた。
(2)入院時の情報
(1)入院時の褥創発生に対するリスク要因の状況
対象患者における褥瘡発生に対するリスク要因の状況を把握するため、入院時の栄養状態、運動能力、皮膚の湿潤状況を調査した。
栄養状態として、入院前後1週間以内の血清アルブミン値、ヘモグロビン値を調べた。栄養摂取カロリーは、入院翌日から2日間の1日摂取カロリーの平均値を算出し、かつ主な栄養摂取経路を調べた。運動能力として、入院時のECOG PS(Eastern Cooperative Oncology Group Status; 以下、PS)、麻痺の有無、日常の歩行状況を調査した。皮膚の湿潤状況として、失禁の有無、オムツ着用の有無、尿路変更(尿管カテーテル挿入を含む)の有無を調査した。
(2)入院時のがんに関連する身体的苦痛症状の有無
終末期がん患者の日常生活に影響を及ぼすと想定される、がんに関連する身体的苦痛症状の有無を調べた。症状の有無の判定は、入院時に看護問題としてとりあげられていた症状とし、主に、疼痛、食欲不振、全身倦怠感、腹部不快、腹満感、呼吸困難、嘔気、嘔吐、咳、痰、便秘、下痢、嚥下障害、浮腫、口渇、不眠の17項目から複数回答で選択した。
(3)入院時の褥創の有無とその重症度
入院時の褥創の有無、褥創部位、重症度を調査した。重症度の判定は、褥創の重症度を組織破壊の程度で判別するNPUAP(National Pressure Ulcer Advisory Panel)の分類(@1989@)にもとづいた。褥創の重症度に関する情報は診療記録への記載もれが多いため、現在当院で使用している褥創アセスメントシート、看護計画、日々の記録、処置伝票など褥瘡に関する情報の記載をすべて読み返し、看護師2名で新たに褥創の重症度判定を行った。
(3)入院後の情報
入院時に褥創を有していなかった患者、および入院期間が1週間以内の2名を除いた77名を対象に、入院時の情報と同様に、入院後、新たに発生した褥創の有無とその重症度に関する情報、褥創発生時の栄養状態、運動能力、皮膚の湿潤状況を調べた。血清アルブミン値に関しては、褥創発生日前1週間の検査データを採用した。また、栄養摂取カロリーについては、褥創発生前後3日間の1日摂取カロリーの平均値を算出した。
(4)死亡時の情報
死亡時に有していた褥創の重症度を調査した。判定はNPUAP(National Pressure Ulcer Advisory Panel)の分類を用いた。
4)分析方法
(1)褥創発生の実態
褥創の有無とその重症度に関しては入院時、入院後、死亡時別に、また、褥創発生に対するリスク要因の状況に関しては入院時、入院後別に単純集計を行った。
(2)入院時の褥創の有無に関連する要因
入院時褥創の有無と、入院時の栄養状態、運動能力、皮膚の湿潤状況、入院時のがんに関連する身体的苦痛症状の有無との関連をみた。関連の検討には、離散変数の場合にはカイ2乗検定、あるいはFisherの直接確率検定、順序性を伴う変数にはCochran−Armitageの傾向性検定を行った。解析には、統計パッケージSAS Windows版 Ver8.2を用いた。
(3)褥創発生から死亡までの褥瘡重症度の変化
褥創の重症度の変化をみるために、入院期間が1週間未満の患者は除外した。
褥創発生時の褥創重症度と死亡時の褥創重症度の変化を、NPUAPの分類( http://square.umin.ac.jp/~sanada/)である4段階を基準にして、グレードが1ランク以上上昇した場合を“増悪”、グレードに変化なしを“変化なし”、グレードが1ランク以下下がった場合を“改善”、褥創が消失した場合を“消失”として示した。その際、入院時にすでにあった褥創も含めて死亡時の状況と比較した。
【 結果 】
対象者の平均年齢は67.2歳、男性が53.9%、消化器系のがんが約40%を占めていた。入院日数は中央値で26.5日であった。
2). 入院時の褥創発生に対するリスク要因の状況と、がんに関連する身体的苦痛症状の有無( 表2、 表3)
栄養状態として、入院時のアルブミン値は3.0g/dl未満が51.2%、入院翌日の2日間の1日平均栄養摂取カロリーは500kcal/day未満が59.2%であった。経口摂取のみの患者は58.7%であった。PSは3以上が75.1%、麻痺のある患者は16.4%、普段の生活状況として歩行(移動)不可の方は41.4%であった。皮膚の湿潤状況として、失禁・汚染のある患者は38.5%、オムツ着用をしている患者は43.3%であった。尿路変更をしているものは27.9%であった( 表2)。
がんに関連する身体的苦痛症状として、上位3項目は、疼痛が77.9%、食欲不振が27.9%、全身倦怠感が24.0%の順であった( 表3)。
入院時に褥創を有していた患者は、22.1%であった( 表4)。総数30の褥創のうち、仙骨部に褥創を有していたものが、全体の77%であった。褥創の重症度は、グレードIとII度あわせて全体の80%であった( 表5)。
血清アルブミン値が3.0未満で、麻痺があり、PSが高く、歩行や移動をしていない患者で、失禁・汚染があり、オムツを着用し、尿路変更をしている患者で有意な関連を示した。入院時のがんに関連する身体的苦痛症状との関連はなかった。
入院後、褥創が新たに発生した患者の割合は14名(18.2%)であった( 表7)。総数18の褥創のうち、仙骨部が全体の61%を占めていた。重症度はグレードI度およびII度のみであった( 表8)。
褥創新発生患者14名の特徴として、褥創発生前1週間以内のアルブミン値は平均2.9(g/dl)、褥創発生前後3日間の平均栄養摂取カロリーは500kcal/day未満が69.2%であった。主な栄養摂取方法は経口摂取のみの患者は29%であった。普段の生活状況として歩行(移動)不可の方は71.4%であり、麻痺のある患者は1名のみであった。皮膚の湿潤状況として、失禁のある患者は64.3%、オムツ着用をしている患者は57.1%、尿路変更をしているものは28.6%であった。
6)入院時・褥創新発生時と死亡時の褥創の重症度の変化( 表10)
褥創の重症度の変化をみるために、入院期間が1週間未満の患者は除外して実態をみた。計32名、褥創数40のうち、増悪を示したのは15%、変化なしは65%、改善、消失を含めて21%であった。
【 考察 】
入院時に褥創を有していたのは、約20%であり、入院後、新たに褥創を発生したのは18%であった。我が国では、ホスピスや緩和ケア病棟における褥創の調査は体系的に実施されていないが、英国のホスピスにおける研究では、褥創の有病割合は21〜33%(Galvin J, 2002; Hanson DS, 1994; McGill M, 2002)であったことと比較すると、同等、あるいは若干低い傾向にあるといえる。褥創部位としては仙骨部が全体の約80%を占めていた。これは先行研究と同様の結果である(Galvin J, 2002; Bale S, 1995)。
終末期にあるがん患者は、末期の癌ゆえに「圧迫」と「組織耐久性の低下」は避ける事はできない。病態がすすんでいくことで、活動性や可動性の低下、悪液質状態が加わり、どのような予防行動をとったとしても、褥創の発生を防ぐことは難しい(青木, 2000)。本研究の対象者においても、栄養状態の低下、活動性や可動性の低下がみられる患者は過半数を占め、褥創リスク要因を高く有している患者は有意に褥創を有していた。だが、今回終末期にあるがん患者に特徴的な身体的苦痛症状の有無と褥創発生には関連がみられなかった。
褥創はI度あるいはII度の状態でほとんどが発見され、重症度の変化では、「変化なし」が過半数を占めていた。終末期がん患者において、一端褥創が生じると、急速に悪化する環境にあるが(青木, 1998)、現行のケアによってその悪化防止が可能になっているといえる。
日本国内でも、日本人を対象とした褥創管理に関するガイドラインが提示され、褥創のリスクアセスメントツールもいくつか開発されている(真田、2001)。これらは参考にはなるが、終末期がん患者を対象にして作成されたものではない。終末期がん患者でのほとんどが褥創のハイリスク患者となり、臨床ではあまり使われていない現状であろうと推察される。今後は、栄養状態の捉え方や、症状マネジメントに使用される薬剤の褥創リスク要因に対する影響も考慮する等、終末期がん患者に適したアセスメントをしていくことが求められる(Chaplin J, 2000; 吉村, 1997; 永野 2002)。
【 文献 】
青木和恵. (1998). 末期がん患者の褥瘡管理. 国立がんセンター中央病院看護部(編). がん専門看護:知識技術/看護診断/教育ポイント(pp239-251). 日本看護協会出版会.
青木和恵. (2000). がん性褥創の病態と因子. がん看護、 5(1), 67-74.
Bale S. Finlay I. Harding KG. (1995). Pressure sore prevention in a hospice. Journal of Wound Care, 4(10), 465-8.
Chaplin J. (2000). Pressure sore risk assessment in palliative care. Journal of Tissue Viability, 10(1), 27-31.
Galvin J. An audit of pressure ulcer incidence in a palliative care setting. International Journal of Palliative Nursing. 8(5): 214-21, 2002
Hanson DS. Langemo D. Olson B. Hunter S. Burd C. (1994). Evaluation of pressure ulcer prevalence rates for hospice patients post-implementation of pressure ulcer protocols. American Journal of Hospice & Palliative Care, 11(6), 14-9.
McGill M. Chaplin J. (2002). Pressure ulcer prevention in palliative care 1: results of a UK survey. International Journal of Palliative Nursing, 8(3), 110-9.
永野みどり. (2002). 緩和ケアにおける褥瘡ケア. 緩和医療学、4(4), 352-357.
真田弘美. (2001). 褥瘡のリスクをアセスメントする. 宮地良樹(編). よく分かって役立つ褥瘡のすべて(pp7-12). 永井書店.
吉村稔、小林由紀子. (1997). ターミナル患者への褥創ケアの取り組み:病棟独自の褥創アセスメント用紙を用いて. 臨床看護、 23(2), 164-172.
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