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23. ターミナル期看護における看護者のストレスとケアとの関連
―ストレス介入の試み―
 
沖縄県立看護大学 助手  前原なおみ
 
【共同研究者】
伊藤幸子(沖縄県立看護大学・教授) 吉川千恵子(沖縄県立看護大学・助教授)
石川りみ子(沖縄県立看護大学・講師)
 
I 研究の目的・方法
1 研究目的
 我が国におけるがん死亡数は増加の一途をたどり、2000年の統計では295,484人(死亡総数の30.7%)に及んでいる1。その為、がん患者のターミナル期ケアは臨床看護の大きな課題である。このような中、緩和ケア病棟承認施設は2002年12月現在、112施設2,115床に増加2、全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会では緩和ケア病棟承認施設におけるホスピス・緩和ケアプログラムの基準を作成するなど、緩和ケアの充実が図られている。しかし、厚生労働省の調査によると「1999年度、がんで死亡する患者の2.8%がホスピス・緩和ケア病棟を利用した」3と報告され、希望するホスピス・緩和ケア病棟でターミナル期を過ごすことのできるがん患者はわずかであり、殆どの患者は一般病棟で臨終を迎えるのが現状である。
 病名や予後を告知されていないがん患者への看護や、急性期ケアが優先され、緩和ケアが充分に提供できない一般病棟における看護の現場では、臨床看護スタッフが多大なストレスを感じていることは周知の事実である。平成12年秋に行った我々の調査で、一般病棟および訪問看護ステーションの看護者の殆どが、ターミナル期患者及びその家族の支援において耐えがたいストレスを経験していることが明らかとなった4。このように、ターミナル期看護で看護者のストレスについての報告はいくつかあり、よりよいターミナル期看護の実践には、看護者のストレスコーピングに対する支援の必要性が明確であるにも関わらず、ストレス介入を試み具体的支援にまで踏み込みその成果にまで及んだ報告はない。
 本研究は、一般病棟において、がん患者のターミナル期看護に日夜従事する時、多くの看護者が多大のストレスを体験し何らかの支援を求めていることを明らかにしたうえでさらに、看護者を支援する方法を試み成果を実証する事を目的とする。
2 研究方法
1)アクションリサーチ
 本研究はアクションリサーチを採用するものである。これは、アクションリサーチの特徴、すなわち研究者が現場に入り、その現場の人たちも研究に参加する「参加型」、現場の人たちとともに研究作業を進めていく「民主的な活動」、学問的成果だけでなく「社会(臨床)そのものに影響を与えて変化をもたらす」という特徴をもつ研究である5
 本研究は県庁所在地において医療サービスを提供している病床数470床の総合病院(以下A病院)の看護師グループとともに行った。
2)フォーカスグループの編成
 フォーカスグループは段階的に2グループ編成し、定期的にセッションを行った。構成要員は、師長・主任等の病棟で指導的責任のあるターミナル期看護の経験者6名(5病棟)を看護部長に選定依頼し、第一段階フォーカスグループ(以下1stF.G.)とした。また、現在ターミナル期看護に従事しターミナル期看護に何らかの問題や悩みを抱えている看護師5名(5病棟:但し、幅広い意見を得るため性別や勤務年数などを考慮した)を1stF.G.のセッションで選定し、第二段階フォーカスグループ(以下2ndF.G.)とした。
3)セッションの実施
 セッションの実施について第一回目のセッションで検討し、両グループとも月2回、18時から2時間程度行い、落ち着いた雰囲気でセッションが行える場として、A病院内のカンファレンス室を使用することとした。研究者はファシリテ―タとして毎回セッションに参加した。また1stF.G.のセッションでは看護部長が、2ndF.G.では1stF.G.メンバー1名がそれぞれファシリテ―タとして参加した。
 セッションは両グループとも平成15年1月まで行った。1stF.G.は平成14年8月から開始し計11回、2ndF.G.では同年10月から開始し計7回行った。両グループともセッションが同じ方向性になったことから、最終セッションは合同で行った。
 セッションはファシリテータ(研究者)の進行の下、ターミナルケアに関わる問題やストレス、倫理的ジレンマ等を表出し合い、その実情や背景を明確にしていった。セッションの内容はテープレコーダーで録音し発言録に編集した。また、毎回セッション終了時にはF.G.メンバーにジャーナルを記載してもらい、それらを情報データとした。
4)A病院看護師を対象とするアンケート調査
 ターミナル期看護に従事するスタッフがどのようなストレスを抱えているかを把握するため、病棟で勤務している看護師全員にアンケート調査を行った。アンケートの内容は基本属性の他、ターミナル期看護におけるストレスの「程度」「頻度」「対処法」、「看護スタッフ支援のためのシステムづくり」「ターミナル期看護に関する自由記載」などについてである。
 調査期間は平成15年1月31日〜2月6日の1週間とし、アンケートの回答は病棟で勤務時に行い、10分程度で回答してもらった。得られた結果は単純集計し、自由記載は中心的意味を表す文章を抽出しカテゴリー化を行った。
 
II 研究の内容・実施経過(表1
 セッションの経過を表1に示す。
 
III 研究の成果
1 セッションの成果
 セッションによって得た成果を以下に示す。
1)潜在する問題の顕在化
  セッションを開始した当初は1stF.G.、2ndF.G.ともにターミナル期看護においては何らかの問題があり、それらの問題を表出し合う場となった。そのためファシリテータ(研究者)は何故そのような問題が生じるのか問題の背景にあるものに目を向けるようF.G.に働きかけていったところ、潜在する問題を顕在化し、自らの問題としてとらえ解決に向けて検討するようになった。
 その結果、「ターミナル期看護は個々の看護師に委ねられており、スタッフは倫理的ジレンマや戸惑いなどのストレスを抱えている」、「急性期患者とターミナル期患者の看護を同時に行うには限界があり、病院として検討する必要がある」、「ターミナル期看護に従事するスタッフはストレスを抱えており、スタッフ支援のためのシステムづくりが必要である」といった問題と背景が明らかとなった
2)ターミナル期看護基準づくり・ターミナル期看護記録用紙作成
  セッションを通しストレッサーの一つとして、ターミナル期看護は看護師個々に委ねられていることがあげられた。その改善のために看護師は統一した考えのもとに患者ケアが提供できるターミナル期看護基準の必要性があげられた。A病院では既存のターミナル期看護基準が現在活用されていないことから、現況に照らして改良を加え再利用する方向で検討した。
 また、日々のターミナル期看護実践が記録されていない、あるいは記録しているが評価が充分に行われていない現状が明らかとなり、情報を整理し評価のできるターミナル期看護専用の記録用紙の必要性があげられた。記録用紙の検討として「呼吸困難感」「緩和ケア記録」「疼痛アセスメントシート」などの記録用紙案を作成しセッションで検討を行い、実際場面で使用し評価することになった(添付資料A、B)。
3)病院全体での取り組みの必要性
 急性期病棟でターミナル期患者の看護を行うには限界があり、緩和ケアチームや緩和ケア病棟の必要性があげられた。また、主治医との協働でストレスや倫理的ジレンマを感じていることが明らかとなり、治療方針において医師団の統一が必要であり、この問題に関して看護部局としてどう調整を図るべきかの検討を行った。現在、病院全体の取組みとして、緩和ケア委員会発足、一般の人々を対象としたボランティア講座の開催、さらに遺族のグリーフケアのための図書の選定および適用についてなど、具体的な検討が行われているところである。
4)スタッフの支援システムづくり
 ターミナル期看護に従事するスタッフの支援システムづくりが必要であることが合意された。セッションでは、フローティングナースの配置やボランティアの活用などが案としてあげられた。しかし、具体的な検討の前にスタッフがターミナル期看護にどのようなストレスを抱えどのような支援を求めているか把握する必要があると判断し、看護師10数名を対象とした予備調査を経て、調査紙を一部修正した上で外来勤務者を除いた病棟勤務看護師全員に次に述べるアンケート調査を実施した。
 
2 アンケート調査結果(表2表4
 アンケートの対象者は222名、回収数169(回収率76.1%)であった。
1)対象者の属性(表2
 対象者は男性7名(4.1%)、女性162名(95.9%)であり、年齢は30歳代が62名(36.7%)と最も多く、次いで40歳代47名(27.8%)であった。ターミナル期看護の経験者は154名(94.1%)、看護師の経験年数は平均14.4±8.7年であった。
2)ターミナル期看護におけるストレス(表3−1表3−2
 ターミナル期看護でストレッサーとなり得る17項目(その他の項目を含む)をあげ、それぞれのストレスの程度と頻度を調べた。
 ストレスの程度では、殆んどの項目で『感じる』『非常に感じる』に回答した者が90%以上を占めた。『非常に感じる』の回答率が大きい項目は、「告知されていない患者の看護:76.9%」、「症状が緩和されていない患者への看護:76.3%」、「医師の治療方針が患者の状況にあっていないと思う時:74.0%」、「医師の対応が適切でないと感じた時:72.8%」であった。
 ストレスの頻度では、殆んどの項目で『時々ある』『しばしばある』の回答が80%以上を占めた。『しばしばある』の回答率が大きい項目は、「症状が緩和されていない患者への看護:63.3%」、「告知されていない患者の看護(59.2%)」、「ターミナル期看護に充分な時間が取れない時:53.8%」、「医師の対応が適切でないと感じた時:50.3%」であった。
 ターミナル期看護において患者へ告知されていないことや症状緩和が充分でないこと、また医師との協働に関してスタッフのストレスは強いものであり、また頻回に体験していることが明らかになった。
3)ターミナル期看護におけるストレス対処法(表4
 ターミナル期看護のストレス対処として最も多かった回答は、「同僚スタッフに相談する:56.3%」であり半数以上を占め、次いで「師長・主任・先輩看護師に相談する:25.7%」、「おしゃべりや趣味で気分転換を図る:12.0%」の順であった。
4)ターミナル期看護スタッフ支援のためのシステムづくり(表4
 ターミナル期看護スタッフ支援のために求められているシステムづくりとしては(複数回答)、「緩和ケア専門チームの編成や緩和ケア病棟の設置」が92.8%と殆んどのスタッフが要望していることがわかった。また、「ターミナル期看護に関する研修会の開催:55.7%」、「ターミナル期看護の基準作成:42.5%」の順であった。
5)ターミナル期看護のストレスとケアとの関連(表4
 ターミナル期看護のストレスが緩和されることは患者ケアの向上につながると「思う」と回答した者は133名83.6%であった。
6)より良いターミナル期看護を提供するための自由意見(表5
 より良いターミナル期看護を提供について自由記載で意見を求めたところ70名の回答があった。記載内容をカテゴリー化したところ最も多い意見は「緩和ケア病棟の設立:22件」、「職場環境・条件の充実:ターミナル看護が提供できる時間的ゆとり、看護師の人員確保、相談しやすい職場環境:19件」、「緩和ケアに関する研修会の参加、知識技術の習得:18件」などであった。







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