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平成14年度(2002年)研究報告

 事業名 医学医療に関する研究助成
 団体名 笹川保健財団  


22. がんをもつ患者・家族の治療変更のプロセス
鹿児島大学 医学部保健学科・講師 奥 祥子
 
I 研究の目的・方法
1. 目的
 日本人の患者と医療従事者との関係は、「おまかせ医療」1)であるといわれる。つまり患者、医師の両者がお互いに依存しあった状態であり、患者側から考えた場合には治療の判断を医師にゆだねているといえる。「説明と同意」は医師側に立った言葉であり、患者の立場はこの中には表現されていないと捉えられる。R・ヴェレス2)は「すべての治療のための大切な決定は、患者も一緒に長所、短所を慎重に考慮した上で合意に達するようにし、その協定には患者自身も責任を担う」ことであるとしている。治療の方針の決定は、医師からの詳細な説明の上に、患者が自らの責任において選択・決定すべきものであるといえる。しかし、わが国では、いまだ、病名の告知・治療方針の決定を家族に委ねる傾向にある。
 がん患者・家族に関する研究では、がんの告知を受けた患者・家族の心理に関する研究が主になされてきた。また治療変更に関する研究では、医師による治療法の研究がほとんどである。大学病院からホスピスへの転院・在宅への移行に関わる患者の選択・調整のための援助に関するもの、治療から緩和治療への変更時の看護婦の役割について述べたものがある。しかしこれらは、医療者側からの治療変更の説明に対する選択であり、患者自らが治療変更を選択した過程は示されていない。
 そこで本研究では、がんをもつ患者やその家族の治療変更のプロセス、およびそれに影響を与える要因を実証的に明らかにすることを目的とした。
2. 方法
 本研究では、がんをもつ患者・家族が治療の方向性を、どの時期に、どのような要因で行うのか、そのプロセスおよび要因を明らかにするために、事例記述的方法を用いて分析した。
 
II 研究の内容・実施経過
1. データの収集:調査期間は、平成14年7月〜平成14年11月。
 対象は、がんをもつ患者およびその家族とし、治療の途中で患者・家族が自ら治療変更の意思を医療者に表明し、ホスピスに入所または在宅で緩和ケアを受けた患者や家族とした。患者は、心身の状態が良く面接可能な者、家族の場合には、死別後1年以上を経過している者とした。
 対象の選択は、各ホスピスに依頼した。面接に際しては、事前に対象者に研究の目的、方法、プライバシー保護、調査の中断が可能なことなどの説明を行い、同意書にサインをもらった。調査協力の承認を確認後、治療に関する半構成的面接を行った。
 最終的に本調査に同意の得られたのは、がんをもつ患者の家族8名(男性1名、女性7名)であった(表1参照)。面接はすべて筆者が実施した。1回の面接は、約1時間から3時間行った。面接調査の内容は、面接対象者の了解を得てテープに録音した。これらのデータは逐語的に文章化した。
2. 分析方法:事例の分析方法は、以下のように行った。
(1)記述されたデータを、理解できるまで読み返す。
(2)データの中から治療の変更に直接関係するような重要な文章を抜き出す。
(3)文章から浮かび上がる意味を対象者の言葉で再整理する。
(4)それぞれの文章での中心的主題を明らかにする。
(5)テーマ毎に、意味のある群を作る。
(6)治療変更の要因となるような要素を抽出し、箇条書きにまとめる。
(7)記述されたデータを読み返し、結果を確認する。
 臨床で生じているがん末期患者のホスピスへの入所決定という治療の変更を決意する現象は、臨床経験が豊富で、終末期の患者・家族に強い関心を持っている者によって妥当性の検討が行われると考えた。そこで看護師の臨床経験があり、質的研究で修士以上の学位をもつ者2名が妥当性の検討を行った。
 
表1 対象者一覧
対象者(年齢) 続柄 原疾患 患者の年齢 患者への告知の有無
Aさん(54) 肺腫瘍 57歳
Bさん(40) 長男の嫁 尿管腫瘍 68歳
Cさん(41) 次男 大腸腫瘍 64歳
Dさん(72) 腎腫瘍 73歳
Eさん(58) 脳腫瘍 62歳
Fさん(62) 下咽頭腫瘍 59歳
Gさん(55) 肺腫瘍 51歳
Hさん(62) 肺腫瘍 61歳
 
III 研究の成果
1 治療変更のプロセス
 (1)がんの治療:患者や家族は、がんと診断された後、治療をすれば転移しない、治癒すると信じて手術療法・化学療法・放射線療法のいずれかを受けていた。Aさんの夫は、肺がんの手術後、定期的に検査を受けていたが、1年8ヵ月で転移が発見された。「左の肺に、まだこれくらい(がんがある)、有無を言わせず、抗がん剤しましょう」と医師に言われ化学療法を受けた。Bさんは姑の手術の後、医師から全身治療が必要だと説明を受けた。抗がん剤を使えば、告知していない姑にがんだと知られてしまうことを恐れた。しかし化学療法を渋々、承諾した。「1年後に再発しないとも限らない、その確率といったら五分五分かもしれないみたいな感じだったんですよ。やったところで、延命もどれだけのものかわからないけど、というような状態だったけど、でもしないことには絶対進むからって言われて、するーっていう感じだったんです。」Eさんは、脳腫瘍摘出後、医師から「今取りあえず(手術を)したけど、あとは叩かないといけないって、放射線のほうに、いい先生がいるからそこで叩いてもらって」と説明を受けた。Fさんの場合には、主治医から手術できない状態と言われ、放射線治療を受けた。「コバルトで小さくして、あれが私は、抗がん剤を使わない、妙な話よね。コバルトが(がんが)小さくなる人とならない人がいるって言われてね、だから先生はもう、7−3って言ったもんね、最初」
 (2)再発・転移:治癒を信じて辛い治療に耐えたにも関わらず、がんが再発したり他の臓器に転移していた。患者や家族は、これまで受けた治療に落胆した。患者や家族の本当の苦悩は転移してから始まっていた。主治医から再び化学療法を勧められたAさんは、「(夫は)もうやめると言いましたね。(腫瘍が)大きくなっていたんです。これだけ苦しんだのにこうだったのかというのが鮮明に出たんです。」Eさんは、脳腫瘍の手術後、放射線治療を受けたが、脳・脊髄に転移が認められた。医師から「たたくか、もうやめるか」と選択を迫られ、「もうこれ以上したらだめっていうときにはもうストップをかけさせてくださいって。その約束のもとでたたかせてくださいって放射線かけてくださいって最後にしたんです。」と言った。Hさんは、肺がんで、腰椎にも転移があり、医師から手術は不可能と診断された。その後放射線治療と化学療法を受けたが、がんに変化はなかった。続いて左足、腰部の疼痛出現し、医師から「次の治療をしなくてはいけませんね」と言われ、再度放射線治療と化学療法を受けた。「治療しても良くなっていなかったんです。もうしたくなかったです。」このように、がんの再発や転移は、治療の限界として治療変更の過程に大きく影響していた。特に再発や転移が認められた場合、患者・家族は早急に次の治療に関する決断を医師から迫られていた。「今の医療では、患者さんに考えさせる時間がないのかなあって思いますよね。」(Aさん)「ゆっくり時間をかけて話ができなかった」(Eさん)
 (3)ホスピスの見学:患者や家族は治癒が望めないと悟った時から、ホスピスに移ることを現実的に考え、患者の入院中にホスピスの見学をしていた。施設を見学し医師やソーシャルワーカーとの面接を終えた後に、ホスピス入所の意思を強くした。Aさん夫婦は、がんに対する積極的な治療を中止すると決めた後、その方法を模索した。まずAさんが、がんセンタ−に電話相談しホスピスを紹介された。夫と二人でホスピスを見学し面接を受け、入所することに決めた。その後Aさんの夫は、主治医にホスピスに移ると直接告げた。Bさんは、夫の健診でホスピスの施設のある病院を訪れ、ソーシャルワーカーに話を聞いた。Cさん家族の場合は、見学した後、ホスピスのソーシャルワーカーが、直接病院に来て患者と話をした。Eさんは、病院の医師にホスピスに行きたいと告げた時、医師がホスピスへの相談の手配をしてくれた。Hさんは、病院で知り合った患者がホスピスに入所していた時に、お見舞いを兼ねて見学に行き、話しを聞いた。夫が前の病院には行きたがらないこともあり、入所を決めた。Fさんの場合には、病院の看護師が付き添って見学に行き、その際、入所の予約をした。
 (4)治療変更を決めた契機:治療の効果なく再発や転移が認められたこと、医師からすでに治療法はないと宣告されたこと、患者の苦痛が大きいことであった。Eさんは医師から「何もしないのにここに居る必要はないよね。」と言われた時、ホスピスに移ることを決めた。Gさんの夫は「(抗がん剤が)今度効かなければ治療法はない」「よくなる可能性はある」と、医師に言われて治療を開始したが、効果がなかった。その時点で、「ホスピスに行くようにしてくれ」と夫から告げられた。Fさんは、手術前に医師から「腫瘍が大きく広がって手術できない時は、死を待つだけ」と言われた。次第に食事が摂取できなくなり、医師から「手術できない」と診断された。Cさんの家族は、抗がん剤の治療で母親の体力が徐々に低下しているのを見て「もうこのままでいくと、言い方は悪いですけど、死期が早まるなっていう雰囲気があったんですね。みんなもうんーっていうのがあってー、で別の選択肢もやっぱり考えようかっていう風な感じにはなってですね。」と言った。
 (5)治療変更を決めた人:治療方針の選択は、患者や家族が行っていた。その中でも、本人へのがんの病名・病状の告知の有無で治療変更の主動に相違が認められた。
 患者本人へ告知がされている場合は、最終的なホスピス入所やその時期の決定は患者本人が行っていた。「俺はここで死にたくない。早くホスピスに行くように手続きをしてくれ」(Gさん)早くホスピスに行こうと促すFさんに対して、夫は「そんなに死にいくところ、そんなん急がさんでもいい」と応えた。
 本人への告知がない場合には、家族の苦悩が大きく、家族、特に妻が中心になって決定していた。がんの告知を受けていない患者にホスピスのことをどのように説明したらよいのか、これはホスピスに関する情報に大いに関連していた。Cさん家族は「ホスピスに行こうと言ったことが、暗にあなたは治らないよっていうふうに直結すると、それは変な意味、宣告に値するわけですよね。そこをどういうふうに伝えるかっていうところをやっぱりみんな悩んだ。」しかしホスピス入所の際、母親は「私は天国に逝くためにこの病院に来た」と涙を流しながら言った。Eさんは、夫に「ホテルに行こう」と言って入所した。「私はこれを一人で決めて、結局治療を打ち切るってことは、病院と縁を切るってことは、命を絶つってことですよ、もうね。だからこれで良かったのかなって。」







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