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5. ホスピスにおける教育のあり方
― 文化人類的フィールドワークに基づくケアの日米比較 ―
東京大学大学院 総合文化研究科・博士課程大学院生 服部洋一
 
I 研究の目的・方法
1. 目的
 本研究は、(1)文化人類学的フィールドワークの手法を用いて、日米のホスピス・ケアの実践を包括的に比較分析し、(2)患者・家族がケアを受ける/与える力を育むエンパワメントとして、新しいホスピス・ケアのアプローチを提案することを目的とする。
 米国は世界最多のホスピス・プログラムを擁しており、全米ホスピス・緩和ケア協会の2000年の確認ではその数は3368に上る。公式導入が我が国とほぼ同時期の1974年であること考えれば、この達成は驚異的である。しかし、我が国ではこれまで同国のホスピスを総体的に記述した研究はほとんど行われてきていない。
 
2. 教育概念について
 本研究では、米国ホスピスの基本姿勢を「教育」(education)というキーワードを介して抽出し、我が国のホスピス・ケアの今後の指針に関する議論に礎石を提供する。我が国ではまだ浸透しているとは言い難いが、同語は米国のヘルスケア・システムでは日常的に使用される言葉である。ヘルスケアの現場における最も基本的な意味は、専門職が自らの専門知識をクライアントに対して提供することである。しかし、本研究ではこの語をさらに拡張し、「患者と家族のケアにおける可能性と自立を拡大するための、反復的・双方向的なコミュニケーション」として再定義した上で考察を進める。
 
3. 方法
 著者の背景である文化人類学は、文化的・社会的現象を扱うことを専門とする学問である。ケアの専門職ではないという第三者的な視座を有効的に活用し、職種横断的分析を行うことは、本研究の独創性の一つである。本研究の主たる方法は、本学の基本研究法として既に100年近い方法論的洗練を蓄積するフィールドワークによる参与的観察である。一言にまとめれば、営まれている生活や実践に長期的に参入し、内部者の視点を獲得する過程を通じて対象を理解する研究アプローチである。
 
II 研究の内容・実施経過
1. 対象と期間
 米国でのフィールドワークは、2002年4月から7月まで、ミシガン州のある地方都市に位置する二つの在宅ホスピスを基点に実施した。二つのプログラムは、スタッフ総数20〜30名程度の米国では中小規模の団体であり、いずれも入居施設を持たない。著者は本研究以前に両プログラムを対象とした9ヶ月のフィールドワークを実施している。我が国でのフィールドワークは、2002年10月から翌年2月まで、大阪府のホスピス・ケアを提供する居宅介護支援・訪問介護支援サービス(登録スタッフ約50名)を拠点として実施した。
 
2. 内容
 フィールドワークの過程で実施した主たる活動は、訪問ケアへの同行、各種スタッフに対する非構造的インタヴュー、各種会議の録音と書き起こし、ホスピス・オフィス内の関連資料の閲覧、スタッフ間コミュニケーションの観察、スタッフ対象の定期講習への参加、ボランティア・トレーニングの受講と資格獲得、各種イベントへの参加等である。これらの活動の大部分は反復的に実施され、相互に関連づけて考察された。インタヴューを例に取ると、ある質問に対する回答は、被質問者の実際の行動や、異なる状況下での同じ質問に対する回答、同じ職種の別のスタッフの回答、他職種のスタッフの回答、スタッフ教育用の教科書的資料等と相互に比較された。本研究では、米国で得たデータを我が国のフィールドワークの過程で相対化し、教育的アプローチとして最終的に定式化した。







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