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III 研究の成果
1. 対象者の背景(表1)
 調査票配布数125票に対し、研究同意者は108人(有効回答86.4%)であった。対象者の性別は1人をのぞいて女性であった。年齢の平均と標準偏差は31.9±10.0歳であり、各病棟では内科系31.4±10.0歳、外科系31.1±10.8歳、緩和ケア(A病院)36.7±10.6歳、緩和ケア(B病院)30.2±3.8歳であった。
 
2. 病棟による違い(表2)
 病棟による違いについては、内科系、外科系、緩和ケアA、緩和ケアBの4群(以下、4群)の場合と緩和ケア(緩和ケアA+緩和ケアB)対一般病棟(内科系+外科系)の2群(以下、2群)の場合で関連を検証した。2群で差が有意であったのは、「回避」、「自己否定」、「患者中心」、「患者志向」、「家族看護志向」、「調和性」の6項目であった。一般病棟に比べ緩和ケアの看護職は回避や自己の無力感を感じず、家族の影響を受けて患者を看護し、家族看護志向と調和性が高かった。「積極」は4群及び2群とも有意ではなかったが、2群の場合に一定の傾向が見られた(p=0.08)。4群で差が有意であったのは、「つらい」、「回避」、「患者共感」、「自己否定」、「自己肯定」、「患者中心」であった。
 緩和ケアの看護職は一般病棟に比べて「回避」を感じず、「自己否定」を感じない傾向があった。緩和ケアでは患者や家族とのかかわりを重要な仕事と位置付けている。従って、治療中心の一般病棟の看護職に比べて、有効な治療がない場合であっても、「かかわる」ことに意味を見出している緩和ケアの看護職は自分を無力だとは感じないと考える。
  「患者中心」、「患者と家族の志向性」、「家族看護志向」は家族を含めた看護の姿勢を反映する項目として設定したが、緩和ケアと一般病棟で違いがあることが明らかになった。緩和ケアは一般病棟に比べて、家族に影響されずに看護することはなく、患者志向よりは家族志向であり、家族看護の志向性もあった。この結果は、緩和ケアの看護職が家族を含めた看護をする姿勢が示されていると考え、家族がケアの単位であるとする緩和ケアでの家族の捉え方が確認された。
 緩和ケアBは感情の13項目のうち「積極」以外は全て負の係数であった。この集団は「感じる」、「感じない」で回答する質問に対しては「感じない」を選択する傾向がある、また、「つらい」に関して唯一負の係数であることから、他の病棟に比較して設定された場面に対する感じ方は弱いと推察できる。
 
3. 場面検証の可能性
 ビニエット法に関しては、仮想的な場面状況での回答には現実の状況とは違いがあることや、設定された場面は本当に現実世界を反映しているのかなど様々な問題がある。今回の調査で設定した場面も、ターミナル期の困難な看護場面として妥当であったかは十分検証されていない。
 しかし、以下で試みるような方法によって、各場面設定がこちらの意図どおりに調査対象に伝わっているかを検証することはある程度可能である。すなわち、従属変数である感情項目への回帰係数を用いて各場面が特徴付けられることを利用する。例えば場面3のテーマは「怒りを表出する患者」であり、患者は看護職に対して乱暴で家族は面会に来ないという設定である。ここでは患者や家族に対して看護職は否定感を持ち、かかわりたくないだろうと想定して場面を構成した。一方、分析の結果浮かび上がってきた場面の特徴(表3)は、看護職は患者や家族に強い否定感、家族よりは患者を中心に考え、避けたい感情が強く積極的にかかわりたくない。他の場面についても同様に、あらかじめ想定した看護職の平均的な反応がおおよそ分析結果に正しく反映されており、シナリオの意図は多くの調査対象に伝わったと考える。
 
IV 今後の課題
 ターミナル期の患者を含めた家族への具体的な看護を考えるために、患者や家族のかかわりにおける看護職の感情と背景因子との関連を調査することはできた。しかし、今回の調査では看護職が患者や家族に対して抱いた感情を、患者や家族はどの程度認識しているのかなど、患者や家族側の意向を調査することはできなかった。看護職の抱いた感情の患者や家族への影響を調べることは重要であるため、これらは今後の課題と言える。
 分析に関しては、場面の違いによって看護職の抱く感情には違いがあることが明らかになっていたが、今回は場面に依存しない看護職の感情に焦点をあてた。従って、今後は場面の違いに焦点をあてた切り口の分析も必要である。
 方法に関しては、今回の研究ではビニエット法を用いた。ビニエット法はあくまで仮想的に設定した状況場面に基づいている。従って、現実世界をより反映すると思われる観察法や面接法など他の方法を使用した研究との整合性を見ることは重要であり、今後の課題と言える。
 また、今回使用した調査票はオリジナルであるため、調査票の信頼性や妥当性の検証も今後の課題である。
V 研究の成果等の公表予定(学会、雑誌等)
 がん看護関連または緩和ケア関連の学会、家族看護関連の学会等に公表を予定している。
 
表1 対象者の背景
   人数
性別 105
N=106 1
年齢a) 29歳未満 52
N=101 29歳以上 49
病棟 内科系(A病院) 54
N=108   外科系(A病院) 28
緩和ケア(A病院) 14
緩和ケア(B病院) 12
教育 専門学校 65
N=105   短大 19
大学 19
大学院 2
身内看取り経験 なし 57
N=106 あり 49
介護経験 なし 66
N=103 あり 37
よい看取り経験 なし 50
N=105 あり 55
家族看護志向 なし 44
N=100 あり 56
調和性a,b) 39点以下 56
N=106 40点以上 50
a)中央値で2群に分けている.  
b)NEO FFI 人格検査の調和性項目. 
 
表2 看護職の感情に対する病棟、年齢、教育、場面要因のロジスティック回帰分析結果
(拡大画面:72KB)
 
表3 感情項目による場面の説明
場面1 +患者志向 +スタッフ否定 +家族共感 −家族否定 −スタッフ共感
場面2 +積極 +家族共感 +患者共感 −家族否定 −患者志向 −回避
場面3 +患者否定 +患者志向 +回避 +家族否定 +患者中心 −家族共感 −患者共感 −積極
場面4 +感情管理 +積極 −回避 −患者否定 −スタッフ否定
場面5 +家族否定 +回避 −患者志向 −家族共感 −積極
表2の場面要因でP<0.05かつロジスティック回帰係数の絶対値が0.6以上の項目を表示した。+−は係数の符号を意味する。







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