3. 日本型ホスピス医療の理念構築への一試論(臨終行儀書の視点より)
日本大学 医学部・専任講師 三宅守常
I 研究の目的・方法
近代ホスピスのメタフィジカル的側面におけるターミナルステージから臨終へというシチュエーションにおいてのスピリチュアルケアの必要性と重要性については、現場の医療関係者は異口同音にこれを唱える。しかしその内容となると、明らかにキリスト教の教義と文化を背景にした概念であるだけに、クリスチャンは別にして異文化圏である大半の日本の医療関係者は、斯様なエートスは残念ながら持ち合わせていないので理解できない。霊的と言うもただ混乱を増加させるのみでまったく無意味。そこで宗教という枠をはずし無理に説明しようとして、実存なる哲学用語を使用し、より分からない結果と相成っている。このような未消化のままでの使用は、哲学プロパー・宗教学プロパーの筆者には耳障りのきわめて悪いロゴスとしか響かない。そもそもスピリチュアルなるジャンルが必要なのかについての疑問はあるが、それはさて置き、ならば我が国の思想・宗教そして文化的伝統に基づく身体観・遺体観を如実に表象する日本仏教的側面からホスピスケアの理念を探り構築する方が、より馴染みやすく受容しやすいのではないか。端的に言えば、一般にはほとんど知られていないが、死にゆく人と看取る人の両方への態度・注意ごとや役割りなどを細かく箇条的に明示した<日本型看取りの実践的テキスト>であり、仏教からのエンドステージへのメッセージでもある<臨終行儀書>の研究が、日本に馴染むホスピスケアの在り方における基盤の一つを提供できる可能性があると思料している。したがって、日本における臨終行儀書の内容等を検討する基盤的研究作業が、本研究の目的である。
研究方法については、個人研究と参考研究の二側面からこれを行なった。個人研究の場合は、本研究助成金によって購入した数点の臨終行儀書を含めた箇条内容の全体的傾向や時代的特徴の推移等を究明すること、具体的には箇条的指摘は死にゆく人か看取り人かのどちらへ対するものか、臨終の前か臨終時か後か等の検討と仕分け作業が中心となった。参考研究の場合は、授業の一環である「課題別ワークショップ」と称する数名の学生とのゼミにおける臨終行儀書の輪読に加えてその箇条内容における若い世代の視点より見た意見交換、および付属病院における月一回の事例カンファレンスであるターミナルケア・ミーティング(TCM)に学生と参加後の意見交換の二種であった。なぜなら、研究者の意図としては古典と現代的問題との結節点等を探る目的が存したからである。
II 研究の内容
『国書総目録』および購入古書(本研究助成金に依る)等を中心に、研究の手続きとして、いったい日本における臨終行儀書はどの程度存在するのか、を最初に研究調査した。その結果、未だ確認し得ない史料もあるが、一応現時点での確認史料約40点を一覧表として、以下に、時代順に列挙する。
書名 |
著述者(編者) |
成立年代 |
宗派 |
『往生要集』 |
恵心僧都源信 |
寛和元年(985) |
浄土宗 |
『病中修行記』 |
中ノ川實範 |
長承3年(1134) |
真言宗 |
『一期大要秘密集』 |
覚鑁 |
(1140年頃) |
真言宗 |
『臨終行儀注記』 |
湛秀 |
(實範とほぼ同時期) |
法相宗 |
『臨終之用意』 |
解脱房貞慶? |
(1210年頃か) |
法相宗 |
『覚海法橋法語』 |
南証房覚海 |
(1220年頃か) |
真言宗 |
『秘密念仏集』 |
道範 |
貞応2年(1223) |
真言宗 |
『臨終行儀』 |
成賢 |
(1220〜30年頃か) |
真言宗 |
『孝養集』 |
不明 |
不明 |
|
『臨終行儀』 |
法然房源空 |
不詳 |
浄土宗 |
『臨終講式』 |
法然房源空 |
不詳 |
浄土宗 |
『浄土宗要集』 |
鎮西上人聖光 |
寛喜年間(1229〜32) |
浄土宗 |
『念仏名義集』 |
鎮西上人聖光 |
寛喜年間(1229〜32) |
浄土宗 |
『聖光上人臨終用意』 |
鎮西上人聖光 |
(寛喜年間1229〜32か) |
浄土宗 |
『看病御用心』 |
然阿上人良忠 |
(1280年頃か) |
浄土宗 |
『引導秘訣』 |
日興 |
(1330年頃か) |
日蓮宗 |
『臨終讃』 |
安然 |
不明 |
天台宗 |
『臨終真実事』 |
實全 |
不明 |
天台宗 |
『臨終秘伝』 |
存海 |
(天文年間1532〜55か) |
天台宗 |
『臨終作法』 |
存海 |
(天文年間1532〜55か) |
天台宗 |
『行者用心集』 |
存海 |
天文15年(1547) |
天台宗 |
『不動極秘臨終大事』 |
不明 |
不明 |
真言系・修験 |
『千代見草』 |
心性院日遠 |
不詳 |
日蓮宗 |
『臨終要決私記』 |
袋中良定 |
不詳 |
浄土宗 |
『臨終要義略』 |
撰者不明 |
延宝2年(1674) |
|
『臨終要決纂解』 |
洞空 |
天和2年(1682) |
浄土宗 |
『臨終節要』 |
慈空 |
貞享3年(1686) |
浄土宗 |
『臨終要決鼓吹』 |
巌的 |
貞享4年(1687) |
浄土宗 |
『臨終略要集』 |
寂誉知足 |
元禄元年(1688) |
浄土宗 |
『成仏示心』 |
浄空 |
明和3年(1766)以降 |
真言宗 |
『臨終用心』 |
可円 |
安永9年(1780) |
浄土宗 |
『吉水瀉訣』 |
隆円 |
文政6年(1823) |
浄土宗 |
『二巻抄』 |
不明 |
不明 |
真言宗 |
『福田殖種纂要』 |
不明 |
不明 |
真言宗 |
『臨終正念作法』 |
不明 |
不明 |
真言宗 |
『臨終用心』 |
頼瑜 |
不明 |
真言宗 |
『臨終大事』 |
真専 |
不明 |
真言宗 |
『臨終行儀』 |
養鵜徹定 |
安政6年(1859) |
浄土宗 |
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以上の中で、手に入った臨終行儀書の一々の条項内容の現代語訳をし、誰への指摘か、いつの時点に関する指摘か等の仕分けをしてみた。ここでは實範『病中修行記』・良忠『看病御用心』・可円『臨終用心』の計3点だけを、代表例として掲出してみる(なお、専門用語の解説は、紙幅の関係で省略する)。
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