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3. 習得性の行動(学習)
 遺伝により決定されている本能的行動とは異なり、習得性の行動は生得的行動(本能的行動も含む)を元にして経験によって身につけられるもののことを言います。経験によって身につくものなので、同じ動物種・同じ品種であっても経験が異なれば、習得性の行動は個体によって大きく違ってきます。
 
3.1 古典的条件付けとオペラント条件付け
 古典的条件付けは、今から100年ほど前にロシアの生理学者であるパブロフが発見しました。空腹の犬に餌を与えると唾液が分泌します。これは生得的な行動であり、この行動は餌を無条件刺激、唾液は無条件反応とした無条件反射です。この犬に餌を与える時に毎回ベルの音を聞かせることを繰り返します。そうするとこの犬はベルの音を聞くだけで唾液を分泌するようになります。餌と同時に呈示されたことでベルが餌と同じ効力を持つようになったわけです。このときベルを条件刺激、それを引き起こす唾液の分泌を条件反応と呼び、条件刺激が条件反応を引き起こすことを条件反射と呼びます(図3−1)。
 この古典的条件付けは実際の生活においてよく起こります。たとえば男の人に殴られたことのある犬は男の人全体を恐怖の対象と捉え、大嫌いになることがあります。これは男の人(条件刺激)=怖い(条件反応)となる古典的条件付けが行なわれた結果と言うことができます。雷恐怖症や階段などを怖がって昇らなくなるという行動も同様なメカニズムから起こります。
 
図3−1 古典的条件付け
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 オペラント条件付けはアメリカの心理学者であるスキナーが空腹のラットにレバーを押して餌を得るということを訓練し、このような学習をオペラント条件付けと名付けました。オペラントとは「道具」あるいは「操作する」という意味であり、オペラント条件付けとは強化(反応が増える)や罰(反応が減る)を行うことで反応を操作する、ということです(表3−1)。正の強化(陽性強化と呼ばれることもある)とは、反応に対して何かが与えられると反応が増えることを言います。例えば「すわれ」をするとほめてもらう犬が「すわれ」を上手に学習する、ということです。負の強化とは、反応によって嫌な刺激がなくなることで反応が増えることを言います。リードを引いて首が苦しくなっている犬が「すわれ」をすると苦しみがなくなるので「すわれ」を学習する場合、唸ると人が逃げることを経験した犬が人を見ると唸るようになった場合などを言います。同様に罰にも2種類あり、正の罰は反応に対して嫌な刺激が与えられて反応が減ること、負の罰は反応に対して良い刺激がなくなることで反応が減ることです。すなわち、散歩の前に騒いでいた犬に対して、散歩前に騒ぐときには散歩をとりやめにすれば散歩前に騒がなくなる、などを言います。
 このように行動心理学で言う罰とは、単に叱るや叩くなどではなく、反応の結果、行動が消滅していくものを言います。したがって叱っても全くその行動をやめないという場合は罰と言うことはできません。
 
表3−1
強化と罰の種類
(アニマルラーニング;中島定彦著より改変)
  快刺激 嫌悪刺激
与える 反応が増える 正の強化 反応が減る 正の罰
取り去る 反応が減る 負の罰 反応が増える 負の強化
 
3.2 強化子と強化のスケジュール
 オペラント条件付けで反応に強化を与えるものを強化子(reinforcer:リインフォーサー)と言います。生得的に強化子になるものを一次強化子、あるいは無条件性強化子と呼びます。食べ物や遊び、散歩、自由に行動することなどは一次強化子になります(表3−2)。これに対して強化の働きを経験によって得たものを二次強化子(条件性強化子)と呼びます。「グーッド」という誉め言葉はこれにあたります。条件性強化子のうち、様々な強化子と結びついたものを般性強化子と呼びます。犬にとっての飼い主や訓練士は餌やごほうび、遊びなどと結びついた強力な般性強化子になることができます。
 強化子や罰子は反応に対して直ちに与える必要があります。犬は誉めも叱責もその直前の出来事とのみ関連づけられるため、良い行動はその場で誉め、悪い行動もその場で叱らなければなりません。実験によるとそのタイミングは遅くとも3秒以内と言われています。また行動が定着するまでは連続で強化を与え続けたほうが動物は早く物事を学習します(連続強化スケジュール)。しかしいったん定着した行動を持続していくにはその強化を断続的にしたほうがその行動が消えにくくなると言う事がわかっています(間歇強化スケジュール)(表3−3)。これは3回反応したときに強化されるときもあるし、1回のときもあれば5回のときもある、というようなギャンブル的な強化の仕方を言います。そのため罰も時々しか与えられなければ、それは断続的な強化が与えられているのと同じになるため、罰の効果を期待することはできません。そのため罰を効果的に行うには、即時に与えることの他に毎回与えることが必要です。
表3−2:効果的な強化子とは?
・犬がとても欲していてそれを得る為に努力するもの
・生得的に欲するもの
・普段は与えられていないもの(そのときだけ与えられる)
・興味の維持の為に時々替えることも必要
 
表3−3:連続強化と間歇強化
獲得速度(条件付けの速さ) 連続強化>間歇強化
消去抵抗(消去しにくさ) 連続強化<間歇強化
 
3.3 罰
 以上のように効果的に罰を与えること(正の罰)は難しい(いつもその場にいないと罰することができないため)ものですが、それ以外にも罰を適応する際に不適当な副作用がおこることがあります(表3−4)。罰(嫌悪刺激)は、それを与えるものから逃げることを教え、与えるものを恐怖と関連づけ、さらには罰を引き金にして攻撃性を導き出すことさえあります。効果的に与えるには、罰を直接的ではなく間接的に、すなわち天罰のように与えることができる「シェーク缶(缶にコインを入れたものを振り落とす)」や「水鉄砲」などを使って好ましくない行動を遮断するようにするとよいのですが、その場合も効果は個体によって様々です(表3−5)。
 
表3−4:罰適応に対する副作用(アニマルラーニング 中島定彦著より改変)
・行動の全体的抑制を引き起こすことがある(無気力を引き起こす)
・恐怖や怒りなどの情動反応を引きおこす
・罰を与える人や、その周りにいる人や物へ攻撃を引き起こすことがある(転嫁性の攻撃)
・罰から逃避する行動を示すことがある
・罰場面以外での反応が逆に増えることがある
 
表3−5:罰使用の注意点(アニマルラーニング 中島定彦著より改変)
・嫌悪刺激の強度を考える
 弱すぎると馴れが生じ、強すぎると倫理的に問題あり
・副作用として情動行動の悪化が見られるため、情動行動に対する慎重に行なう
・すぐ、必ず罰する(即時罰・連続罰)
・必ず適切な行動に対して強化することを同時に行なう
 
3.4 消去
 強化された行動はその強化を取り去るとその行動は減少し、遂には見られなくなります。これを消去といいます。たとえば人の食餌中に食べ物をねだる行動は、ねだる行為に対して食べ物を与えていた結果起こり、その頻度は食べ物を与えれば与えるほど強くなっていきます。この行動を止めさせるにはその行動を強化していたもの、すなわち食べ物を与えるということを止めます。そうするとこの強化された行動の頻度は減少していきます。この方法は一般的には無視として説明され、多くの場面で効果的に使用することができます。しかし「楽しく興奮して吠えまくる」「動物を追う」「排泄を失敗する」などはその行動自身が自己を強化している(行動自身から良い結果が与えられている)ためにいくら無視をしても行動を消去することはできません。また、消去を行なうときに忘れてはいけないのは、消去の初期過程には必ずその行動が一時的に悪化します。これをバーストと呼びます。今まで得られていた強化が得られくなったためにその行動の頻度や強度を強めて強化を与えてもらおうと一生懸命頑張るわけです。しかしそこを踏ん張ればその行動は潮が引くように減少していきます。さらに行動が消去された後に一旦無くなったと思えた行動が再燃することがあります。これを自然的回復といいます。この自然的回復を繰り返しながら行動は完全に無くなっていきます(図3−2)。連続強化で強化された行動は容易に消去されますが、間歇的に強化されてきた行動は消去抵抗が高く消去しにくくなっています(表3−3)。
 
図3−2 消去手続きの経過
 
3.5 般化
 犬は特定の場所で特定の行動を学習すると、行動をその環境や状況と関連づけて学習するため、その場所ではうまくできるようになりますが、その環境や状況を変化させるとその行動が確実に行えない場合があります。確実にどのような場所でもその行動をするように教えるには、数多くの異なった様々な場所でその行動を教え、その行動を般化(普遍化)していく必要があります。すなわち様々な場所で学習するまで犬はその行動を本当は知らない、と言うことができます。新規の場所で練習を始めるときには少し学習の段階を前に戻してあげることは犬の学習の大きな手助けになります。
 
 行動とは、外から観察することができる活動、と定義することができます。食欲不振や動きたがらないなど、病気のほとんども行動の変化として現れます。体の調子が悪いときには私たちもイライラしがちになります。行動の変化を見つけたときにはまず身体検査を行なうことが大切です。
 
表4−1:身体的間題由来の行動の変化
1)性格の変化(攻撃性)
・脳の器質的疾患(腫瘍・炎症・外傷・ウィルス感染<ジステンパーなど>・てんかんなど)
・代謝疾患(ビタミンB欠乏・甲状腺機能亢進症・甲状腺機能低下症・クッシング症候群・肝性脳症など)
・発達障害(水頭症など)
・痛みによる
・感覚障害(視覚障害など)
2)性格の変化(不安・恐怖)
(ア)脳の器質的疾患
(イ)感覚障害
3)排泄行動
(ア)炎症(膀胱炎・膣炎・大腸炎)
(イ)多尿になる疾患(糖尿病など)や薬(利尿剤)
(ウ)先天的疾患(異所性尿管・尿膜管異存など)〜不随意性の失禁
(エ)避妊手術後のエストロゲン反応性尿失禁、去勢後のテストステロン反応性尿失禁
 
 飼い主が飼育上困ったり、迷惑になったりすることを問題行動と呼びます。問題行動は次の3つにカテゴライズすることができます。まず1番目はイヌが本来持つ行動様式を逸脱した行動で、異常行動の範疇に含まれるものです。潰瘍ができるまで皮膚を舐め続けたり、同じ所を無目的にぐるぐる回る常同症や幻覚的な行動などを言います。2番目はイヌが本来持つ行動様式の範疇にありながらもその生起頻度が正常を逸脱するもので、性行動や捕食行動などで見られることがあります。3番目はイヌという動物から見ると正常を逸脱していないが人間社会や飼い主と協調しない行動です。
 残念ながらこの3番目にカテゴライズされる問題が最もよく見られます。たとえば警戒吠えはイヌとしては正常な行動ですが、毎回聞かされる近隣の住人や飼い主にとっては耐え難い行動と見なされます。動物が生得的に持っている行動を問題行動として定義することは人間のエゴと見なされるかもしれませんが、イヌが人間社会の中で飼い主と幸せに共同生活を営み、天寿を全うするには、これを問題行動と認識し、その問題行動を修正していく必要があるでしょう。問題行動の治療とは“動物のためにその動物の福祉向上を目指してその行動を修正していく”ということなのです。
 1番目にカテゴライズされる1つの箇所(足の先端が多い)を潰瘍になるまで舐め続ける行動(舐性皮膚炎と言います)や疲れ果てるまで自分の尾を追い掛け回す行動の多くはストレスの過多や退屈しのぎで行った行動が常習的になってしまったものです。たまたま足を舐めたら気持ちが落ち着くことがあると、次に不安になったときにまた舐める。それを繰り返していると何でもなくても舐めるようになり、逆に舐めないと不安になって舐めずにいられなくなってしまうのです。こうなってしまうと強迫神経症と呼ばれるようになります。イヌの強迫神経症は人の神経症と同様なものであるので、治療には人の心の病で使用するような抗不安剤や脳の神経伝達物質を調整する薬を必要とすることさえあります。
 
 去勢/避妊(不妊)手術の目的は、(1)引き取り手のない不幸な犬を増やさないため、(2)生殖器や性ホルモンに関連するいくつかの病気を予防する、ためだけでなく、いくつかの行動の変化にも関与することが知られています。
 去勢による影響は個々によって様々ですが、カリフォルニア大学デービス校のベンジャミン・ハート教授らによって広範な調査が行われています(表6−1)。去勢の効果はテストステロン影響下の行動を変容します。しかしながら手術後約6時間でテストステロン自体が消失するにもかかわらず、その犬の性行動への関心の消失は6〜12ヶ月かかることもあり、全くなくならないものもいます。また犬の性格や作業能力・訓練性能、その犬と人間との関係は去勢によっては変化することはありません。
 雌では発情期に卵巣で生成されるエストロゲンのために発情期に雄犬のようなマーキングやマウンティングを行ったり、怒りっぽくなるものもいます。また排卵後2ヶ月間にわたって優勢になるプロゲステロンは鎮静効果(=落ち着かせる効果)を持ち、行動に影響を与えることがあります。これらには巣作り行動や物を守ったり抱え込むような行動、乳汁分泌など、『偽妊娠』としてよく知られているものが含まれます。プロゲステロンの鎮静効果が極端に現れる犬では、この時期に無気力やうつ状態になるものもいます。雌では発情後2ヶ月間以内に避妊手術を行うと体内のプロゲステロン量が急激に低下してしまうため、術後に情緒不安定や攻撃性、抑うつ状態などの問題を引き起こす可能性があるため、この時期の避妊手術は薦められません。
 
去勢によって効果が認められている問題行動
(Hart 1976)
表6−1
  直ちに効果が見られた 徐々に効果が見られた
雌犬を求めるうろつき 44% 50%
尿マーキング 30% 20%以上
雄に対する攻撃性 38% 25%







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