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2.3.3 ボディランゲージ
 複雑な言語を持たない犬は、お互いの意思疎通の多くを姿勢や表情などのボディランゲージを使って表現します。
 地位の高い犬が最も効果的に使用するシグナルとして相手を凝視するという行動があります。2頭の犬では服従的な犬は支配的な犬よりも先に視線を逸らします。この短時間の視線交換は初めて会った2頭の社会的優位性が即座に決定します。さらに言うと視線を逸らすことは無意味な闘争を避ける手段であり、それが起こらなければ攻撃(けんか)を導き出します。支配的な犬は頭と尾を高く上げ、耳をピンと立てて前傾姿勢をとります。先制攻撃型の場合はこの姿勢にあわせて頚背部の毛を逆立て口唇を引き上げて前歯を剥きだします。反対に服従的で恐怖心を表わす犬は身体を低くして耳を伏せ、尾は下げて身体に密着させて身体をより小さく見せようとします。恐怖が強いと目をむいて白眼が多くなり、口角の後に皺が寄ります。このような犬は低い姿勢を保ちながら尾を下の方で強烈に振り、自己よりも地位の高い犬に近づくことが良く見られます。また地位の高い犬に対して口元を舐めたり、鼻ずらを押し付けてくることもあります。さらに極端な表現として鼠径部を見せたり、そのときに尿をもらすなどの行為を示すことがあります。
 尾を振る行動はいろいろな状況で使われます。一般的にゆっくりと大きく尾を振る場合は親愛の情を示し、服従的な犬では尻まで一緒に振ることが多く見られます。神経質で不安な犬は緊張して勢いなく振り、威嚇的な場合は高い位置で小刻みに早く振ります。
 
図2−4 警戒反応(A、B)から服従(E、I、J)までの犬科動物の姿勢変化
(Fox 1971より改変)
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図2−2 犬の表現
(拡大画面:25KB)
 
図2−3 犬のボディランゲージ
(拡大画面:80KB)
 
 カーミングシグナルは、ノルウェーの訓練士トゥリッド・ルガース(Turid Rugaas)によって発表された犬のボディランゲージの1型であり、争いを回避するため犬が相手や自らを落ち着かせようとしたり、ストレスを浴びた犬がそのストレスを放出しようとする行為の総称です。狼では争いを遮断する行動、という意味でカットオフサインを呼ばれています。犬はきつい言葉で叱られたり、馴れない場所で難しい号令を出されたとき、あるいは嫌いなタイプの人が近づいたり、見知らぬ人に威嚇的な態度をとられたときに急に大きなあくびをしたり、背中をかきむしったり、背を向けてしまうようなことをして相手や自分を落ち着かせようとします。しかし、犬も眠いときにはあくびをしますし、痒みがあるときに背中を掻きむしります。その行動がカーミングシグナルであるか否かはその状況などを含めて判断する必要があります。この行動を知ることは犬のストレスレベルを推し量れるようになるだけでなく、ストレスがかかっている犬にこちらがあくびなどの同様の行動をとることで犬のストレスを緩和することも可能と言われており、発見者であるルガースはこの行動を怯えた犬のリハビリなどに利用しています。カーミングシグナルという言葉は動物行動学では転位行動や服従行動と呼ばれるものに含まれます。
 
表2−3
カーミングシグナルの例
スクラッチ 身体を掻きむしる 身体をそむける(背を向ける)
あくび 地面の匂いを嗅ぐ 頻繁な瞬きをする
目を細める 自身の唇を舐める すわる
視線をそむける カーブを描いて歩く ふせの状態
 
表2−4
ストレスシグナルの例
身体をブルブルッと振る フケが過剰に多くなる 毛が過剰に落ちる
足の裏に汗をかく 背中全体の毛が逆立つ 隠れようとする
指示に従わない 勃起する(♂) 不適当な場所での排泄
食欲減退 あえぐ(ハァハァ言う) よだれが多くなる
瞳孔が開く 身体を舐める くんくん鳴く
 
2.3.4 嗅覚による情報交換
 匂いは長期にわたって環境に残ることから、見えない相手に対する便利な情報交換手段になります。犬は人に比べて広い嗅覚上皮を持つために嗅覚は非常に優れ、様々な情報交換に用いられています。さらに、犬はフェロモンを嗅ぎ取るための鋤鼻器官を持ちます。これは性行動などに関与すると言われます。嗅覚による情報交換は糞便や尿、肛門嚢からの分泌液や体臭などで行なわれます。雄によく認められる行動パターンとして片足を上げて排尿する行動があります。この片足排尿はオオカミではもっぱら地位の高い雄に見られることから、階級制や縄張りを知らせるための手段と考えられています。また雄犬は雌犬の尿を嗅ぐだけで遠く離れていてもその犬が発情中かどうか確認することができると言われます。発情中の雌の尿中にはフェロモンが含まれ、さらには発情中の雌は通常よりも排尿回数が多くなることからフェロモンがより広範囲に拡散することで雄をより引きつけることになるのです。
 肛門嚢は肛門の両側にある一対の分泌物嚢であり、その開口部は肛門の入り口すぐにあります。肛門嚢の分泌物は通常排便時に一緒に分泌され、個体識別と縄張りの識別に利用されていると考えられています。また過剰な恐怖やストレスを感じた時にもこの分泌液を噴出します。
 体全体を包む体臭も重要な情報交換手段のひとつです。持続的な匂いを分泌する皮脂腺は頭部の周囲や尾根部の背側、そして会陰部の部分に密集しているため、2頭の犬が初めて会うときなど、お互いを確認するときにこの部分をより丹念に嗅ぎあうことが観察されます。
 
2.4 群れの中での相互関係
 オオカミの群れでは雌雄それぞれに階級制度が認められており、この1位雄と1位雌以外のオオカミの繁殖行動は抑えられています。またオオカミの群れでは同様な地位にある雌雄間での階級関係はほとんど存在しません。犬の群れにもオオカミと同様な支配構造が認められると考えられており、犬でもオオカミでもこのような階級制の存在が群れの中での攻撃行動(けんか)を減少させていると考えられています。この階級制はテリア種のような比較的攻撃性の高い犬種では直線的な順位傾向を示し、攻撃性の低い犬種では数頭の犬が同じ地位にいる場合があることも知られています(Scott & Fuller)。このように犬ではオオカミで知られている基準を全て当てはめることはできないと考えられています。
 以上のようにオオカミ=犬ではありませんが、犬には帰属意識があるのは事実です。犬は一緒に生活している集団、すなわち犬は家庭を群れと理解していると考えられています。群れを作る動物は群れが安定することを望みます。群れはアルファーたるメンバーすなわちリーダーを必要とします。リーダーは知的で、実力があり、態度に一貫性があります。群れの平和はリーダーの力量にかかってきます。良いリーダーとは、けして独裁者ではありません。けしてケンカが強いことがリーダーの第一条件でもありません。リーダーは群れのために食物と安全と楽しみを与え、群れの内外の争い事を予防し、群れのストレスを取り除きます。このようなことを踏まえて飼い主はリーダーシップをうまくとる必要があります。







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