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6. 妊娠
6.1 妊娠期間
 犬の妊娠期間最初の交配日から分娩日まで56日〜72日と幅が大きく、平均63日が一般的である。これは犬の発情期間が長いことによる。LHピークを測定することで排卵日を確定した場合、この幅が非常に小さくなる。ピーク後65±1日、排卵日から計算すると63土1日の妊娠期間で分娩が始まる。妊娠期間を膣スメアからおおよその排卵日を把握することでも、出産予定日の誤差の幅は小さくできる。
 
6.2 妊娠診断
 
6.2.1 超音波検査
 交配後15〜20日で膀胱の背側にエコーフリーな球状の構造物として認められる。最後尾の乳頭とその次の乳頭の間に沿ってプローブを当てていくと胎胞を発見しやすい。
 最も適切な時期は交配後25日〜30日で、ほぼ確実に受胎確認の判定できる。超音波検査では胎子数の判定は困難。
 
6.2.2 行動上の変化
 交配後2〜3週間目に短期的な食欲不振が現れることがある。
 
6.2.3 身体上の変化
 交配後1ヶ月ぐらいで膣から粘液の排出を確認することがある。乳頭がピンク色になり直立あるいは突出してくる。35日〜40日ぐらいで腹部の腫脹がみられ始める。40日ぐらいから乳腺から漿液生の液がでるようになる。乳腺の変化は偽妊娠犬でも起こりうるので注意が必要。
 
6.2.4 腹部の触診
 交配後30日ぐらいで診断することが可能。肥満した犬や神経質な犬では困難。
 
6.2.5 胎子心拍動
 妊娠後期には聴診器で胎子心拍動を聴診できる。胎子の心拍数は母犬の2倍以上なので違いはわかりやすい。胎子心電図を記録することでも確認できる。
 
6.2.6 胚の吸収
 超音波画像診断の研究などから異常な胚、母体の異常環境等で胚が吸収されることがある。吸収されても妊娠が継続し正常な子犬は生まれる。胚の吸収が起こっても犬が身体的に異常を示さなければ特に処置をする必要はない。
 
6.2.7 胎子の流産
 流産が起こった場合、膣から暗赤色の排液がみられる。流産した組織は犬に食べられてしまうことがある。原因は胎子の奇形、母胎の異常環境、感染症、胎子の損傷などがある。
 
6.3 出産準備
6.3.1 妊娠後期の注意
 蚤やダニなどの外部寄生虫などのチェックを怠らない。可能性のある伝染性疾患の予防には十分注意する。肥満や運動不足にならないようにする。妊娠40〜45日目ぐらいまでは食事を増加する必要はなく増やす際は一回の量より回数を増やすようにする。陣痛微弱や妊娠子癇をさけるため過剰なカルシウムの補給をさける。
 
6.3.2 出産環境
 産箱は静かな部屋の隅の方がよい。出産予定日の2〜1週間前から出産場所で犬を寝かしたりして馴らしておくと良い。産箱は容易に移動できて、清掃しやすく清潔な環境を維持しやすいようにする。また子犬が母犬と産箱の壁等で圧死されないように工夫する。産室でも同様。新生子は子犬は体温調節ができないため30度ぐらいで温めることができるようにしておく。ただし成長するに従い保温のしすぎに注意する。分娩時、犬があまりよく知らない人を招かない方がよい。
 
6.3.3 胎数検査(X線検査)
 胎子数の判定や産道と胎子の大きさを比較する目的で出産の1週間から10日前にX線検査を行った方がよい。この時期の胎子に対する放射線の影響は問題ないといわれている。また検査を行った獣医師も出産時に異常があった場合、対応しやすい。
 産子数は若齢犬で少ない傾向にあり、3〜4歳で増大し、高齢になると減少する。
 同腹産子数が1〜2頭場合、胎子が過大になったり、子宮に対する刺激が不十分なため難産になりやすい。(単体胎子症候群)
 
6.3.4 乳腺部、会陰部、後肢の被毛の除去
 衛生面と子犬が乳頭を見つけやすくするため乳腺周囲と会陰部、後肢の被毛等を除去しておいた方がよい。
 
6.3.5 体温測定
 犬は陣痛開始前に体温低下がみられる。出産予定日の一週間ぐらい前から直腸で体温を測定する。一日2回から3回は測定した方がよい。出産の1〜3日前から体温の低下が始まり、個体差はあるが37度以下になると12時間後以内に陣痛が始まることが多い。分娩時期は体温だけで判断せず母犬の状態や行動を総合的にみて判断する。
 
 分娩は、母胎と胎子の生命に危険が伴う、リスクの高い生理現象である。子犬の死亡の65%以上が分娩時および生後一週間以内に発生している。
 
7.1 分娩の生理
7.1.1 第1期
 子宮頚管の拡張する時期で6時間から12時間ぐらい続く。その期間や症状、行動は個体や出産ごとに違い千差万別である。第2期の分娩陣痛のように腹圧はかけない。犬は興奮したり、不安を示す、落ち着きがなくなる、食欲が落ちる、食べた後すぐ嘔吐する、陰門を舐める、震え、パンティング呼吸、穴掘りをする動作などがみられる。
 
7.1.2 第2期
 胎子を娩出する時期で、腹圧をかける強い陣痛がある。胎子は自らが回転しながら胎子の長軸と母犬の長軸が平行になるように四肢を伸展しながら産道に入る。
 通常逆子は約40%近くみられ難産に含まれないが娩出時間が長くなる傾向がある。
 母犬は羊膜を舐めて破り臍帯を咬断する。臍ヘルニアを引き起こしたり子犬の体の一部を傷つけさせないため臍を過剰に咬ませないよう注意する。子犬を舐めることで乾燥と刺激を与える。第2胎子は、最初の胎盤(尿膜絨毛膜)が排出される前に娩出される。通常左右の子宮から交互に娩出される。第一子はいきみが始まってから6時間は生存しているが第2子以降は2時間ぐらいしか生存できない。
 
7.1.3 第3期
 胎盤を娩出する時期。通常出産後から15分以内ぐらいまでに胎盤は娩出される。子犬は胎盤に包まれた状態で娩出されることがある。胎盤の数は確認しておく。母犬は胎盤を食べる必要は無く、逆に食べると下痢をすることが多い。
 
7.1.4 新生子のケア
 新生子は羊水を拭いて体を乾かし、マッサージをすることで全身の血行をよくし、呼吸の促進になる。母親が一生懸命やるときは任せた方がよい。この時期の子犬は体温調整が出来ないため、保温に注意する。生まれた子犬は出産から2日から3日ぐらいまでの母乳を初乳という。初乳には母親の免疫グロブリンが多く含まれておりウィルスや細菌からの感染を防御する働きがあり、子犬の小腸から吸収される。子犬は出産後8時間以上経つと免疫グロブリンの吸収が50%以下になり、24時間経つとほとんど吸収されなくなる。よって子犬が蘇生してから出来るだけ早く初乳を飲ました方がよい。母親の初乳が出ない時や母犬が出産時に死亡した時などに備えて、初乳を凍結保存しておくと良い。生まれた子犬達は個体が識別できるようにし、外観的に奇形や異常がないかチェックする。多指、口蓋裂、鎖肛、漏斗胸、臍ヘルニアなどは出産直後でも見つけやすい。子犬の体重を毎日、計測することでミルクの飲み具合や母親のミルクの出具合がわかる。
 
 股関節形成不全、肘関節形成不全、膝蓋脱臼、漏斗胸、不整咬合、口蓋裂、臍ヘルニア、白内障、進行性網膜萎縮症、心奇形、てんかん、陰睾、その他多くの遺伝に関係する病気がある。遺伝病は劣性に遺伝するものが多いので、優性の正常遺伝子と対になっている場合その個体は問題ないが同じ病理的遺伝形質を持つ犬と交配することで、子犬が発症する可能性が出てくる。繁殖に使用する雄犬、雌犬が病理的遺伝形質が現れたときは淘汰し、その親兄弟子犬達の系統分析をしっかりと行い評価することが重要である。大事なことは盲導犬事業の場合、犬の稟性が非常に大きなウエイトを占めるので、事業に穴があかないよう、なおかつ問題のでる可能性を少なくしていくよう全体のバランスをとりながら対応していく必要がある。盲導犬事業では繁殖犬と盲導犬候補で犬の使用目的が違う。盲導犬候補犬は去勢避妊して繁殖目的では使用しないので病気の種類によっては適切な処置を行ったり、キャリアーでも発症しなければまったく問題が生じない場合もある。どうしても問題のある親犬を使用せざるを得ない場合、そのリスクを十分理解、把握し、将来的にはその系統を淘汰あるいは子孫が発症する頻度が低くなるような交配を意識して行わなければならない。そのためには各病気についてよく理解し、系統的な問題の情報を収集、分析し、問題を未然に防ぐための検査やスクリーニングをしっかり行っていく必要がある。
 
 最後に繁殖事業を進めていくには上記のような知識や技術が必要になるが、これらの知識や技術を事業に生かしていくにはしっかりとしたマネージメントが重要である。
 マネージメントと実務管理を2本柱としてバランスをとりながら事業を進めることが大切である。また繁殖事業は犬の確保や交配から考えていくと結果が出てくるのに順調に進んでも1年半から5年かかる。これらのことを念頭に将来設計をたてた上で、理想と現実を認識し、その時期における最もベストな方法を考えていくことが非常に重要である。







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