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9 繁殖業務
1. 要約
 盲導犬の育成において繁殖業務は根幹をなすものである。盲導犬育成事業における繁殖の目的は視覚に障害のある人が使いやすい稟性、体格をバランスよく兼ね備えた、心身共に健康な犬を安定して供給することである。繁殖事業を進めていくには目的を達成するための事業におけるマネージメントと繁殖に関する知識、技術の2つの大きな柱があり、これらのバランスをうまくとりながら進めていくことを理解しておかなければならない。現場の事業全体を把握したうえで獣医学、育種学の専門的な知識、経験、観察力、稟性評価が求められる。そのためには科学的根拠に基づき合理的かつ計画的に事業を進めていき結果を常に客観的な評価の上でフィードバックしていく必要がある。また繁殖の目的を達成するためには、親兄弟子供等の稟性や身体面での長所、短所などを群単位で把握することが非常に大切である。交配を行う組み合わせを考える場合、欠点のない完全な犬はほとんどいないと仮定できる。たとえば稟性的に問題が無くても、身体的に問題があったり、その逆も多々ある。稟性の中でも長所と短所は必ず存在する。繁殖を行う上で、どのような子供を作りたいのか目的意識をしっかりもっておくべきである。交配する繁殖犬の長所を伸ばし短所を埋める組み合わせを常に考える必要がある。そのためには繁殖犬に関する情報が多いに越したことはない。雌犬、雄犬ともに兄弟や親、子供たちの稟性や身体面での長所と短所の把握、血統上の関係、遺伝的疾患についてしっかりと把握しておくべきである。それによって結果が、良かったときと良くなかったときのフィードバックを行いやすくなる。評価は血統(親、兄弟、)、交配相手の血統、群(同腹の兄弟、生まれた子犬すべて)、個体から総合的に評価するべきである。また10、20年前に求められていた盲導犬に対するニーズやクライアントのタイプの構成、社会状況等は変化するものなので当然繁殖犬に求めるものも変化することを理解しておく。また安定した繁殖を行うには5年、10年の長いスパンで考えて、犬を作っていく必要がある。常に新しい血統の導入を考えておくことは重要である。また訓練犬を確保するための繁殖、血統を維持していくための繁殖、新しく血統を作っていくための繁殖など組合せ方や交配の考え方は一様ではなく、目的を持って繁殖計画を立てていくべきである。また結果が現れるのには早くても1年から3年ぐらいかかるので地道に長い目で見ていく必要がある。様々な知識や技術、経験を駆使して本来の目的を忘れず、適性のある犬を安定して供給できるよう努力していただきたい。
 
 生殖器の構造を理解することは、交配、採精、人工授精、助産をおこなう上で重要である。
 
2.1 雌犬について
 雌犬の生殖器は外陰部、膣前庭、膣、子宮頚管、子宮、卵管、卵巣より構成されている。
 
2.1.1 陰門
 肛門の腹側下、骨盤底部の背側体表に陰唇があり、被毛が無い。外部との境界になる。発情周期、出産経験、避妊によって大きさは変化する。
 
2.1.2 膣
 膣前庭、接合部、膣で構成されている。膣前庭は、陰門から膣までで、水平面に対して60°の角度で膣に連続している。(スメア採取時の綿棒の挿入時や人工授精時のカテーテルや内視鏡の挿入時にこの角度をイメージして挿入する。)腹側陰唇交連内側に陰核がある。膣と膣前庭の接合部分には膣弁があり、狭窄している。これは人工授精時にカテーテルがしばしばつきあたる。またこの部分の腹側に尿道口が開口している。(このため綿棒、カテーテルや内視鏡を尿道に間違って入れないためには背側に沿って挿入する。)膣と膣前庭接合部から子宮外口までが膣である。膣の頭端部分から尾方向に子宮外口が約0.5cm突出している。
2.1.3 子宮
 子宮頚管、子宮に分けられる。子宮頚管は尾側で膣と頭側で子宮体と連結する管腔で、短く狭い。発情前期の後期、発情期、分娩前後のみ開口している。子宮はY字形をしており、子宮体と子宮角で構成されている。子宮角の頭側で卵管に連続している。
 
2.1.4 卵管
 子宮角の先端から卵巣に至るまでの管腔で卵巣とは卵管采で連結している。子宮角側は狭窄しており卵巣側は膨大している。卵子と精子の授精は膨大部で行われる。卵管采は卵子を子宮内に送り出す。
 
2.1.5 卵巣
 卵巣提索で腎臓後方の背壁に付着している。通常は卵形をしており卵巣嚢に包まれている。発情周期によって大きさは変化する。排卵は卵巣表面のいずれの部位からも行われる。
 
2.2 雄犬について
 雄犬の生殖器は包皮、陰茎、尿道、陰嚢、精巣、精巣上体、精管、前立腺によって構成されている。
 
2.2.1 包皮
 陰茎を覆っており外層は皮膚で内層は陰茎に連続する粘膜で覆われている。
 
2.2.2 陰茎
 通常は包皮によって覆われている。亀頭球および亀頭長部から構成される。
 亀頭球は陰茎の基部に位置し勃起時には球状に膨張して、交尾の際雌犬の膣内に陰茎を固定する。亀頭長部は亀頭球から尿道の開口部に終わる。陰茎亀頭内には陰茎骨がある。腹側に尿道溝があり、溝に沿って尿道が走行する。
 
2.2.3 精巣
 卵形状で精細管と間質細胞からなり精子形成が行われる。精子の生産量は精巣の大きさに比例する。
 
2.2.4 精巣上体
 コイル状を呈する湾曲した管。ここで精子は貯えられて約14日で成熟する。
 
2.2.5 精管
 精巣上体と連続するまっすぐな管。射精の際、成熟した精子を急速に送り出す。
 
2.2.6 前立腺
 楕円形で左右二葉から成り、尿道に透明で粘調性のある前立腺液を産生する。射精の際、第一分画液と第三分画液とを尿道に分泌する。前立腺液は弱アルカリ性で殺菌作用がある。
 
2.2.7 尿道
 尿および精液を陰茎の先端まで送り出す。
 
2.2.8 陰嚢
 精巣を包み、寒冷や機械的刺激に反応して収縮する。
 
3.1 雌犬について
3.1.1 性成熟前
 出生してから初回発情までの期間。6〜24ヶ月
 
3.1.2 発情前期
 陰門から血様分泌液の排出、血様分泌液の色や量は様々である。平均約9日間。エストラジオールの影響下で腎臓で産生されたフェロモンをマーキングをするため排尿回数が増加する。陰門は発赤、腫大してくる。落ち着かなくなったり不従順になったりする。雌は雄に興味を示すがスタンディングの姿勢をとらない。
 
3.1.3 発情期
 雌は雄を許容するようになる。平均約9日間。発情期が終了すると雌は雄を拒絶する。陰門から排出される血様分泌液の色や量は様々である。排卵は通常発情期が始まって72時間以内に生じるが例外も多々ある。
 
3.1.4 発情後期
 雌が雄を拒絶した時期から開始する。約60日継続。陰門が縮小して血様分泌物は認められなくなる。
 
3.1.5 無発情期
 発情後期の終了か妊娠の終了から次の発情前期の開始まで。通常約4ヶ月〜6ヶ月。
 
3.1.6 偽妊娠
 プロラクチンの影響で発現する。乳汁の分泌、食欲不振、家から離れたがらなくなる、営巣したり母性行動をとる。発情期の4〜6週間後にみられ10〜15日間で終了する。
 
3.2 雄犬について
3.2.1 精子形成
 精子は精巣の精細管で産生される。精子形成は4ヶ月齢ぐらいから始まり、10〜12ヶ月齢ぐらいから射精された精液中に出現する。精子は精巣から未成熟な状態で精巣上体に移動する。精巣上体を移動する過程で精子は成熟する。精巣で形成された精子が射精液中に出現するまで約8週間かかる。また精子が精巣上体で成熟するのに約2週間を要する。精子形成は体内温度より低温で行われる。発熱疾患や熱射病、肥満等は精子形成を阻害する。頻繁に射精させた場合、精子の頚部に細胞質小滴と呼ばれる細胞質の遺残物を有した未成熟な精子が多数みられることがある。射精によって排出されない精子は精管の開口部から漏出して尿道に入り尿中に排出される。
 精子形成に関係する環境要因として気温、栄養状態、運動、ストレスなどが影響を与える。いろいろな動物で30℃以上の気温が続くと影響を受ける。(夏期不妊症)雄犬に対する夏期の温度管理は重要である。また射精される精液に影響が出てくるのに、上記のことからストレスを受けてからしばらくたった時期であることに注意する。栄養不良、運動不足、過度のストレスに注意して雄犬を管理していく必要がある。近年身近ないろいろなものに含まれる環境ホルモンや化学物質の影響が精子形成うえで問題になっている可能性が考えられる。犬の精子は頭部、中片部、尾部の3つの部分よりなり、全長68±0.3μm。精子は温度、PH、浸透圧、紫外線、X線、化学物質などの影響を受けやすい。適性温度は37℃〜38℃で55℃前後で瞬間的に死滅する。室温から30℃〜20℃ぐらいまで温度が下がる場合大きな影響は受けない。15℃〜0℃への下降は有害作用が大きい。(コールドショック)ただし時間を1〜2時間かけることで問題はなくなる。直射日光に長時間曝すと生存性が阻害される。紫外線は波長440mμの紫外線が最も有害で、波長が長いものは無害である。X線やγ線などの放射線の照射を受けた精子によって受精した胚は異常を示す。
 
3.2.2 前立腺
 骨盤口に位置して左右2葉からなる。射精液の第1分画と第3分画を産生する。犬の精液のほとんどは前立腺から分泌されており射精時の精漿になる。前立腺分泌液は酸性で殺菌作用がある。
 
3.2.3 勃起
 発情期の雌犬から視覚、聴覚、嗅覚を通して得られる情報から勃起が刺激される。勃起は静脈血の流出が阻害されるため、陰茎の海綿体洞野中に血液が充満することによって起こる。
 
3.2.4 射精
 尿道筋の収縮によって、精管と前立腺から精液が尿道内に押し出される。
 犬の精液は第1分画、第2分画、第3分画に分かれる。第1分画は前立腺由来で最初に性的興奮がみられる時期や雌に陰茎を挿入する前後に排出される。尿道内の尿や、雑菌を洗い流すためと考えられる。無色透明で通常約0.5ml排出される。第2分画は精管から分泌され精子を大量に含み、乳白色で0.5〜1ml排出される。通常腰を使ったピストン運動が終了し挿入が完了した直後に射出される。射出の間や直後に雄犬は雌犬から降りて反転する。第3分画は前立腺由来で雌雄が後躯を会わせた状態(タイ、ロッキング)になっている間に、5〜20ml排出される。これも無色透明である。この状態は通常5分から20分ぐらいである。
 
 ホルモンとは内分泌腺で合成、分泌され、血液によって作用する標的器官の働きを調節したり活性化する化学的伝達物質である。ここでは交配や人工授精をおこなう上で重要なものを解説する。
 
4.1 卵胞刺激ホルモン(FSH)
 脳下垂体前葉で産生され放出される。卵巣で作用して卵胞を発育させる。
 
4.2 黄体形成ホルモン(LH)
 脳下垂体前葉で産生され放出される。卵巣で作用して卵胞の成熟、破裂、排卵をさせる。卵胞が排卵した後に黄体を形成、排卵の生じる48時間前に濃度は急上昇しピークに達する。LHの血中濃度がピークに達するのは発情前期の後期または発情期の初期である。
 
4.3 エストロゲン
 雌の発情を誘起し、生殖器を刺激する作用を持つ物質の総称。成熟した卵胞で産生される。LHサージの約48時間前にピークに達する。
 エストロゲンは発情前期の雌犬に変化を引き起こす。
陰門からの血様分泌液の排出
膣粘膜の肥厚
子宮頚管粘液の粘調性の変化
陰門の腫大
フェロモンの産生
 
4.4 プロゲステロン
 子宮内膜に着床性増殖を起こす物質。成熟卵胞と黄体において産生される。エストロゲン濃度がピークに達する時期に血中濃度の上昇が始まり、排卵時までは著明に上昇する。
 子宮筋の自発運動を抑制する。卵管に作用して卵子の子宮内進入を可能にする。子宮頚管の収縮と濃厚粘液の分泌をもたらす。







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