8 ゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバーにおける遺伝的疾患とその管理
1. 股関節形成不全(HD)
股関節形成不全に対しての問題は大別すると次の二つある
(1)どのように股関節形成不全の犬を正確に診断し、発症率を減少させ、股関節形成不全の犬を繁殖プログラムからはずしていくか?
(2)股関節形成不全に羅患した犬のQOLを維持する為にはどうしたらよいか?
股関節形成不全の評価はレントゲン診断により股関節の不適合や緩み、あるいは関節内の二次的な形態的変化、あるいは両者の出現の有無を確認することによる。
1.1 OFA法による評価
OFA(Orthopedic Foundation for Animals;動物形成外科財団)は1966年に創立された全ての犬種の股関節の登録を行なっている世界で最も大きな団体であり、約50万頭の股関節評価のデータベースを保有している。
ここでは股関節の伸展腹背レントゲン像(OFA像ともいう)を用いた単純で主観的な評価法を用い、2歳以上の股関節をエクセレントexcellentからシビアsevereまでの7段階に分類している。
1.1.1 OFAを採用することで股関節形成不全は減少するか?
OFAにより報告された結果では、1972年から1980年に生まれた犬と1989年と1990年に生まれた犬を比較すると60%の犬種で股関節形成不全の頻度は統計的に有意に減少しているとされている。しかし、この結果は単純に形成不全が減少しているのではなく、獣医師による診断技術が上がったことによって簡単に診断できるような形成不全を持つ犬がOFAに提出されることがなくなったと疑う研究者も多いのも事実である。
1.1.2 OFAの利点
ほとんどの動物病院でレントゲン撮影が可能であり、日本からOFA財団への読影申請も容易に行なうことができる。
1.1.3 OFAの問題点
1.1.3.1 レントゲン撮影時の体位
伸展レントゲン像だけでは、関節の変形を診断するのには良好であるが、関節の緩みを診断するのには不適当である。このポジションでは股関節の緩みは起こりにくい為、緩みの評価においてOFA像は理想的ではない。
1.1.3.2 主観的な評価法
OFAの診断基準は関節の緩みと二次的な骨関節炎の発現に焦点をおいた7段階のグレードに分けられている。この評価は形成不全の有無を決定するには信頼できる評価であるが、7段階に分けた場合にその評価が主観的であるため、評価する獣医師によってかなりのばらつきがみられる。OFAでは3人の獣医放射線専門医によって診断されている。
1.1.3.3 評価時の年齢
研究調査によりジャーマンシェパードとゴールデンレトリバーで股関節形成不全になる犬は6ヶ月齢でその40%がレントゲンで明らかになり、1歳齢で70〜80%、2歳時に90%が明らかになる。しかし、2歳時での偽陰性率は5〜8%であり、生後6ヶ月齢での診断的な正確度は16〜32%と低い。
1.1.3.4 発情周期と股関節の緩み
女性ホルモンであるエストロジェンは哺乳類において妊娠末期に骨盤組織を弛緩させる働きをもつ。したがってOFAは発情期の前後3〜4週間以内、離乳が終ってから3〜4週間以内の評価は控えるようにとしている。
1.2 Penn HIP法による評価
以上のようなOFA法の問題点を解決しようとしたのがPenn HIP法〜伸展ストレス−レントゲン法である。
1.2.1 Penn HIPの利点
(1)2歳以下の犬の評価が可能である
(2)その犬が後に変形性関節症が発現する可能性を予測できる
(3)変形性関節症を発現する危険性のない犬を予測できる
Lust.Gら(1993)のラブラドールレトリバーによる調査によると、ラブラドールでは、Dl=0.29±0.05、股関節形成不全ではDl=0.60±0.10であり、4ヶ月齢でDl<0.4ならば88%の症例で正常な股関節が予測され、Dl>0.7であれば高い確率で股関節形成不全が予測されるとされている。
これらの研究から、以下の点が明らかになった。
1:股関節の緩みが大きいほど、変形性関節炎を発現する可能性は高い。
2:Dl<0.3の股関節はレントゲン上変形性関節炎を発現することはほとんどない。
3:Dl>0.3の股関節の全ての犬が最終的に変形性関節炎を発現するとは限らない。
4:変形性関節炎進行の原因としての股関節の緩みの程度は犬種により様々である。
1.2.2 Penn HIPの問題点
現在のところ、日本でこの方法でのレントゲン撮影を行なえる動物病院は数少ない。理由としては、Penn HIPはこのプログラムを行なう診断施設間での再現性を確実にするために獣医師に対して養成プログラムを行ない、それを修了したものでないと撮影・診断は許可されないからである。
1.3 イギリスにおける股関節不全の評価法
イギリス獣医師会(British Veterinary Association)と犬登録団体であるKCの股関節形成不全対策として1984年より行なわれている方法で、OFA像のレントゲン写真において、形成不全の有無のみに焦点を置いた診断ではなく、明確な骨の変化に加え、左右両股関節の関節の緩みの度合いを数値化したシステムである。評価は9つの基準に基づき、それぞれの基準に0から6(寛骨臼尾側縁のみ最高スコアは5)に分け、高スコアはレントゲン上での重度の異常が認められることを示す。これらに左右の股関節のスコアを加え、総スコアとしている。
そしてその膨大なスコアの集積は、犬種ごとに平均値を算定され、それをBMS(Breed Means Score)と呼ぶ。このBMSのデータによって、犬種ごとの股関節の状態がわかり、個々の犬の位置を容易に知ることができるのである。
BMS(1997) |
犬種 |
BMS |
評価数(頭数) |
ラブラドールレトリバー |
19.52 |
18,556 |
ゴールデンレトリバー |
16.14 |
25,708 |
ジャーマンシェパード |
18.73 |
26,142 |
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1.4 検査の流れ
以上のように、Penn HIP法で行なうことが理想であるが、現状としてはOFA法とBVA法で検査を行なう
1回目・・・ 生後10〜12ヶ月(パピーウォーカー時代)
2回目・・・ 生後1.5歳(訓練センター時代)
3回目・・・ 必要に応じて
判定
訓練犬の場合
*Severeと判断された犬は適性外とする。
*1回目でFairより低い結果が出た場合は、特にその後の体重管理・運動量の管理に気を付けるようにする。
*2回目の検査でBorder line以下の判定が出た場合は、その後1年毎に検査を繰り返す。
*2回目の検査でFair以上と出ても、BVA法で評価が低い(=スコアが高い)盲導犬については、再度1年後に検査を行なう。
*2回目の検査でFair以上でかつBVA法での評価が高い(=スコアが低い)の盲導犬については、3歳、5歳、8歳で再評価を行なう。(今後のデータ収集のため)
*可能であれば、キャリアチェンジを行なった犬に対しても変形性関節炎の進行についての追跡調査を行なうようにする。
繁殖犬の場合
生後10〜12ヶ月・15ヶ月・2歳の時期に検査を行なう。いずれもOFA法でGOOD以上を適性とする。ただし、2歳以前に交配を行なう場合には、Penn Hip法での評価をすべきである。
肘関節形成不全はレントゲンで診断可能な進行性の遺伝性関節障害で多様かつ遺伝性の病因で発症するところは股関節形成不全とよく似ている。肘関節形成不全では股関節のように正常なものに対するランク付けはないが、異常のある肘関節、すなわち形成不全がある場合のみランク付けがされる。
肘関節形成不全・統計
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頭数 |
形成不全 |
グレードI |
グレードII |
グレードIII |
ゴールデンレトリバー |
3,312 |
11.1% |
74.1% |
17.4% |
8.2% |
ラブラドールレトリバー |
11,115 |
12.7% |
72.6% |
17.5% |
9.7% |
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グレードI:
尺骨(前肢の2本の骨のうち内側の細い骨)部の肘頭にわずかな変性がある(3mm未満)
グレードII:
尺骨部肘頭に骨棘の形成(3〜5mm)と軟骨下の骨の変性(尺骨滑車切痕の硬化)がある
グレードIII:
尺骨部肘頭に5mm以上の骨の異常増殖を伴う相当進行した退行性の関節炎がある。
股関節の診断と同様、OFAでは犬が2歳齢になるまでは正式な肘関節の判定はできないが、予備診断としての価値はあるということはできる。
2.1 検査の流れ
股関節のレントゲン検査を行う時に同時に肘関節の検査を行なう。
異常があれば可能な限り適性外とすることが望ましい。
先天性心疾患は犬種に関わらず発生し、動脈管開存や心室中隔欠損などがある。これらの先天性心疾患のうち、ラブラドールレトリバーを含む大型犬では大動脈弁下狭窄がよく知られている。大動脈弁下狭窄は多くの場合、3〜6歳の間に左心うっ血性心不全に進行し、発作性衰弱と突然死がニューファンドランドとその他の犬種で認められている。
検査としては、聴診での雑音の聴取と精査としての胸部レントゲン検査および超音波検査。
検査・診断は子犬の時点でも可能だが、子犬の時期(2〜3ヶ月くらい)は生理的に雑音が聞こえることがあるので、子犬の時点(2ヶ月令)で雑音がでていてもその後自然に雑音がなくなることもある。子犬の時点で軽度の雑音があるが、運動不耐性がなく成長にも問題がない場合は、1〜2ヶ月後に再検査を行い、雑音が消えていれば重度の問題はないだろう。
大動脈弁下狭窄(SAS)の統計
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頭数 |
正常 |
疑わしい |
異常 |
ゴールデンレトリバー |
3,300 |
98.6% |
0.9% |
0.5% |
ラブラドールレトリバー |
324 |
98.2% |
1.2% |
0.6% |
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3.1 検査の流れ
子犬:聴診
異常が疑われる場合、胸部レントゲン・超音波検査
成犬:聴診、心電図、胸部レントゲン
以上の検査で異常が認められる場合は、超音波検査などの精密検査を行なう
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