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7 動物由来感染症と犬の健康管理
1. はじめに
 動物を各種店舗や施設、特に医療施設や準医療施設に入れるときに最も強く指摘されるのが、衛生上の問題である。「動物から何か移るのではないか?」「毛が落ちて不潔ではないか?」「臭くないのか?」など、従来からある『動物は不潔』いう概念や思い込みからくる疑問は多かれ少なかれほとんどの施設で聞くことができる。これらの問題は盲導犬も含む全補助犬共通の問題と言えるでしょう。盲導犬らは社会参加をする(できる)動物なので、これら受け入れ側の不安ができるだけ解消できるような犬側からの配慮も必要である。すなわちこれらがしっかりと行なわれていなければ、社会参加の推進を阻むことさえある、と言うこともできるのである。
 
 動物由来感染症(人獣共通感染症)は、その名前の通り「人から他の動物に、あるいは人以外の動物から人に感染しうる疾患」のことを言います。そのなかにはウイルスによるもの、細菌によるもの、原虫、寄生虫、真菌によるものなどがあります。わが国の家畜や野生動物に直接・間接的に関係がある人獣共通感染症は約120から150種類存在するといわれ、そのうちペットに関するものは約30種類くらいであるといわれています。
 
犬に見られる人獣共通感染症    
  人の症状 犬の症状 感染経路 予防は?
狂犬病 全身の痙撃、呼吸困難。 100%死亡。 全身の痙撃、呼吸困難。 100%死亡。 動物に噛まれる。 狂犬病予防注射。
イヌ・ネコ回虫症 I内臓移行型 II眼移行型 1歳未満のイヌ・狐・狸などが感染。仔犬に多量に感染している場合下痢・発育不良など 何らかの形で便に含まれる虫卵を経口摂取。 検便・駆虫する。
イヌ鉤虫症 皮膚移行型(皮膚炎) 下痢。大量に感染すると発育不良や貧血を起こす。 何らかの形で便に含まれる虫卵を経口摂取。あるいは経皮感染。 検便・駆虫する。
フィラリア症 肺に入り込み、シストを作る。栓塞を起こすことも。 心臓に寄生するために心臓に負担。大量感染では咳、腹水など。急性症状を起こして死亡することも。 感染子虫を持つ蚊に吸血されることで感染。 フィラリア予防を行なう。
折癬 強い痒みと発疹。多くの場合夜間にかゆみが激しくなる。2次的に細菌感染をおこす。ステロイド軟こうを塗ると悪化。 激しい痒み。耳の縁、肘、飛節に好発。フケ、脱毛。 接触 (撫でたり、抱いたり)。 動物と環境を清潔に。
皮膚糸状菌症(白癬) 円形あるいは楕円形の境界明瞭な黄白色の斑。「ぜにたむし」と呼ばれる。 幼齢動物に多発。痒みはそれほどでもない。境界明瞭な脱毛。厚い灰白色のフケ・脱毛。 接触(撫でたり、抱いたり)。 動物と環境を清潔に。
レプトスピラ症 発熱・筋肉痛・嘔吐・腎不全。 発熱、元気消失、食欲不振、黄疸、貧血、流産。無症状の場合もある。 尿を触れることによって感染。 7種以上の混合ワクチンを接種。
パスツレラ症 幼児や老人など免疫機能が衰えた人に症状が出る。風邪様な症状、傷口の腫れなど。 無症状 犬とキスしたり犬が人の傷口を舐めたりして感染。 犬の50%が持つ常在菌。免疫不全患者に対してキスさせない。舐めさせない。歯石のチェック。口腔のケア。歯磨き。
ブルセラ症 発熱、食欲減退、不眠、関節痛など。 犬では無症状,あるいは流産や精巣炎。 人には尿や後産などに含まれる細菌を経口摂取することで感染。 血液、尿、精液などに直接手を触れない。
スタフィロコッカス症(S.aureus) 食中毒 無症状 経口感染 趾の間をよく洗う。手を洗う。
サルモネラ症 成人では急性胃腸炎。乳幼児では敗血症型の腸炎を起こすこともある。 無症状 経ロ感染 糞便はすぐ始末。糞便で汚れたところはすぐ洗浄。手を洗う。カメでは50%の保有率。
カンピロバクター症 人では細菌性腸炎(食中毒)。 下痢 経口感染 下痢の治療。糞便はすぐ始末。糞便で汚れたところはすぐ洗浄。手を洗う。
エルシニア症 人では腸炎、まれに虫垂炎やリンパ節炎の原因になる。 無症状 経口感染 糞便はすぐ始末。糞便で汚れたところはすぐ洗浄。手を洗う。
Q熱 インフルエンザのような悪寒、発熱、頭痛。 無症状 感染動物の尿、便、血液に含まれる病原体を吸い込むことにより感染。 ダニ吸血を避ける。
エキノコッカス症 人の肝臓に嚢胞を形成し、肝炎などを引き起こす。 少数寄生では無症状。多数寄生では下痢。 感染しているイヌや狐の便などに含まれる虫卵の経口摂取。 犬は感染しているねずみを食べて感染(虫卵からは感染しない)。ねずみがいるような場所で犬を離さないようにする。北海道の狐の38.5%に感染(1996)。
 
<犬由来の感染症の予防>
(1)ペットの健康に留意して健康診断を行い、病気のときにはすぐに獣医師の診断を受けること
(2)定期的にグルーミング(シャンプーとブラッシング)し、清潔を保つこと。
 ただしシャンプーのやりすぎはばい菌などから皮膚を守る皮脂の油膜がとれすぎてしまいかえってよくない。ブラッシングは被毛の根元から行なう。
(3)子供の顔を舐めさせない
 2〜3才くらいの子供や高齢者、免疫関係の病気に罹った人、糖尿病が悪化している場合などは抵抗力が弱いので注意する
(4)ペットを触った後は手を洗う
(5)ペットの使う食器は人用と区別する
(6)ペットの寝床やタオルはまめに洗う
(7)外部寄生虫(ノミ・ダニ)駆除・予防を行なう
(8)排泄した便はすみやかに処理する
(9)(人が)疑わしい症状を示したときは、ペットがいることを医師に報告する
 
 イヌの被毛やフケに対してアレルギーを持つ人はいます。非常にひどい発作を起こす人もいるので、そのような人には配慮を行なう必要があるでしょう。
 定期的なシャンプー、充分なブラッシング、脱毛を飛散しないようにシャツを着せるなどの配慮を行なうことが大切です。
 
 「毛が落ちて不潔ではないか?」「臭くないのか?」など、従来からある『動物は不潔』いう概念や思い込みからくる疑問は多かれ少なかれほとんどの店舗や各種施設で聞くことができます。
 これらは極めて簡単に対応できるものであり、かつ当然対応すべきものです。定期的な爪きり(爪が伸びすぎていないかチェックする)やシャンプー、グルーミング(ブラッシング)、歯磨きなどの日常ケアを行い、かつ定期的な獣医師による予防接種を含む健康チェックや外・内部寄生虫の予防や駆虫を受けていれば、大量のフケや毛が一度に落ちたり、不快な悪臭を与えるようなことはないでしょう。これらの配慮は一緒に生活する友として動物を飼育していれば、極めて常識的なことであり、逆に言うと、このように飼育されていない動物は、社会的にも責任を持たない飼い主によって動物福祉も守られず、飼い主とも強い絆を築くことなく単に飼われている、と言うことができるかもしれません。
 
4.1 定期的な健康管理と健康チェック
 定期的な健康チェックは、それぞれの盲導犬が公衆衛生上の問題をクリアしているか、そしてその動物が心身共に健全であり、作業に支障がないかをチェックし、さらにそれらについての予防措置が確実に行う為に実施します。
 全ての動物は有効期限内に予防注射(表1)を接種しているという証明や、定期的な内部・外部寄生虫の予防・駆除、そしてフィラリア予防を確実に行なうことが要求されます。これら全ては社会に出る動物であれば当然行なわれるべき常識的な事柄です。
 定期的な健康チェックも重要です。たとえばどこかに痛みがあれば、そこを触れると過剰な反応をとってしまうことは容易に想像できます。膀胱炎などの泌尿器系の病気や尿量が多くなる病気(糖尿病など)があれば、不適切な場所での排泄を誘発してしまうかもしれません。また犬も高齢になれば、老齢性白内障や関節可動性の低下、関節炎、さらには心臓病などの加齢の影響による病気が発現することもあるでしょう。このような動物を、適切な獣医療を受けさせずに作業させることは動物福祉上においても問題になります。
 これらの検査や証明は獣医師によって少なくとも1年に1回は行なわれるべきであり、獣医師(動物病院)が発行する健康診断書の提出を義務づけるようにするとよいでしょう。
 
1:狂犬病予防注射・・・
 狂犬病予防法により接種が義務づけられている
2:混合ワクチン・・・
 接種は飼育者の任意であるが、犬にとって致死的な病気や犬由来感染症が含まれているので社会参加を行なう盲導犬として、これらの接種は必須と言えるだろう。また現状では、単体ワクチンの他、5から9種の混合ワクチンがある。犬由来感染症の予防を考えれば、人獣共通感染症であるレプトスピラ感染症の型を多く含むものが理想的と言えるかもしれない。何かの理由で接種できない場合は、抗体価(体の中にこれらの感染症に対する抗体が十分に存在するかどうか)を測定してもらうようにするとよいだろう。
・犬ジステンパー
・犬伝染性肝炎
・犬アデノウィルス2型感染症(犬伝染性喉頭気管炎)
・犬パラインフルエンザ
・犬パルボウィルス感染症
 ここまでが5種混合ワクチン
・犬レプトスピラ感染症 カニコーラ
・犬レプトスピラ感染症 コペンハーゲニー
 ここまでが7種混合ワクチン
・犬コロナウィルス感染症
 ここまでが8種混合ワクチン
・犬レプトスピフ感染症 ヘブドマディス
 ここまでが9種混合ワクチン
*メーカーによってはレプトスピラ感染症ヘブドマディスではなく、犬コロナウィルス感染症が入って8種とする混合ワクチンもある。
 
表1 犬のワクチン
 
4.2 毎日の健康管理
 定期的な健康チェックを行なっている動物であっても、毎日のチェックは必要です。動物は清潔であるべきであり、定期的にシャンプーを行なったり、日常的に入念なブラッシングを行なうことなどが、社会参加には要求されます。
 耳や目からの分泌物はないか、口腔内の衛生はどうか、下痢や嘔吐はないか、なども普段からチェックするようにし、変調をきたした時にはすぐに獣医師に診せるようにすることが大切です。







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