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6 環境の中での動物の適応
1. ホメオスタシス、自律神経、生体防御
 前講のはじめの項で地球上の生物は、環境ときわめて密接な関係を持って生存していること、また自然の生態系は特定の生物が極端に増減することなく、動物、植物、微生物等が一定の比率を保ち、平衡状態を維持していることを話しました。生き物であるヒトやイヌも、この地球上での祖先をたどれば、海洋から陸に上がって来て、外部環境に適応しながら、身体の内部環境を海洋生活に近いものに保持しているわけです。ドイツのヘッケルという動物学者が「個体発生は系統発生をくりかえす」という有名な言葉を残していますが、これは胎児が羊水の中に漬かっていながら発育し体外に出て肺呼吸してゆく成長の過程を動物の進化の過程と重ねてみたとき、よく似た変化をたどっていると論じたものです。
 
図1 生物界と代謝系
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 (図1)に示した様に太陽をめぐる地球の上の大気や海流、日照の変動に伴い、動物は、大小のリズムのある刺激を体に受けることになります。その刺激(変化)に対して、動物は身体の内部環境を常態に保とうと反応します。これらの外部からの刺激に対して体が反応するすべてはオートマチックに制御されています。この現象を、生体のホメオスタシス、体内恒常性と訳しています。
 これを制御しているものに2つありますが、その1つが電気系統に相当する自律神経系です。ちょっと難しい用語に思えますが、皆さんだったら日本語訳より英語でAutonomic Nervous System、あっオートマになっているんだと思ってもらえればわかりやすいと思います。ホメオスタシスは、ヨットが洋上を風や波を受けて、倒れるかと思われるほど傾きながらも復元しつつ帆走している様子を想像してもらえればわかりやすいかも知れません。(図2)をご覧ください。自律神経は主に睡眠、安静、時に働く副交感神経と、活動時に働く交感神経が役割分担をしてちょうどヨットの帆綱をゆるめたり、引いたりする感じで体を夜も昼も一時も休ませず、その状況にあった様にコントロールし、死を迎えるまで体が働き続ける様支配しています。
 
図2 正常な犬の行動と交感神経、副交感神経の関係
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 「ついにゆく 道とはかねて ききしかど きのふけふとは おもはざりしを」(在原業平・古今和歌集)
 ホメオスタシスにはもう一つ大切なもので、生体防御があります。これは外部から入り込もうとする侵入者や害毒から防衛し、発見し、反撃し、無力化し、排除する、防衛する力です。いわば通常の防衛軍のようなものです。それから強力なものや、今まで会ったことのない様な変わった侵入者に対しては、今すぐやっつけるには、それ用の武器はあるのだが訓練不足で力が出せない場合もあり、それに備えて、武器の使い方や対応方法など少し時間を取って訓練して対応することが必要です。これは、いざという時のための出動が出来る予備軍の様なものです。
 
1.1 ワクチン接種
1.1.1 免疫
 前項の終わりに話しました生体防御について具体的にワクチン接種を例に挙げてお話しします。
 
図3 子犬における母犬からの移行抗体の消長とワクチン注射月齢とワクチン有効性
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 (図3)をご覧ください。これは子犬が母親からもらったパルボウィルスの抗体が月齢を追って少なくなってゆく状況と、子犬にパルボウィルス・ワクチンを注射してそれが抗体として効力を持ってゆく経過をグラフにしたものです。これは数10頭の平均値ですが、実線のワクチン有効性は、生後1.5ヶ月で母体からもらった抗体で子犬は対応しています。しかし点線の母犬からもらった移行抗体は月を追って減少して、5ヶ月で24%くらいしか保有していないことが分かります。ワクチン接種は協会によってそれぞれ異なるかも知れませんが、関西盲導犬協会を例にとると、生後2ヶ月、3.5ヶ月、5ヶ月の3回行っています。
 このグラフで何を読みとってもらいたいかといいますと、一つは数10頭の平均であり、各個体は上・下にバラついている事、もう一つは生後5ヶ月でも母犬からの移行抗体を持っている子犬が24%もいる事、ワクチン有効性も4.5ヶ月以上で98.5%であり100%ではない事等、いずれもパーフェクトという事は難しいのです。
 
1.2 環境と有害物質
1.2.1 生物体の成り立ち、生態系の変化と病気
 生物体を作る元素の大まかに言えば、水素・酸素・炭素・窒素の4元素よりなり、残りの元素は生物体全体の1%以下です。これに対して生物が生活している地球を構成する表層にあたる地殻の元素の大部分は、酸素、ケイ素、アルミニウム、ナトリウム、カルシウム、鉄、マグネシウム、カリウム等からなっています。したがって両者に共通しているのは簡単に言えば、酸素のみと言えます。この酸素は生物体の主要元素の中で最も重いものですが、地殻を構成する元素の中では最も軽いものであるという事、これは別の見方からすると、生物体は地上の大気や地殻を構成する元素の中で軽い元素を優先的に選んでつくられたとも考える事が出来ます。
 生物体には、先の4主要元素のほかに、わずかな量含まれている微量元素、ナトリウム、リン、イオウ、塩素、カリウム、カルシウムのようにすべての生物に存在し、重要な役割をしているものがあります。さらに量の少ない超微量元素、鉄、銅、マンガン、亜鉛など、その働きの分かっているものがあります。この中で亜鉛を例にとると、ヒトとの偏食による欠乏のため味覚や行動に異常が起こるなどの報告がありますように、それぞれの元素が大切な役割を果たしている事が分かってきています。人類は、科学の進歩とともに膨大な資源を地殻より掘り出し、合成し、それを地上の大気、水などに拡散させ、又植物も多く地表より消滅させて今に至っている事は誰も否定する人はいないでしょう。
 それらの変化は、地球の長い歴史の流れの中では、瞬間風速の様なものでしかなく、それらに関する認識はまだ浅いのが現状でしょう。
 
図4 ヒトの一生と遺伝子の影響
 
 今、皆さんが地球上の生物である私たちや目の不自由な方であるヒトとイヌに関わる仕事を選んで学ぼうとされるにあたり、環境について関心を持って頂きたいと思います。(図4)はヒトの一生と遺伝子の影響を図解したものですが、イヌの一生もこれに重ね同じように考えてみたいものです。この図の中に環境の影響を見てください。従来の環境といえ食べ物、住居、音、振動などが主なものでしたが、今や大気から水に含まれる環境有害物質の生体への影響が遺伝子レベルで研究され、生殖細胞を介して子孫に伝えられてゆくのではと危惧されています。源有害物質は生体にとってヨーロッパのおとぎ話にある「魔法使いの弟子」のように、止め方を知らないで使う魔法ほど恐ろしいものはないのです。進化の過程で地球環境に適応した身体が作られてきたのですから、自然にしたがう生活が心身の健康を保証するのはわかりやすい事ではないでしょうか。
 
図5 体温測定の大切さ
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 イヌの身体の管理については、体温、脈、呼吸、眼瞼、歩様、外陰部、肛門、足の肉球などについて、常に異常はないか、観察、測定が必要です。特に体温測定はイヌの内部環境を把握するには大切なものです。(図5)はイヌ分娩前から朝・夕測定したもので、数表とグラフは同時に記入しておきたいものです。(図6)の爪の手入れと同時に肉球の管理は常に行いたいものです。
 
図6 肉球と爪の裏側面
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 犬舎、産室等の外部環境管理は、管理表を作り、常に記入しやすい場所に置き、個体別の様子が分かるスタイルにしておきます。
 最後になりますが研修のためのテキストとは別に「イヌの解剖」「イヌの病気百科」の図書は必携としたいものです。
 
<参考図書>
1)奥田拓道他編(1988)病気を理解するための生理学・生化学 金芳堂
2)西田利穂(1998)動物の基礎生理学セミナー インダズー
3)James G.Cunningham(1997)獣医生理学第2版 高橋迫雄監訳 文永堂
4)利根川進(2001)私の脳科学講義 岩波書店
5)加藤勝(1987)ホメオスタシスの謎 講談社
6)林良博監修(2000)イラストでみる犬学 講談社サイエンティフィック
7)国分(2002)子犬における母犬からの移行抗体の消長とワクチン接種月齢とワクチン有効性 京都微研
8)増田(2002)体温測定の大切さ 関西盲導犬協会 中田陽透(1991)医学概論 大阪大学大学院臨床部門
10)板垣博他編(1989)応用生物学の基礎 講談社サイエンティフィック
11)太田次郎(1989)絵とき生化学入門 オーム社
12)鈴木基之編(1993)人間環境系の変化と制御 クバプロ
13)Myrtle L.Brown(1990)最新栄養学第6犯 大村修一他訳監修 建帛社
14)猪野塚淳一他監修執筆(2002)もっともくわしい「犬の病気百科」 学習研究社
15)Peter C.Goody(1997)Dog Anatony
 
★(P79.図1)生物界と代謝系
奥田拓道他編(1988)「病気を理解するための生理学生化学」、図14−3、生物と代謝系
[Newsholm, E.A and Start. C.著「動物の代謝調節」講談社サイエンティフィック、1979、中沢 淳、森正 敬訳]
◎株式会社 金芳堂
(図中の動物でニワトリは原著ではネズミになっている)
★(P79.図2)正常な犬の行動と交感神経、副交感神経の関係
James G.Cunningham(1997)獣医生理学第2版、高橋道雄監訳
◎文永堂出版株式会社(2002)
★(P80.図4)ヒトの一生と遺伝子の影響
井出利憲(2002)「分子生物学講義中継−Part1」
◎株式会社 羊土社(2002)







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