4.米国FTCのオンラインADRに関する報告書96
オンライン消費者取引の紛争処理を行うADRを開発するために、米国連邦商取引委員会(Federal Trade Commission; FTC)および商務省(DOC)は、2000年6月6日〜7日に公開ワークショップを主催しました。学界、消費者団体、産業界、政府関係から120名の代表者が参加し、47件のコメントが提出されました。このワークショップで、参加者は、現存するADRや開発途上のADRプログラム、ADRを使用する誘因および阻害要因、ならびにADRの開発および導入計画に係わる消費者、企業および政府機関を含む利害関係者(stakeholders)の役割について検討しました。
4.1 FTCワークショップの結論
一般に、FTCワークショップ参加者の間に、消費者取引におけるオンライングローバル紛争(online global disputes)を解決するADRプログラムの開発について幅広い支持がありました。参加者はADRのもつ多くの長所を確認しました。例えば、裁判所は特定の場所に設置されており、地域的な裁判管轄の概念に基づいているが、ADRプログラムは、同一の裁判管轄地に居住しておらず、また同一裁判所の近くに居住していない当事者にとって、紛争解決を迅速に行うことができます。オンラインADRプログラムは、例えば、ニューヨークの消費者と東京の企業の間の紛争をあたかも両者が互いに隣に住んでいるように解決することができます。また、裁判よりも簡易(simpler)、迅速(quicker)かつ低廉(less expensive)である点が、ADRの長所として挙げられています。
特に、企業、消費者団体および政府を含む利害関係者の間の継続的協力が不可欠であることについて、FTCワークショップ参加者の意見が一致しました。参加者は次の分野において関係者の協力を勧告しています。[1]グローバルな取引に係わるグローバルな紛争処理制度への取組み、[2]技術革新の追及、[3]各種のADRプログラムへの取組み、[4]ADRプログラムの公平性と有効性の保証、[5]消費者および企業の啓蒙、[6]ADRに関連した詐欺や不正行為に対する訴訟。97
97 FTC and DOC,op,cit.,p.224.
しかし、FTCワークショップ参加者は、次の4つの基本的問題について意見が一致しませんでした。[1]どのような判断規則(rules of decision)をADRプログラムに適用するか?[2]ADRプログラムの公平性と有効性の保証に関する政府その他の関係者の適切な役割は何か?[3]ADRの決定(判断)を公表すべきか?[4]ADRプログラムは拘束力を有するのか、または、強制的あるいは任意的なものであるか否か?98
98 ibid.,p.224.
4.2 グローバル紛争処理制度の問題点
4.2.1 グローバルADRの潜在的障壁
オンラインADRは地理的障壁を超越するけれども、紛争処理を成功させるためには、幾つかの潜在的障壁があります。例えば、言語や文化といった障害です。消費者は外国のなじみのないADRプロバイダーについて信頼を欠くことがあります。さらに、国によってADRに関する法律制度が異なる場合、企業やADRプロバイダーは、法律体制の相違点を調べることを避けて、もっぱら自分たちの仕事を国内消費者に限定するかもしれません。また、クロスボーダー紛争では、ADRプログラムを規制する関係国の実体的な法律も明確でありません。ワークショップ参加者は、これらの問題への取組みについて活動状況を報告しました。
4.2.2 言語および文化的障壁
現在活動している幾つかのADRプロバイダーは、言語障壁を克服するオプションを開発中です。例えば、eResolutionは英語とフランス語のサービスを提供しています。SquareTradeは、ドイツ語で調停を行ったことがあり、スペイン語と英語の翻訳を含む調停を行っています。SquareTradeとCyberSettleは共に、様々な言語で調停を行う優秀な調停人を世界中に配置することが容易であると述べています。iCourthouseは、サイト上に翻訳機能を備えたモジュールを提供することを計画しています。Mediation and Arbitration Referral Service(MARS)は、紛争が国境を越えて生じたときは、第三者通訳サービスの使用を推薦しています。99
99 ibid.,p.225
4.2.3 外国のADRプロバイダーに関する不十分な情報
グローバルADRの障害の一つは、B2C電子商取引の消費者が海外にあるADRプロバイダーに関する情報をほとんど持っていないことです。Better Business Bureau(BBB)協議会は、一つの解決策を提案しています。これは、ADRプロバイダーは、海外の国または地域にあるADRプロバイダーと国際パートナーシップを締結し、自社のホームページや宣伝用資料等に記載されている梅外地域欄にその国または地域のADRプロバイダー名を大文字で表示することです。実際に、BBBは、他の国際グループとパートナーシップを開発しています。例えば、BBBは、日本の主要なプライバシー・トラストマーク・プログラムと契約を結んでおり、これに基づいて、BBBと日本のプログラムが一定の基準を充たすウエブ上で展開できる新しいSealの公開を計画していると報告しています100。
100 ibid.,p.225
4.2.4 各国政府の対応の相違
グローバルADRに対するもう一つの問題点は、ADRに対する政府の取組み方に相違が見られることです。ワークショップに参加した政府関係者は、情報交換に参加し、国際的に矛盾のない取組みに参加することを表明しました。また、EU代表者は、ADRについて米国政府と緊密な共同作業を行うことを表明しています。
4.2.5 法的障害
グローバルADRを妨げている障害として、最後に、消費者取引を規制する法律に相違があることが挙げられています。企業対消費者のクロスボーダー取引に関連する事件では、ADRプロバイダーは、まず取り扱う紛争に適用される法律を考えなければなりません。FTCワークショップ参加者は、ADRプロバイダーが特定の紛争を解決するのに、消費者の国の法律を適用するのか、あるいは企業の国の法律を適用するのかという問題に絞って意見交換を行いました。また、他の参加者はこの種の問題を避けることが有意義であるとの意見を述べています。例えば、ある参加者は次のような発言を行っています。クロスボーダー紛争では、仲裁よりも調停の方が適切であるということです。その理由として、調停では、調停人は特定の法律に基づいて判断を下すのではなく、最終的には、当事者双方が解決を見出すのであるからであると述べています。また他の参加者は次のことを示唆しました。調停人が考えることは、彼らが法の下に有する権利が何であるかではなく、むしろ当事者双方が期待する利害関係をどのような到達点へ導くかということです。さらに、他の参加者は、ADRプログラムはそれぞれの手続規則を有し、これに従って調停案を作成するのであり、必ずしも特定の国の法律に基づいて行う必要はないと、述べています。最後に、国際的な消費者保護に関する共通の法が開発されているとの報告がありました。これによると、ドメイン名の紛争処理に関連して、オンラインADRプロバイダーが400件を超える判断を下しており、新しい事件が、このADR機関の先例に従って処理されているということです。101
101 ibid.,p.225.
4.3 技術革新による改善
4.3.1 新しいオプションの提供102
情報技術の進歩が、特に遠隔地紛争(long-distance disputes)に対して、新しい紛争処理方法、優れた効率およびセキュリティを提供することによって、ADRはさらに改善されるでしょう。技術進歩はまず、消費者に新しいオプションを提供します。革新的なオンラインADRプロバイダーは、このようなオプションを実証しています。例えば、CyberSettle103は、インターネットによって行われるブラインド申込(offer)と請求(demand)の間の価額差の配分」(split the difference)、状況・明細を述べた解決証明書(state-specific settlement documents)を発行し、SmartCard技術によって、瞬時に損害賠償請求人(claimant)に送金することができる技術を使用しています。iCourthouse104はすべての手続きをオンライン上で行う「模擬裁判」(mock trial)を行っています。Online Disputes.orgは、加盟企業が自動紛争処理規則(automatic dispute handling rules)を使用して、特定の苦情について企業側から消費者への迅速な対応を行うことができる完全な自動システムを使用しています。
102 ibid.,p.226.
103 脚注74を参照。
104 脚注89を参照。
4.3.2 効率105
また、技術はADRプログラムの効率の増進に貢献します。例えば、BBB Autoline systemsは、増大する苦情をオンラインで受理し、eメールで消費者に応答する件数を増やすことにより時間と費用を大幅に節減しました。技術革新が、紛争事件を体系的に整理した索引ファイルによって事件の検索・管理を可能にしたので、調停人や仲裁人が時間と費用を有効に用いて紛争を処理できるようになりました。最後に、技術革新によって、あるADRプロバイダーは、異なるマーケットプレイスや様々な人数の調停人に適応するADRシステムを構築したと報告しています。
105 ibid.,p.226.
一般に、ADRは、紛争の複雑性を考慮に入れて、迅速に紛争を処理するべきであると考えられています。FTCワークショップの参加者の意見では、紛争の審議(considering disputes)、判断の決定(rendering decisions)および判断の遵守(complying decisions)に対するそれぞれの合理的なタイムリミットがあるこということです。これに対して、ADRプロバイダーは、タイムリーに判断を下すことに心がけていると述べました。例えば、CyberSettleは、数分以内に紛争を処理することができると述べました。SquareTradeは、数週間で紛争を解決しているとのことです。オフラインでは、自動車担保責任に関する紛争(automobile warranty disputes)を扱っているBBBプログラムは、一般に仲裁手続きの事情聴取を17日以内に行っていますが、ニューヨークのBBBでは、一般に6乃至8週間以内に紛争を解決していると説明しました。他方、国際商業会議所(ICC)は、仲裁判断を作成するのに4週間をみているとのことです。106
106 ibid.,p.231.
4.3.3 セキュリティ107
技術革新は、情報を秘密に保持する能力の促進に貢献しています。また、技術進歩によって、消費者は、その企業が間違いなく取引相手の企業であるということを再確信できます。例えば、SquareTrade108は、セキュリティシステム内のサーバーから同社のSealをコントロールすることにより、一般の人がウエブサイト上でこのSealを簡単にコピーしたり、転送することができないようにしています。また、技術進歩により、一般に、消費者がADRプロバイダーに関する情報にアクセスできるようになりました。
4.3.4 新しいADRサービスの開発
技術革新は、新しいADRサービスを開発する機会を提供します。例えば、技術は、対面的会合(face-to-face meeting)の必要性をなくしたが、FTCワークショップでは、オフライン調停作業には当事者との対話があるので、オフライン調停がオンライン調停よりも成功する確立が高いという意見がありました。そこで、ある参加者は、オンライン手続きを対面的会合で補足することを提案しました。また他の参加者は、この問題が技術自体によって解決できることを述べました。すなわち、ビデオ会議やウェブカスティング(webcasting)が対面的対話に相当するものを提供できるというのです。また別の参加者は、対面的対話の必要性を訴えましたが、消費者が対面的対話から受ける威嚇を緩和するために、技術によってセイフティ・ウオールを設ければ、ADRに有利な影響を与えることになるであろうとの意見を述べました。さらに、オンライン調停を実施する技術を高めることにより、当事者間の緊張度を緩和することができると考えられます。109
109 ibid.,p.226.
4.4 各種のADRプログラムへの取組み110
FTCワークショップの参加者は、異なる種類の取引から生じる紛争がそれぞれ別のADRプログラムによって処理されるのがよいということを確認しました。FTCワークショップでは、オンライン環境に適応した様々な新しいADRモデルが脚光を浴びました。Online Mediators, eResolution, SquareTtade等のプロバイダーは、オンライン苦情フォーマットを準備し、また、eメールを使用して、当事者間の紛争に応じた調停を行うために、事件に対応した第三者調停人を組織します。 CyberSettle、clickNsettle、CyberSolve、Settlement Now等のプロバイダーは、現金決済(cash settlements)を含む、完全な自動システムを開発しています。Online Dispute.orgは、自動化された規則に従って紛争を処理している。オンライン陪審システム(online jury trial system)であるiCourthouse111では、完全にバーチャルな法廷で事件を審理する陪審員を紛争当事者が選定します。
110 ibid.,p.227.
111 ODRに関する勧告案の付属文書を参照。
参加者は、ADRのコストおよびコスト配分が紛争に係わる取引によって異なることを指摘しています。何人かの参加者は、企業対消費者間の紛争に関するADRが企業間紛争のADRよりも費用が安いことを指摘しました。例えば、Online Mediatorは2つの国内向け価格モデルを持っています。企業間取引に対しては、紛争処理費用は当事者間で配分されますが。企業対消費者紛争の場合には、Online Mediatorsに企業が年会費を支払い、すべての紛争をOnline Mediatorsに付託しているので、消費者は無料です。
同様に、手続き規則も紛争の規模や性質によって異なります。価額の低い紛争の場合、手続き規則が比較的簡単で、費用も安くなっています。ADRに関する手続き規則は、関係する当事者によっても異なることが指摘されました。すなわち、ADRの規則は、次の3種類の紛争に分類できるということです。[1]同等の交渉力をもつ当事者間の紛争、[2]企業対消費者間の紛争、および[3]司法的判断(adjudication)と仲裁。
他の参加者は、消費者に提供される情報量がADR手続きの種類によって異なると言う意見を述べました。例えば、強制的な紛争処理手続き(mandatory dispute resolution process)では、全く任意的な紛争処理手続き(purely voluntary process)に比べて、詳細な開示が要求されるということです。
さらに別の参加者は、紛争処理の形態が紛争の種類によって全く異なることを指摘しました。すなわち、[1]仲裁は主としてドメイン名に係わる紛争に使用され、[2]自動交渉手続き(automated negotiation process)は保険金支払いに関する紛争に、また、[3]オンラインオークション関連の紛争では、調停(mediation)が一般に使用されています。この意見に関連して、ADRプロバイダーも、次の3種類のADRサービスを提供しています。[1]"traditional ADR program"、[2]"blind bidding settlement program"、および[3]"fast track"。
4.5 ADRの拘束力112
112 ibid.p.231.
ADRプログラムは拘束力(binding)および/または強制力(mandatory)が認められるべきか否かという点について、FTCワークショップの参加者の一致した意見は得られなかったようです。拘束力のある仲裁は最終判決と同じ効力を有し、極めて限定された場合を除いて、控訴することができません。米国では、法廷は消費者との契約に拘束力のある仲裁条項の挿入を認めていますが、ヨーロッパでは、このような条項は一般に執行されません。
一部の参加者は、紛争発生の前に、企業が消費者を仲裁判断に拘束する旨の条項を挿入することが認められてもよいとの意見を述べました。彼らは、企業が消費者のために費用を安くし、消費者の選択権を留保しているので、このような条項は消費者に対しても公平であると主張しています。また、拘束力のある仲裁は、確実性、最終確定性、効率性および低廉な費用などの長所を有するとの意見があり、消費者が拘束力のある仲裁に満足している旨の調査報告を示しました。
他の参加者は、仲裁は強制的であるが拘束力がない旨の仲裁条項を支持すると述べました。この仲裁条項では、消費者は指定されているADRオプションを残らず実施することが要求されており、その結果に満足しない場合に、訴訟に持ち込むことができます。彼らの意見では、消費者はADRによる紛争処理を要求されることによって少しも損しないのであり、また企業も、ほとんどの紛争がこの手続きによって解決されていることを承知しているので、紛争処理をADRに申込む大きな誘因があるということです。
最後に、若干の参加者は、拘束力および強制力のある仲裁条項に反対の意見を述べました。拘束力のある仲裁条項に反対する参加者の意見は、このような条項が不公平(unfair)であり、明らかに消費者が合意しないであろうということです。強制力のある仲裁条項に反対する参加者の意見は、このような手続きが不公正(unjust)な遅延をもたらし、消費者が救済を求めるのを妨げることになろうということです。また、拘束力および強制力のある仲裁条項に反対する参加者は、ADRが消費者のために競争できるものであるから、純粋に任意的(voluntary)なものであるべきで、これによって最善のADRプログラムが生じうると論じました。さらに、拘束力および強制力のある仲裁条項は、消費者達がグループ訴訟を提起することを阻止できるか否か、という問題について意見が述べられました。
5.まとめ
貿易関係手続簡易化特別委員会では、輸出入手続および企業間取引の電子化に伴う問題を調査・研究してきましたが、今回のオンライン裁判外紛争処理(ODR)に関する勧告案は、主として企業対消費者の電子商取引に関連するものです。企業は消費者保護やADR問題について関心を持たなければなりません。勧告案は、オランダの電子商取引プラットフォームによって作成されたもので、EUの電子商取引に関する指令第17条が骨子になっています。勧告案の構成、内容および文言などについて気付いた点をまとめて、私見を本年2月上旬CEFACT/LWGに提出しました。以下に、勧告案(
資料1)およびこれに対する私見(
資料2)を参考資料として掲げます。