日本財団 図書館


3. その他の高速船プロジェクト
 過去数年間の間に、米国造船所はいくつかの高速船プロジェクトに関与してきた。このうち、今も進行中のものもあれば、お蔵入りになったものもある。
3-1 Incat Wave Piercing船
 
 ルイジアナ州ロックポートのボリンジャー造船所は、インキャット・オーストラリアとの間で、インキャット高速ウェーブ・ピアサー設計の米国内におけるマーケティング、建造の合意に達している。この合弁事業は、米軍からタスマニア建造の全長96mのインキャットを、2年間の試験・評価のために提供する2,050万ドルの契約を受注している。試験船は、1998年建造で、デビル・キャットと命名されていたが、ヘリ用デッキ、RIBS(Rigid Inflatable Boat:半膨張式搭載艇)の進水・回収システム、重トラック用車両ランプがこれに増設される。当該船は、完全装備の500人部隊を車両と共に輸送する能力があり、40ktを超える速度で、1,500海里の運航範囲がある。テストが成功すれば、ボリンジャーはインキャット・ウェーブ・ピアサー設計船を軍用に建造することになる。合弁事業がインキャット設計の軍への売り込みに成功すれば、これらの船舶の建造実績により、米国市場で商用にインキャットを建造する能力が高まるであろう。
3-2 アルハンブラ級高速フェリー
 
 ハルター・マリンは、Empresa Nacional Bazanと米国内でアルミニウム船旅客・車両高速フェリーのマーケティングと建造を行う合弁事業を設立した。合弁事業は、乗客定員1,250人、積載車両40台、全長125mのアルハンブラ級ディーゼル/ウォータージェット・フェリーの潜在的顧客を対象としていた。3隻建造のプロジェクト・コストは1億8,900万ドルとされており、その87.5%にタイトルXI融資保証申請が行われている。本プロジェクトは、今もMarAdのタイトルXIペンディングリストにのっているが、(申請は1999年11月に提出された)、ハルター・マリンは現在経営状態が極度に悪化しており、高速フェリーのマーケティング全般の不調もあいまって、プロジェクトは難航すると見られる。
3-3 バイキング高速フェリー
 
 ベンダー造船は、オースタル・シップス社設計の高速カタマランの米国におけるマーケティングと建造を行うパートナーシップをオースタル社と結んだ。この合弁事業、Austal USA社はアラバマ州モービルのBlakely Islandにアルミニウム船建造施設を設立した。2000年に、同社は25mの高速旅客フェリーを新施設で建造する契約を受注した。2001年2月に、同社は、さらにメキシコ湾運航用に2隻の全長46m、アルミニウム製カタマランの建造契約を受注したと発表した。これらの新船舶は、乗客80人、貨物150tを輸送する能力がある。カミンズ・ディーゼル・エンジン4基を主機として、26ktのサービス速度である。2001年の7月半ばに、Austal USAは、3隻のカタマラン船用にタイトルXI融資保証を申請している。これらは、すでに受注している3隻と見られる。3隻のプロジェクト・コスト総額は1億2,600万ドルである。
3-4 小型高速フェリー
 
 いくつかの米国造船所は、国内向けに外国設計のカタマランを建造するライセンスを保有している。ニコルス・ブラザーズ、グラディング−ハーンは、インキャット・デザインズ社と、米国内で高速カタマランを建造するライセンス契約を結んでいる。両社ともに多数の船舶を引き渡した実績がある。ニコルス・ブラザーズは、17年前からインキャットのライセンスを保有しており、二十数隻の高速カタマランを建造している。グラディング−ハーンは19隻のインキャット・フェリーを建造している。ダコタ・クリークは、オーストラリアのAdvanced Multi-hull Designs社と高速船舶設計の建造ライセンス契約を結んでおり、Derecktor造船所は、英国のNigel Geeと同社の設計の建造契約を結んでいる。Derecktorは2000年に定員300人、航海速度36ktの41mのカタマランを引き渡している。
3-5 超高速船
 
 米国でもより高速の超高速船の開発も進められているが、50kt付近あるいはこれを超える領域の船舶は、通常のカタマラン船型では実現困難であり、いずれもSES(Surface Effect Ship:表面効果船)となっており、開発事例として2例を挙げる。
 一つは、Air Ride Craft社(フロリダ州マイアミ)が開発している「SeaCoastal」である。これは、SES双胴船であるが、双胴間に空気室を設けるのではなく、各胴内に空気室を設ける点が特徴的である。各胴は、モノハル型に近い水平面形状をしているが、船底部は凹型となっており、ここが空気室となる。空気室の周囲は船首部、船側部及び船尾部ともに船体構造であり完全にシールされるため、ゴム・シールは不要である。各胴の幅は主船体の幅の30〜40%、空気室のL/B比は8〜9であり、各胴は通常のカタマラン船型よりも幅広であるが、これは水線面面積の80%以上が空気室によって占められているためである。重量の80%は空気圧によって支持されるが、推進用機関とは別に浮上用機関が必要となる。なお、姿勢を制御するため、船首部の双胴間に水中翼を設け、アクティブ制御をさせている。SeaCoastalは長さ約20mの実験船で実証試験を終えており、実験船は試験後旅客船に改造された。現在、長さ50m級の実用船の開発が進められている。実用船の要目を表I-5に示す。
表I-5 50m級「SeaCoastal」の主要目
船型 複合支持型双胴エア・クッション船
主船体寸法 L53.7m×B16.8m×D5.9m
推進機関・推進器 ディーゼル・エンジン18,000PS、ウォータージェット推進
浮上機関 ディーゼル・エンジン3,000PS
航海速力 40kt(20ktで2,000海里)
満載排水量 約500t
軽荷重量 約300t
 
 今一つは、同じくフロリダ州のHarley造船所が開発しているSESである。これは同社が特許を有するもので、やはり双胴の船底部を大きくえぐって空気室としている。各空気室船首側は単胴船同様の船首構造で、船尾側は空気室天井を自然に傾斜させて(傾斜により生じた区画にウォータージェットを設置)、それぞれシールすることにより、やはりゴム・シールを不要とした。この船型の最大の特徴は、走行中に空気を船体側面から取り入れ空気室に押し込めることによって空気支持圧を得ようというものであり、浮上機関も不要となっている。このエア・クッションによって船体重量の85%を支持できる、という。この形式の第1船が建造中であるが、要目は長さ30m、幅8.1m、喫水は浮上時0.3m、非浮上時0.9m、主機関はディーゼル・エンジン4基で約4,000PS、航海速力は60ktとなっている。この船は定員250名の旅客船であり、完成後はフロリダ州のタンパとキーウェスト間の航路に投入される予定である。この船型では浮上機関を持たないため、船体の軽量化が重要なファクターとなるが、FRP等の軽量材料の使用には自ずと限界があり、基本的に小型船が対象であろうと思われる。ただし、Harley造船所では、メキシコ湾岸海底油田掘削リグ向け50m級支援船の建造も可能としている。
 以上のように、米国で開発されているSES(複合支持型)を2例紹介したが、いずれも耐久性に弱点があるとされているゴム・シールを用いない船型となっていることは注目に値すると思われる。また、双胴船の船底部を空気室とし、空気室が2室ある構造となっていることも同様であるが、これは一般の1空気室SESは横揺れ時に支持空気が漏洩し、船体が落ち込むことがあるのを防止するためと思われる。このような船型では、傾斜した場合、傾斜側空気室の圧力が上がって支持力が増し、船体が復原され易い。
3-6 高速旅客船、高速フェリーの現状
 
 上記の外、全米各地で小規模ではあるが、高速フェリーの計画が立てられている。これらの大半は、自動車と旅客を積載するもので、高速旅客フェリーであり、FastShip等とは趣旨を異にするが、米国における高速旅客フェリーは現在の流行とも言える存在であるので、主なものを紹介しておく。
 
(1) オンタリオ湖横断フェリー計画
 オンタリオ湖は米国のニューヨーク州とカナダのオンタリオ州を隔てる湖であり、西側にはナイアガラ瀑布がある。カナダ側にはカナダ最大の都市トロント市があり、その人口は約460万人、年間2,000万人以上の人が訪れている。ニューヨーク州側にはこれといった大都市はないものの、ロチェスター市周辺が人口集積地域となっており、この地域の人口は約110万人である。また、ロチェスター市からは高速道路網を経て、米国東岸北部の主要都市であるボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、バルチモアそしてワシントンDC等へ容易に達することができる。
 現在、ロチェスター市とトロント市は高速道路で結ばれており、路程は約150マイル(約240km)であるが、途中のナイアガラが米国・カナダの国境となっており、入管及び税関の審査を通過しなければならない。このため、米国からカナダ方面へは3〜4時間、カナダから米国方面へは4〜5時間というのが平均的な所要時間となっている。ただし、これは同時多発テロ以前の実績であり、テロ以後国境警備が厳しくなったため、特に米国方面への所要時間は増大しており、現在6時間程度となっている(テロ事件直後等の警戒が最も厳重であった期間は12時間を超えた。)。
 一方、トロントとロチェスターの間の直線距離は80海里もなく、両市を高速旅客フェリーで結ぶ計画が進められている。ナイアガラの橋を通行する自動車は年間2,000万台であり、この内フェリーのシェアを旅客動向調査等から1.75%と予測した。これに対応するため、2隻のカタマラン型高速旅客フェリーを投入し、片道2時間、毎日6往復を通年で運航させることとしている。なお、当初はバスとトラックの積載も考慮していたが、船舶の大きさの制約、ターミナルの受け入れ体制、採算性等を考慮した結果、乗用車のみを航走する計画となった。
 現在、フェリーの運航を委託する運航会社の選定が終わり、採算性の最終確認と初期投資資金の調達を進めている段階である。投入される予定のフェリーは、Austral型の高速カタマランになる見込みであり、長さ86m、主機関はディーゼル・エンジンで4,000PS 4基、航海速力42kt、旅客定員750名、乗用車187台と計画されている。ただし、豪のAustral本社で建造するか、子会社であるAustal USA社(アラバマ州モービル)で建造するかは決まっていない(米加間の国際航海のため、ジョーンズ・アクト船ではない)。
 
(2) エリー湖横断フェリー計画
 これも五大湖を横断する高速フェリーの計画である。ペンシルバニア州のエリー市は人口約65,000人、市街地を含めても約200,000人の比較的小さい都市であるが、対岸カナダ側のオンタリオ市やロンドン市と歴史的にも経済的にも結びつきが強い。
 現在、エリー市を管轄する西ペンシルバニア港湾局では、エリー市の旅客船ターミナルの整備拡充を進めているが、これを契機にエリー湖を横断する高速フェリーを導入する計画が検討されている。計画では、ニューヨーク州のクリーブランド港湾当局とも協力して、旅客定員350名の高速自動車フェリーを建造し、カナダのスタンレイ港との間を結ぶこととしており、2004年の航路開設を目標としている。これも国際航海であり、ジョーンズ・アクト船ではない。
 
(3) アラスカ航路高速フェリー
 アラスカ州は沿岸が入り組んでいる上、高速道路の発達が遅れていた。このため、以前から沿岸航海のフェリーが住民の足となり、生活必需品を輸送してきた。現在も、基本的にはこの状況には替わりはなく、入り組んだ地形と氷河のため高速道路の建設は非常に困難であり、長距離の旅客輸送が航空機にシフトした程度である。逆にシーズンともなれば、近年増加した観光客の自動車輸送により、住民の足としての機能が発揮できなくなっている。また、経済活動が拡大したことにより、トラック輸送の需要も大きくなっているが、現在のフェリーではトラック輸送に応えるスケジュールを組めないのが実態となっている。
 そこで、アラスカ州のフェリーを運営しているアラスカ高速道路公社では、高速フェリーを短距離航路に投入して高速でデイリーのサービスを提供し、住民の足としての需要やトラック輸送の需要に応えようという計画が進められている。計画されている要目では、航続距離320海里、航海速力32kt、旅客定員は250名で10tトラック4台と自家用車30台を積載することとなっている。また、米国籍でありながらDNV船級を取得し、IMOのHSC 2000にも適合させて国際航海も可能(カナダへの寄港も可能であるが、その予定はないという。)とし、さらに、アラスカという土地柄から環境にも配慮してMARPOL附属書VIに適合させ、ウェーキの発生も極力抑える設計とする、という。2002年1月には第1船の契約を締結し、2004年に就役させる予定である。
 
(4) ニューヨーク市周辺
 ニューヨーク市、特にマンハッタン島へのアクセスは橋又はトンネルに限られている。このため、自動車交通が集中し交通渋滞が多発するので、一見、高速フェリーには最適の条件が揃っているように見える。しかし、1980年代後半からいくつもの高速フェリー・プロジェクトが計画され、実施されたが、その多くは経営が成り立たず撤退を余儀なくされた。一方で、例えばマンハッタン島とスタッテン島を結ぶフェリーは通常型の低速フェリーでありながら、毎週約9万人が利用する等活況を呈している。
 これは、ニューヨーク市は地下鉄が発達していることと、経営が失敗した高速フェリーの航路が短距離であったことが理由と思われる。短距離航路であれば、速力の差による所要時間の絶対的な差は小さく、低速でも大量の旅客を輸送でき運賃も安い通常型フェリーに対し、高速ではあるが少人数しか輸送できず運賃も高い高速フェリーは不利となるからである。
 現在、ニューヨーク市周辺の高速フェリー航路で存続できる可能性があるのは、ラガーディア空港とマンハッタンのダウンタウンの間、ニュージャージー州ハイランズとマンハッタンの間、ハドソン川上流のナイアックとマンハッタンの間、等となろうが、高速フェリー航路の距離は続伸する傾向にある。現在は、コネチカット州南部の諸港とマンハッタンを結ぶ高速フェリー航路が次々と計画され、許可申請の段階となっており、一部では既に高速船の建造を開始したものもある。また、さらに遠方のマサチューセッツ州フォールズ・リバー(観光地として名高いケープ・コッドへの入り口でボストン方面へのアクセスも容易)とマンハッタンを結ぶ高速フェリー航路の計画もある。なお、これらの高速フェリーは自動車輸送をしない高速旅客船であるが、この地域唯一の幹線高速道路であるInter State 95の渋滞は近年ますます激しくなっており、将来は自動車輸送の需要も発生する可能性がある。ニューヨーク・ニュージャージー港湾当局では、これらの高速フェリーを受け入れるため、マンハッタンのミッドタウンとダウンタウンに高速船用ターミナルを増強している。
 なお、ニューヨーク市では2008年のオリンピック誘致に名乗りを挙げているが、市内の交通がネックとなっている。このため、ニューヨーク市では、クィーンズ地区とニュージャージー方面を結ぶ東西航路、イースト川を上下してブロンクスとマンハッタン南部を結ぶ南北航路を開設し、それぞれに高速フェリーを投入して、選手や観客の迅速な移動を確保することを計画している。これは、地図上で見るとX字状に航路が交差することから、「X計画」(プロジェクトX)と呼ばれている。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION