III.
今回の、海運に関するオーシャン・ガバナンスの現状、特にアジア太平洋地域におけるその手短な省察は、それを海運の積載量と経済価値における継続的成長と一緒にして捉えるとき、すべてが順調で、懸念材料は何もないように見える。しかしそれはちがう。すべてが上手くいっているわけではない。グローバリゼーション、自由化、民営化、規制緩和は、富める者をますます豊かに、貧しい者をますます貧乏にすることにすべて貢献している。
技術開発、すなわち船舶の完璧なサイズ、電子航行海図・全地球測位システム機器・自動識別システム応答機など舶用ハイテク機器の高度化、近代的港湾の同時的変貌は、貧困国の参入を一層困難なものにしてしまった。海上輸送による国際交易の公平性を高め、定期航路運航会社同盟の行動規範に関する条約を通して発展途上国の参入を増やそうというUNCTADの試みは、明らかに失敗した。この条約は早い話、貿易の50パーセント超がいまや盟外の運輸会社により輸送され、グローバル化で所有者が名を明かさず、もはや特定もできないシステムになっている中で、国の商船隊という概念が時代に合わなくなっている以上、もはや通用しない。船舶はある国で登録され、多国籍のコンソーシアムにより所有され、多国籍の乗組員が配備される可能性がある。責任は見えにくくなる。
30パーセントを超える船舶が現在、便宜置籍船として登録されており、その数はいまも増加中であり、船舶と船籍国との間に純粋なつながりはなく、したがって船籍国に管理をさせるのは1つの空想である。これは、以下の表に示すとおり、特にアジア太平洋地域に影響を与えている。
表12 マラッカ海峡における便宜置籍船の使用(船主別、積載容量別)
Parent Country |
Capacity (million DWT) |
Capacity of Fleet Flagged Out (Percentage) |
Japan |
432 |
62 |
Greece |
102 |
67 |
United States |
97 |
77 |
Great Britain |
90 |
91 |
Singapore |
88 |
50 |
Norway |
68 |
32 |
South Korea |
66 |
67 |
Hong Kong |
63 |
85 |
Bermuda |
40 |
100 |
Denmark |
39 |
56 |
Taiwan |
39 |
22 |
Malaysia |
36 |
3 |
備考:John Noer、David Gregory共著「隘路:東南アジアにおける海運経済問題」
(ワシントンDC:National Defense University Press、1996年)から作成。
表13 スプラトリー諸島における便宜置籍船の使用(船主別、積載容量別)
Parent Country |
Capacity (million DWT) |
Capacity of Fleet Flagged Out (Percentage) |
Japan |
471 |
62 |
Greece |
90 |
65 |
Great Britain |
79 |
90 |
Hong Kong |
72 |
80 |
South Korea |
70 |
64 |
United States |
70 |
73 |
Singapore |
67 |
49 |
Norway |
62 |
33 |
Taiwan |
53 |
31 |
Denmark |
51 |
45 |
China |
43 |
15 |
Bermuda |
32 |
100 |
備考:John Noer、David Gregory共著「隘路:東南アジアにおける海運経済問題」
(ワシントンDC:National Defense University Press、1996年)から作成。
表14 スンダ海峡における便宜置籍船の使用(船主別、積載容量別)
Parent Country |
Capacity (million DWT) |
Capacity of Fleet Flagged Out (Percentage) |
Indonesia |
22 |
50 |
Japan |
15 |
72 |
Hong Kong |
10 |
63 |
Greece |
8 |
57 |
Taiwan |
6 |
28 |
South Korea |
6 |
63 |
Singapore |
6 |
67 |
Great Britain |
5 |
100 |
United States |
3 |
97 |
Norway |
3 |
45 |
備考:John Noer、David Gregory共著「隘路:東南アジアにおける海運経済問題」
(ワシントンDC:National Defense University Press、1996年)から作成。
表15 ロンボク海峡における便宜置籍船の使用(船主別、積載容量別)
Parent Country |
Capacity (million DWT) |
Capacity of Fleet Flagged Out (Percentage) |
Japan |
114 |
30 |
South Korea |
40 |
53 |
China |
25 |
8 |
Taiwan |
18 |
15 |
Hong Kong |
17 |
52 |
Greece |
12 |
36 |
Australia |
12 |
19 |
Norway |
8 |
21 |
Great Britain |
7 |
100 |
United States |
7 |
99 |
備考:John Noer、David Gregory共著「隘路:東南アジアにおける海運経済問題」
(ワシントンDC:National Defense University Press、1996年)から作成。
ILOの継続的な努力にもかかわらず、船員の苦境が減っていないのはAlistair Couperの著書「虐待の航海:船員、人権、国際海運」に描かれているとおりである
16。不衛生な作業条件、賃金の不払い、そしてなによりも赤貧、困窮の船員の外国港湾での放擲は依然として、当たり前の状態である。これらの要素すべてが、世界の船員のうちで年に平均2,207名の耐え難い死に帰結する
17。
船舶の安全と海洋環境の保全を高めようとするIMOの法制度の効力は、海賊行為と海上での武装強盗の急増によって危うくなっているが、これらの行為は、麻薬、武器、人身の不法な輸送という巨万のビジネスに従事するグローバル化した犯罪カルテルと結びついている。海賊行為は1999年から2000年の間に57パーセント増加し、負傷および死亡に至る暴力行為が増大して、犠牲者数は同時期にそれぞれ24人から99人に、3人から72人に増加している
18。
海賊事件は経済的な面から、ますます高くつくものになっている。というのも海賊はますます効率的に、かつ高価値の貨物を狙うようになり、ときには船ごと消えてしまう。海洋環境もまた、海賊行為と武装強盗により危険に曝されることが多い。というのも、殺害しない場合、船長と乗組員の手足を縛り、さるぐつわをはめたまま船内に放置しておくのが海賊たちの普通のやり方で、その間、船舶はまるで無人状態で航海を続ける。そのような状態が環境に与えるかもしれない影響を想像するのは、特にそれが海峡や沿岸線近くで起きた場合、難しいことではない。
最後に重要なことを述べるが、組織化された犯罪グループは、海賊行為と海上での武装強盗への関与を強めている。海賊産業が、事実、他の産業と同じくグローバル化しようとしている。複数のグループが、全地理的規模で相互の協力を強めており、犯罪グループの活動を合理化し、あわせて新しいブラック・マーケットを浸透させ、発展させるために、麻薬の密売、人身と小火器の密輸など犯罪グループの活動のさまざまな側面を組み合わせている
19。
発生は西アフリカ、マラッカ海峡、南シナ海、南米ならびに一部の紛争地帯に集中している。したがって2000年は、インドネシアが全事件の4分の1を占め、事件の成長率はマラッカが最も高く、バングラデシュがそれに次ぐ
20。さらに以下も注目すべきである。
X 2000年分として報告のあった事件の大部分は発展途上国の水域内で起きている。
X 襲撃の大部分は海峡内で発生した。
X 影響を受けた国の大多数が現在、海事管轄権問題の絡む強度の低い、あるいは中程度の対内または対外紛争のいずれかにかかわっている。
X これら諸国の大多数は、自分が海事管轄権を持つ大きな海域を抱えているが、それらの国はその海上治安を確保できていない
21。アジア太平洋地域に関するその他のデータは以下に図示するとおりである。
図1 東南アジアおよび極東で発生した襲撃件数(2000年1月1日〜12月31日)
22
現存のシステムに対する全面的な脅威となっているのは、私がいうところの船籍国管理のたそがれ、である。
海洋法条約は、その他の国際法関連のあらゆる法律文書と同様、いまも、国家主権の平等という概念に全面的に依拠している。疑いを差し挟まれることのない船籍国管理は、対等な国家主権の属性であり、それは破産国にさえ適用することができる、というものである。しかしながら、21世紀における主権は、17世紀の、ヨーロッパの国民国家が30年戦争の灰燼とウェストファリア条約から立ち上がり、西洋流の国際法が誕生した時代のものと同じというわけにいかないのは明らかである。
グローバリゼーション
23と相互依存は、他のあらゆるものとまさしく同様、主権の概念を変質させつつあり、船籍国管理の概念はまさしくもはや機能しないのである。