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IV.
 われわれはいまや、展開してきた状況を踏まえて結論を導き出そうと思う。
 
 海洋法条約の中の船籍国による管理にかかわる条項をすべて修正するというのは極めて不適切であろう。進歩的な解釈と実行によって問題を処理できる可能性がある。現在、管理と執行について船籍国、沿岸国、港湾国の間で均衡が存在する場合、その均衡を港湾国のほうへシフトすることはできる。港湾国MOUが現在、第一次責任は船籍国にあり、港湾国の責任は副次的二次的なセーフティネットの役割という概念を基盤にしている場合、この関係を逆転させて、港湾国が第一次責任、船籍国は、その重要性を後退させ、やがて段階を追って最終的に消え去ることになる。
 
 確かに、港湾国による管理のシステムはこれからも強化と改善が可能である。保険やP&Iなどの要素を抱える海運のための地域的支援基盤を整備し、アジア船主フォーラム、アジア太平洋海事教育研修所協会、アジア海事コンソーシアムなどの団体が果たすことのできる継続的な役割部分を特定する手段が、今まさしく、検討されようとしている24。さまざまな地域的取り決めの間の地域間協力で、グローバルな産業のニーズに応えることになる。
 
 したがって、港湾国による管理のシステムは、海運に関するオーシャン・ガバナンスにとって決定的に重要な構成要素になるであろう。このシステムの限界は、当事国の港かまたは沖合いのターミナルに自発的に入っている船舶にしか適用されない点である。移動中または海洋に投錨する船舶は埒外である。この点においてシステムの補完が必要である。
 
 海賊行為と海上武装強盗の問題は、総会諮問プロセスの第2会期(UNICPOLOS II)中に、ある程度掘り下げた討議がなされた。IMOが海賊行為の制圧で果たした役割は高く評価された。貢献、たとえば、船舶に対する海賊行為と海上武装強盗の予防と制圧のための船主、運航会社、船長、乗組員向け案内書は、襲撃を防ぐために、あるいは発生した際、乗組員と船舶への危険を最小限に抑えるために25、船上で取れる具体的措置についてのアドバイスが記載されており、極めて有益であることがわかった。しかしながら、これらの努力にもかかわらず、IMOには実施と執行の権限がなく、したがって事件の驚異的な増加を止められない、との指摘もあった。
 
 被害を受けた湾岸国が一方的にこの問題を片づけることができないことが立証されたことで、この問題と、関連する海上犯罪問題、さらに法律、ルール、規則の遵守を強制する問題は、地域的な協力を基盤としなければ解決できない、という認識で完全な一致ができた。地域的な取り組みを進めようとするIMOの役割は絶賛された。被害を受けた地区へのIMOからの一連の派遣と地域セミナー26がこぞって強調していたのは、海賊行為および武装強盗との戦いにおける地域的な協力と一元化の重要性であった。このようなわけで1999年のシンガポール会議が出した結論は、事前承認を取る必要なく他の機関や地域治安部隊と協力して対応する権限を現地の司令官に与えることは、定期的な共同パトロール、査察活動とともに、襲撃の予防に有効、ということであった。一元化の達成には、士官の交流、共通無線周波数の共有、共通の慣行や予め準備した作戦手順に従うことについての事前の合意など、多数の実際的な措置が必要であることについても合意がなされた。
 
 UNICPOLOS II討議で日本の果たした貢献は際立っていた。日本はそれまでに船舶に対する海賊行為と武装強盗との戦いをテーマにした地域会議を呼びかけて開催し、17カ国の参加を得た。会議は複数の重要な文書を採択した。沿岸警備隊と海軍の協力ならびに船舶の自衛力強化計画を呼びかける東京アピール、短期間で実施に移される具体策を盛り込んだモデル行動計画、および、タイトルをアジア反海賊チャレンジ2000という地域協力を円滑化するためのガイドラインである。このガイドラインをもとに、日本の海上保安庁はインドおよびマレーシアと合同演習を行った。この演習は通信、捜索、救助、捕捉、乗船を対象範囲とした。2000年11月クアラルンプールの海賊掃討地域専門家会議で日本は、アジア地域の学生を海上保安大学校に受け入れることを提案した。タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、フィリピンの学生が2001年4月から同校に通学している。
 
 このように、あらゆることが、UNICPOLOS IIあてにIOIが提出した討議用論文の目指す方向を指し示しているが、IOI論文はさらに一歩先を試みていた。同論文は、再活性化された地域海洋プログラムの機構・制度面の枠組みの中で地域沿岸警備隊を設立することを提案した。このアイデアは、ほんの2、3年前、欧州地中海プロセスで初めて紹介された頃は大いに異論のある、非現実的なものと思われたが、今日では極めて論理的に見える27。事実、これが、グローバル化した海上犯罪の脅威に対する唯一の実際的な回答を提供するものではないだろうか。アジア太平洋地域ではこれは不可欠かつ緊急のもののように思われる。
 
 IOI研究の基礎はリオ宣言28の原則25であり、そこでは平和、開発、環境保全は相互依存の関係にあり不可分であると述べられている。この3つは持続可能な開発の三重の基礎である。
 
 IOI研究はまた、新しい法律や条約を作るよりもむしろ実施と執行が必要であるという昨今の国連体制内外における国際社会の主張に応えることを目指す。
 
 第三に、IOI研究は、地域レベルを含むすべてのレベルでの普遍的に認知された統合的管理の必要性に沿うものである。
 
 地域レベルでの実施と遵守強制は、船舶への海賊行為や武装強盗の制圧よりもはるかに多くのものに関与することになる。港湾国管理MOUにリストアップされた多数の条約のすべてに関与し、不法、無統制および報告なしの漁業(IUUF)の取締りに関与する。これら条約の1つひとつに個別の執行システムを想定するというのは明らかにばかげた、そして極めて無駄なことであろう。すべての執行に1つの地域沿岸警備隊があれば十分であろう。これはやはり、地域的な文脈において、相異なった条約体系を運用面で統合することを意味する。IOI研究は、1つの地域沿岸警備隊をいかにして具体的に地域海洋プログラムに統合できるかを示す分かりやすいモデルを作成する。
 
 モデルは多数の構成要素を含む。地域沿岸警備隊の全般的な政策と活動は契約当事者会議が決定する。防衛関係閣僚あるいは国内沿岸警備隊または海軍の長官は、上記会議の高級レベル(閣僚級)部会に参加する必要がある。戦略的計画作りとその他この新たな機構の高度に技術的な機能のために複数の作業委員会の設立が必要となる。これらの作業委員会は、すでに地域活動センター(RAC)が各地域海洋プログラムの中に存在しているので、このセンターに委員会業務を引き受けてもらうことになる。
 
 IOIのモデルはその他多数の技術的に細かいことを提案するが、しかしながら、明らかにそれらは地域ごとに、そこの現存インフラストラクチャー、文化、ニーズによってさまざまに異なるであろう。
 
 このため、地域沿岸警備隊は港湾国管理システムの相方、あるいは補完組織である。これらのシステムが自発的に港内または沖合いターミナルにいる船舶を対象とするのに対し、地域沿岸警備隊はその外側にいる船舶を対象とすることになるであろう。
 
 地域沿岸警備隊は海運に関するオーシャン・ガバナンスの2番目に不可欠の構成要素となるであろう。
 
 3番目に不可欠な構成要素は船舶の登録に関するものである。海運産業のグローバリゼーションと便宜置籍船の増大が国内登録の有効性と有益性を蝕んでいるとの仮定が正しい、とするならば、論理的な帰結としては、なんらかの国際登録様式を考える、ということであろう。この課題を引き受けるのに最適の国際機関はIMOであろう。
 
 船舶登録の責任を負うというのは、明らかに膨大な重荷が加わることになって、IMOには現時点では無理かもしれない。生じてくる余分な費用は登録料で賄うことになるであろう。この登録料は実費を賄ったうえに、控えめながら余分の収益源ともなり得るもので、この分は訓練など他の業務に利用することができるであろう。ただしIMOにとり、船舶がIMOの旗を掲げる責任を負うのは不可能であろう。このため、ガバナンス・システムはもう1つの構成要素を必要とする。それは保険産業が設置することになるであろう。
 
 保険産業は、自身の危機的な問題 − 9月11日、この産業に加えられた、1つの重要な産業部門を破産に追いやりつつある、前代未聞の打撃は、来るべき事どもの単なる前触れに過ぎない − の克服に努めているときに、この産業は新たな部門に進出して、保険のかけられる分野が縮小しつつある中で、これを増やしていく必要がある。沿岸地帯は今世紀、人類のとてつもなく大きな部分が住んでいるところで、同時に地球上で最も危険に曝された、脆い地帯でもあるが、ここは保険産業の進出にとって主要なターゲットとなりそうである。リスクの縮減、リスク・マネジメントの改善、災害への対応は、沿岸のマネジメントと保険産業とで利害をともにしている。保険産業を利害関係者の主要な一員として統合的沿岸管理に折よく統合すれば、この共通の利益を前進させることになるであろう。統合的沿岸管理には海運と港湾管理者も含まれる。
 
 さきに引用したとおり、保険やP&Iなどの要素を抱える海運のための地域的支援基盤の整備はすでに検討中である。海運産業がグローバル化する中で、責任を負えるのはグローバルな保険産業のみである。自由登録国にはほぼ間違いなくそれはできない。
 
 まず想定し得る制度といえばGrameen banking型の極めて小規模の相互保険スキームから国内レベルまたは地域レベルの会社、そして再保険制度まで多くの構成要素からなり、さらにそれを補完して、かつてのTOVALOP、CRISTALタンカー自家保険制度などの業界自家相互保険制度がある29
 
 海運のためのオーシャン・ガバナンス制度、われわれがここで描き出そうとした4つの主要な構成要素からなるこの仕組みは、想像の産物でも絵空事でもない。それは今日明日のニーズに応えるもので、現有の機構と進行中の開発や傾向の上に築かれている。4つの構成要素のすべてが同時に実現される必要はない。柔軟に、1つひとつ、その機会が訪れたときに、実現されればよい。
 
 海運産業への発展途上国の対等な参加というUNCTADの懸念は、状況の変化に照らして再検討されなければならないであろう。今日の目標は一国の商船隊編成ではあり得ず、産業のグローバルなマネジメントへの発展途上国の専門家の正式参加である。これは訓練と教育により強化が可能である。
 
 しかしながら、全体像を決して見失ってはならない。なぜなら海洋空間の諸問題は相互に密接な関連があり、一体として考慮されなければならないからである。そして最終的には、仕組み全体が海洋法条約の議定書に集大成されていくことになるのではないだろうか。








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