日本財団 図書館


II.
 複雑な実態を単純化して、海運に関するオーシャン・ガバナンスの法制的枠組みを次のように説明することができる。すなわち、IMOの法制度は、その実体面と傾向面において、船舶の安全と、船舶による汚染からの海洋環境の保護にかかわる。同様に重要なのはUNCTADの貢献で、その主眼は海運の経済的側面に置かれる。ただしIMOとの協力の場合が多い。ILOとWHOの果たす役割は、より限定的で、他方、海洋法条約は全体的な枠組みを提供している。同条約海運関連条項の草案づくりは、これら専門機関および会議の現行条約と一致させるため、また、今後の進展を視野に入れるために行われた。特にIMOは、有能な国際組織として、条約全体を通して言及されている4
 
 IMOの法制度は、つまるところ、以下の条約の中にまとめられている。
 
X 海上における人命の安全に関する条約(1974年)。この条約は構造上の安全と防火・火災検知の詳細、人命救助器具と配置、航行支援、危険物運搬、高速船の安全策、核推進船舶などにかかわる。
 
X 満載喫水線に関する条約(1996年)。この条約は、国際航海に従事する船舶が乾舷として積載可能な喫水線の限界を定めるもので、これにより安定性を確保し、過載の場合の船殻にかかる過重ストレスを回避できるようにしようとするものである。同条約はまた船舶、外面の全天候性と防水性の統合も取り上げ、さらに間仕切りと損傷安定性の計算によるタンカーの満載喫水線決定についての規定もなされている。
 
X 船舶汚染防止条約(1973年)、ただし1978年の議定書で修正されたもの。この条約は、石油と大量の有毒液体物質による汚染、梱包されて海上輸送される有害物質、船舶排水、船舶排出ごみ、船舶による大気汚染にかかわる。
 
X 船員向け訓練、認定、当直勤務の規格に関する条約(1987年)は認定や資格付与に関する広範な要件を包含しており、その中には当直担当幹部船員向けおよび当直団の一部を構成する乗組員全員向けの講義項目、sea timeなどがある。このような船員は全員が認定証を持ち、統一的な手段で証明を受けることが求められる。
 
X 船舶積載量測定条約(1969年)。この条約は国際航海に従事する船舶の積載量測定に関して統一原理と規則を定める5
 
 最重要のUNCTAD法制度には、以下のものが含まれる。
 
X 定期航路運航会社同盟の行動規範に関する条約は1974年に採択され、1983年に発効した。規範が目指すのは下記のとおりである。
 
(a) 同盟から、新規航路の認可、したがって、特定の交易において海運航路が運航できるかどうかを自由に決定する権限を排除する。
 
(b) 貨物の割り当てを、シェアが従来から決まっている私的な取り決めで行うよりも、国際的に合意できる基盤によるべきことを規定する。
 
(c) 同盟運賃料率の水準と同盟の意思決定プロセスをオープンなものにする。
 
(d) 各国の貿易と経済発展に重大な影響を及ぼす事柄について一方的な決定をする外航航路運航会社海運カルテルの権限を制限する。
 
(e) システムの運営に不満を抱く訴訟当事者が助けを求めることのできる独立した裁判所を設立する。この方策は、発展途上国の定期航路同盟への参加と自国商船隊の編成を促進するはずのものであった6
 
X 船籍登録に関する国連条約(1986年)。この条約の目的は、船舶、船主、乗組員、その旗を掲げて船舶が航行する国の間の「純粋な連結」を通して、船籍国による管理を強化しながら、規格外船舶を最終的に駆逐することに貢献することであった。
 
X 船舶拘束に関する国連条約(1999年)。この条約の目的は、国際貿易と輸送を促進するために、船舶の自由な移動と、原告が自己の訴えについて担保を取り付ける権利とを確保する点において、荷主と船主の利益の均衡を見出しながら、広く受け入れられる法的手段を提供することである7
 
X 海事留置権と抵当に関する条約(1993年)。この条約は1926年と1967年に調印された2つの古い国際条約の最新版である。同条約の目的は、海事担保に関する国内法を調和させることにあり、国家が所有し、非営利目的のみで運航されている海洋船舶には適用されない8
 
X 海上物品運送に関する国連条約(ハンブルク・ルール)(1978年)。ハンブルク・ルールは貨物の責任について新しい取り組み方を採用しており、運輸会社は、商品輸送中の滅失、損傷に対して責任を負う。ただし損傷あるいは滅失を避けるためのあらゆる合理的な方策が講じられたことが立証されればこの限りではない。運輸会社の責任は拡大し、輸送中の貨物のカテゴリーが互いに異なること、新規技術、積み込み方法、その他、受け渡し遅延による損失など、荷主の受ける実際的な問題まで反映するものとなる9
 
X 多重輸送方式に関する国連条約(1980年)。多重的方式条約の目的は、基本的には、多重的ドア・ツー・ドア・コンテナー輸送業務の実現を扱うことと、損傷が発生して、どの輸送方式を取っているときに発生したのか判定がつけられない場合の適切な補償を定めることである10
 
 ILOの場合はさらに、海事部門に特化した労働基準を定める30以上の条約と20の勧告を採択している。勤労者(船員)、雇用主(船主)、政府が、ILO理事会に勧告する常任の二者(船主と船員)合同海事委員会と一緒になって、海事基準の推敲と採択に参加する。基本となる条約はILO条約147号、商船最低基準条約(1976年)とその1996年議定書であり、同議定書には海洋法条約への特別の言及がなされている。これら文書の前言で、国連とILOの双方が繰り返し言及するのは、海事労働基準が海上での安全ならびに海洋環境の保護と保全の構成要素をなしており、そのようなものとして、海洋法の不可欠の一部を形成する、というものである。
 
 IMOとILOは、乗組員の訓練と認定問題ならびに船員のアルコール・薬物乱用問題で協力している。ILOと世界保健機関(WHO)は、HIVとAIDS問題を始めとする船員の健康ならびに海上勤務のための体力・健康状態の判定に必要な特別な健康診断の問題で協力している。WHOは巡洋航海船上での衛生と保健状態の検査を行っている。
 
 海洋法条約(LOSC)のおびただしい数の条項がかかわっているのが、さまざまな法的管轄権水域(領海、隣接地帯、排他的経済水域(EEZ)、群島水域、海事裁判所管轄水域、国際航行の使用に供される海峡)における船舶の権利と義務、シーレーンと運輸分離体系、外国船舶に対する刑法上と民法上の裁判権、軍艦に適用される規則、海賊行為と緊急越境追跡と投棄汚染に関する法的執行、船籍国と沿岸国と港湾国による法的執行、汚染回避のための船舶の耐航性に関する施策である。
 
 これらの条項は概ね、慣習法を1958年のジュネーブ条約(UNCLOS I)で集大成されたものを反映しているが、重要な新機軸も若干存在する。
 
「無辜の航行」が完璧ではないが、より入念に定義された。第19条「無辜の航行の意味」は実際のところ何が無辜の航行であるかを定義しておらず、むしろ何が無辜でない航行かの定義を目指しており [第19条 (a) (1)]、しかもこの定義で言い尽くしたことになっていない。航行を無辜とする行動のリストは中途半端な文言すなわち、航行に直接関連のないその他の行動、で終わっている。
 
 新しいのは、国際航行の使用に供される海峡を通過する通過航行の概念であり、その概念は、ある意味で、領海の制限を3ないし12マイル拡大して、無辜の航行の範疇に入る水域に進入している船舶に、海事裁判所管轄水域での自由を許可するものである。通過航行とは、船舶が自己の通常モードで進入してもよいことを意味する。すなわち潜水艦は浮上あるいは旗を見せる必要がない。通過航行は、無垢の航行と異なり、いかなる場合でもこれを停止させることはできない。これは、沿岸国が領海を3ないし12マイル拡大する規定の代わりに支払わざるを得ない代償であった。それは、UNCLOS IとIIでは回避されてしまった領海の制限について、UNCLOS IIIで合意に達するのを可能にしたミニ・パッケージの一環であった。
 
 群島シーレーン航行は、通貨航行の概念にかかわるもう1つの新しい概念である。新しい、というのは、群島国と群島水域の概念全体が、1958年の国際法では認知されていなかったという限りにおいてである。
 
 もう1つ新しいといえば、船舶による汚染に関する条項の大部分がそうである。国際環境法は1958年には萌芽の状態であった。それは、過去30年を経過する中、1972年の人間環境会議(ストックホルム会議)を受けて成長し、繁茂した。船舶による汚染に関する条項はIMOが制定した法と規則の成長面に合致している。
 
 しかしながら、飛びぬけて最重要かつ影響力の大きい新機軸は港湾国による管理(PSC)の導入である。ルール、規則、基準の執行において船籍国管理への依存は、1970年代にはすでにできなくなっていた。というのは、置籍船管理のできない国に便宜的に船籍を置く便宜置籍船がますます増加したということである。沿岸国は、沿岸を警備し、外国船舶による汚染から沿岸水域を守る権利を主張した。これらの権利は、情報を受ける権利、検査・拘束の権利などを含めて条約第220条に定義されている。
 
「港湾国による管理」は第218条に定義されている。同定義は、自発的に港湾内または沖合いのターミナルに入っている船舶を取り締まる権限を港湾国に与える。ただしそれは、その船舶が環境関連法に違反した疑いがある場合で、しかもその場所が海事裁判所管轄水域か、あるいは第三国の法的管轄権のもとにあって、当該国からかかる要求がある場合である。
 
 第218条は、港湾国管理に関して一連の覚書(MOU)を発出させたが、その覚書にはアジア太平洋地域内のものが1つ含まれていて、それが今世紀を通じて非常な重要性を帯びる可能性がある。1982年の条約のもとでは、港湾国ならびに沿岸国の執行が及ぶのは、船舶による汚染から環境を保護する点のみである。国境をまたぐ魚類及び高度に回遊する魚類の保全と管理に関する条約規定の実施を促す1995年の協定(国境をまたぐ魚類協定)は、港湾国による管理を拡張して、漁業規則違反にも効力が及ぶようにした。
 
 一連の地域的な港湾国関連覚書11は、最終的に、船舶の安全、規格外船舶の駆逐、幹部船員への資格付与、環境の保護、乗組員の福利と健康に関する全条約の遵守へ向けて管理を広げている。MOUは統治の構造を、情報センター設立、委員会、事務局、検査員の資格付与と起用、検査を行う根拠、検査の目標数、遵守すべき条約数(通常少なくとも半ダース)、特に注意を向けるべき船舶(たとえば、欠陥ありとパイロットまたは港湾当局から報告された船舶、危険なあるいは環境を汚す商品を輸送する船舶のうちで、適切な情報を報告していないものなど)のリストなどを含めて明記している。
 
 遵守が必要な条約は、とりわけ、海上における人命の安全のための条約(SOLAS 74)、満載喫水線に関する条約(LL 66)、船舶による汚染の防止条約で、1978年に議定書により修正されたもの(MARPOL 73/78)、船員向け訓練、認定、当直勤務の規格に関する条約(STEW 78)、ならびにILO条約、特に147号、商船最低基準条約(1976年)である。
 これら一定数の条約の状況は、次の表に概略を示す。
表10 東南アジア諸国向け関連文書の状況
SE Asian
Countries
/Authorities
TONNAGE
69
LOAD
LINE 66
LOAD LINE
Prot 88
SOLAS
74
SOLAS
Prot 78
SOLAS
Prot 88
MARPOL
73/38
STCW
78
COLREG
72
ILO
147
Indonesia 14/03/89 17/01/77 - 17/02/81 23/08/88 - 21/10/86 27/01/87 13/11/79 -
Malaysia 24/04/84 12/01/71 - 19/10/83 19/10/83 - 31/01/97 31/01/92 23/12/80 -
Philippines 06/09/78 04/03/69 - 15/12/81 - - - 22/02/84 - -
Singapore 06/06/85 21/09/71 18/08/99 16/03/81 01/06/84 10/08/99 01/11/90 01/05/88 29/04/77 -
Thailand 11/06/96 30/12/92 - 18/12/84 - - - 19/06/97 06/08/79 -
Vietnam 18/12/90 18/12/90 - 18/12/90 12/10/92 - 29/05/91 18/12/90 18/12/90 -
1999年12月31日現在(文書受け渡し日)12
 
 地域的港湾国のMOUが強調するのは、関連条約および基準の遵守と執行の一次的な責任は船籍国にあり、港湾国体制は規則類が適正に適用され、船舶内で実行に移されているかを点検する二次的防衛線を提供する、というものである。
 
 IMO事務局長の指摘するとおり13、港湾国による管理のアジア太平洋地域向け基本協定(東京MOU)ですでに示された進展は強固な基盤を築いており、すでに地域内の港に寄港する船舶の品質にインパクトを与えつつある。興味深いので記しておくと、東京MOUの発効は1994年であるが、1999年までに、年次検査の件数が14,921件すなわち地域内で運航している船舶の約61パーセントに達している。50,136点にのぼる欠陥が見つかり、1,071隻の船舶が拘束された。1つひとつが、セーフティー・ネットの小さいけれども相当な厳しさと、潜在的な悲劇をあるいは回避したのかもしれないということを示している。
表11 1999年東南アジア諸国の検査パーセント14
Southeast Asian Countries/Authorities Number of Inspections Inspection Rate Number of Detentions Detention Percentage
Indonesia 853 5.72 5 0.005
Malaysia 338 2.27 11 0.010
Philippines 135 0.90 20 0.019
Singapore 1,019 6.83 76 0.071
Thailand 83 0.56 25 0.023
Vietnam 270 1.81 11 0.010
Inspection by SE Asian Authorities 2,698 18.09 148 0.138
Regional Inspections 14,921 61.00 1,071 7.18
 
 これは確かに目覚しい記録である。世界的に、港湾国による管理のシステムは、地域という文脈の中でのさまざまな条約体制の、運営面での統合として、際立った例となっている。これは、他の箇所で示したとおり15、包括的なオーシャン・ガバナンスに向けての不可欠な次なる一歩である。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION