C. 法令遵守と執行の手段
海の法令遵守および執行とは、ここでは、海洋の安全保障を維持することを目指す政策を実施しようとする、したがって海洋を平和利用のために確保し、この利用を安全で持続可能な仕方で行うこと保証しようとする行動をいう。
海洋の安全保障はもはや、軍事的保障、戦略的保障の一部門と考えるべきでない。認識すべきは、個々人のそして集団の安全に対する基本的要求が、国家および個人の武力行使の排除にのみあるのでなく、人類の存続にもあるということである。
リオ宣言は、この点で、平和、開発、環境保護が相互に関連性を持ち、分離できないということを認めているために、これ以上明快なことはない
60。
本報告書のなかのこれまでのセクションで概説のとおり、海洋の安全保障は、単なる願望的思考ではなく、国際法のもとにある諸国の基本的な義務としてますます認められつつある。さらに、積極的な国際法の最近の展開として、国家に海洋管轄権および場合によってはそれを超える区域を安全にする相当の責任、まさしく、義務を与えている部分が見られる。恐らくこの傾向が示しているのは、海の正当な利用とは、安全で持続可能な仕方で利用されるべきというだけでなく、国をまたぐ犯罪組織のグローバルな行動の害毒から解放されなければならない、とうことを確実にする方向に動いて行かなければならないことを、国際社会が認識し始めたということである。
オーシャン・ガバナンスの実施あるいは執行、側面は、UNCLOSおよびUNCEDプロセスが模倣する多数の原理に迫る。その包括性のおかげで、これら条約、規範の原典・源流が、国際法の最重要部分になっているのは疑問の余地がない。IMOは長く、海をより安全な場所にし、海洋商業が、個人と貨物ばかりでなく自然環境の安寧にも正しく配慮しながら行われるよう努めてきた
61。より専門的な国際協定も練りあがっていて、これは海洋空間と正当な海洋活動を悪用して不法の貨物を世界中の闇市場へ運ぶ犯罪行為に標的を定めるものである
62。これら不法な船積品は、あらゆる想像のつく貨物と、思いも寄らないものからなる
63。しかしながら、海運の安全な遂行と、国際社会の社会経済的な安寧にとっての最大の脅威を示すという点で、2つのカテゴリーの不法貨物が特別な問題性を持つ。それは麻薬と人身である。
オーシャン・ガバナンスを語るときに法制面の枠組みと機構・制度面の企てを実施することの必要性に触れないわけにはいかないことは明白のように思われるが、そのような議論はまれである。さらにはこれら実施のツールは、かりに全然ないというわけではないにしても、みな、国家としての動機に限定されることがあまりにも多く、それは縦割り的な取り組みから現われ、海洋空間のあらゆる側面が相互に関連性を持っており全体としてこれを考えるべき、という海洋の黄金律を無視することになっている。
海洋での法令遵守を達成し、強制行動を遂行するための全体的取り組みは、統一的でなければならず、統治のあらゆるレベルすなわち地方レベル、国家レベル、地域レベル、地球レベルでこれを実施する必要がある。
1. 地方レベル
犯罪科学によれば、権力を奪われ、取り残された個人とその行動には確固たる相関関係があって、その行動は必要に迫られて、そして恐らくは、社会規範とは合致しないさげすみから出るものである。このことから社会科学者が結論づけるのは、社会における意思決定の本質は、その構成員のニーズと信条を反映するためにできる限り包括的であるべきということである。ガバナンスを考えるとき、この哲学は、現代の民主制機構をはるかに超えるものである。
ガバナンスの定義そのものが、本論文の第1ページに概説したとおり、すべての利害関係者が海洋問題統治の仕方に関与すべきことをほのめかしている。しかしながら個人が重要な、しばしば独立した役割を占める地方レベルは、強制モデル、特に排他的強制は伝統的に馴染まない。
これまで論じたとおり、このレベルでの個人の役割はますます認識され、共同体主導の共同管理を通じて、ガバナンスの機構面に組み込まれつつある
64。この垂直的、水平的統合は、機構レベルのみならず、法制と実施のレベルでも起こる必要がある。さらに大切なことは、共同体の中で、さまざまな未組織の、代表者のいないグループを作り上げることで、このグループは必ずしも地理的なルーツはなくても、職業、宗教などの面での存在であってもよい
65。
強制法こそが唯一の法であり、共同体も個人も、法の由来においても適用においても積極的に参加することを通じて、法に強制力を持たせるようにする上で、重要な役割を担う。
法を引き出す場合に明らかなことは、適正な構成員は、個人であれ、NGOと利益集団の代表を通じてであれ、公正で公平な規則の発達には貢献でき、その規則は適用される状況と合致するようになる。この統合を達成できれば、敗残者は少なくなり、従順な態度が増える結果となる(法令遵守)。遵守をさらに強めることになるのは、国家と共同体の関与のレベルが異なるおびただしい数の戦略で、なかんずく教育、訓練、品行の基準、自己規制、検査を含むものであるが、これらはみな一緒にやって来て遵守と強制の基盤を形成する
66。
共同体と個人はまた、強制執行活動のうちの査察、監視、取締りなど法を適用する側にも組み込まれるべきである。ここで査察とは、興味のある分野の興味の対象の状況、活動、できごとを一定期間にわたって検知し、通告すること、監視とは、興味の対象の特定の条件、活動、できごとを系統的に観察すること、取締りとは、法の支配を実行あらしめる公務執行をいう。
国の機関でない個人は、共同体の活動に密接に関わっているために、これらの操作に積極的にも消極的にも貢献できるし、したがって不法行為の発生を比較的気楽に観察することができる。この個人の参加をとおして、査察のネットワークが出来あがり、国の機関にとり、検知と通告のシステムとして働く
67。このネットワークは沿岸観察と市民パトロール・システムなど公式のものとし、その関与が監視活動にまで拡大するにつれ国家機関の補助者として機能することができ、そして時には、取締り活動を支援する権能を持つことができる。非公式の貢献はほとんど、匿名で、目撃した不法活動、潜在的な不法活動の報告を行う
68。
法と政策の形成と実施に構成員が効果的に関与することを通じて、国は海事部門の法令遵守のレベルを上げ、それにより、高い経済的人的負担をあらわにする強制執行の必要性を減らすことができる。
2. 国レベル
上述の戦略は、国の全体に関わり包括的でかつ真に統合された統治構造がそれを誘導し、可能にすることで初めて効果的に実施できる。
国家当局の効果的な執行行動を妨げる2つの最も大きな障害は執行機関が入手できる資源の不足と当局同士の協力の不足である。この障害は、人身と麻薬の密輸、海賊行為と海上での武装強盗、海洋汚染、など不法海事行為禁止の領域で特に明白となる
69。
海洋の安全保障の最大の脅威となっているのは、おそらく、不法行為のうちの初めの2つのカテゴリーである。というのはこれらは海事部門を超越するもので、その頻度と広がりが脅威的な率で増加し続けているからである
70。にもかかわらず、重要なこととして述べておきたいのは、国際法の主体としての国家は、慣習法としての国際法のすべての規定と、同じく、自らが当事国になっている条約、協定の規定を執行する義務を負っていることである。この責任は各国、特に、に巨大な重荷となってのしかかっている。LDCとSIDSは、大陸棚の外側の境界線の画定問題はこの際おくとして、海洋管轄権を持つ地帯さえその査察を効果的に行う資源を持っていない。
潜在的に十分なレベルの人材と財源を持つ国の中でさえ法令、規準の執行責任は通常、多数の省庁、機関の管轄権のもとにあり、そのほとんどが縦割りと競合的な仕方で取扱われている。例えば、IMO条約のさまざまな規定、例えば地域港湾国管理システムに属する船舶当事者の検査、は運輸省の権限のもとにある。しかし同じ国のなかで、これらの係官が、検査目的で多数の船舶を訪れる可能性があるが、違法の貨物または行為の気配のある疑わしい行動と状況を検知する資格が与えられていない。さらに悲しいことに、しばしばいわれることであるが、ある当局の執行官が、不法行為に気がついても、それを禁止する権限を与えられていない範疇のものについては、その行為を関係当局のしかるべき係官に報告することをしない。この協力の欠如は、さまざまな政府省庁間の永らく続いたライバル意識に由来するもので、これら省庁は、他を犠牲にして自分の重要性を正当化するのに熱心である。というのも縮小気味の政府予算の分け前を巡って、皆、競争しているからである。
協力不足といってもそれが、必ずしも政府部門間の関係を特徴付けるとは限らない。反対に、なかには、協力の頻度が、「滅多にない」から、「たまに」と幅広いが、非常に収獲の多いこともあり得る。確かに、国の運用資産の合理化に努める中で、さまざまな国が、一定の恵まれた省庁に命じて、装備の整っていない省庁を支援させている。
この政策の例として挙げられるのは、漁業パトロールまたは環境モニタリングなどの警察活動の支援に使う省の資産が増えつづけていることである。この作戦行動は通常、作戦の手順と指揮系統を明記した省庁間の覚書(Memorandum of Understanding: MOU)に記述した厳格な指針に従って実行される。例えば、国の海域内の生物資源の管理を担当する省は、EEZ内の漁業パトロール用の船舶を所有していないかもしれない。しかし国の国防省はそれをするだけの十分な装備があるかもしれない。そこで漁業パトロ−ル用に乗員ごと船舶を提供して、漁業係官を乗船させEEZパトロールに従事させる。さらにはこの船舶は、沖合にある間は、海上での生命の安全、また、国として、あるいはもし利害の外にある場合ならそのときはIMO条約の条約義務により、反応しなければならない海洋汚染事故、に対応する資格も与えられるかもしれない。
民間部門の参加も海洋の法令遵守と執行活動の構成要素となるべきである。というのは、この部門の利益が不法行為の直接の脅威にさらされているだけでなく、査察と監視を効率よく実施するための必要な資源と管理機構を持っているのである。官民両部門の合同編制は、必要性からも生じる。というのは海運業の場合に当てはまることであるが、貨物の輸送は国境を越えるもので、極端に時間に神経質であるからである。船上で広範囲な税関検査をすれば、それは、タイミングよくマーケットに商品を引き渡すという海運業の力量を殺ぐことになり、莫大な収入喪失につながりかねない。同じく重要で、恐らく実効ある検査に対抗する行為となるが、世界の輸送ネットワークの構造は、船舶がコストを最小限に抑えようとして、ルートを迅速かつ効率的に変更することを認めており、結果的に港の収入、または、そこでの取引コストが高いと見なされれば国の収入さえも喪失につながってくる
71。したがって国家と民間部門の両方の利益となるのが、民間部門を統治機構に組み入れることで、これにより、海洋政策の効果的執行を弱めることなく取引コストを下げるための総合的な合同編制を組めるようになる
72。
海上での強制執行作戦行動の支援に非警察の情報提供者を使うことは幅広く論争がなされ、民間部門の動機付けが疑わしい場合が多く、統治への共同体レベルの関与が非常に難しいことがあり得るところであるが、この非警察の情報提供者が、国家の限られた能力を効果的に補強する必要な知識と資源を持っている唯一の存在であることには議論の余地がない。統治機構は、したがって、これらの部門を極力組み入れることを模索すべきである。この組み入れはおそらく、海洋諮問委員会の設立を通じて達成できるであろう。この委員会のメンバーには海洋政策の実施を担当する省庁の代表と非政府の利害関係者の代表が入る。この委員会は海洋の安全保障へのさまざまな脅威で海洋活動の各分野に存在するものを集めて評価し、これらの脅威に対処する総合的アプローチを政府に提案できるであろう。