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III. 実施のツール
 最良の法制面の枠組みが、最良の機構面の枠組みに体現化されていても、実施のための以下の具体的ツールが欠ければ、無力のままである。
 
 ・ 技術的手段
 
 ・ 財政的手段
 
 ・ 遵守と強制の手段
A. 技術協力と移転
 国連海洋法条約、海の憲法、は未来について重要な暗示を与えている。海洋空間の一体性とそのサブシステムの組織としての相互作用性および人類の共同財産という革命的概念を認識した上で、同条約の暗示し、指摘するのは、新しい社会政治的、共同体を基本とする世界秩序、中央集権と市場中心の両方のシステムを超える新しい経済システム、従来の国際技術秩序の基盤となっていた古い技術と質的に異なる新たな科学パラダイムと高度技術28を基礎におく新たな国際技術秩序に向かう方向性である。かつては、技術は資源および資本集約的であり、大規模で、販売、購入が可能で、1回の取引で移転ができ、生産者も消費者も、自分が環境に影響を与えた可能性については関心を持たなかったし、中央集権的な生産システムのなかで大勢のかなり未熟練の作業者が提供していた。今日の技術は知識と情報主導型である。純粋・単純には買ったり、移転を受けたりできず、習得しなければならない。資源集約からはほど遠いというのは、効果的であるほど小さくなるからである(小型化)。生産者と消費者の継続的な関係を必要とし、消費者が製品の設計にかかわり、技術の利用法、保守、修理、改良を学ぶ必要があり、しかもそのためにはしばしば訓練も受ける。生産者と消費者はある意味で、製品の存続期間中は継続的共同事業にかかわる。この期間が長いほど、製品の使用価値は高くなり、それは旧来の感覚でいえば製品よりも製法の価値ということになる。この新たな産業革命の局面では、唯一の効果的技術移転手段は、研究開発の合弁事業である。この合弁事業は80年代の先進国内および先進国間では新しい産業システムの重要な要素となった。高度技術における研究開発には莫大な費用がかかる。高いばかりでなく、リスクが特に初期の段階できわめて高い。失敗の率はさまざまに見積られているが、7対1から20対1の間、あるいは40対1とさえいわれる。発明過程に戻れば戻るほど、失敗の率は途方もなく大きい29
 
 なかんずくこのことが、R&D合弁事業結成への流れの引き金になった。これにより費用の低減と高度技術の初期段階、専門用語でいう「競争に先立つ」段階、に固有のリスクの分散をしようとするのである。同時に我々が見たものは、このR&Dへの資金供給面で増大する銀行、つぎに政府の関与であった。民間企業活動の最も強力な擁護者である米国でさえ、R&Dの半分以上は、今日、連邦政府が費用を払っている。政府の参加がなければ、現代の高度技術のなかで研究開発の第1段階を通過できないであろう。この意味で、公的部門と民間部門の境界線はぼやけつつある。
 
 しかしながら、大部分の国にとり、この公的部門と民間部門が共同出資しても技術開発の競争力を国際規模で持たせるには十分強力とはいえない。こうしたところで、出現したのが、国際的な公的および民間部門協力という新しい様式であり、その例がEUREKAであり、その他五指にあまるものである。国際的かつ企業間の協力協定の増大は、1980年代前半の最重要の新規展開のひとつを代表することとなった30。リスクと費用の分担は、企業が他のことをするよりもR&Dに一層費用をかける勇気を与えた。地域、欧州レベルでの公的と民間の投資の間のシナジー効果はR&Dへの数十億ドルの投資を生んだのも、見落としてはならない点である。
 
 しかしこの展開は先進工業国にとどまった。世界中で科学技術に投資された資金のうち、途上国のプロジェクトに割り当てられたのは全資金の3パーセントに満たない。科学者、専門家の90パーセント以上が先進工業国に住み、特許の93パーセントは先進国で取得されている。
 
 形勢は90年代に変わった。研究開発の合弁事業は、利益と、より強いパートナーへ明快に向かう圧倒的な吸収合併の動きとグローバリゼーションの手に移ってしまった。富める者は益々富み、貧しい者はますます貧しくなりつつある。
 
 しかし同時に先進国と途上国の科学者の比率は急速に変化している。中国、インドあるいはブラジル、メキシコ、キューバで教育を受けた科学者の質はすばらしい。そして、小さく貧しい途上国のほとんどはいまだにこの展開から取り残されているが、予想して外れる心配のないのは、あと10年から20年後には先進国と途上国の科学者の比率は逆転して、専門家、科学者の大部分は途上国出身になるということである。これは、疑問の余地なく、科学というものの考え方に影響を与えることになる。現に西側ではなんらかの重大な変化を経験している。また研究開発の方向にも影響を与えるであろう。
 
 技術は今日、知識、技術主導型である。これは人材開発に依拠する。人材は途上国が擁しており、新たな国際技術秩序の時代が到来した。このための法制面の枠組みはできており、国連海洋法条約とともに始まっている。問題は今や、この法制面の枠組みの実施のための機構面の枠組みを作ることである。海洋法条約の枠組み作成者たちは科学技術開発と技術移転の重要性に十分気付いていた。この条約の320ある条項のほぼ3分の1(約百項)が、何らかのかたちで科学と技術について触れていることを思い出せば十分であろう。技術開発と移転は3通り、すなわち国、地域、地球レベルで規定される。
1. 国レベル
 
 第1に、条約は権能のある国際機関(FAO、IOC、IMO、UNEP等)に対して、途上国が条約の規定から恩恵を受け、かつ遵守するために必要な技術を獲得できるよう支援することを義務付けた。したがって、条約第XII部の第202条は、海洋環境の保護を定めたものであるが、各国が直接または権能のある国際機関を通じて途上国の科学技術者の訓練を促進し、必要な機材を供給し、その機材の製作能力を強化すべきことを規定している。第271条は、技術開発と移転について、既存のプログラムまたは新たなプログラムを作って、2国間で、または権能のある国際機関をとおして、国際的に協力するよう規定しており、途上国へのこれら機関の援助を要求する条項がこの他、五指に余るほどある。
 
 これらの条項の有効性は、いうまでもなく、これら機関の予算と組織能力の制約を受けるが、事実2つとも極めて不十分である。これら機関が最善を尽くしている一方、技術的なギャップを狭めることは本当のところできていない。しかし重要なことは、技術開発は自分のところで始めなければならないという認識を条約が完全に反映していることである。途上国は自身で基盤を敷かなければならず、優先事項として、科学技術のインフラを構築して、そのインフラの上に国際協力を据えるようにしなければならない。これは目標設定と政治の決意の問題である。カナダにおける1988年のMaribus 16のPacem(海の平和学会)は第三世界科学アカデミーが行った提言を取り上げた。
 
 すべての途上国が、教育予算の一定率を、海洋技術を含む科学と技術の進歩のために確保すべきである。第三世界科学アカデミーは、このようなわけで、教育予算の4パーセントを基礎科学に確保し、別の4パーセントを応用研究に、そして10パーセントを研究開発(R&D)に割り当てることを提言する31
 
 国のインフラ整備には、政策立案と実行の機関が含まれるが、その他、この機関の保護を受けた強力な産業情報システムの整備、エンジニアリング設計とコンサルティング組織の設立、専門的で先進的な訓練を施し、応用研究を行い、政策立案機関と産業会社が外国技術サプライヤーを識別、選別し、交渉するのを手助けするR&D研究所の設立も入る32。この提言の基礎にはインドの経験があるが、そこでは、周知の通り、海洋技術開発における、例えば海底採鉱、海底石油生産、南極調査、遠隔関知応用などにおける最高の成功の1つがあった。
 
 70年代は、条約の枠組みが作られ、新たな国際技術秩序が敷かれようとしていた時であるが、その頃は、地方の、固有の、伝統的な技術の経験については、現在よりはるかに理解が薄かった。この経験には例えば遺伝資源の医学上、調理上などの利用法あるいは生物資源の持続可能な利用、ミミズ養殖、灌漑などの水管理などが挙げられるが、これらの点では、古い知恵と経験は、しばしば現代科学を凌駕するか、多くの場合において現代科学が再確認しているものである。この知識源は確実に国の政策立案に十分に生かされるべきであり、この生かす作業を最もよい形で達成できるのは、いまや一般に認識されているとおり、技術管理と開発からなる統一的沿岸管理の不可欠の要素である共同体主導の共同管理システムをとおしてである。今日では、意思決定のための地域および地球規模の討論の場に参加する主要グループに地方共同体を入れることで、社会的に、環境的に持続可能な技術、エコテクノロジーの開発が活発になり、古い伝統と現代科学主導の技術を再結合させ、効率を上げながら社会的な許容を容易にすることになる。
 
 このような国の努力を土台にして、地域的な協力、南から南、北から南への両方の協力が効果的なものになり得る。








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