C. 実施のレベル
以下のセクションではUNCLOSとUNCEDプロセスが開発した法制面の枠組みをその枠組み自身のなかに入っているガイドラインに従って、地方、国家、地域、地球のレベルで実施するのに必要な種類の機構的枠組みをデザインする試みを行っている。
世界各地で、新たな統治概念が開発されつつある。多くの場合それは非常に古い伝統に融合したものである。これは「共同体を基盤とする共同管理」の概念である。それはブルントラント報告書の中に敷かれたガイドラインに沿ったものである。部署間、分野間(水平統合)の、および、統治レベル間(地方−国−地域−地球:垂直統合)の「境界のぼかし」をすることである。それは全システムを「参加型」で「ボトムアップ型」とするのは、地方共同体レベルでの意思決定にすべての「利害関係者」を、そして国の行政の意思決定に地方共同体を参加させるからである。これは国の分権化と地方共同体の権限強化の現象である。このシステムの好例が南アフリカ
19、ラテン・アメリカとカリブ海諸国、日本、中国、ノルウェーにある。これはカナダ政府の公式の政策でもある
20。カナダで最も興味深い例は旧ノース・ウエスト地方(現ヌナヴート自治区でイヌイット族が自主統治している)にある。
ヌナヴート最終合意は、1993年にカナダ議会が批准したが、完全な共同管理体制の設置を規定している。合意は次のように定めている。
ヌナヴート影響審査委員会(NIRB)、ヌナヴート水委員会(NWB)、ヌナヴート野生生物管理委員会(NWMB)は海域に関して、ヌナヴート海事審議会として共同で、または個別に、他の政府機関に提言することができ、政府は海域に影響を与える決定をするにあたってはこれらの助言、提言を考慮しなければならない
21。
このパラグラフに述べた組織・団体はいずれもそれ自体が、政府とイヌイットの対等の代表者席を持つ共同管理組織である。したがって、
実際、海事審議会のような機構の合意形成的アプローチはその提言が一般的になってきたことを意味する
22。
合意第15条は北極海事管理の面に調査を含めてイヌイットの参加が必要と認めている。共同管理の有益な面の1つは科学調査に漁民がより大規模に参加することで、それにより情報と知識の基盤がより広くなる
23。
土地要求合意が有意義な共同管理機構を構築するまでは、伝統的な知識が政府の政策のなかに現われる機会はほとんどなかった。先住民が管理委員会に対等の代表者席を持ったことで、伝統に培われた知識と信念が管理上の決定に反映されている
24。
同時にこの協定で漁業社会が科学を利用して、ツールとして、彼ら固有の知識と並行的に使うことができる。
同じことは技術にも該当する。共同管理により、地方共同体が提供してきた土着の技、固有の技術を、中央政府の提供できるハイテクとブレンドする最良の制度的枠組みが提供できている。伝統的な知恵とハイテク(特にミクロ電子工学と遺伝子工学)をブレンドして「エコ技術」に作り込んでいくことは沿岸区域の持続可能な開発に重要な貢献をすることになる。
共同体を基盤とする共同管理のまだあまり注目されていない側面は、意思決定プロセスに参加すべき「利害関係者」のなかに保険業界を入れることである。
周知のとおり、沿岸地帯は地球上で最も攻撃にさらされる地帯であって、嵐の襲来、津波、台風、浸蝕、海水面の上昇が、陸地を基盤とする活動から来る圧力と結合し、相互に作用しながら攻撃を仕掛けてくる。大量の汚染がわれわれの食糧と、リクリエーションと健康を求める水浴場を汚染する。世界保健機構の見積によると、汚染された海で水浴することで、世界中で毎年2億5千万の胃腸炎と呼吸器系疾患が発生している。社会的コストは世界で年に12億米ドルである。汚染された海産物を食することから発生する疾患はさらに悲惨である。世界保健機構は、毎年5〜10百万の感染性肝炎が海産物汚染から発生し、社会的コストはなんと年100から200億米ドルにも及ぶと見積もっている。マングローブの森を破壊すれば、都市のスプロール化と工業拡大の重圧を受け、猛烈な風と波が、人間の命と財産をめがけて絶え間なく襲いかかる。さんご礁を枯らせて破滅させれば、波は、海岸浸蝕の作業を、絶え間なく、徐々に、確実に行って、海岸線を変え、海水面を上昇させ、したがって毎年起こっていることであるが、次に来る嵐は多くの人々を溺死させる。
国際海洋法学会とスイス再保険会社の共同後援により2000年にベルムダの生物部で開催されたセミナーでは、保険業界は「利害関係者」の一員であり、水平統合プロセスのなかに入るべきという提案が出された。保険の付保性を拡大するための保険業界のリスク縮小の基本的ニーズは、沿岸共同体の危険に対する露出度と人間の苦痛を減らし、持続可能な開発を増進し、環境を保護するためのリスク縮小の基本的ニーズと一致する。
沿岸共同体は、危険露出度を測る目安を特定し、リスクの査定書と法令を作り、警告システムと緩和手段を改善するために、保険業界が蓄積した特別な知識と技術を必要としている。保険業界は、政府官僚と地方共同体用に認識とデザインの訓練をするためと、海洋や沿岸の共同体と保険業界との対話を継続するためのプログラムづくりに組織を必要としている。
地方共同体レベルのオーシャン・ガバナンスの機構的枠組みのなんらかの一般的特長を把握するため、各種共同管理の経験を一般化したいと望む向きがあれば、この枠組みの立法制面の基盤には以下の規定が入ることになるのではないか。
・ 沿岸の村または町の自治体の議会は海洋資源審議会を選出する。その構成は港湾当局、船主、漁業組合、沿岸エンジニアリングを含む海洋工業、海底石油・ガス会社の現地事務所、観光委員会、保険会社、調査機関、非政府組織、消費者協同組合などのすべての利害関係者の代表である。
・ 海洋資源審議会は、海洋資源の持続可能な開発、海洋および沿岸環境の保護、海事調査および訓練に影響するすべての事柄を念入りに検討し、自治体議会のため、関連する法案を準備する。
・ 海洋資源審議会は、持続可能な資源開発および海洋環境保護のための短期(1年)および中期(5年)計画を作成して自治体議会経由で地方政府に提出する。
・ 海洋資源審議会は、海洋法条約、アジェンダ21の第17章、生物多様性と気候条約の海洋関連部分、国境をまたぐ魚類、high-seasを高度に回遊する魚類に関する協定、陸上活動からの汚染防止のための地球規模の行動計画、地域海洋計画、その他海洋関連協定、プログラムを地方で実施することに責任を負う。
・ 海洋資源審議会は、必要の都度、会議を行う。
・ 自治体は、海洋資源審議会を通じて、共通のエコシステムに影響のある事柄について、所属する地方のなかで、および隣接する地区、隣国の自治体と協力する。適正な地区、国内、国際の会議をこの目的で準備する
25。
2. 国レベル
国家政府のレベルでは、水平と垂直の統合が等しく求められる。機構の仕組みは既存のインフラストラクチャすなわち連邦か、同盟か、単一か、または民主制か、君主制か、独裁制か、または小さいか、大きいか、または大陸か、半島か、群島か、により異なり、また経済の発展段階、文化等にも依拠するが、国レベルのオーシャン・ガバナンスのすべてに共通する少なくとも3つの特長がある。地方と国の統治システムの間に効果的なつながりが必要ということ(垂直統合)、政府の海事に何らかのかかわりを持つすべての省庁部局間に効果的なつながりが必要ということ、そして事実、ほとんどすべての省庁部局がかかわっており、ときに25にも及ぶことがある。これらが個々に別々の意思決定をすれば、統一の取れた政策を打ち出すことは明らかに不可能である。この問題解決に最も期待できる取り組み方は、ある種の省庁間協議会を立上げ、主導する機関、多くの場合首相または副首相が責任を持つことである。最後に、システムは利害関係者、市民社会、非政府部門の参加に門戸を開いておかなくてはならない。
すぐれた例は、オランダのオーシャン・ガバナンスシステムが提供してくれる。ここでは政府、調査機関、議会、非政府部門が連結している。政治レベルでは、首相の主宰する閣僚会議がある。会議は、海事委員会ならびに産業界、学界、非政府組織からなる非政府諮問評議会から助言を受ける。これらの助言組織の作業は、交通公共工事担当閣僚からのコーディネートを受ける。官僚レベルでは部局横断の委員会があり、13の部局の幹部で構成し、元首相が主宰する。閣僚会議の作業を準備するのはこの委員会の責任である。会議の決定は総意にもとづく。
合意された政策は海洋と沿岸地区に関する国家政策となる。この政策は国際、地域、地球レベルへ伝えられ、そこで他国の国家政策と、とりわけ地域を考慮に入れながら、調和が図られる。垂直統合はこのようにして地方レベルから国の政府を経由して国連レベルにまで届く。
システムを一般化し、異なる国に適用可能にし、地方共同体レベルのオーシャン・ガバナンスで出された提言を考慮に入れることに努めて、国レベルのオーシャン・ガバナンスのための提言を一式まとめれば以下のとおりとなる。
・ 国のオーシャン・ガバナンスは、幅広い参加と、政府、科学組織、地方産業共同体、NGOを結ぶ効果的な意思決定システムを規定すべきである。
・ 政治レベルでは望むらくは首相が主宰する閣僚会議があるべきである。
・ 会議は海事に関する議会委員会と、産業界、学会、自治体海洋資源審議会、非政府組織からなる非政府諮問審議会からの助言を受けるべきである。
・ 助言組織の作業は海事に最も広範な責任を持つ閣僚のコーディネートを受けるべきである。国によってはそれは外務、あるいは海軍、漁業、運輸などであったりする。
・ 官僚レベルでは、海事にともあれ関係する部局の幹部で構成する部局横断の委員会があってしかるべきである。元首相が議長を務めてもよい。閣僚会議の作業の準備を進めるのはこの委員会の責任である。