II. 機構・制度面の枠組み
機構・制度的枠組みは、このようなわけで、オーシャン・ガバナンスの第2の基本要素である。この一部分は海洋法条約自体で前段的な構想が描かれ、広い範囲で実現されつつある。その大部分は、詳細に詰められているわけではないが、ブルントラント報告書
5に示されており、さらに、1992年の地球サミットから出た文書に、とりわけアジェンダ21のなかで展開されている。アジェンダ21は、その34ある章のすべてで機構・制度構築に触れている。FAOは多数の地域漁業委員会を創設したが、IMOは新たな機構は立ち上げていない。
A. 国連海洋法条約が設立した機構・制度
条約は4つの機構を設立した。
・ 国際海底機構
・ 大陸棚境界に関する委員会
・ 国際海洋法裁判所、調停委員会臨時設置に関する取り決め、仲裁裁判所、特別仲裁裁判所など紛争の平和的解決のためのシステム
・ 締結当事国会議
条約はまた、海洋科学調査のための地域センターの設置を定めたが、実現に至っていない。
1. 国際海底機構
国際海底機構はきわめて困難な時期を迎えている。直面せざるを得ない困難の一部は政治的な性格のものであるが、根源はマンガン団塊採鉱への過度の集中とそれへの限定にある。ただし、この採鉱は、実際には、見通せる範囲の未来には起こりそうもないが、他方では同時に、団塊の他に大規模な海床硫化物、遺伝資源、水酸化メタンなどの目覚しい新発見があった。しかしこれらはすべて、完全に機構の活動範囲外にとどまっている。
機構は、最初の数年間をマンガン団塊の試掘と開発の規則づくりに費やしたが、さほどに即効的実際的応用を見つけ出すことはできないであろう。
最近の20年間、国際海洋法学会は、同機構が科学、経済、技術状況の変化に追いつき、その活動範囲を漸進的に手直しするための数多くの仕事を行ってきた。1984年と1985年にオーストリア代表と共同で、ある提案を作り上げ国際海底機構および国際海洋法裁判所の準備委員会(Precom)に提出したが、それは探査・調査・開発共同企業(JEFERAD)の設立と同機構所属の企業の最初の鉱区(埋蔵区域)の探査に関するものであった。この提案はPrecomの公式記録
6の一部になっている。同様の提案はIOI(国際海洋法学会)がコロンビア代表と共同で「国際企業」というタイトルの一連の文書(1987〜88年)
7のなかで展開した。JEFERADあるいは国際企業が目指そうとしたのは、費用分担と低減、リスク分散、公的と民間の投資のシナジーを創造して新規追加財源を創出すること、発展途上国の参加を増やすことであった。この種の企業は、深海底探査・技術開発・人材開発の前進のためのある種地球規模のユーレカ(欧州先端技術共同研究計画)であった。プロジェクト選定を担当する組織は機構の理事会となる予定であった。当時のわれわれの研究の結論では、鉱区の共同探査費用は、各開拓者的投資家が条約と決議IIに定義の義務にしたがって単独で実施するより30パーセントは安くなるところであった。R&Dの費用は各開拓者的投資家が単独で実施すれば3倍になり(作業の重複により)、独立した別々のプログラムで人員の訓練を行えば、訓練費用は、統一したプログラムで行う訓練に比較して50から100パーセント増しになったであろう。
今日なら、JEFERADの目的に、の各種条約規範の調和と統合が加わっていたであろう。このR&Dの成果は国際海底機構にとどめるべきでなく生物多様性および気候条約規範のニーズにも同様に応えるものである。したがって調査範囲はかなり広範なものである。
このような次第で1998年、IOIは提案を改正
8して、現在、機構とは深海底生物相の保全責任を分担しあう生物多様性条約規範と、さらに、深海底の水化物についてその不安定化が気候の変化に重大な影響を与えるがゆえに研究が根本的に重要である気候条約規範を盛り込んだ。これらの規範は現在、区域内の微小動物(遺伝資源)などの生物資源と水化物の研究と長期的な監視に共同で関わるべきである。この改正提案は海底機構と地球環境ファシリティ(GEF)で非公式に討議された。プロジェクトは、国際水域と気候変化に対して責任のあるGEFによる共同融資を受ける資格をまちがいなく取得するであろう。
1999年8月、国際海底機構は重合金属団塊の深海底採鉱技術提案についての作業部会を立ち上げたが、この作業は、2000年6月に国際海底機構の鉱物資源のもう1つの作業部会のなかで再開された。両部会の美しい図解入りの総括報告が2000年9月に機構から発行された。この報告のなかで以下のとおり書かれているのは喜ばしい。
探査、採鉱開発、潜在的な環境への影響の技術調査を少なからず繰り返したおかげで、環境上のデモンストレーションとして、比較的に有望な区域の1つを協働で採鉱する事業を立ち上げる提案が生まれた。このようにして環境への影響と緩和策が現実の作業条件のなかで確立できた。新規技術は参加者が協同で開発し、協力の費用は産出した金属の価値により埋め合わされ、結果として生まれる利益も費用も全員で分配または分担する。提案は、参加者と事務局間の協議のたたき台となった。
報告書はまた、推薦できる協働調査の有益なリストも添えており、次の情報で締めくくっている。
現在、ISA(国際海底機構)の事務局は、探査契約を結んだ既存の探査者、さまざまな政府および調査機関と、これら調査プロジェクトの開始を円滑化すべく作業中である。
事務局はまた、海床の大量の硫化物探査の規則作りの作業に取りかかっている。この規則の原案作りは1998年ロシア代表からの要請であり、条約の定めるところにより、機構は要請から3年で採択する必要がある
9。
したがって、SMS採鉱規則の基礎として極めて有益となるであろう採鉱規則の完成で団塊バリアは崩れ去ったように見え、新たな生産期間が現代科学技術とあいまって始まりつつあるかにみえる。深海底は今日、われわれが70年代に考察し、条約第XI部の原案が書き上げられた頃よりも、科学的、生態的、環境的に、また、国内・国際治安のためにもはるかに重要である。海底がもっと重要であれば、機構もそうでなければならないのは明白である。機構がこの呼びかけに応えるのであれば、その権限においても構造においても進化論的な変化が必要であろう。
例えば、マンガン団塊の採鉱用にデザインしたアパレル・システムは、端的に、その他の資源の探査と生産には応用できない、という事が起こってくるであろう。このことは大きな問題とはならないであろう。なぜならば、実地というものはそのシステムを作り上げる規定を無視する可能性があるのである。条約はそのままで、それどころか条約の改正なしに展開が可能な代案を用意しており、これは合弁システムについてもしかりである。
しかしながら、1994年の実施協定が、それが団塊の採鉱機能に厳しく限定されており、そのことは機構の活動の範囲拡大のより広範な文脈のなかで審議会の構成と議決を極めて無意味にするがゆえに、適用できないということが起きてくるかもしれない。この協定をしかるべき時に見直し、改正して変化を遂げつつある状況に合わせて最新のものとするのは締結当事国会議次第である。
付属Iでわれわれは、21世紀の国際海底機構のあり方を分かりやすく示したモデルを展開した。
機構は過去、現在、未来にわたって人類の共同の財産原理の第一の管理者であり、その実行責任者である。これはオーシャン・ガバナンスの1つの主要な要素を構成する。
2. 大陸棚境界委員会
この委員会は条約の定めにより1997年に設立された。委員会の機能は2つある。大陸棚の外側の境界について、それが基線から200マイルを超えて広がる地区について沿岸国が提出するデータその他の書類を検討し、委員会にとっての容認可能性を機構へ答申することであり、もう1つは、沿岸国がデータ作成の過程で求めてくれば科学的技術的助言を行うことである。沿岸国には条約発効後10年以内に合意のできた境界線を宣言する義務がある
10。ほとんどの場合これは2004年であろう。一部はその数年先になろう。
委員会は年2回会議を持つ。委員会は科学的技術的ガイドラインの作成においてすぐれた技術的作業を行ったが、大きな問題が2つ浮上した。どちらも大陸棚の境界を定義する条約第76条の途方もない複雑さに由来するものである。第1の困難は、この宣言を準備するのが極めて難しくかつ費用がかさむことで、大方の途上国は、単にこの理由によって作業を完了できない。委員会の対応は3通りである。作業の完成に少なくとも1年間延期を認められる国があるかもしれない。委員会は現在5日間の訓練プログラムを準備中で、これで途上国の専門家を支援し、また、信託資金を準備したが、これはノルウェー政府からの百万ドルの気前のよい寄付によるもので、この作業の支払いにあてられる。悲しいかな、容易に予測できるのは1年の延期、5日間の訓練、百万ドル、では問題の解決に十分でないということである。第2の困難は、多くの国で起こったことであるが、定義した境界線をはるかに越える要求をすでに提出していることである。これは第76条の曖昧さ以外の何物でもない
11。この要求は、ことに前進する技術により国際海底と沿岸諸国の間の境界線区域で資源が発見されれば、益々多く出てくるのはあり得ないことではない。境界線が合意できないと、条約規範を不安定にし、オーシャン・ガバナンスの働きを突き崩すおそれがある。IOIがUNICPOLOS I
12へ提出した文書では、条約の一体性の確保に貢献する代替案としてのアプローチが打ち出されている。
このアプローチの基礎となっているのは、過去数十年で明らかになった一般的な傾向、すなわち、隣接するか対岸にある国家間で主張が重複する場合、暫定にせよ恒久にせよ共同開発または共同管理の協定調印へ向かう傾向である
13。少なくとも一人の学者が立証に努めたように
14、この実践は、まず、これまでに慣習的国際法になり、次に、これを隣接ないし対岸の国家間の区域だけでなく、まさに、沿岸国と国際機関、この場合、国際海底機構との間の区域にも応用することは、国際法に適うものである。
何百万ドルも費やす代わりに、また、恐らくは、問題に決着をつけてしまうのでなく、ほぼ間違いなくはるかに簡単で、費用対効果がより高く、より生産的であるのは、外延的な境界の主張を持つ沿岸諸国がこれらの主張を凍結し、代わりに機構と共同開発あるいは共同管理区域を創設し、いうなれば基線から300〜400マイル広げる選択肢を与えられることである。協定は、最小限、環境の共同監視、最大限は共同資源探査と生産を規定するものになるであろう。この協定は、両者にとり高度に有益なものになるであろう
15。これらは第142条の実施を円滑化するであろう。機構の活動を刺激するものとなり、沿岸途上国が、その外側にある大陸棚を探査するのを支援することになるであろう。
境界線の主張を凍結するということは第76条の定めに屈服すると解釈でき、また、この実践の導入が、締結当事国の協議を経て合意に達する必要なしに可能になるということである。
大陸棚境界委員会はいずれにせよオーシャン・ガバナンスの暫定的な機構である。条約の想定からすれば、同委員会は、すべての境界宣言が終わった時点で、未来永劫活動を停止する。この代替となる選択肢を導入すれば、その時期は早くなるであろう。
3. 紛争の平和的解決のためのシステム
このシステムはオーシャン・ガバナンスの基本的に重要な部分であり、海洋法条約で最も成功したものの1つである。システムは基本的に5つの部門を備えている。すなわち国際海事法裁判所、国際司法裁判所、仲裁および特別仲裁裁判所、調停委員会である。
国際海事法裁判所はある意味で中枢部分をなす。同裁判所が直面した当初の難題は、案件が少なかったこととICJ(国際司法裁判所)との競合である。これは権能の重複から来るものであった。学者のなかには一部、同裁判所は資源の浪費以外のなにものでもなく存在理由がないという意見の人もいる
16。海事紛争は境界紛争を含めて、既存の機構すなわちICJと仲裁で解決できるし、解決してきた。海洋法裁判所の唯一有益な機能は、条約の第XI部の解釈と実施に絡むケースがあれば海底機構によって行使できたであろうということであるが、海底採鉱が行われていないために、予期し得る未来においてこの機構を利用する機会はないであろう。
ところで海洋法裁判所は多数の案件を扱い、迅速かつ適確に裁定を下して、信用・信頼を積み上げてきた。しかしながら紛争処理のシステムには依然として逃げ道があり、それは例えば海運業界のグローバリゼーションという流れの中での海運、オープンな船籍登記、船籍国の責任に関するものである。この逃げ道のゆえに、真犯人を特定、逮捕して裁判にかけることが不可能になっているケースが多い。
海上での犯罪を含めた犯罪のグローバル化は他にも新規の問題を提起する可能性がある。海賊行為や武装強盗の事件数が脅威的なスピードで増加している。これらの犯罪には麻薬取引、非合法の人身輸送、その他、地球規模の犯罪カルテルの活動が絡むことが多い。今日多くの法廷で見られる実行、遵守、執行への主張の高まりを踏まえて、犯罪者を海上で逮捕すれば、これまで以上に効果的になると考えるとすればどうであろうか。オープンな船籍登録国で登録された海賊船の船主は、どこからも監督を受けることなく、どこにいるのか。どこの船籍をこの船は、第104条に従って保有しているのか。船主はどこで裁判を受けるのか。まちがいなく犯罪のグローバル化は、司法のグローバル化に呼応して炙り出された。すでに国際戦争犯罪裁判所、人権裁判所があるように、海上における国際犯罪事件はすべて強制的に持ち込まれるべきという国際裁判所の必要性が生まれる可能性がある。そしてその裁判所は国際海洋法裁判所であり得る。
オーシャン・ガバナンスのこの部門も時の流れとともに進化する。
4. 海洋法条約の法に則った締結当事国の会議
国連海洋法条約は、その第319条2項(e)で事務総長が「条約の定めるところにより必要な締結当事国会議を召集する」と規定する。第1回締結当事国会議(SPLOS)はニューヨークで条約発効直後の1994年11月21、22日に召集された。2000年現在で条約締結当事国会議はこれまで10回開かれた。
会議はまず、海洋法のための国際裁判所のメンバーと大陸棚境界委員会メンバーの選挙ならびに裁判所の予算と管理事項を取り上げた。
この会議の権限は、条約の他の規範にもとづく場合と異なり、これら管理事項の検討により厳しく限定される。しかしながらこの面でも興味深い展開がやがて出てくる。多数の締結当事国が、会議の権限を拡大する必要性を感じ始めている。持続可能な開発委員会での協議、特にCSD7、国連総会における海洋と海洋法に関する事務総長年次報告に関する十分に情報を与えられた上での協議を円滑化する仕組みを作り上げる必要性に関する協議は、この不安を掻きたてることになった。
第10回会議でチリの議案が審議されたが、それは、次回の締結当事国会議の議事に、新たな項目で、議題が「国連海洋法条約の実施」か「国連海洋法条約に関する全般的な性質の問題」のどちらかを加えるという提案であった
17。この議案には、第9回会議で締結当事国会議の性質と作業について行われた議論への言及があった
18。締結当事国は条約の実施を考慮すべきというのが、なかんずく、この議論における提案であった。このために、締結当事国会議は、条約第319条の定めるところにより、国連事務総長から毎年、条約に関連して発生する全般的な性格を持った諸問題の報告を受けることになる。さらに、会議は大陸棚境界委員会と国際海底機構の作業ならびに該当する場合は必要な秘密事項についての報告を受けることになるであろう。なおこのことは委員会、機構の自立性を損なうものではない。
チリ提案への反応はまちまちであったが、締結当事国会議と新たに設立されたUNICPOLOSの間に一定の対立が現われたかに見え、これら両機構間の関係についての質問が若干呈された。
オーシャン・ガバナンスのより広範な状況から考慮すれば、これらの関係は明快である。SPLOS会議の権限拡大の必要は、条約実施から生じる問題、あるいは状況の変化に合わせるための改正、議定書、実施協定の必要性から生じる問題を考えるとき、たしかにあるように思われる。国際海底機構の諸問題は、SPLOS会議が検討し、また行動を取る必要のある第一の問題かもしれない。
しかしながら、オーシャン・ガバナンスの法制面の枠組みは今や著しく広範になっており、加盟国・加盟国数がSPLOSと異なる可能性のある条約、協定、プログラムを包摂している。SPLOS会議がこれら全規範間の重複、食い違いの問題を扱うのは適当でないであろう。唯一、総会のみがその加盟国の普遍性と広範な権限でもってその資格を有し、事務総長の年次報告を基礎として上述の問題の協議や意思決定を円滑化させるのがUNICPOLOSの課題である。
このSPLOSとUNICPOLOSの業務分離は、少なくとも海洋法条約の加盟国数が総会なみに、したがってUNICPOLOSなみに普遍的になるまでは、このままにとどまるであろう。その時には費用効果の問題としてUNICPOLOSとSPLOSの合併を考える向きも出てくるかもしれない。
このことの明らかな原因となるのは、LOS条約自身の機構的な枠組み樹立への貢献が著しく重要であるという先行の4つのセクションである。この枠組みは完璧からは程遠い一方、各構成要素とも進化の途上にある。この進化は、UNCEDプロセスから現われる機構面の枠組みのより広範な文脈のなかで今や、起こるであろう。ここでこれを検証する。