2 提 言
(1)海上交通の安定と発展の持続
調査研究を依頼した諸専門家からは、海洋各分野の実態と共に、改善すべき事項と改善のための提言が示された。1章の実態調査において既に触れて重複するところもあるが、特筆すべきもの、ユニークなものについて、以下のとおり所見を付して要約する。
a 海運と海上交通の持続性ある発展
海運界のグローバル化の中にあって、経済と海上物流の維持・発展のためには日本の海運も発展させていくことが重要であり、そのためには、日本関係貨物量の増大、3国間航路での輸送量の増大、輸送サービスの質的改善、それに、ISM(国際安全管理)コードの達成を図っていくことが必要であること、および、海運の多国籍化の現状に鑑み、安定的な海上物流を確保するために、海運業界、港湾業界、各自治体、国家等が一体となった情報交換と危機管理のためのネットワークが必要であることが指摘されている。また、治安が必ずしも安定していない地域・国に位置するハブ港の安全確保の必要性が指摘され、警察・軍を含む関係各国の連携の重要性が強調されている。
2001年3月にタイのバンコクで開催されたオーシャン・ガバナンスに関する国際会議におけるコメントの中に、地域経済の更なる発展とそのための海上物流の円滑化のために、ハブ港から枝分かれするフィーダー港を整備していくことの重要性を指摘するものがあった。これは、危機管理の面からも重要な提案であろう。
b 海上交通をめぐる国際情勢の安定化と海上治安の維持
海上交通と国際情勢の安定化のために、
[1]重要国際海峡管理のための基金の設立
[2]重要国際海峡管理のためのレジームの構築
[3]特に、マラッカ海峡管理局の設立
[4]南シナ海における行動規範の策定
[5]海賊に対する共同行動
[6]地域海洋安全保障フォーラムの設立
が提唱されている。
海上交通路周辺の治安維持のため、海賊、密輸、密入国等への対処のために省庁間協力と地域国際協力が不可欠であることが強調されている。しかし、縦割り行政の弊害を是正することは容易ではなく、いわんや、多国間の省庁間協力は多くの困難を伴うだろう。アメリカでは、海軍と沿岸警備隊によるナショナル・フリート構想に基づく共同の枠組みが構築され、また、カリブ海などでの密輸と不法入国阻止のための関係省庁合同の任務部隊(Joint Inter-agency Task Force)の活動が功を奏している。参考とすべきであろう。
c 海洋の安全保障と防衛・警備の強化
「管理の海洋世界」という新しい海洋の時代の意義を踏まえて、海軍に海洋管理に貢献する役割を持たせることの重要性が唱えられている。総合的海洋管理の追求は、“資源−環境−平和”を巡るトライレンマへの挑戦でもあろう。ここにおける“平和”への貢献が、海洋管理への貢献に繋がるとの指摘である。
所謂“Sea Lines of Communication(SLOC)”の防衛は、海軍の伝統的任務であり、その重要性は今も変わらない。しかし、経済のグローバル化と海運界のボーダーレス化の中で、シーレーンとシーレーンが結びついて網の目を形成し、SLOCは、今や“Consolidated Ocean Web of Communication(COWOC)”と称する方が適切とも思える様相を呈し、それは世界経済発展のための共有財産、あるいは公共財となっていて、安全保障上脆弱ではあるが武力紛争における目標として選定することを難しくする一面があることは確かであろう。一方、今日顕在化しつつある資源・エネルギーに対するナショナリズムの高まりは、海洋資源と排他的経済水域や大陸棚の境界画定を巡っての国家間紛争の危険性を惹起している。ここにおいて、多国間海洋管理とそれに貢献する海軍の役割という概念の意義が理解できよう。
2001年11月に実施された緊急討論会「海上における危機管理」では、国際海峡や港湾・沿岸重要施設をテロから守るための、監視・哨戒および、テロ発生時の国際的救難態勢構築の提言があった。ところで、海運会社にとって危機管理はコストが掛かるばかりで収益性を損ねるとの認識がある。危機管理のための海運業界、港湾業界、自治体、国家が一体となった強力なネットワークの構築が検討されなければならないだろう。
d 航路の安全と救難・監視体制の構築
IT革命の成果を積極的に活用しての迅速な情報提供や有機的交通管制の必要性が指摘されている。海上交通を取り巻く環境は大きく変化しており、海難の背景にある原因も多種多様となっていて、ここにおいても、国際協調が必要であることが強調されている。
海難における外国船舶、サブスタンダード船の増大に鑑みて、ポート・ステート・コントロールを強化することの必要性が指摘されている。オーシャン・ガバナンスのシステムとしても、ポート・ステート・コントロールの強化は重要な施策となるはずである。
海洋管理、航路の安全のためには監視システムの整備が必須であり、周回軌道衛星にリモートセンサーを搭載した監視システムの実用化が提唱されている。海賊監視にも最適であり、北極海航路開拓のための海面観測や、海上汚染監視にも応用できるものとして実現のための検討が望まれる。
e オーシャン・ガバナンスと海上交通
オーシャン・ガバナンスの制度的枠組みはそれぞれに独立し過ぎていてまとまりに欠け、実施の態勢は未だ具体的ではない。オーシャン・ガバナンスによる海洋管理を強力に推進するには資金が必要であり、まず、資金調達のメカニズムが必要となることが指摘されている。オーシャン・ガバナンスを推進する国際的な場としては、現状では国連総会が最も適しているのではなかろうか。国連総会を活用しての、資金調達、制度や実施計画の策定などを推し進めることが肝要であろう。
オーシャン・ガバナンスには執行力が不可欠である。その意味から、地域沿岸警備隊設立が提案されている。
自国の国家管轄水域に対して、限りなく主権に近い権限を主張する沿岸国は多い。そのような国々において、オーシャン・ガバナンスの概念は受け入れ難く映る面があるだろう。「海洋管理」、あるいは「オーシャン・ガバナンス」をテーマとした会議や論調において、はからずも思い知らされるのが、“オーシャン・ガバナンス”に関する多様な理解である。それぞれの人がそれぞれのオーシャン・ガバナンスを思い描いている。IOIの唱える“オーシャン・ガバナンス”の概念には、海洋管理の理想が見えるように思われるが、それでも、オーシャン・ガバナンスを直裁に海洋管理と結びつけて議論すると、多くの場合、誤解と錯誤を招く。オーシャン・ガバナンスに対する理解の仕方が異なっているからである。海洋管理の在るべき論の中で、オーシャン・ガバナンスが自然発生的に論じられる形が望ましいのではなかろうか。沿岸国の理解には手順が必要である。