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(2)調査結果の総括
 海洋は、資源や通商などを巡る様々な利害、国家主権や外交・安全保障などに関する政策や思惑が複雑に絡み合う世界である。2年間の調査研究で、海洋に係わるあらゆる分野を網羅することは極めて難しい試みであろう。それでも限られた期間の中で、海運と海上交通路の実態を把握して、それを取り巻く国際関係や航路の治安状況あるいは災害模様について概観すると共に、海洋の安全保障環境と各国の安全保障戦略および防衛・警備政策等に関する情報の収集を図り、さらにわが国周辺における海難等の実態を調査して航路の安全のための法令や諸施策の現状を確認し、締め括りとして、国連海洋法条約に規定される海洋管理の実行のための施策に関する考察の一つとしてオーシャン・ガバナンスを取り上げその概念と法制・制度・実施面の現状について資料を収集した。2年間で取り上げたテーマについてだけでも、個々に多くの問題点を含む海洋の複雑な実態が浮き彫りにされた。以下、今回の調査研究結果を総括する。
 世界経済と同様に国際海運もまた著しく変化している。国際海運の構造変化は便宜置籍船の増大に起因するところが大きい。便宜置籍船は集荷の円滑化と輸送の効率化を可能とし、多様な経済的効果をもたらした。開発途上国への船籍移転は、一方で、経済活動のボーダーレス化と相俟って海運界に多国籍化をもたらしている。多国籍化は海運の運営と利害関係を複雑にし、海運に係わる統制や規制、管理を難しくしており、これが、海上交通の安全と安定さらには秩序の維持といった面で諸々の問題を生じさせることになった。サブスタンダード船が便宜置籍船に占める割合も大きい。
 定期船市場は、巨大コンテナ船による長距離広範囲輸送が主流となっている。コンテナ輸送は流通のコストダウンをもたらし、産業構造そのものに革命的変化を及ぼしている。コンテナ船のハブ港への集中とハブ港からローカル港への地域集配の物流が形成され、グローバル貿易と同時に地域内貿易も活性化されることになった。そのような中で、定期船市場は自由競争が激化し、世界各地のメガ・キャリアーが業務提携を結ぶグローバル・アライアンスが進展している。定期船市場はJIT(Just in Time)が求められ、これによって在庫の圧縮と操業の効率化が図られている。何らかの理由によりコンテナ航路が遮断される、あるいはハブ港が使用不能となる事態が生じれば、世界経済に大きな影響を及ぼすことになるだろう。
 中東からマラッカ海峡や南シナ海を経て北東アジアに到る航路は世界経済の大動脈である。海上交通路は言わば“蓮の茎”のようなものであり、出港して広がり、海峡等で集束その後拡散し、入港して収束する。海峡など航路狭隘部やハブ港の存在する地域の国内治安・国際情勢は必ずしも安定していない。テロや海賊の危険性もある。航路は過密化しており海難事故が多い。資源や島嶼の領有権を巡る紛争があり、また、国連海洋法条約の規定を超える国家管轄水域とそこにおける過剰な管轄権を主張する沿岸国もある。航行の自由と安全は、極めて脆弱な土台の上で辛うじて維持されている状態にある。
 海洋はシーパワーが形作ってきた世界であった。冷戦の時代、海洋は東西のシーパワーバランスの中で、緊張における安定が保たれていた。冷戦後、アメリカとロシアの海軍力は削減され、海洋戦略が外洋から沿岸部にその重心を移行させる中で、海洋には力の真空地帯が生じている。そのような状況において、中国が海軍力を増強させ、一方で海賊やテロ、麻薬取引や密入国が治安を悪化させている。歴史上、海洋世界はシーパワーの変化によってパラダイム・シフトを繰り返してきた。今日、シーパワーバランスの消滅、国連海洋法条約による海洋利用の法的基本構造の変化、地域海における地域海洋レジーム構築の進展、海洋に係わる主体の多層化を受けて、「自由の海洋」から「管理の海洋」へのパラダイム・シフトが生じている。海洋の安全保障や海軍の意義・役割は、「管理の海洋世界」のパラダイムに即したものでなければならないはずである。ハブ港やその周辺の海域・航路の防衛・警備の在り方についても、海洋管理を意識せざるを得ない面がある。しかし、海洋管理の法的基礎となる国連海洋法条約についてみれば、この条約が審議された時代は冷戦の時代でもあり、海洋管理と海軍活動が切り離されて審議された面があることは否めない。海洋管理を規定する様々な条項において、海軍行動の位置付けは曖昧である。
 海難もまた複雑化している。わが国領海内で海難事故を起こした1000トン以上の船舶のうち、70%は外国籍船舶である。わが国に入港する外国籍船舶の40〜50%はサブスタンダード船であるともいわれる。安全や防災のための規則が必要となっている一方で、海運界からは各種の規制緩和が求められている。安全性と効率性との調和の実現について検討されなければならないが、船会社の認識する安全と専門的判断に基づく安全とはかけ離れており、これは外国船舶において更なるものがある。規則と規制緩和の問題は、そのまま海上テロや海賊対処についても当てはまる。
 海洋管理については、その在り方について様々な考えがあり方法論がある。管轄水域の管理は沿岸国の管轄権によってなされるとの意識から、管理のための国際協力の提案を干渉であるとする考えすらある。オーシャン・ガバナンスは、海洋に係わるあらゆる主体が、海洋を「人類共通の財産」として総体的に管理する概念であり手段である。海洋管理の制度的枠組みとして、国際海底委員会、国際海洋法裁判所、大陸棚委員会などがあるが、それぞれが分化していて集約が難しい。オーシャン・ガバナンスによる海洋管理の実行計画は未だ立案されていない。海上交通に係わるオーシャン・ガバナンスのシステムは順調ではない。海運のグローバル化、自由化、民営化、規制緩和が強者と弱者の格差をさらに拡大しているし、船員の労働条件は改善されていない。オーシャン・ガバナンスを提唱するIOI(International Ocean Institute)では、資金調達のメカニズムと、法の執行手段の検討を国連総会などで提言している。
 海洋管理の主体について、国連海洋法条約に曖昧性があることは否定できない。国家管轄水域の管理が沿岸国の管轄権に委ねられていることは事実であるが、資源保護や環境保全さらには航路の安全など、沿岸国一国だけで管理し得るものではないだろう。国家管轄水域に限りなく主権に近いほどの過剰な管轄権を主張する沿岸国の管理は、むしろ弊害を生じる。








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