日本財団 図書館


c 海洋の安全保障と防衛・警備
 調査研究の2年目にあたる平成13年度、アジア太平洋地域における海洋の安全保障と防衛・警備に関する実態を把握すると共に今後の動向および我が国と国際社会の防衛・警備政策の在り方を検討することを主眼として、秋元海洋研究所の秋元一峰所長が資料を収集、「海上交通網に関する安全保障戦略と海上防衛・警備およびその法制度」として纏め報告書を提出した。また、2001年9月11日に発生したアメリカ中枢部を狙った同時多発テロに鑑み、本調査研究の一環としてシップ・アンド・オーシャン財団が2001年11月9日に実施した緊急討論会「海上における危機管理」では、海上テロの危険性と予想される損害見積もり、予防と対処のための提言などについて発表され、意見が交換された。
 なお、資源・環境に係わる海洋科学調査について東京水産大学の佐藤好明教授の提出した「科学調査と国際法」については、東シナ海における海洋調査船の活動を巡る日中間の軋轢を考察する上での格好の文献となるものであり、本項においてその内容を紹介する。
c−1 安全保障戦略と防衛・警備
c−1.1 安全保障戦略とシーパワー
 秋元所長は、海洋はシーパワーが形作る世界であると指摘する。冷戦時代、海洋は東西のシーパワーバランスの中で安定していた。冷戦後、シーパワーバランスが消滅し海洋には力の真空地帯が生じている。冷戦後最大のシーパワー国家であるアメリカの海洋防衛戦略の中心は地域紛争周辺の沿岸海域へと移行した。冷戦期に600隻艦隊15隻空母態勢を目指したアメリカ海軍の現有兵力は艦艇315隻空母11隻と縮小されている。ロシア海軍についても、1992年当時188隻あった主力艦艇が2000年には67隻に大幅削減されている。一方、中国海軍はロシアから最新鋭の戦闘艦艇を購入するなどして規模を増大させており、この地域の戦略バランスに大きな影響を与えつつある。
 
c−1.2 防衛力の目的と海軍戦略の重心
 冷戦時、主要国の海軍の最大の目的は大規模紛争の抑止であった。冷戦後、大規模紛争発生の蓋然性は低くなったものの、海洋の利用を脅かす様々な脅威が顕在化し、防衛的任務と警察的任務の境界を曖昧にさえしている。そのような中、海洋安定化のための海軍の役割に注目が集まり始めている15
 
c−1.3 今日の海洋世界の特徴と防衛・警備の重心
 歴史上、海洋はシーパワーの形態の変化によってパラダイム・シフトを繰り返してきた。今日、シーパワーバランスの消滅、国連海洋法条約による海洋利用構造の変化、海洋レジームの地域化、海洋に係わる主体の変化によって、海洋は「管理の世界」へとパラダイムを変換している。そのような中で、防衛・警備政策も、これまでの海洋を律していた「自由の海洋」概念から「管理の海洋」に即したものへと、その重心を変化させなければ対応できない事態が生じてきている16
 秋元所長に加えアメリカ国防総省のカルター顧問も指摘している、チョークポイントやフォーカルポイント周辺にある脅威や危険に対する防衛・警備の在り方についても、「管理の海洋」のパラダイムを意識しなければ解決の糸口が見つからない面がある。
 
c−1.4 海洋法と軍事
 国連海洋法条約の審議された時代は冷戦の時代でもあり、海洋法と軍事とが切り離されていた面があることは否めない。国連海洋法条約と海軍活動は離婚した状態にあるとの表現もある。海洋管理における海軍力あるいは防衛といったものの意義について検討し、国際海洋法の中に海軍力を位置づけることが必要となっている17
 
c−1.5 海洋資源開発との関連
 尖閣諸島周辺など日本近海での中国の海洋調査船や海軍艦艇の活動が問題視されている。そこには、日中両国の排他的経済水域の境界が確定されていないために生じている問題と、中国の艦船が実施している調査の内容が必ずしも明確でないために生じている問題の二つがある。海洋の科学的調査については、国連海洋法条約第13部においてその権利や義務を規定しているが、現実の調査において学術的な科学調査と大陸棚などにおける資源探査との区分は曖昧な面がある。これに兵器開発などのための軍事的な調査が絡むと問題はさらに複雑になる。遅々としてではあるが、国際海事機関などが国連海洋法条約で定められていない問題についての規定を準備しつつある18
 資源・エネルギーや食糧の需要が増大するにつれ、海洋資源の開発に絡む国家間の紛争は様々な形で顕在化してくるであろう。
c−2 海上における危機管理
 日本の海岸線は長大である。海上保安庁は全国に117箇所の保安部署を有するが、単純計算すると290キロに一つの割合となる。東京から豊橋ほどまでの海岸線を一つの保安部署が受け持っていることになる。もちろん、東京や大阪などはかなり濃密な監視態勢を敷いてはいるが、主要都市に限らず、全国各地にある原発や石油備蓄基地など重要施設がテロの対象になる危険性は常にあるだろう。
 テロは経済・金融と密接に結びついており、日本が標的になることも考えられる。アフガン後、テロの中心が東に移動しているとの指摘もある。日本の海岸線を守るだけでは備えとして不十分だ。
 マラッカ海峡は世界海運の大動脈である。周辺にはイスラム過激派やシンジケート化された大規模な海賊集団が存在する。海峡部の封鎖を狙ったテロや、海賊の攻撃による船舶の座礁や大規模な油流出事故発生の可能性を否定はできない。
 ハブ港を狙ったテロの可能性もある。アメリカで実施されたサイバーウォーの演習で、“想定敵”が国防総省のコンピューターシステムに対し40,000回の侵入を試み、その内4,000件がアクセスに成功し、さらに40件が侵入に成功したという。侵入に気づいたのは2件のみであったという。ハブ港はシステム化が進んでおり、サイバーテロに対しては脆弱な面もあるだろう。ハブ港については、サイバーテロに限らず、例えば満載のLNG船が港に突っ込んで自爆するといったシナリオも考慮しなければならない。
 以上のようなことが危惧される現状において、テロに対する関係省庁間協力と国際協力の態勢は必ずしも十分であるとは思えない19
 しかし一方で、a「海運および海上交通の要衝」の項でも触れたように、海運会社にとって危機管理は人員や施設を必要としコストが掛かるばかりで収益性を低下させるとの認識が強い。規制緩和と関連する問題ともなる。
c−3 提 唱
・海洋の新しいパラダイム“管理の海洋”の時代における安全保障戦略と海軍力の意義について検討し、安定した持続性ある海洋利用のための海軍・警察の役割、国際協力について、法制度や実施体制を整えていく必要がある。
・海洋資源開発を巡る紛争や環境汚染が国家間の武力紛争にエスカレートすることを避けるため、地域海管理とそのための国際協定が必要となる20
・海上の危機管理のため、テロ等に対する法制、実施体制、実施計画からなる国家的および国際的な危機管理態勢を構築する必要がある。この際、海上自衛隊や海上保安庁など、関係するあらゆる主体を有機的に結びつけることが重要となる21








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION