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b 海上交通を巡る環境(国際関係、災害と治安)
 平成12年度の調査研究テーマとして、アメリカE-Wセンター上級研究員マーク・ヴァレンシア博士と同じくアメリカ国際応用科学協会上級研究員スタンリー・ウイークス博士に、海上交通を巡る国際関係や海上交通路周辺における災害や治安状況に関する調査研究を依頼した。バレンシア博士からは「アジアにおける海上交通網の安全と国際関係」、またウイークス博士からは「航路のセキュリティー環境」と題する調査結果が提出された。調査結果の概要は以下のとおりである。
b−1 アジア太平洋地域の海上交通路の特徴
 中東からマラッカ海峡や南シナ海を経て北東アジアに到る海域は世界経済のための通商の要である。しかしそこには、様々な国家間の紛争や沿岸国による過度な管轄権の主張、海賊行為など航行の安全を脅かす潜在的・顕在的な不安定要因が存在する。
 東南アジアには約45の、そして北東アジアには約40の国際海峡がある。マラッカ海峡の通峡船舶量は150隻/日に上り、その貨物量の58%は原油である。シンガポール港には毎日ほぼ2分に1隻の割合で船舶が出入港している。活気に溢れるこの海域は想像をはるかに超えて過密化しており、原油流出などの事故も多い10
 
b−1.1 複雑な国際関係と多様なインタレスト
 この海域の国際関係は複雑であり様々な紛争要因を抱えている。南沙群島の領有権問題には6カ国・地域が関わっており、平和的解決に向けての国際会議が開催されてはいるものの、先行きは不透明であり、紛争の未然防止としての行動規範は未だ合意をみない。世界最大の国際海峡であるマラッカ/シンガポール海峡を管轄するインドネシア、マレーシア、シンガポールの海峡3カ国の利害と立場は一様ではない。シンガポールは貿易立国として海峡通航船舶に多くを依存しており、港湾整備に力をいれた政策を採っている。インドネシアはその群島全域を主権的な権利下におくことを安全と繁栄の基礎と考えており、マラッカとシンガポール海峡を一つの海峡として扱うことに不満をもっている。マレーシアは海峡の安全航行と汚染防止に大きな関心を持っている。マラッカ/シンガポール海峡の最大の受益国である日本は、仮にマラッカ・シンガポール海峡とインドネシア群島水域が航行不能となり原油を含む貨物がオーストラリア南端を迂回することになれば、運賃は5倍となり15億ドル相当のコスト増となるところから、航行の安全に最大の関心を払っている。マラッカ/シンガポール海峡の閉鎖は同様に東南アジア諸国やオーストラリアも厳しい影響を与えるだろう。アメリカはこの地域の航路が不安全になると自国の消費物価が高騰するばかりでなく、アジアの同盟国の経済発展を損ない、さらには自国の海軍の行動に制約を被るところから、航行自由の原則の維持を最優先に考えている11
 
b−1.2 海上交通に影響を及ぼすもの
 多くの国際海峡を有し過密化した東南・北東アジアの航路では、事故や災害の危険が常に存在する。また、原油タンカーの事故等による油汚染は最も大きな海洋汚染源の一つとなっている。マラッカ海峡では過去15年間で72回の海難事故が発生し、54回の油流出事故を起こしている12
 武力紛争に至らなくとも国家間の紛争が航行の自由を妨げた例がある。台湾における選挙等で中台関係が緊張した折の1996年に中国が台湾近海に向けて実施したミサイル発射は、多くの通行船舶に影響を与えた。中東から北東アジアにかけての海域には、南沙諸島の領有権問題や海底油田に絡む国家間の思惑の相違など、様々な紛争要因が顕在している。東南アジア諸国の間では、経済の相互関係を考慮した場合海峡封鎖のような事態は考え難いが、中国のミサイル発射が航行を阻害したような事態は想定しうるだろう。
 航路を分断するものは軍事力だけではない。沿岸国による自国の国家管轄水域に対する主張の中には国連海洋法条約の規定をはるかに超えるものがある。これら過剰な主張が船舶の自由な航行を阻害している。また、海賊などの違法・暴力行為も海上交通と経済に損失を与えている13
b−2 航路の治安
 国境の概念を超えた犯罪行為(Borderless Crime)が航路の治安を悪化させている。海賊、テロリズム、麻薬等密輸、不法移民等である。
 海賊については、「定義」に不具合がある。国連海洋法条約では、公海上といずれの管轄権にも属さない海域での不法な暴力行為とされているが、海賊の殆どが領海内で発生しており、これが取り締まりを困難にしている面がある。マラッカ海峡管轄3カ国による海賊共同取締り(Hot Hand Off)や、ARFのCSCAP「海洋問題作業部会」による提言、故小渕首相から始まる日本のリーダーシップなど、地域による積極的な取り組みもみられる。
 海上テロについては、1985年の地中海におけるアキレ・ラウロ号ハイジャック以来大きな事件は起きていなかったが、2000年になってから、アデン港おける米艦攻撃やフィリピンの観光客監禁などが発生している。アジアではハイジャク防止条約としての1988年のローマ条約の批准国は少ない。
 海上経由での麻薬密輸が増大している。この問題の解決には、国際協力と合同パトロールが不可欠である。アメリカでは、海軍、沿岸警備隊、税関、麻取締当局による共同行動が成果を挙げている。
 不法移民については、中東からオーストラリア西岸、中国沿岸から日本や米大陸への海上からの密入国が増大しており、大規模な犯罪組織の存在が指摘されている。アメリカでは、1980年来44カ国からの不法密入国者29万人を逮捕しており、1999年だけでも3〜4万人の中国人が海上経由でアメリカへの密入国を企てている14
b−3 提 唱
・バレンシア博士は、海上交通の安定維持のため、次の5項目を提唱している。
[1]海峡管理のための基金の設立
[2]マラッカ海峡管理局など海峡管理のためのレジームの構築
[3]南シナ海問題に係わる行動規範の策定
[4]海賊に対する共同行動
[5]地域安全保障フォーラムの設立
・ウイークス博士は、海洋における治安維持のための省庁間協力と国際協力の必要性を強調している。本調査研究作業の一環として、2001年11月にシップ・アンド・オーシャン財団が開催した緊急討論会「海上における危機管理」(詳細は、C「安全保障と防衛・警備」の項で紹介)では、テロリストによってLNG船がハイジャックされ港湾や沿岸重要施設が破壊されるといった事態の危険性が指摘され、ウイークス博士同様の提唱があった。








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