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1 調査結果の概要
(1)実態の把握
a 海運および海上交通の要衝
 調査研究初年度の平成12年度、東京商船大学商船学部の山岸寛教授とアメリカ国防総省のダニエル・カルター顧問に、今日の世界の海運と海上交通路の実態を明らかにすると共に、そこにおける諸問題を分析し解決のための方向を示唆する資料の作成を依頼した。山岸教授からは「国際海運市場の現状と課題」、またカルター顧問からは「世界の海上交通路の現状とその安全性」と題する調査ペーパーが報告された。山岸、カルタ−両氏による調査の他、海洋の安全保障及び防衛・警備に関する調査を担当した秋元海洋研究所所長の提出資料などにも海上交通路の要衝における諸問題が指摘されており、これら調査結果の概要を纏め以下に示す。
a−1 国際海運の構造
 世界経済と同様に国際海運もまた著しく変化している。国際海運の構造変化の進展を、便宜置籍船、定期船市場、およびバルク・シッピング(不定期船)市場から概観する。
 
a−1.1 便宜置籍船の発展
 第2次世界大戦後の国際海運の構造変化は便宜置籍船の発展に起因するところが大きい。1950年代から70年代半ばまでは先進海洋国家主導の時代であり、イギリスとアメリカが世界の船腹量の約60%を保有していた。やがて、貿易量の増大と海運技術の進歩の中、日本、ノルウェー、ギリシャが台頭し、5大海運国という構造が形作られていった。しかし、海運国家において経済成長に伴うコスト高が国際競争力の低下を招くに到り、先進海運国家の船主が競って海外(便宜地国)に船籍を移転するようになった1
 便宜置籍船は、コスト節減による円滑な集荷活動を可能とすると共に、輸送活動を効率化するなど、多様な経済的効果をもたらした。開発途上国の海運活動は活発化し、1984年には開発途上国の船腹量が世界の約21%を占めるようになった2
 一方で、開発途上国への船舶の移転は経済活動のボーダーレス化と相俟って海運界の多国籍化をもたらした。ここに実在する一隻の貨物船がある。その船舶の所有者はノルウェー人、船籍国はリベリア、管理者はキプロス人、保険会社はイギリスで再保険会社はアメリカ、乗組員は船長がポーランド人で船員はバングラディッシュとフィリピン人、用船契約はアラブ首長国連邦で積荷はイタリア、ドイツ、フランスに向けたものである。このような船舶は決して特異なものではない。日本に寄港してパイロットが乗船する船舶1,400隻中、日本国籍のものは60隻にすぎず、船籍国は50カ国、乗組員の国籍は7カ国に及ぶという統計(2001年4月1日〜30日、外航船実態調査)がある。
 多国籍化は、海運の運営と利害関係を複雑化し、結果として統制や管理を極めて難しいものとしており、海上交通の安全と安定に係わる大きな問題を提起している3
 また、後述する「航路の安全と救難・監視態勢」の項で取り上げられる所謂サブスタンダード船も便宜置籍船に占める割合が大きく、航路安全と環境保全の面における問題も生じさせている。
 
a−1.2 定期船市場とコンテナ化
 定期船市場は伝統的にカルテルに相当する海運同盟が重要な役割を果たしていた。1970年代以降、同盟に加盟しない開発途上の船会社が参入するようになり、1980年代には熾烈な競争の時代を迎えることになった。定期船市場にコンテナ船が出現したのは1960年代なかばであるが、1990年代に入ると巨大コンテナ船による広範・長距離輸送が主流となる傾向を示すようになった。1990年時点で8,760万TEUであったコンテナ貨物は、1999年には2億130万TEUにまで増大する。定期貨物の取扱量としては非コンテナ化貨物の1.5倍である。不定期船市場を合わせた場合、トン数としてはバルクシッピングが上回っているが、金額面でみるとコンテナシッピングが1位である4
 コンテナ輸送の登場は劇的な流通コストダウンをもたらし、産業構造そのものに革命的変化を及ぼすことになった。経済のグローバル化は、海上輸送のグローバル化によってなされたともいえる。定期船市場では自由競争が激化し、世界各地のメガ・キャリアー同士が業務提携を結ぶグローバル・アライアンスが進むことになった。海上交易の世界にはグローバル革命が起こっている。定期船市場は、Just In Time(JIT)が求められる世界であり、これによって在庫の圧縮と操業の効率化が図られている。コンテナ船の入港遅延あるいはハブ港の閉鎖は世界経済に致命的ともいえる損害を与えることになるだろう5
 
a−1.3 バルクシッピング市場
 世界の海上荷動量をトン数ベースでみると、バルクシッピングが1位である。原油、石炭、鉄鉱石、穀物がバルクシッピングの約60%を占めている。原油は生産と消費の関係が海上荷動き量に影響を与える。近年はアジアへの原油輸送が活発で、バルクシッピング輸送の動向はアジア経済が大きな鍵を握っている6
a−2 海上交通の要衝
 定期船市場でコンテナ化が進むに従い、コンテナ船のハブ港への集中とハブ港からローカル港への地域集配の物流が形成され、グローバル貿易と同時に地域内貿易も活性化されることになった。コンテナ船は巨大化し、それを取り扱うハブ港は一極化すると共にまた巨大化し、物流の要衝となっている7
 海上交通路は、言わば“蓮の茎”のようなものである。積出港を出て広がり、海峡などの狭隘部で集束し、仕向港に入って収束する。巨大ハブ港は海上交通のフォーカル・ポイント、航路海上の狭隘部は海上交通のチョーク・ポイントである8。アジア太平洋地域の海洋には、シンガポール、香港、釜山、高雄のフォーカル・ポイントとマラッカ/シンガポール海峡、南シナ海などのチョーク・ポイントがあり、それら要衝には、航行船舶の過密化、治安の悪化、複雑な国家間関係などがあって、海上交通の安定に致命的な脆弱性を与えている9。海難事故や環境汚染の防止のため船舶の運航に関する規制が強化される動きもみられるが、海運会社にとってコスト増につながる危機管理は収益性を損ねるものであり、消極的である。
a−3 提 唱
 山岸、カルター両氏などから海運および海上交通路の今後の在り方に関する幾つかの提唱がなされている。その中には以下のようなものがある。
・ 国際海運の構造の著しい変化の中で、日本の海運を発展させるためには、日本関係貨物量を増やすこと、3国間航路で輸送量を増やすことが必要であり、輸送サービスの質的改善とISM(国際安全管理)コードの目的達成が重要である。
・ 便宜置籍船の進展などによる海運の多国籍化の現状において、不慮の事態を考慮した物流の安定維持システムとして、海運業界、港湾業界、各自治体や国家が一体となった強力な情報活動と危機管理のためのネットワークを構築することが必要である。
・ 海上交通の要衝としてのフォーカルポイントの安全のための警察や軍なども含む各国の連携が重要である。








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