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 本項では港湾内において船舶から排出される大気汚染物質等の抑制方法について検討する。
 対象とした内容は、陸電使用、燃料切替え、港湾内減速航行の3種類である。この他の大気汚染物質の排出抑制方法として、機関の改善(タイミングリタード等)や脱硝装置等の設置も考えられるが、これらの対策は港湾内に限ったものではなく、また港湾を使用する船舶の多くが対応可能なものではないと考えられることから、本項では対象にしていない。
 また、検討は最初に港湾内の排出量やコストの比較を行い、さらに詳細なコスト検討のためにモデル航海を設定して航海全体での大気汚染物質の排出量やコストの変化についても検討を加えた。
 
2.3.1 港湾内での抑制効果について
・港湾内での大気汚染物質排出抑制の効果について、陸電使用、燃料切替え、減速航行の3方策について排出量とコストの検討を行った。
・陸電使用によりコストは約3倍になるが、大気汚染物質の排出量は1/100以下になる。
・C重油からA重油への燃料切替えによりコストは5〜6割の増加になるが、港湾域における大気汚染物質の排出量がNOxでは約10%、SOxでは80%以上低下する。
・10kntから8kntへの減速航行で、NOx、SOx、CO2ならびにコストの全てが6割程度に低下する。
 
(1)陸電使用
 陸上電源の使用とは、船舶が港湾内で行う作業(鉱油類の移送等)あるいは船内の居住用電源として、船内の補機動力によって発電していた部分を陸上の電気(電気事業者によって発電された電気)を利用するもので、2.2項で見たように既にいくつかの実施事例がある。電気事業者の発電設備は種々の大気汚染防止設備が設置されており、原子力発電等の使用もあって大気汚染防止には効果的と考えられる。
 陸電使用に伴う大気汚染物質の排出およびコスト比較は表2.3-1に示すとおりである。コスト的には約3倍になるが、大気汚染物質の放出量は1/100以下になることが期待される。なお、発電コストを発電原価でみると、LNG火力6.4円/kWhも、石炭火力6.5円/kWh(原子力5.9円/kWh、石油火力10.0円/kWh;いずれも総合エネルギー調査会原子力部会資料(1999)から引用)であり、自家発電等によってコストの増加を2倍以下に抑制することも可能である。
 また、専用バース、ふ頭を利用する専用船舶に限って実施しても、かなりの削減効果が期待できる。
 
 なお、海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)では、発電設備について細かい規則を定めているが、陸上電源の使用を禁止した条項はない。ただ、懸念される電撃による事故防止の観点から「主官庁は・・・特別の予防手段を要求することができる」とされている。この意味で陸上電源等の使用にあたっては漏電防止等の特別な危険防止措置が当然要求される。
 京浜港では海上保安部の指導により、タンカー等の危険物搭載船は船舶火災等の非常時に始動が容易なように、ブラックアウトの禁止、補機の連続運転、荷役時間を12時間以内とすることが、要求されている。
 
(2)燃料切替え
 港湾内で使用される燃料をC重油からA重油に切り替える方策である。2.2項で説明したように、既に自治体の行政指導あるいは事業主の自主努力により実施されている例はあり、技術的には問題は少ないものである。
 燃料切替えによる大気汚染物質の排出およびコスト等の比較は表2.3-2に示すとおりである。A重油の使用はコスト的には5〜6割の増加になるが、港湾域における大気汚染物質の排出量がNOxでは約10%、SOxでは80%以上低下することが期待できる。
 
(3)港湾内減速航行
 舶用エンジンの出力は一般に速度の3乗に比例し、燃料消費量はエンジン出力にほぼ比例するため、所要時間のロスを差し引いても燃料消費量は速度のほぼ2乗に比例することになるため、航行速度の低下によって使用燃料を大幅に減少させることが期待できる。
 港湾内の航行速度を10kntから8kntに低下させた場合の大気汚染物質等の排出量を理論式を用いて比較した。
 
 環境省が示している窒素酸化物総量規制マニュアルでは、舶用主機ディーゼル機関からのNOx排出量は以下の式により示される。
 
[1]:N=1.49‘10-3×(P×A)1.14×t  N:窒素酸化物排出量(Nm3)
  P:定格出力(PS)
  a:負荷率
  t:時間(時)
 
 また、主機の負荷率と船舶の航行速度は一般に下記の式で表される。
 
[2]:A=a×V3+b  A:負荷率
  V:速度(knt)
  a,b:船型等によって異なる係数
 
 さらに、時間を速度の関数として表すと下記の式が適用できる。
 
[3]:t=L/V  t:時間(時)
  L:距離(mile)
  V:速度(knt)
 
 上記の[1]、[2]、[3]を組み合わせることで、Nは下記のようにVの関数として表すことができる。
 
[4]:N=1.49×10-3×P1.14×L×(a×V3+b)1.14/V  
 
 [4]式でPおよびLを一定と想定すると(ある船舶が一定距離を航行する間に排出されるNOx等を考える)、[4]式は下記のように整理される。
 
[5]:N=K×(a×V3+b)1.14/V K:定数
 
 さらに、bを無視すると([2]式右項の第1項に比較すると第2項はかなり小さい)、下記[6]式が導かれる。
 
[6]:N=K×(a×V3)1.14/V
   =K'×V2.42
K':定数(=K×a1.14)
 
 この[6]式をNOxの排出量を検討する基礎式とする。
 一方、SOxおよびコストは燃料消費量に比例し、燃料消費量は機関の負荷に比例すると考えられるので、これらは下式で表される。
 
[7]:N'=K''×(P×A)×t N':燃料消費量(1)
  P:定格出力(PS)
  A:負荷率
  t:時間(時)
  K'':定数
 
 ここで、上記[2]〜[6]と同様の変形を行うと、やはり[8]式が得られる。
 
[8]:N'=K'''×V2  K''':定数
 
 これらの式に基づいて、減速航行の削減効果を示したのが表2.3-3である。NOx、SOx、CO2および燃料コストは速度のほぼ2乗に比例することになるので、仮定した程度の減速航行(10knt→8knt)でもかなり大きな削減が期待でき、減速航行は比較的容易な手法でありながら、その大気汚染物質削減効果はNOxについては燃料切替えよりもより大きな効果が期待できる優れた方策と言える。
 
 減速航行を実施した場合には、航行時間の増大がもっとも懸念される点である。入港および出港時の所要時間の増大に伴い、港湾(航路)の使用効率が低下し、日没後の出港等によって船舶運航に若干の負担を与える可能性がある。しかしながら、減速航行の対象となる港湾内の航行距離を10kmと想定しても、10kntと8kntとではたかだか0.14時間(10分未満)程度の影響が出るだけであると考えられる15。後述する運航状況をみても、沖待ちの時間が生じている現状では、薄明時の運航への影響は小さいものと考える。
15 10kntの場合:10(km)/1.8(mile/km)/10(knt)=0.56時間
8kntの場合:10(km)/1.8(mile/km)/8(knt)=0.69時間
 








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